4-5.蚤の市(2)
※8/16 誤字修正しました。
サトゥーです。儲け話を持ちかける詐欺師はどこの世界も同じ雰囲気なんでしょうか?
もっとも、この世界では詐術スキルを持っているだけで逮捕されそうですが……。
◇
白い点だけだったレーダーに赤い点がポツリと表示される。
すぐ側だ。
男はよろめくような振りをしながら、まっすぐオレに突っ込んでくる。手には高そうなビロードの布に包まれた箱を抱えている。詐欺師というか強請りタカリの類だろう。
普通なら避けられない距離と速さだが、自然な感じで避ける。
周りからは男が突然一人でこけたように見えるだろう。事実その通りなのだが……。
「あああ! 家宝の壷が!」
とか叫び出すが、もうオレ達は側にいない。
オレが避けた後、男を完全無視して歩き出したのを見てリザとアリサも、ちゃんと付いてきている。アリサも悪意感知で気が付いたみたいだ。
「おい、お前! 逃げるな!」
男が砕けた家宝の壷とやらを片手にこちらに掴み掛かってくる。
掴み掛かってくるのにタイミングを合わせて男を昏倒させる。周りから見ると激昂しすぎて気を失った様に見えたはずだ。
格闘スキルだけの時はここまで自然にはできなかったが、拉致スキルを覚えてからは周りから気がつかれずに無力化するのが上手くなった。
オレは気絶した男を丁寧に路地裏に持たれかけさせる。放置する前に仲間がいるかもしれないので男のステータスを確認したが犯罪ギルドの一員というわけではないようだ。
起きるまでに身包みはがされるかもしれないが命まで取られる事はないだろう。
「やっぱ治安悪いね~」
「そうだな、初めて東街に来たときは、あっという間にサイフを持っていかれたからな」
そういえば治安の悪い区画のはずなのに、けっこう高額商品を扱っている店が多いな。防犯は大丈夫なんだろうか?
他人事ながら心配になる。
注意して見てみると明らかに商品じゃなく人を見ている体格のいい男達が数人ずつで闊歩している。
AR表示を確認すると所属が、東地区自警団とか番犬ギルドなどになっている。幾つかの団体が共同で警備しているみたいだ。
◇
今居るのは蚤の市でも焼き物を中心に扱っているエリアだ。飲み薬を入れる瓶や軟膏をいれる蓋付きの容器を買う。瓶はガラスじゃなく素焼きの物だ。これは入門セットに入っていた物と同じだが、薬が変質したりしないのだろうか?
そういえば錬金術セットを買ったのに未だに一冊も読んでないな。
少し先に人だかりができている。
「何かしら~」とアリサがチョコマカと人だかりに潜り込んでいくが、しばらくしてつまらなさそうな顔で帰ってくる。
「何だったんだ?」
「魔法のオモチャだって言うから期待したら……魔力を注ぎ込んだら回り出すコマよ? しかも一つ金貨1枚だって言うし、あのひとだかりも物珍しさで見ているだけね」
なんだと?
「その魔力はどういう風に注いでいた?」
「円盤の部分が魔法の道具本体っぽくて、その円盤を直接持って魔力を注いで手を離すと回り出すみたい。何? あんなオモチャに興味あるの?」
オレは「オコチャマ」と得意げに言うアリサを放置して人だかりの方に行く。実演が終わって人が去っていく。
露店に置いてあったのは鑑定名「回転円盤」という品だった。説明文は例によってアレなので読まなかった。直径20センチとコマにしては大きい。相場は金貨2枚。
もっとコマを回してほしいとせがむ子供に店主は魔力が切れたからと断りを入れている。
「こんにちは、良かったら魔力を注ぎましょうか?」
「悪いねニイサン。円盤を両手で持って右手から左手に魔力を流すようにしてみて。しばらくして円盤の青い線に光が灯るから、そこまで注いだら台の上に置いて静かに両手をはなして」
魔力2ほど注ぐと充填が完了した。
手を離すときにタイマーを見ながら切りのいいタイミングで離す。
コマを見つめるとAR表示で回転数が表示される。
毎分600回転で10分か。しかも魔力が切れるまで回転は一定だった。トルクがどのくらいあるかにもよるが色々な用途に使えそうだ。
さっきのアリサの様に興味を持って見に来る人もいるが、金額を聞いて去っていく。
「店主さん、ちょっと試したい事があるんだ。壊れたら買い取るから試させてもらえないだろうか?」
「できれば壊れる前に買い取ってほしいんだけど……」
店主が当然の言い分を言ってくるが、まったく売れてないので少しでも売れる可能性のある事に賭けたいのか実験を許可してくれる。
アリサに頼んで魔力を注いでもらう。消費魔力を聞くと魔力5だそうだ。個人差があるのか?
