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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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183 殴り込み

「何だ!? 何が起こってる!」
「明かりを持って来い!」

 混乱している屋敷の中庭を悠々と突っ切る。暗視の魔法は用いているから、こちらからは敵の動きが丸見えだ。

「フレイムアブソーブ」

 持ち出された松明やランタンの炎が、火炎の対抗呪文により吸い取られていく。周囲は暗黒に逆戻りして、数を頼みにこちらに攻めてくることもできない。
 迎撃態勢を取ることもままならない連中を眠らせ、或いは叩き伏せて拘束していく。だが他の連中よりも、まず目指すべきはランドルフだ。奴の居場所も分かっている。

「イザベラの話では、ランドルフ自身も相当武闘派って話だ。秘密主義だからあまり戦うところは見せないらしいが……いたぞ!」

 ランドルフは護衛達と共に、中庭にある隠し扉から地下階へと逃げ込もうとしている最中だった。

「てめえらどこの者だ!? この俺が誰だか分かっていてやってるんだろうな!?」

 ランドルフは離れた位置から俺達の姿を認めると激昂した。
 明かりの類は持ち歩いていない。要するに、向こうの一団にも魔術師がいて、暗視の魔法を使っているということになる。

「――私の顔に、見覚えと心当たりがあるはず」

 シーラがフードを取り、ランドルフに顔を見せる。ランドルフは、睨み付けようとしたが、彼女の顔を凝視してから、目を見開く。

「お前……バルトロとルシアの娘――」

 呆然とした面持ちで口にして、ランドルフはしまったとばかりに口を噤む。

「馬車の一件、知らないとは言わせない」

 これはシーラによるカマかけ。揺さぶりだ。シーラの言葉にランドルフは――態度に出してしまっては隠せないと悟ったのか、開き直ったように鼻で笑った。

「はっ! 何かと思えば今更黴の生えたような話を蒸し返しやがる。ここまでのことをやったんだ。てめえこそ生きて帰れると思うなよ!」

 そんな風に、吼えた。シーラの耳と尾の毛が、ぞわりと逆立つ。
 ――将来の抗争勃発の引き金になる理由もそうだ。「先代ギルド長に対する裏切り」だと言われていたはずだ。掟を軽視することが裏切りだとも取れなくもないし、実際それらも反発の下地としてあるのだろうが……抗争の引き金そのものは恐らく、違う。

 盗賊ギルド絡みの話はその組織の性質上、とかくBFOの中でもなかなか固有名詞が出てこない。だが先代ギルド長の遺した娘かイザベラ。或いは――シーラ、その内の誰かがランドルフの行いに気付いた。それが発端なのだろう。
 今回、デクスターへの警戒が端緒になったが、状況が転がりだしてしまえばシーラだっていずれ勘付く。後は、行き着くところまで行くだけだ。

 抗争で、誰が命を落とすかまでは俺は知らない。双方に多数の死者を出し、最後には先代ギルド長側が勝つ。外から窺い知れるのはただそれだけ。その中にシーラが含まれるかは分からないが、シーラは確実に当事者となるだろう。であれば、見過ごすつもりはない。

「ランドルフは、私が」
「分かった。援護する」

 シーラが言う。彼女の目を見て、頷く。
 力があるのなら自らの手でという、その気持ちは理解できるし、叶えてやりたい。シーラと肩を並べるようにして立ち、ウロボロスに魔力を込めて風車のように回す。魔力の満ちる唸りと輝き、ウロボロスの歓喜の声が暗闇に響く。
 循環。魔力を練り上げる。ウロボロスの輝きが一層増していく。
 俺とシーラはほとんど同時に突っ込んでいく。それを合図に仲間達も動く。

 ランドルフの持つ長剣の鍔元に魔石。マジックサークルの輝きが生まれたかと思うと、周囲を照らすように魔法の光が浮かび上がった。

「魔法も使うか!」

 俺とシーラが左右に分かれるように大きく横に飛ぶ。一瞬遅れて、ランドルフの剣から放たれた火球が俺達のいた場所に炸裂した。魔法の光といい、火球といい……まず周囲の仲間の視界を確保しようというわけか。小賢しい。伊達に盗賊ギルドの幹部をやっていないということか。

「この餓鬼がっ!」

 俺には戦斧を手にした巨漢の男が突っ込んでくる。

「どけっ」

 打ち下ろされる斧を払うようにウロボロスで受け流し、杖を返して上腕目掛けて打撃を打ち込む。骨の折れる感触。しかし巨漢は意に介した様子もなく、戦斧を力任せに下から振り上げてくる。半歩だけ横に身体をずらして避ける。

