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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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182 苗木と狩り

 イザベラとの話を終えて娼館――西区を後にする。
 王城に向かう必要があるし、シーラに話すべきことなどもあるが、まずは東区の店舗になる予定の場所へとミリアムを送って行く。
 日当たりの良い軒先。大きな家というほどでもないが、小ざっぱりとしていてなかなか良い感じだ。うん。店になるなら好みかも知れないな。

「良い店になりそうですね」
「ありがとうございます」

 ミリアムが頭を下げる。

「それから意匠の件ですが……こんな物を考えました。少しごたついていましたから、渡すのが遅れてしまって済みません」

 土魔法で作った石メダルを取り出す。翼の生えた人魚が、柔らかい笑みで握手を求めるように手を差し伸べているというものだ。ロゴマークであるが故に、かなりデフォルメされている感じではあるな。

「……なるほど。互いの友好を求めると」
「問題がありそうならもう少し考えてみますが、どうでしょうか」
「いえ。これは良い意匠だと思います。看板として掲げるのもいいかも知れませんね」
「看板ですか。では、軒先に吊るせるような物を作って来ましょう」
「本当ですか! ありがとうございます!」

 ミリアムが頭を下げる。さて、ロゴマークはこれで決定として……。

「アシュレイ達は、何か変わったことはあった?」
「今のところ問題ありません」

 店舗の警戒に当たっていたアシュレイとイルムヒルトに尋ねるが、首を横に振る。
 ふむ……。デクスターはまだ動いていないか。

「ミリアムさんは今日からはこちらに?」
「はい。宿は引き払いましたので、寝泊まりはここにするつもりでいますが」
「分かりました。ランドルフやデクスターの件もありますので、こちらにも人を置いて警備したいと思うのですが構いませんか? 早めに状況が落ち着くようにしますので」

 俺の言葉に、ミリアムはやや申し訳なさそうな表情をしている。

「頼りにしてしまっているようで心苦しいのですが……。私にできることがあればお手伝いしますので」
「分かりました。とは言え、僕にも関わりのあるお店ですし、こちらの仕事でもありますので。余り気にしないで下さい」
「お心遣い感謝します」

 ミリアムに敵意を持っているのはデクスターであって、盗賊ギルドそのものではない。とはいえそのへんの線引きをするような奴だとは思えないし、となれば個人で相手をするには面倒な相手だ。

「さて。俺は王城に行ってこようと思うんだけど……。カドケウスを動かすから、シーラもこっちの警備についていてくれるかな」
「分かった」
「後でギルド絡みのことで話もある」
「ん」

 シーラは俺の顔を見たまま頷いた。



 そのまま王城へと向かう。北の塔に顔を出すと、何時ものようにローズマリーは机で古文書に向かい合っていた。解読をしていたのだろう。

「ああ。来たのね」
「うん。少し聞きたいことがあって。これは手土産」
「綿……ではないわね。甘い匂いがする」

 綿あめを渡すと何やら真剣な面持ちで分析をされた。

「これは……砂糖を溶かして糸のように紡いだということかしら? 前に見せてもらった泡の出る飲み物といい……面白いことを考えるのね」

 しかも合っているし。まあ……こういうのはローズマリーの得意分野の話ではあるか。ローズマリーは指で千切って綿あめを口に運ぶと、感想を口にする。

「簡単に溶けてしまうのね。甘い物は嫌いではないけど、お茶も欲しくなるわ」

 ということでテーブルに移動して、向かい合って茶を飲みながら話を進める。

「今日はいつもの話では無くて……これについて聞きたいことがある」

 ミリアムから貰った苗の絵を見せる。ローズマリーは口元を羽扇で覆って、暫く絵を凝視していたが、やがて口を開く。

「前に文献で見たことがある気がするけれど、それじゃないかしらね」

 ローズマリーは立ち上がると一冊の本を持ってくる。
 紙に書かれた情報と、古文書の情報を照らし合わせて、頷く。

「やはりそうね。スクグスロウの尾。樹液から作られる薬には鎮痛作用、幻覚作用。それから不安を忘れさせる効能がある。ある少数民族は儀式にも用いるそうだけど……使い過ぎると効果が途切れた時、反動があるからみだりに用いるべきではないと、彼らは口伝にて戒めているとあるわ」
「それでも使用を止めないと?」
「ここには妖精に誘われて帰ってこれなくなるなんて表現をされているけれどね。毒と薬は表裏一体ということよ」

