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在原プロデュースのデート。
マイフレグランスの体験コーナーでいきなり在原たちが勝負すると言い出し、私は唖然とした。
何故、いきなり、勝負という言葉が出てくる!?
驚く私を余所に、3人はやたらと盛り上がっている。
完全に仲間外れ状態にぽつんとしていたら、私の担当になってくれた女性がにっこりと微笑みかけてくれた。
「皆さん、仲がよろしいのですね」
「ええ。こういう展開は初めてですけれど」
「まあ、そうなんですか?」
「……はあ」
曖昧に頷くしか、私に残された道はない。
「では、とっておきの一品を作って、後で自慢しましょうね」
その言葉に、私は頷く。
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
にこやかに微笑んだ女性の指導の下、私は自分の香水作りに没頭した。
「今回は5mlのパヒュームを作っていただきます」
しっとりと落ち着いた声で説明が始まる。
「アロマオイルからなるエッセンシャルオイルの濃度は15%を限度にしてくださいね。香水の持続時間は、使用したエッセンシャルオイルによって異なりますが、パヒュームの場合、大体3~4時間程度、香ります。次にノートについてですが、トップノート、ミドルノート、ベースノートの3種類があります。トップノートは、香りの立ちが早く、持続性も短いという特徴があります。香りの第一印象になりますので、華やかな香りを選ばれるといいでしょう。次にミドルノートは、つけてから数分後から香りはじめ、ゆっくりと広がる穏やかな香りで、全体のバランスを整えます。最後のベースノートは、持続性があり、数時間後まで香りを安定させます」
貰ったペーパーに目を通しながら、その説明を聞く。
バランスが大事なので、似たようなグループから選ぶといいのか。
「5mlだと、エッセンシャルオイルは15滴程度だと覚えていただくといいでしょう」
なるほどー。
ペーパーにはトップ、ミドル、ベースそれぞれに適したアロマオイルがグループ分けされ書かれている。
この中から好きな香りを選べばいいのか。
「では次に、香りを確かめてみましょうか。まずはベースを決めましょう」
ベース用のアロマオイルを気になったものから試験紙に落として香りを確かめていく。
「あ。これがいいかも」
白檀の香りも捨てがたいが、乳香の香りも気に入った。
一応、候補としてこの2つを選んでおく。
その次にミドルノートになる香りを選ぶ。
トップはもう決めていたので、これを選べばほぼ終わり。
さんざん悩んだ挙句、フローラル系にする。
バランス重視なので無難な方向に向かってます。
最後のトップはスイートオレンジにした。
オレンジの精油瓶を選び、手に取ろうとしたら、同じくオレンジを選んだらしい橘と指が触れあう。
「あ」
まさかここでぶつかるとは思わなかった橘が、驚いたように声を上げ、私を見て笑みを浮かべる。
「瑞姫もオレンジを選んだの? 気が合うね」
にこやかな笑みを湛えながら、もう1つあったオレンジの瓶に手を伸ばす。
橘がオレンジ。
ふと過ったことがツボにはまり、笑い出す。
「瑞姫!?」
「い、いや。ごめん!! 何でもないからっ!!」
みかんがオレンジという言葉がぐるぐると脳裏を廻り、どうにも笑いが止まらない。
悪いとは思いつつも、やっぱりおかしい。
スイートオレンジの精油瓶を握り締めながら、自分のブースに戻れば、私の担当をしてくれている女性が怪訝そうに首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「いえ。橘が、オレンジ選んだのがおかしくて……」
「……タチバナ……ああ!!」
私の拙い説明に、それでもピンときたのか、納得した表情を浮かべ、同じく吹き出しかけ、慌てて表情を引き締める。
「ええっとでは、配合を決めていきましょうか。大体のところの数量がこちらの紙に書いてありますけれど、若干少なめに入れて、香りを確認しながら作ると失敗はしにくいですよ」
「あ、はい。少な目、ですね」
基本、自分の好みで分量を決めていいらしいが、ある程度の目安があれば、失敗はし辛いのも確かだ。
「エッセンシャルオイルを作るコツは、オイルを調合した後になじませるために1日置いた方が本当はいいです。無水エタノールに溶かしていきますが、アルコールが肌に合わない方はオイルでも大丈夫ですよ」
「そうなんですか」
「ええ。オイルの場合は容器をロールオンにするといいですね。あと、これはできるだけ早く使い切ってください。目安は1ヶ月程度です」
「そんなに早くですか?」