「効かねえんだよ!」

 男は笑いながら片手で戦斧を振るってくる。――薬だな。スクグスロウによるものか。それともまた別の薬物か。痛みを感じない上に馬鹿力を発揮している。だが、それがどうした。

「トランプルソーン」
「う、おっ!?」

 木魔法トランプルソーンに絡め取られ、首だけ残して茨の球体の中に包み込まれる。
 筋力だけでどうにかできる魔法ではない。レビテーションをかけて殴り飛ばし、こちらに向かって駆けつけてきた一団に向かって茨の塊を叩き込む。

「痛みを感じてない奴がいる。以後、そういう魔物のように対処」
「はいっ!」

 グレイス達からの返答。行動指針としては単純明快。痛覚による怯みなどは計算に入れないで行動不能にする攻撃を繰り出していく形となる。

 アシュレイの手から眠りの雲が吹き付けられ、敵団が巻かれる。と、糸が切れたようにバタバタと倒れた。ラヴィーネの足元から氷が走り、眠った連中の周囲ごと凍らせて、地面に張り付けてしまう。
 頭上を取ったイルムヒルトの矢が吸い込まれるように相手の足の甲を撃ち抜き地面に縫い付け、マルレーンのソーサーが飛来して頭部を強打、意識を刈り取る。
 グレイスの場合は――力負けしないので悠々と地面に引き倒して足の骨を踏み砕いている。

「――落ちなさい」

 クラウディアを中心として展開した魔法陣に踏み込んだ連中の姿が、掻き消えた。
 転移魔法で空中に飛ばされた男達が、悲鳴を上げながら落下してくる。……なるほど。街の上空もまた、迷宮の一部か。
 ミリアムも問題ない。鞭に怯む素振りを見せない相手には、足に絡めて引き倒し、手の甲を打ち払うことで戦闘能力を奪っている。射手もいるが――セラフィナの角笛で飛来する矢が悉く砕かれていく。

「邪魔ッ」

 シーラに向かっていったギルドの構成員であったが、真珠剣の煌めきが奔ったかと思うと、手足の腱を断たれて地面にもんどりうって転がる。

「マグネティックウェイブ」
「うおおああっ!?」

 トランプルソーンに捕まっている男の戦斧に磁力を放ち、そのまま振り回す。折角だからこの男ごと使い倒させて貰おう。ランドルフの護衛達を目掛けて突っ込む。
 茨の塊を薙ぎ倒すように振り回すと薬物を使っていない連中も多いのか、血塗れになって悲鳴が上がった。

「ちっ! 化物がっ!」

 舌打ちしたランドルフが悪態を吐く。

「お前の相手は私!」

 シーラがランドルフに突っ込む。真っ直ぐ切り込んだシーラの剣を受け止めると同時にランドルフの蹴りが跳ね上がる。シーラは上体を逸らしてそのまま後ろに回転しながら飛ぶ。ランドルフの爪先から刃物。魔法に暗器に――色々仕込んでいるな。
 案の定、空中を飛び回るシーラの動きにランドルフはついていく。足元に展開するシールドの制御は自前か。剣と魔法の両方使えるのであるならば、話を聞いて習得しない理由はあるまい。

「ククッ、良い勘してやがる!」

 シーラは空中を足場にして跳ね返るように突撃。ランドルフは空中でシーラの剣を受け止める。体重に劣るシーラを力任せに振り払うと同時に闘気の刃を放ち、回避先を埋めるように偏差射撃で火球まで飛ばす。
 闘気の刃を魔道具のシールドで受け止めてシーラは最短距離を突き進んだ。回避して火球を受けては爆風で視界が遮られるからだ。

「大したもんだ! そいつぁ親譲りか!?」
「お前……ッ!」

 嘲るような笑みを浮かべるランドルフに、シーラが怒りを露わにする。

「いや、苦労したんだぜ。てめえの親も異様に勘が鋭くてよ! 何せ、失敗したら臭いでもバレちまうからな! どうやって殺ろうかと考えた挙句、馬車の下にゴーレムを仕込ませて貰ったってわけだ! こんな風にな!」

 小型のゴーレムが作り出されてシーラ目掛けて突っ込んでいく。真珠剣が闘気を纏ってゴーレムを輪切りにする。ランドルフはその陰に隠すように小刀を投げつけている。首を傾げるように避けたシーラに向かって、ランドルフが剣を大上段から打ち下ろした。

 剣と剣のぶつかり合う、甲高い音が響く。片手持ちで防ぎ切れないと判断したか、シーラは一刀を捨てて両手で構えて受けた。いつものシーラの動きではない。受け流すか、かわすのが彼女の常だ。
 これは、ランドルフの駆け引き。耳を傾けるだけ毒だ。

