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ソラニワ 作者:緒浜
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011 ephemeral

 【ephemeral】《形》 [1] 儚い、短命な [2] ただ一日限りの



「……“なんでもする”?」
 男がわずかに首を傾げる。照明がまぶしくて、その表情はよく見えない。
「“なんでもする”、ねえ……」
 呟く男の影を、ジインは苦しげに仰いだ。視線と言葉。いま自由になるものは、それしかない。袖が胴体に巻き付いた、何だかよくわからない変な服を着せられて、椅子に座らされている。足も短いベルトで左右を繋がれて、走ったり蹴ったりできないようになっていた。
 手も足も動かせないのに、心臓だけはばくばくと跳ねるように動いている。
 あれから、どれぐらい時間が経ったのだろう。
 部屋には窓も時計もなかった。そもそも、ここは部屋と呼べるのだろうか。わずかな凹凸もない壁と床。ピンポイントに自分だけを照らし出す照明も、別室のモニターに繋がっているであろう監視カメラも、音もなくスライドする電動ドアでさえ、壁や天井にきれいに埋め込まれていて、すべてがフラットで無機質だ。
 部屋というより、四角い箱と呼ぶほうが近い。
 この部屋で平らでないものは、椅子と自分、そしてこの男だけだ。
 出来の悪い人形のような格好のまま、ジインは待った。“なんでもする”という言葉を、この男がどう取るかはわからない。けれど、そんなことはどうでもよかった。
 ソラが捕まった。
 “ヒトガタ”として、魔法院に。
 捕らえられた“ヒトガタ”がどうなるかをジインは知らない。けれど、当然ヒトとして扱われないだろうことはわかった。檻かなにかに入れられて、酷いことをされるのかもしれない。もしかしたら、魔法の実験台にされて――……。
 見えない何かが、ひやりと首筋をかすめた。
 頭を振って、ジインは不吉な考えを追い払おうとした。けれど不安はどこからともなく忍び込んで、じわりじわりと心に冷たい染みを作っていく。
「……お願い、します」
 声が震えるのは、恐怖のせいだけではない。
 悔しかった。
 自分が、ソラが、いったい何をしたというのだ。
 連れ去られ、引き離され、こんなところへ閉じ込められて。
 できるなら、わき上がる怒りや憎しみをそのままぶつけてやりたい。
 けれど、それはできなかった。
 ソラの命は、この男の手に握られているのだ。
 屈するしかなかった。
 身震いするほどの悔しさを押し殺して、ジインは言った。
「お願いです。なんでもします。あなたたちの言うことは、何でも。魔法士として一生ここで働けと言うなら、そうします。だからソラを……」
 ソラを、殺さないで――……。
 男が一歩近づいた。自分から跳ね返る光で、その顔が少し明瞭になる。
 灰色の髪。紺色の制服。思っていたよりも若い。
 唇の端を笑みに歪めてはいるけれど、眼鏡の奥の瞳は少しも笑っていない。
「……そんなに“ソラ”が大事かい?」
 凍てついた刃のような灰色の双眸。
 その瞳がどんどん冷えていくように見えるのは、気のせいだろうか。
「世界中の誰よりも、何よりも……自分の、命よりも?」
 男の唇から、ふいに笑みが消えた。
「じゃあさ、死んでみて」
「……え?」
 言葉の意味が理解できず、ジインは瞬きした。
 男が再び笑う。双眸は冷たくこちらを見据えたまま、頬の筋だけが吊り上がった、不自然な笑顔だ。まるでバラバラに切り貼りしたコラージュのようで、気味が悪い。
「“ソラ”のためなら“なんでもする”んだろう? それなら、今ここで死んでみせてよ」
 一度もまばたきしない男の目を、ジインはただ戸惑いながら見返した。
 この男は、いったい何を言っているのだろう。
 イマ ココデ シンデミセテ ?
 なにかの冗談だろうか。
 けれど、男の目は少しも笑っていない。
 心のどこかで警鐘が鳴り始める。
「そうだなあ、自分で息を止めるのはさすがに無理だろうから、舌を噛むとかさ」
 舌を出して、男は軽く噛む真似をして見せた。
「ほら、こうやって思いきり、ぐっと噛むんだ。ああ、子どものあごの力じゃ無理かもしれないね。手伝ってあげよう」
 言いながら、男が近づいてくる。
 なにを。
 この男は、いったい何をするつもり。
 男の手がゆっくりと頭の上に置かれた。
 まさか。
 まさか、本当に?
