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番外134 妖刀使いと式神

 攻撃を仕掛ける前にキマイラコートを纏う。何やら袖の部分が広がり、細部が和服風に変形を果たしていた。ネメアとカペラの顔がコートの一部に浮かんでにやりと笑い、アカネがその光景に目を丸くする。

 なるほど。修復能力や成長に合わせて丈を変えたりといった変形ができるなら、少し時間をかければ洋装から和装風に形状変化させることもできる、ということか。ヒタカノクニに潜入中でも常時着ていられるというのは有り難い。


「攪乱の為に別方向から切り込み、最初に魔法で連中を崩します。そこから合わせて切り込んでくれると助かります」

「分かりました」


 風魔法で作ったフィールドの中で、アカネは俺の言葉に頷き、包みの中から得物を取り出す。

 ヒタカノクニの刀か。装飾の少ない実戦的な品に見えるが……ぼんやりとした独特の魔力を纏っているのが印象的だ。

 結構な業物であるのは間違いないが、ただの武器というわけでもなさそうだな。何かしら、魔法的な能力を付与されているのかも知れない。それだけの品を預けられるだけの実力がある、ということでもあるが――それだけに彼女に対して不意打ちを成功させたという事実には警戒が必要だ。


 連中のリーダー。特にあの術師は、俺が引き受ける必要があるだろう。


 では、始めるとしよう。

 ――遥か高空。光魔法と風魔法の偽装を解いたバロールが直上から光弾となり、風切り音を上げて突っ込んでいく。――獣人の斥候が、いち早くバロールの接近に気付いて顔を上げた。


「今ッ!」


 突き出した拳を握りしめた、その瞬間だ。降ってきたバロールから白光と大音響が炸裂する。


「な――!」


 視線と注意がバロールに引き付けられる。同時に茂みから飛び出し、ミラージュボディによる分身を作り出しながら左右に跳び、幻惑しながら突っ込む。


 狙いはただ一人。連中のリーダーである術者のみ!


 前衛をすり抜け、斜め後方から切り込む。ウロボロスの打撃が後頭部に吸い込まれるように迫っていって――。

 しかし、初撃は弾かれていた。術者の衣服の下から飛び出した何かが攻撃を弾いたのだ。紙。それは薄っぺらくて細長い紙だ。しかし強力な魔力を宿している。

 蛇のように術者の身体の周囲を舞い、俺からの攻撃を受け止めるとばかりに防御態勢を取る。遅れて、術者がこちらに振り返る。


「――おのれッ!」


 術者は誤解だ何だと、余計な口は利かなかった。成すべきことを成すとでもいうように飛び退り、俺から距離を取りながら呪文を唱え、手で印を結ぶ。

 空間に陽炎のような靄が幾つか生まれ、それがまるで牙を剥くように四方八方から大口を開けて迫ってきた。


 特筆すべきはその存在の希薄さ。音も立てなければ姿も透けている陽炎の獣――。アカネに不意打ちを食らわせたのは、これか!

 その場で魔法生物を作り出し、使役する。これが式神だと仮定するなら、奴は陰陽術師か!


 迫ってくる陽炎の獣をウロボロスで弾きながら陰陽術師に向かって真っすぐに突っ込む。奴以外は狙わない。攻撃と防御に手一杯にさせれば、味方に式神を差し向けている暇等無くなるからだ。


 不意打ちから立ち直った前衛が、こちらに向かって駆けて来ようとしているのが見えたが――斬り込んできたアカネの一撃を受け止め、足止めを受けていた。


 残りは2人。バロールが即席のゴーレムを作り出して注意を引き付ける。これも時間稼ぎだ。

 数的な不利はすぐに埋まる。空を走るようにシリウス号からシーラとイングウェイが突っ込んできたからだ。


「こ、こいつら、一体どこから!」


 シーラは獣人の斥候目掛けて。イングウェイは刀を持つ前衛へと斬り込んでいた。


「お手並み拝見」

「ふむ。東国の武芸者か。興味が尽きんな」


 1対1の状況に持ち込んだのは――情報収集というか威力偵察の意味合いが強い。

 今後の戦闘の参考にする意味合いでも、戦力や戦法を初戦で推し量っておく必要がある。だから他のみんなは――敵を逃がさないように包囲の役割を担い、斬り込んだ仲間が危険と判断したら割って入れるように後詰めとして動いている。


 分断は果たした。このまま、各個撃破に移る――!





