番外27 星々の柱
魔力送信塔に通信機や転移門が設置され――そして陽が暮れる。
日中から溜め込んだ魔力はまだ大した量ではないので自動送信は行われないが、手動制御によって任意のタイミングで魔力を送ることも可能だ。魔力を小出しに送ることもできるようにすることで通信の融通を利かすという目的もある。
というわけで動作試験も兼ねて早速月に連絡を取ろうということで、伝言を添えて月へ向かって魔力を送り出した。
塔の最上階より、淡く輝く光の粒が無数に立ち昇り、それが寄り集まって輝く柱となって星空に向かって立ち昇っていく。
「綺麗……」
それを見ながら、アシュレイが呟くように言って目を細めた。みんなもそれに見入っている様子だ。
確かに……幻想的な光景だ。光り輝く魔力の粒が集まって柱のように見えるが……例えて言うなら天の川が地上から空に昇っていくような美しさがある。
「うむ。これは良いな……。感動したぞ」
と、マクスウェルが核を明滅させ、くるくると柄を軸に回転しながらそう言った。……何やら感情表現の幅が増えているマクスウェルであるが。
「そうですね。私もこれは好き……かも知れません。魔力送信塔に関しては情報だけは知っていたのですが……やはり見るのと聞くのとでは違いますね」
ヘルヴォルテも遠くを見るような目で頷き、ヴィンクルも楽しそうに声を上げる。そんな2人の様子に、クラウディアも嬉しそうに微笑みながら目を閉じる。
「それじゃあ、残りの作業は明日かな。月からの返事は塔を経由して俺の通信機でも受信できるし、返信も可能だからさ」
動作が上手く行っていて魔力が届いた事が分かればこちらからのメッセージが届いている事にも気付くだろう。これでなしのつぶてならば、どこかの段階で術式にミスがあるか、月から返信できない事情がある、ということになるが……。さて。
月からの返信は――作業を切り上げシルン伯爵領に戻る道中で通信機に入ってきた。タイムラグがあるのか、それとも通信機の操作に慣れていないからか。或いは両方かも知れないが……月に魔力が届いたのは間違いない。
『テオドール=ガートナー卿。この度のテオドール卿からの伝言と地上からの魔力、確かに受け取りました。月を預かる女王として感謝しております。再びこうして言葉を交わせることを、大変嬉しく思っております』
文面を見るとオーレリア女王本人からのもののようだ。魔力資源を得られるようになったことで、月の民のこれからの暮らしも良い方向に改善していくだろうと、感謝の言葉が丁寧に述べられていた。
その上で、なるべく早い段階でそちらに向かいたいともある。
そうだな。転移のための仕組みはできたが、ヴェルドガルの受け入れ態勢の関係もあるので、レアンドル王の訪問とタイミングを合わせてというのが良いだろう。
明日には転移門の試験も行いつつ、オーレリア女王の訪問時期については早めに確定できるように連絡を取っていくようにしたい。
これからの予定等含めたこちらの事情をオーレリア女王のメッセージに返信する。
あちらに不都合が無ければ、これで後は具体的な時期を伝えればタイミングを合わせられるだろう。
「伯爵領からも淡い光の柱が遠くで立ち昇っていくのが見えましたが――皆様の反応を見る限りでは、近くで見るといっそう美しい光景だったのでしょうなあ」
そうして今日の分の仕事を終えてシルン伯爵家に向かう。夕食の席ではやはりというか、魔力送信塔についての話題が出た。
「ん」
シーラが川魚料理を咀嚼しながら短く言葉を発してうんうんと頷く。
それは料理が美味いのか、ケンネルの言葉を肯定しているのか。どちらかは判別しにくいというか、或いは両方かも知れない。そんなシーラの反応を見て、イルムヒルトがくすくすと笑う。
「あれは確かに綺麗でしたから……伯爵領の名所になるかも知れませんね」
「重要設備だから近くで自由に見学というわけにもいきませんが、そんなふうに思ってもらえたら塔を預かる地の領主としては嬉しいかも知れません。何より……テオドール様が作ったものですし」
グレイスの言葉にそんなふうに返し、俺に微笑みを向けてくるアシュレイである。