 もう片方の手があごに触れそうになった瞬間、ぞくりと悪寒がした。
「……っ!」
 がたん、と椅子が揺れる。身をよじって振り落とした男の腕が、目の前にだらりと垂れ下がった。
「死ねないの?」
 優しく撫でるような声音に、全身が粟立つ。
「ね、死ねないのかい?」
 重ねて問われる。心臓がばくばくと耳元で鳴った。
 “何でもする”――そんなもの、よくある台詞だ。
 “何でもする。だからどうか、命だけは”
 弱肉強食が基本の『貧困街』なら、週に一度は耳にする言葉だ。
 嘘を言ったつもりはない。本当に何でもする覚悟はある。
 けれど、これは。
 この男は――……。
「“何でもする”って言ったのに」
 あごを掴まれる。反射的に歯を食いしばり、唇を固く結んだ。
 灰色の双眸に、瞳を覗き込まれる。笑んだままの唇が、ゆっくりと動いた。
「じゃあ、きみは嘘つきだ」
 次の瞬間、耳のあたりに衝撃を受けて、一瞬目の前が真っ暗になった。
 殴られたのだと理解したのは、頬に床の冷たさを感じてからだ。
 頭の芯がじんと痺れ、自分を中心に世界が回る。急激にまぶたが重くなった。
「きれいだなあ」
 鼻の下を拭われる。その指先が、薄暗がりでもあざやかな赤い色に濡れていた。
「やっぱり血は、生きているものから出るのが一番きれいだね」
 朦朧とした意識の中で、ジインはただぼんやりと自分の血を弄ぶ指先を見ていた。
 床で打った顔半分が熱い。鉄臭い味がした。口の中も切れたのだろうか。
 何より、とても眠たい。
「それとも、あれかな。きみは『オリエンタル』だろう。“肌は粉雪、髪は夏影、瞳は神の吹硝子”と謳われる人種なら、血の色も普通より鮮やかなのかな」
 男の顔からすべての表情が消えた。
「もっと、見たいな」
 胸ぐらを掴まれ、体が少し浮き上がる。頭がぐらりと傾いだ。
 なにも考えられないまま天井を仰ぐ。
 ああ、どうしてこんなに眠いのだろう。
「ねえ、“ソラ”はどうなると思う?」
 その一言に、心臓が跳ねた。一気に意識が明瞭になる。
 その途端、強かに打った肩が、頬が、鼓動に合わせてずきずきと痛み出した。
 にいっと笑って、男が耳元に唇を寄せる。
「“ヒトガタ”の使い道は色々あるんだ。生体での実験や解剖……魔法士の技能演習に使うこともある。もちろん、生きたままでね」
 体が震え出す。呼吸が荒くなり、心臓が壊れそうなほど速く脈打ち始めた。
「きみの扱いに関しては長老会が話し合っている途中だけど、今の長老会にはきみと同じナチュラル・バースの魔法士が一人いてね。その手前、きみはおそらく魔法院で他の院生たちと一緒に魔法士としての訓練を受けることになるだろう。つまり、きみが“ソラ”を解剖する機会もあるかもしれないってことだ……ふふっ、楽しみだろう?」
 毒を含んだ囁きが、まるで耳にねじ込まれるようだ。
 やめて。やめてくれ。
 そんなこと、聞きたくない。
「解剖より技能演習のほうがおもしろいかな? 初めのうちは、あらかじめ弱らせた奴を使うからね、そう難しくはないんだ。まずは動きを封じるために両目と手足を狙って、次に『核』を……」
「やめて!」
 叫んでいた。
 やめて。やめて。何でもする。自分が身代わりになってもいい。だからどうか、ソラだけは――……。
「いいよ」
 声を落として、男が囁いた。
「何でもする……きみがそこまで言うのなら、“ソラ”は生かしておいてあげよう。実験にも訓練にも使われないよう、手をまわしてあげる。そのかわり……」
 男が手を放した。体が床に落ちる。
 ぱきん、というガラスを割るような音に、ジインは視線を上げた。
 男の手に何かが現れる。細長いガラス棒のようなその物体は、『貧困街』へやって来た魔法士たちが一様に手にしていたものだ。
 魔法使いの杖、みたいなものだろうか。
 見る間に長さを増したそれが、とん、と肩に軽く触れた。
「!!」
 鋭い痛みが、肩で弾ける。
 身を縮め、思わず漏れそうになった悲鳴を寸でのところで呑み込んだ。
 視界の端、破れてもいない白い拘束着にぽつぽつと血が滲む。
 肌だけが、裂けた。
 これは……魔法?
 男が笑う。笑っている。本当に楽しそうな声で、笑っている。
 この男は……。
 唇を噛み締め、脂汗を滲ませながら、ジインは男を睨み上げた。
 照明を背にした男の姿は、今や灰色の影にしか見えない。
 その腕が、透明な杖をゆっくり、ゆっくりと振り上げる。
 これは、なんだ。
 自分の身に起きている、これは。
 目の前で笑っているこの男は。
 こんなのは、おかしい。
 まともじゃない。
 狂っている。