「セラフィナ」
「うんっ!」

 俺の意図を察したセラフィナがランドルフから言葉を奪う。ランドルフは更に何事か笑みを浮かべたまま口にしようとしたが、声が出てこない。
 ランドルフの言葉はセラフィナが集めている。俺を憎々しげに見やるが無駄なこと。

「実のある話なら、俺から伝えてやるさ」

 ランドルフの気が逸れたのは一瞬。しかしその時にはシーラが動いていた。ランドルフの、剣を押し込む動きを刀身に沿って流すと、水が流れるように側転して離脱。外套が力を発揮して彼女の姿が掻き消える。

 シーラの外套の下から煌めきを放ちながら真珠剣が飛び出す。足元を狙って投げつけられた真珠剣。ランドルフは驚愕の表情を浮かべたものの、それにすら反応して見せて、大きく飛び退って避けようとした。だが――。

「逃がさない」

 真珠剣の柄頭に粘着糸。鞭のように振り回された刃が大きく弧を描き、ランドルフの太腿を薙いでいった。
 シーラ相手に機動力を奪われれば、それは決着がついたも同じこと。

「そこまでだ!」

 一気に間合いを詰めようとしたシーラの動きを押し留めたのは――屋敷で働いていた使用人を羽交い絞めにして、首に短刀を突き付ける護衛の姿だった。

「てめえら! おかしな動きを見せるとこの女を殺すぞ!」

 捕えられている人達がこういう使われ方をするのを防ぐために……ランドルフの捕捉と同時に地下でカドケウスに暴れさせていたんだがな。
 それにしても自分のところの使用人でも構わず、か。それで人質の効力がどれほどあるかはともかくとして、相当追い詰められているのだろう。

 だが、現実にシーラは、俺を一瞬だけ見て動きを止めた。マジックサークルは使えない。無詠唱でさえ賭けとしては分が悪いだろう。あまり、考えている時間はない。
 ランドルフは歯をむき出して笑うと、剣を片手にシーラへと向かおうとする。空いた手で治癒魔法まで用いている。低ランクの魔法だから癒えるまで時間はかかるが――。

「そら! 武器を捨てな!」

 シーラは人質を取る男の言葉に、無言で表情を曇らせると真珠剣を手放す。
 方法は、ある。一瞬、イルムヒルトに視線を送る。大抵の事態に対処できるよう、充分な魔力を体内に練り上げておいた。それを元に術式を展開。ガルディニスの時もやった、自身の身体を触媒にした体内術式だ。

 扱う術式は二つ。ミラージュボディをその場に残し、転移魔法で背後を取る。自身の身体を触媒にする。反動の痛みは忘れる。転移と同時に背中から衝撃打法を打ち込む。一挙動にウロボロスを打ち落して鎖骨を叩き折り、そのまま股間を蹴りあげた。

「おごああっ!」

 男の身体が一瞬あちこちに跳ねるような動きを見せてから崩れ落ち、その手から使用人が離れる。悲鳴を上げながら、使用人が逃げていく。

 シーラに向かって剣を振り上げていたランドルフが、こちらを見て固まる。釣り上げられた魚のように口を開くが、まだ声を封印されている。まあ、大体何を言っているかは想像もつくが。

「――敗者の弁なら聞いてやってもいいかな」

 刹那の遅れで、剣を振り上げたランドルフの手を、イルムヒルトの矢が貫いていた。
 ランドルフが激痛に目を見開き、レビテーションを使って高速離脱しようとする。そんな雑な動きを見逃すシーラでもない。風のような速度で追い縋ると、両手に握ったソードボアのダガーでランドルフをすれ違いざま切り刻んでいく。

「ぎっ!?」

 ランドルフに声が戻る。口を突いて出たのは悲鳴。血煙が飛び散る。手足の腱を断ち切って戦闘力を殺いではいるが、致命傷は与えていない。

「テオドール!」

 シーラからの合図。魔法を使うなら――生け捕りにするためにまず意識を刈り取る必要がある。

「寝てろ」

 マグネティックウェイブで茨の塊を手元に引き寄せ、ネメアとカペラ、双方の膂力を以って、跳ぶ。跳んで――追い付く。ランドルフの直上。覆い被せるように茨の塊を配置。そのまま上方にシールドを展開。蹴り込んで直下へと高速落下。当然、茨球は磁力線により勢いよく下へと引っ張られる。つまりは、ランドルフの真上から地面へ向かって――。

「待ッ――げべっ!」

 ランドルフは身体全体で迫ってきた茨球を受け止め、奇妙な悲鳴を上げる。そのまま一緒くたになって地面に叩き付けられた。
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