 ……やはりそういう類か。

「こんな物をお前が持ってくるということは……これをタームウィルズに持ち込んでいる者がいるということかしら?」
「それを突き止めて叩き潰しに行く。苗の状態から育った時に、どうなるかを知りたかったんだ。同定ができないと困る」
「……なら、特徴を書き出しておくわ」

 ランドルフとデクスターの拠点。それから2人の所有する船については既にイザベラから情報を入手済み。既にカドケウスは動かしている。
 後は栽培している場所を突き止めて叩き潰すだけだ。可能ならば栽培されているスクグスロウの尾の根絶。ランドルフかデクスターは、顧客や取引相手の情報を搾り取るために生け捕りにするのが望ましいだろう。

 カドケウスは現在、本命であるランドルフの屋敷だ。色々荒事に向いた連中を抱えているらしいので敵対する場合は気を付けろとイザベラは言っていたが……この場合、逆に警備の厚い場所を探索すれば良い。

「……なるほどな」

 ランドルフの屋敷――中庭の地下だ。水路が通してあって上に天窓。丁度温室のようになっている。ミリアムとローズマリーから得た情報と一致する植物。
 一面スクグスロウ畑か。奴隷を捕えている区画も発見。当然借金奴隷の扱いとしては不当だ。全く……色々やらかしてくれているな。

「何?」
「いや。慌ただしくて悪いが、目星がついたから色々動かないとな。まず、報告しておかないといけない」
「そう? 私の時と同じで情報収集の時間は与えないというわけね。他の話もしておきたいところだったけれど、そちらを優先したほうが確かに良さそうだわ」
「まあ……また近い内にその話も聞きに来るさ」

 シルヴァトリアの魔術師2人組から得られる情報も気になるところだしな。



「――というわけで、このような苗木がタームウィルズに持ち込まれている可能性があります」

 サロンでスクグスロウの尾についての報告をすると、メルヴィン王は渋面を浮かべた。

「奴隷商に、人心を惑わす薬物か……」
「ランドルフの手口について目星はついているのですが……そもそもの情報の出所周りを明かせません。提供者の出自について諸事情がありまして」
「……ふむ。西区の住人か」
「彼らも一枚岩ではないようです。どうかご寛恕を」
「分かっておる」

 俺の言葉にメルヴィン王は苦笑する。メルヴィン王は言葉を変えているが、盗賊ギルド絡みだと察したらしい。

「世間に知られていない薬ですが、これはどういった扱いになりますか?」
「新薬の販売については届け出を提出し、効能を明らかにしてから販売すること、となっておるよ。従って、未知の薬を勝手に売り捌いては、これは違法となる。無論そのような薬などは届け出があってもまず禁制となろう。とは言え……見たことのない品目であるならば、取り締まりは難しい部分があるが……」

 ……なるほど。流通に関しては成分を少し変えたから許されるというような抜け道は用意してないわけだ。

「兵達を動かしたいところではあるのだがな……」
「何か問題が?」
「スクグスロウの尾から作られる薬とやらには、心当たりがある。遠方の国でそれらしき薬が出回っておるという話だ」
「……ああ。薬物の名目で騎士団を動かして、大っぴらには捕まえるのはやりにくいと」
「そういうことだな。まず供給を断つのは急務であろうが……その後の連絡や補償を考えると頭が痛くなる」

 ランドルフが国内で流通させないのは――ヴェルドガルで扱うと対立派閥に密告されるからか。そこで貿易商としての肩書きが役割を果たすのだろう。
 けれど、そこにあると分かっていて見過ごしてやるほど甘いことを言うつもりもない。

「奴隷商絡みの方向でもランドルフには問題があります。迷宮との関係性維持と言うことなら――」
「ふむ……。異界大使が動く理由にはなろうな」



 メルヴィン王への報告も済ませたし、許可も貰った。仲間達と通信機で連絡を取り、ランドルフの屋敷へと向かう道すがらスクグスロウの尾について分かったことを話して聞かせる。