 ――それでも。



「そのかわり、これはきみとぼくだけの秘密だ」



 これで、ソラが助かるのなら。



「――ジイン!」
 揺さぶられて、目を開ける。闇の中に空色が見えた。
 明るく鮮やかな、まるでそれ自体が光を放つような青。
「……ソ、ラ?」
 空色の瞳が瞬く。顔をのぞき込んでいたソラが、心配そうに眉をひそめている。
「大丈夫?」
「あ……どこだ、ここ」
 言いながら視線を廻らす。黒い床、黒い壁。天井が低い。身じろぐと、体の下でトタンがぱきりと音を立てた。ソラのすぐ後ろ、絡み合った配管の上を大きなネズミが駆けていく。
 闇の向こうにぽつぽつと見える光は星だろうかと考えて、ああそうかと思い出す。
 『彩色飴街』東十七楼三十二層。三十二.五層と言うべきだろうか。ここは下層から見れば天井裏、上層から見れば床下に位置する、階層と階層の狭間のデッドスペースだ。
 遠い星のように見えるのは、深い谷を隔てた対崖の街の光。
「大丈夫? どこか具合が悪いの?」
「あ……いや。だいじょうぶ」
「でもすごい汗だよ」
 言われて額に手をやる。確かにすごい汗だ。頭がずんと重みを増し、目の奥がしみるように痛む。
 ほんの少し仮眠するはずが、思いのほか深く眠ってしまったらしい。
 求紅のところを出発して半日。こちらを探しているらしい人間を何度か見かけはしたけれど、検問にかかることも賞金稼ぎに出くわすこともなく、行程はいたって順調だった。ここはもう街の東側で、無認可の積み荷を扱う密航港までは半日あれば十分の距離だ。けれどここから先は地上へ戻り、この街でもっとも最も危険な地域である『裏』を通らなければならない。人通りの少ない時間帯に動くのは返って目立つからと昼の間は身を潜めることに決め、けれど宿にはすでに『裏懸賞金』の話が回っているかもしれないので、決して人目につくことのないこの層と層の狭間で休むことにしたのだ。
 全身に気だるさが重くのしかかる。体を休めていたはずなのに眠る前より体調が悪いなんて、ものすごく損をした気分だ。
 それもこれも、すべてあの夢のせいだ。
 舌打ちしそうになるのを堪えて、両手で顔を覆い深くため息を吐く。
「すごくうなされてたんだよ。あんまり苦しそうだったから、何かの発作でも起きたのかと思った」
「そんなんじゃないよ」
 無理に笑顔を作ってみせるが、顔が強張って上手くいかなかった。おそらくぎこちなく映ったであろう笑みにソラは何か言いかけたが、結局なにも言わないままかたわらのザックをごそごそと探った。
「お水飲む? あんまり残ってないけど」
 取り出したのは、つい数時間前に小さな店で買ったペットボトルだ。
「うん……ありがとう」
 しっかり受け取ったはずのボトルが指を滑り落ちて、ごとんと床を転がった。
「あ、あれ……?」
 自分の手を見下ろす。そこで初めて、ジインは自分の手がひどく震えていることに気がついた。
「ジイン?」
「何でもない」
 ソラの視線を避けるように、ジインは体を背けた。震えを押さえ込むように、拳を強く握り込む。けれど震えは治まるどころか、伝染するように全身に広がっていった。
 戸惑いながら、ソラが背中をさする。
「どうしたの? やっぱり、どこか具合が悪いんじゃ……」
「違うよ、何でもない。ちょっと冷えただけだ。すぐに治まる……」
 大丈夫、と無理に明るい声を出す。
 抑え込もうとすればするほど、震えはひどくなる一方だった。
 ――きみは、何を期待しているのかな?――。
 ふいに脳裏をよぎった声に、全身が粟立つ。
 ――仮に“ソラ”を自由にしたとして、きみは彼をどうするつもり?――。
「うる、さい」
 うるさい、うるさい、うるさい。
 どうして今、それを思い出すんだ。
 すべては順調に進んでいる。
 このままいけば、明日の今頃にはもう空の上にいるはずだ。
 この国を出て、ソラと二人で空の向こうへ。
 夢にまで見た明日が、すぐ目の前にあるのだ。
 それなのに。
 ――たとえ空の果てまで逃げたとしても、現実からは逃げられない――。
 鼓動が高鳴る。息が苦しい。
 ――いつか“その時”が来たら、きみが――。