 普通に話をしていた時のアカネは――礼儀正しく生真面目という印象があったが……。いざ戦いの場に立つと別人のような鋭い目つきを見せていた。

 対峙している男は――闘気を漲らせながら摺り足で間合いを測る。正眼に構えたまま、アカネの動きの一挙手一投足を見守っているような形。


 一線を踏み越えた瞬間。互いに爆発するような速度で踏み込んでいく。

 すれ違い様の金属音。弾かれるように互いの刀が跳ね上がったかと思うと、即座に転身して切り結ぶ。アカネも、敵の武芸者の腕もかなりのものだ。瞬間瞬間に闘気を込めて身体の動きを加速し、尋常ならざる速度で切り結ぶ。無数の金属音と火花が散る。散る。鍔迫り合いを見せたかと思うと弾かれては踏み込み、刀を打ち込み合う。


 闘気を使っているのは両者とも同じ。見た目では体格、筋力で劣っているはずのアカネが、互角以上の膂力と速度で渡り合っているというのは――彼女の刀から全身に至るまで、妖しげな気が揺らぎながら立ち昇っているのと無関係ではあるまい。

 ヒタカノクニで確立された、何かしらの戦闘技術なのだろう。巫女の護衛を求められる人物だ。単純な剣士ではないらしい。


 打ち合って、離れ際――! 男が刀を振るえば地面を這うように、三日月型の衝撃波が走っていた。アカネが転身して避ければ背後にあった立ち木が真っ二つに裂ける。相当な速度と切れ味だが、それすら本命ではないらしい。

 アカネが避ける方向を読んでいた、とばかりに男が踏み込んで来る。袈裟懸けに叩き込まれる斬撃。対するアカネは地面ぎりぎりを這うようにすり抜けていた。土の上を滑るように地面を削って弧を描き、身体の位置を入れ替える。


「行きますよ!」


 アカネの刀はすれ違った時には鞘の中に収められていた。柄に掛かったアカネの手。刀と身体から立ち昇る妖しげな気が、爆発的に膨れ上がる。


「ちいっ!」


 踏み込みの間合いの外、だったはずだ。それを見た男は必要以上の距離を取ろうとする。

 構わずアカネは、その場から鞘に納めた刀を振るった。放たれたのは闘気とも妖気ともつかない斬撃波。男に向かって飛んで行き、命中する前に軌道を変えて、渦を撒いて周囲のものを巻き込むような流れを作り出す。


 その流れに、身体ごと引き込まれる。引き込まれて、闘気を漲らせて防御を行おうとしている男の身体のあちこちが切り裂かれて血しぶきが散った。それさえも渦の中心へと巻き込まれていく。


「ぐおおっ!」


 苦悶の悲鳴。動きを止めたところにアカネが踏み込んでいた。胴薙ぎの一撃と見せかけて、すれ違い様に刀が跳ね上がる。闘気の防御を散らさせた上で、無防備な延髄に、アカネの峰打ちが叩き込まれていた。納刀する音と同時に、背後で男の身体が崩れ落ちる。



「何だ、貴様の動きは――!?」


 シーラと対峙する獣人が飛び退りながら飛び道具をばら撒く。闘気を纏った手裏剣を、シーラは出現と消失を繰り返しながら右に左に跳んで幻惑的な動きで翻弄する。闘気を帯びた手裏剣は手元から放たれた後も軌道を変えるらしいが――その動きを捉え切れない。