「まあ……こういう薬物はとかく性質が悪い。魔法薬とはまた違った性質の悪さだ」

 と、若干薬物系の危険性についてレクチャーするような話にもなってしまった。

「なるほど……」
「植物自体が悪いわけじゃないけど。ミリアムさんが知らないって事は貴重なものなんだろうし、知られていないならそのままのほうが都合がいい。だからとりあえず……タームウィルズにある株は全部破壊する方針で」
「分かりました」

 全員で乗り込んで叩き潰すので、ミリアムも同行することになった。店舗は建物だけで内装や家具類もまだだ。入れ違いに攻撃された場合、いざとなったら俺が魔法建築で再建する。

 臨戦態勢であるため、自宅には門から扉から鍵がかけられ、みんなは地下から避難できるようにしてある。仮に俺の家に踏み込まれた場合、何時でも迷宮村に退避が可能なようにだ。

「……シーラ」
「何?」
「シーラのご両親の話をしたいんだけど、良いかな?」

 シーラは俺を見て、静かに頷く。

「シーラは、2人が何の仕事をしていたか、知っている?」
「……分からない。仕事のことは、私に話してくれなかったし。聞いても教えてくれなかった。でも……今にして思うと、だから普通の仕事ではなかったのかなって思う。例えば、盗賊ギルドとか」

 そう……か。ある程度は裏に属する人間だと、シーラ自身にも両親の仕事には想像がついていると。
 さすがにギルド長の護衛クラスだったとは思っていないだろうが……。

「ある日、父さんと母さんは馬車の事故で亡くなったって聞かされた。イザベラも、私にはみんな詳しく教えてくれないから、ずっと聞かなかったけれど……」

 シーラは目を閉じて一度言葉を切ると、俺を真っ直ぐに見てくる。

「私はどんなことであれ、それを知りたいっていつも思っていた。今起きていることに関係しているなら、尚更。テオドールが何か聞かされたなら、教えて欲しい」

 ……そう、だな。

「――それを、今から調べに行く」

 イザベラから聞かされたシーラの両親の仕事を、話して聞かせる。

「情報を俯瞰して推測するに……ランドルフはシーラのご両親の事故に関与しているかも知れない。苗を手に入れた時期が近過ぎるんだ」

 俺の言葉に、シーラが目を見開く。
 デクスターからスクグスロウの苗を手に入れて、ランドルフは野心が出た。だから盗賊ギルドを纏めていた先代ギルド長の馬車に細工をして殺めた。そういう背景。

「こちらはまだ推測でしかない。確実なことはランドルフを締め上げないと分からないけれど――俺は敵討ちなら肯定するし、協力もする」
「……分かった」

 シーラは静かに頷く。仲間達を見回しても、頷いている。
 彼女の両親についてはシーラが知りたいことであり、知っておくべきことでもあると俺は思う。とは言え、それを彼女に伝えるにしても、1人で先走ったりしないように気を付けなければならない。

 イザベラのところで聞かれないようにしたのはそのためで……今なら伝えられるのは、みんなでランドルフのところへ向かっている最中だからだ。
 だから、ここからは戦いではない。目障りな連中を狩るだけだ。単独行動ではなく、みんなで確実に叩き潰す。ランドルフからの反撃で痛手を受けるなんて状況、絶対に認めない。

 さて――西区にあるランドルフの屋敷の近くに着いた。イザベラから人相も聞いているし、ランドルフの在宅も確認している。

「どうする?」
「正面切って突入してもいいけど……もし逃げられてスクグスロウを持ち出されたり、残党が出たりするのは困る。やるなら徹底的に、1人残らずだ」

 地面に手を付く。精神を集中。循環は行わず、土魔法の範囲と射程距離を広げられるだけ広げる。準備には時間が必要だ。戦闘状態に入ってしまってはできない。だからこそ、これが初手。
 建物の構造、敷地の大きさは把握済み――。

「行くぞ」

 俺が手を付いた所から石壁が盛り上がって行き、ランドルフの敷地を丸々覆っていく。あっという間にランドルフの屋敷は外界から孤立した。
 これで連中は袋の鼠である。さあ――叩き潰しに行こうか。
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