 きみが、その手で“ソラ”を殺すのかな?



「ジイン」
 手の上に、手が重なる。
 顔を上げると、空色の瞳と目が合った。
 明るい真昼の空の色。雲ひとつなく晴れ渡っていた、あの冬の空と同じ色だ。
 あんまりきれいだったので、それをそのまま名前にした。
 あの日、この手で拾い上げ、自分が名付けた小さな命。
「何があったの?」
 真剣なまなざしが、まっすぐにこちらを見つめてくる。
「寒いなんて嘘だよね。……魔法院で、なにかひどいことされたんじゃないの?」
「……されてないよ、そんなこと」
 内心どきりとしつつ、なんとか表情は崩さずに嘘を吐く。昔から嘘は得意だったけれど、この瞳に見つめられながら吐くのは苦手だった。
 その視線がふいに逸れる。
「“やめて”って」
「え?」
「寝言。“やめて”って、言ってた」
「……おれが、今?」
 ソラがこくんと頷く。低く呻いて、ジインは頭を抱えた。
 恥ずかしい。情けない。もう最悪だ。
 ソラが袖を引っぱった。
「ねえ、魔法院で何があったの? うなされるほど怖いことって何?」
「だから何もないって言ってるだろ」
 思わず棘のある言い方をしてしまい、ソラが少し不機嫌な顔になる。
「じゃあどうして、そんなに体が傷だらけなの?」
「え、傷?」
 あっと声を上げ、ソラが口を押さえた。明らかに「しまった」という顔をしている。ややあってから、ジインもあっと声を上げた。
「なんで傷のこと、知って……いつ見たんだ」
「見てません。なんっにも見てません」
「うわー嘘くさ! え、でも本当に、いつどこで? ……うっ! まさか、透視っ?!」
 あまりにも視力が良過ぎて繊維の間からもものが見えるように?
「できるわけないだろ、そんなこと」
 冷静につっこまれ、顔が熱くなる。一瞬本気で考えてしまった自分が恥ずかしい。
 ごまかすように、ジインはソラを睨んだ。
「じゃあ、いつどこで見たんだよっ」
「あー、ええと、ほら、着がえの時にちらっと見えたんだよ」
「おまえの前では着がえてない」
「あ、あれ? そうだった? じゃあ寝てる時に服の隙間から見えたのかな?」
 ソラの視線が泳ぐ。ものすごくあやしい。
 じっと疑いの眼差しを向けると、ソラは頬を赤らめた。
「い、いつ見えたかなんてどうでもいいだろ! それよりジインの傷こそ、いつどこでやられたんだよ?」
 問われて押し黙る。言えない。
 言えるわけがなかった。
 だから見られないように気をつけていたのに。
「……体術の訓練で出来た傷だよ」
 ぼそりと呟くと、ソラが眉をひそめた。
「腕とか脚には傷がないのに?」
「おっ、おまえほんとにどこまで見たんだ!」
「どどどどこも見てません!」
「すっごいあやしい! なに隠してんだ白状しろ!」
 ソラの両手首を掴んで頭の上まで引き上げる。
「わああっ! なにも隠してないってば!」