「ええそうです。ですから、量を少なめに作っていく方がいいんですよ。まあ、動物性オイルを使っている市販のパヒュームだと日持ちはしますが、重ね付けはお勧めできません。でも、こちらだと、数時間おきの重ね付けはできますから、意外と早く使い切ることができますよ」
なるほどな。
納得だ。
お仕事なんだろうけど、親切な人にあたってよかった。
エッセンシャルオイルの調合も色々とアドバイスをしてくれて、ほんわかと和む香りができた。
これを分量通りに量った無水エタノールと合わせ、ゆっくりと混ぜていく。
「これを最低1週間、1日1回ゆっくりと混ぜて馴染ませます。3週間置けば、香りが馴染んで完成です。そのあと、1ヶ月以内に使い切ることを忘れないでくださいね」
「はい」
出来上がったばかりのパヒュームを試験紙に吹きかけ、香りを確かめる。
なかなかいい感じだ。
「いい香りですね。これだと馴染むともっといい感じになるでしょうね。はい、こちらが今回のレシピです。控えは取っておきましたので、同じものがほしいときは、ご注文していただければ、こちらで作成してお送りすることもできますよ」
「わかりました。ありがとうございます。ぜひ、お願いします」
自分だけのオリジナルレシピってちょっと嬉しい。
パーティとかに出席すると、大人の女性たちはほぼ皆、香水を纏っている。
外国製の香水が殆どだから、ちょっと違和感感じる時もあるのだよね。
まあ、好みの問題だから仕方がないのだけれど。
未成年である私には、これが最上だろう。
さすがに学校にはしていけないけれど、家で楽しむにはいいだろう。
エタノールをオイルに変えればアロマランプとかでも使えるらしいし。
アトマイザーに詰めてもらって、にこにこしていたら、作り終わったらしい在原たちが作品を私に差し出してきた。
「瑞姫、どれが一番好き?」
期待に満ちた視線が私に突き刺さる。
「え?」
「瑞姫の好みはどれか、選んでよ」
「私が選ぶのか!?」
「当然だろ!」
当たり前だと言いたげに告げる在原に、私は戸惑う。
「彼女が審査委員なんですか?」
私を担当していた女性が笑顔で問いかける。
「だって、今月、彼女の誕生日なんですよ。だから、プレゼントしようって」
「まあ! おめでとうございます。素敵なプレゼントですね」
「え!?」
笑いかけられて、私は驚く。
「瑞姫!! 自分の誕生日くらい、ちゃんと覚えてろよ」
「まあ、瑞姫だからしょうがないよ」
呆れたように言う在原を宥めるように橘が言う。
なんですか!? その、残念な子のような言い方は!!
自分の誕生日くらい、ちゃんと知ってますって。
家族には祝ってもらいましたから。
「自分の誕生日くらい、ちゃんと知ってるって!! 予想外だったから、驚いただけ」
むっとして言えば、生温かい視線が刺さる。
「友達なんだから、祝って当然だろ? 瑞姫だってちゃんと僕たちの誕生日プレゼントくれたじゃないか」
「いや。本気で予想外だった。祝いたいから祝っただけだから、自分がそれに返ってくるなんて想像してなかったし」
アトマイザーを3本、突きつけられ、半ば固まる。
何だろう、この恥ずかしい展開は。
アドバイザーな人たちの生温かい視線がこれほどつらいとは!
「まあ、静稀が何作ろうが、俺の一人勝ちなのは確定しているからいいけどね」
話題をすり替えるように橘が言い出す。
「何を!?」
「俺、トップノートは瑞姫と同じオレンジ選んだから」
「何ですとっ!? ずるいぞ、誉!! 何でそれを言わないんだ!」
目の色を変えた在原が、橘の服を掴んで言う。
「何で俺が敵に塩を送らなきゃならないんだ?」
「敵!? 今、敵って言った!? 誉、僕のこと、敵認定したな!? よし! 受けて立とう。と、ゆーわけで、ぜひ、俺のを選んでね、瑞姫」
くるっと私の方に顔を向けて、にこりと笑って唆してくる。
「……おまえら、底が浅いな。俺は、瑞姫の好みなんて熟知しているぞ。絶対、俺のを選ぶに決まってる」
ふっと鼻で笑った疾風が私にアトマイザーを差し出す。
「ええっと。とりあえず、お茶しようか? それから、香りを確かめてもいい?」
ここは、有耶無耶にして誤魔化そう。
誰を選んでも、在原は絶対、いじられることは決まっていそうだし。
それを考えると、ちょっとかわいそうな気もしないではない。
「あの、ありがとうございました」
彼らにくるっと背を向け、フレグランスコーナーの人たちにお礼を言う。
「他にもいろいろありますから、またいらしてくださいね」
そう言われ、笑顔で頷いて会計を済ませると、その場を後にする。
それに続いて在原たちも移動し始める。
さて。
香りを確かめないと、何とも言えないが、本当に困ったぞ。
自分が作ったのが一番だと言っちゃ、駄目だろうか。