「忍者――。テオドールから、話は聞いてる。夜桜横丁でも予習してきた」


 あっという間に飛び道具を掻い潜り、シーラが肉薄する。打ち込まれる真珠剣を獣人は腰に差していた忍者刀で受ける。

 しかしシーラは一撃を合わせたと思った次の瞬間には、あらぬ方向に跳んで離脱している。

 相手が特殊な技術を持っていると見て取ったからか、読みにくい動きからのヒットアンドアウェイで的を絞らせない作戦に出ているのだろう。


 対する獣人は、空を足場に跳び回るシーラに対して後手に出ざるを得ない。飛び道具をばら撒いても追い切れないし、動きの速さで劣っているのだから――戦いの主導権は完全にシーラが握っている。


 出現と消失。シーラが音さえ立てずに踏み込んでいく。それに対して――獣人は大きく息を吸った。刀を握っていない手を口元に添えて、大きく息を吹き出せば、口元から猛烈な炎が伸びてシーラの踏み込んで来るであろう空間ごと焼き焦す。


 吐息の類ではない。薬品か何かを使って炎を浴びせかける、火遁の一種だ。だが、それすらシーラの予測の内だった。

 

「最初の接触の時、何か仕掛けようとして大きく息を吸った――」


 予備動作から攻撃の種類を予測していたのだ。炎を浴びせられたのはシーラではなく、水の分身。蒸発して広がる霧を突っ切って、闘気を纏った投げナイフが弾丸のように獣人の手足を貫いていく。


「ぎっ!?」


 魔物――インビジブルリッパーから得た、不可視のダガーナイフだ。霧の向こう側から投げられてはどうしても反応が遅れる。

 膝から崩れ落ちた獣人に、大上段から振り下ろされた真珠剣の峰が叩き込まれる。小気味良い音がして、獣人忍者は昏倒していた。




「素手とは――侮られたものだ!」

「不器用でな。他の戦い方を知らぬのだよ」


 相手が何者でどんな技を使うのであれ同じことをするだけだと。イングウェイは四肢に闘気を纏って無手で踏み込む。

 弧を描く斬撃を、体術と完璧に合致した闘気の防御で逸らし、踏み込み、そして攻撃を応酬する。

 それを可能とするのは獣人達の中にあっても尚、卓越した技術と反応速度を持っているからこそだろう。やや大振りになった隙を見逃さずに踏み込み――跳ね上がるように繰り出された闘気の爪撃が天高くへと突き抜けていく。皮一枚で闘気の柱とでも言うべき一撃を避けた男は、信じられないものを見るような目をイングウェイに向ける。


 はったりでも油断でもなく。研鑽に研鑽を重ねた必殺の一撃だと気付かされたのだろう。ぎり、と歯を食いしばり、細かく鋭く、刀を振るう。


 東国の剣術――刀は、西方のそれとはまた少し違う。押し斬るのではなく、手元へと引きつけるように斬る。こういった曲刀の技法はバハルザード王国のそれに近い。

 いずれにせよ、イングウェイにはやや馴染みの薄いものだ。それでも、イングウェイの身体を捉えるには至らない。隙を見せまいと立ち回って、尚それでも、だ。


 体術で逸らし、闘気の爪撃を放って弾いて。

 間合いの不利を潰すように内側へ内側へと踏み込んでいく。

 後退しながら刀を振るう。踏み込ませまいとする、浅く切り裂くような一撃を――あっさりとイングウェイは見切って、滑り込むように間合いを詰めていた。


 それを待っていたとばかりに、たっぷりと闘気を込めた男の肘が爆発的な速度で跳ね上がる。密着の、刀が役に立たない間合いでの備えの体術。無手対無手。命中すれば意識を刈り取る事も可能だろう。


 しかし――側頭部に放たれたそれを、イングウェイは受け流すのではなく、真っ向から闘気を集中させた手の甲で受け止めていた。同時に暴風のような手刀が小さな弧を描いて、男の脇腹にめり込んでいる。攻撃の交差。技を同時に叩き込んで、相手の技の勢いを殺す。より少ない闘気で相手の技を押さえる技法。無手の体術というその一点において、隔絶した差が両者の間にあった。