「嘘つけ怒らないから言ってみろ!」
「もう怒ってるじゃん!」
 大声に驚いたネズミが逃げ去っていく。そちらに一瞬視線を向けたソラが、ジインの腕を見てぴたりと止めた。
「あ……止まった?」
 言われて自分の両腕を見る。震えはいつの間にか治まっていた。呼吸も鼓動もいつもどおりだ。
 密かに胸を撫で下ろし、ほっと安堵のため息をつく。
「ね……本当にさ、何があったの?」
 まだ心配そうなソラの腕を下ろして、微笑む。今度は上手く笑えた。
「何もないよ。訓練の時にちょっとヘマしただけだ。大したことじゃない。考え過ぎだよ」
「……本当に?」
 空色の瞳がじっと見つめてくる。
 昔から、どれほど遠く小さなものでも、どれほど深い闇であっても、ソラの目に見えないものはなかった。
 そしてこんな時は、心まで見透かされそうな気がして、少し怖い。
「考え過ぎだって言ってるだろ。しつこいぞ」
 軽く睨んで、その頬を痛くない程度につねる。驚くほど温かい。ちょっと熱すぎるくらいだ。冷えきった指先がじんとしびれる。普通なら熱でもあるのかと疑うところだが、風邪ひとつひいたことのないソラに限ってそんな心配は無用だった。おそらくは、低い気温に合わせて無意識に体温を上げている、そんなところだろう。
「相変わらず便利だな……」
「へ?」
 ソラがきょとんと首を傾げる。
「なんでもないよ」
 小さく笑って、ジインはソラの頭をくしゃりと撫でた。
 陽の光を縒ったような金色の髪。
 指の間をすり抜けていくこのくすぐったい手触りが、ジインはとても好きだった。
 赤ん坊の頃から変わらないこの金色を、何度こうして撫でたことだろう。
 気づかないはずがなかった。
 ソラの体が、自分やヒトとは違うこと。
 ソラが、“ヒトガタ”だということ。
 気づかないはずがない。
 だってソラは、自分が育てたのだ。
 この手でミルクを飲ませ、この手でおむつを替え、この手で慈しんできた。同じベッドで眠り、笑い、パンを分け、おしゃべりをして、手を繋ぎ、髪を撫で、時には叱って……。
 そうかもしれないと思った。そうでなければいいと、思った。
 たとえそうであってもかまわない。“ヒトガタ”だろうが何だろうが、そんなことはどうでもいい。
 ソラは、ソラだ。
 そう思っていたし、今でもそう思っている。
 けれど。
 ――ねえ。本当は、わかっているんだろう?――。
 わかっている。本当は。



 いつかソラが、ソラではなくなるかもしれない、と。



 知っている。わかっている。
「それでも、おれは……」
 一分一秒でも永く。
 この瞳を、温もりを、守るためなら。
「……なんでも、するよ」
 たとえその先に。
 思い描いた明日が、なかったとしても。

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