魔力送信の際のあの光景に関しては俺が何かをしたというわけでもないが……うん。作ったもので喜んでもらえるというのは俺としても嬉しいかな。少々の気恥ずかしさに頬を掻きつつも頷く。
「塔の警備体制については、シルン伯爵家と王家、境界公家が連携していく形になるかと思います。月との交流はヴェルドガル王国の方策ですし、伯爵家には場所をお借りしているだけに、他の面での負担はかからないようになるかとは思いますが」
「それでも街道の警備に関しては塔があるという事情を加味しなければならないし、塔の警備兵との連絡体制も整えておかなければならないものね」
ローズマリーが言う。そうだな。だがまあ、塔にもハイダーを配置して通信機を活用すれば連携に関しては問題あるまい。
「ふむ。街道の見回りや森の監視に関しては、冒険者ギルドとも連絡を取っておかねばなりませんな。ああいや、ギルドについては、こちらにお任せを。職員には顔見知りも増えましたので」
と、ケンネルが穏やかに笑う。以前のケンネルを知っている身としては、大分変わったものだな、と思う。ギルドや冒険者にあまり良くない印象を抱いていたが、ケンネルも変わってきているということだろう。
そうして、明けて一日――。シルン伯爵家で、陽が割と高くなるまでたっぷりと休んでから再び俺達は月の船で現場に向かったのであった。
今日の作業は、昨日一日では終わらなかった部分の仕上げとなる。まずは優先度の高い巨木要塞の内部を形成し、拠点として完成させてしまうこと。次に塔の外観への装飾。それから魔法建築の練習を兼ねたベリオンドーラ修繕の順だ。その間にもみんなには転移門の試験としてシーカーをあちらに送ったり等のテストを進めてもらう。
体調や魔力の調子は、中々良い。結婚してから循環錬気に使う時間が寧ろ増えているので、それで体調が整えられているというか。……いや、うん。あまり多くは語るまい。
ともかく気力、体力共に充実しているので現場に到着したらガンガン作業を進めていく。構想通りに拠点として必要な設備等々を巨木要塞内部に盛り込んでいく。魔道具や備品は後から設置する必要があるが、出来る範囲は全てやってしまおう。
そうして巨木内部に通路やら部屋やらを作り……軍事拠点としての機能を盛り込み、みんなを実際に内部に通して、使い勝手を見てもらう。
「ああ。隠し通路からここに出るのね。うん、面白いわ!」
「シーカーにあちこち探索させてみるのも面白そうね」
と、アドリアーナ姫とステファニアは相変わらず楽しそうに内部探索をしていた。
「いいと思う。監視も遠くまで見えるし、弓手も撃たれにくく撃ちやすい。枝や葉っぱの中に紛れられるのは、便利」
「冬場は少し見えやすくなっちゃうけどね。その場合は、また別の準備をしておけばいいかな」
「ん」
斥候としての立場から見てもらったが、シーラにも中々好評なようだ。
巨木の要塞化が終われば次は塔の外観だ。ああでもないこうでもないと皆と相談しながらデザインを決めていく。建築様式をどうするかについて話し合ったが、ここで参考になったのは月の建造物の建築様式だ。外壁の足場となっていた螺旋階段を形成し直し、月の離宮ソムニウムと似た印象の装飾を施していく。
そうして下から上まで装飾を施してやると、全体としては白い、壮麗な塔に仕上がった。
「流石は……というべきなのでしょうな。ソムニウムに良く似ている」
ハンネスが完成した塔の外観を見て、静かに頷きながら感心したような声を上げる。
「転移門や他の魔道具も、どうやら大丈夫みたいだよ」
と、アルフレッドが実験の結果を教えてくれた。動作テストは俺の作業より先に終わっていただろうが、装飾作りの邪魔をしたくないからと俺の手が空くまで待っていてくれたのだろう。
「月からはシーカーを送り返してくれた時に、果物も送ってくれたわ」
瑞々しい桃を抱えているイルムヒルトである。隣にはシーカーを抱えるマルレーンがにこにことしている。
ふむ。循環錬気で桃の反応を見てみるが、反応に特に変わったところはない。
「ん。大丈夫そうだ。それじゃあ……冷やしておいて、お昼の後にみんなで食べようか」
これも役得ということで。塔の装飾も終わったから、後は時間が許す限り魔法建築の指導と修繕に移れるだろう。ステファニア達としてもお待ちかねだっただろうと思うしな。