「がっは……!」


 崩れ落ちる男の身体が、イングウェイの手の動きに合わせて空中で回転する。次の瞬間、凄まじい勢いで振り抜かれた蹴撃によって、男の身体が地面と平行に真横に飛んで行き――木の幹に激突して転がるのであった。




「なんだ、貴様は! 何なのだその術はッ!!」


 陰陽術師が叫ぶ。叫びながら印を結んで陽炎の獣を次々と作り出し、操る。

 それを――術式阻害の魔法で迎撃していく。闇魔法ヴェノムフォース。

 対魔法生物用の術式だ。阻害情報を撃ち込んで魔法生物に動作不良を起こさせる、というもの。

 式神のような即席で作り出す魔法生物に対しては効果が高いと見込んでいたが――どうやら問題無く機能するようだ。


 作り出してしまえばそれを操って、見切りにくい式神を用いて物量で攻められるというのが、こいつの必殺の戦法なのだろう。アカネにそうしたように、暗殺に使うのにも向いている。

 確かに完成度の高い攻撃用魔法生物だ。だが――それ故に期待していた働きをする前に次々動作不良を起こされてしまっては、燃費が劣悪になってしまうに決まっている。


 陰陽術師、ね。こいつがヒタカノクニの中でもどの程度の技量の持ち主なのかは分からないが。

 見る見る内に術師の魔力が減衰し、呼吸が荒くなっていく。動作不良を起こした陽炎の獣をウロボロスで叩き潰し、遠慮なく間合いを詰めていく。


「お、おのれ!」


 大量の呪符を袖から伸ばしたかと思うと、それが連なって光剣となる。防御を身体の周囲を舞う紙の蛇に任せ、呪符剣で迎撃しようということなのだろう。或いは呪符剣でウロボロスの動きを抑え込み、式神の蛇に攻撃させるか――。いずれにしてもこちらの手札にあるヴェノムフォースを使わせないように術者本人が攻防に加わる算段。


 構わない。踏み込んで力任せにウロボロスを叩き付けていけば、術師の男は呪符剣を両手で支え、真っ向から抑え込むように一撃を止めてくる。紙の蛇が鞭のようにしなり、死角から迫ってくる。だが――その一撃が届くことは無かった。多重シールドを展開。式神の攻撃を受け止め――。


「がはっ!?」


 そこまでだった。真横から飛来したバロールが陰陽術師の脇腹に深くめり込んでいる。アカネが不意打ちを受けた場所と、寸分違わない個所だ。骨の砕ける音が、ここまで聞こえた。


「悪いな。隙だらけだったからさ」


 暗殺や遠距離戦が専門なのか。接近戦は不慣れなのだろう。防御のための手札まで攻撃に回しては、術者本人が手薄になるに決まっている。紙の蛇が戻れないように幾重にもシールドを張って動きを阻害。バロールはそのまま陰陽術師を錐揉み状態にして吹き飛ばすように突き抜けさせる。


「う、おおおおおっ!?」


 形振り構わない。呪符を撒き散らしてまだ抵抗の意志を見せる術師。急場を凌ごうというのか、呪符が空間に留まって盾のように固定される。だが、それでは無理だ。


「――踊れ」


 バロールにリンクして直接制御。指揮を執るように腕を振るえば、光弾と化したバロールが複雑怪奇な軌道を描いて、あちらこちらに展開された呪符の防壁をすり抜け、陰陽術師の身体を空中で右に左に弾き飛ばす。

 最後にこちらに向かって吹っ飛んできた術師を――ウロボロスで大上段から叩き落す。地面にへばりつくように術師が大の字に叩き付けられる。シールドの結界の中で暴れていた紙の蛇も、それで大人しくなった。魔力を失い、ただの紙切れに戻って舞い落ちていった。

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