回転速度はさっきと同じ。3分ほど経過したところで円盤を左右からゆっくり押さえてみる。子供達からはブーイングが出たが無視した。
意外と回転力は強そうだ。ラジコンのモーターくらいの力がある。
>「実験スキルを得た」
>「検証スキルを得た」
金貨を取り出しながら、ダメ元で製作者を聞いてみたらアッサリ教えてくれた。王都のジャハドという名前の老魔術士が作ったらしい。
どうも役に立たない魔法の道具を作る事で有名らしい。
金貨1枚もしたが4つ買った。色々使えそうだ。
「アンタ、そんなもの「アリサ。ご主人様に無礼です」
アリサの声を遮る様にリザの叱責が飛ぶ。今までもけっこうタメ口だったんだが「アンタ」呼ばわりは許容できなかったらしい。
「う~、ごめんなさいご主人様」
アリサが珍しく素直だ。
リザが怒ると迫力あるからな。普段が温和で良かった。
「それで何を言おうとしたんだ?」
「オモチャより、私に魔法書買ってほしいと言いたかったの」
「生活魔法の本ならあるぞ?」
「そんなのより戦いの役にたつのが欲しいの!」
うん、生活魔法の本の著者が嘆いていた気持ちがちょっと分かった。
今のメンバーだと回復魔法の使い手が欲しいな。
地図を買いに行くときに連れていく約束をした。魔法屋は当分営業していないと思うんだが、それでも行きたいらしい。
◇
「そこの若様、少しお時間を頂けないでしょうか?」
初めは自分が呼ばれているとは思わなかったんだが、無視していると前に回りこまれてしまった。
見た目は柔和な紳士だが、目が蛇だ。
「なにか御用でしょうか?」
「若様は竜白石という錬金術の素材をご存知でしょうか?」
「いえ、無学なもので存じません」
そういうと紳士は大袈裟な身振りで嘆きながら話を続ける。
「これはご存知かと思いますが毒消しという物は毒に合わせて1つ1つ違う種類が必要になるのです」
「ところが、この竜白石を錬金術で加工した毒消しは全ての種類の毒に効くのですよ!」
「もちろん普通に生活していて毒を受けることはないでしょう」
「ですが、迷宮に入る探索者達はいつ毒を持つ魔物に遭遇するかもしれないので毒消しは必須なのです」
「しかし、探索者は戦利品を持ち帰るためにも手持ちの品を減らす必要があります」
「そのため、迷宮都市では竜白石を使った万能の毒消しは大変高値で取引されるのです」
こちらが口を挟むまもなくセールストークを独演する。
適当に聞き流していたが、そろそろ本題に入ってほしいものだ。
「この良質の竜白石を、特別に! 若様だけに特別な価格でお譲りしたいのです!」
要は竜白石は迷宮都市で売れるから買えって事か、長いよ。
「お話しの趣旨は分かりましたが、あなたが直接迷宮都市まで売りに行けばいいのでは?」
「もっともなのですが、私はこれから南方に買い付けに行かなければならないのです。ですので商才溢れる若様にお譲りしたいのです」
何を根拠に商才溢れると思った?
だいたい、こんな場所で個人に売らなくても商会に売ればいいのに。胡散臭い事、この上ない。
「こちらがサンプルです、鑑定書もありますよ」
彼が差し出す小石サイズのアイテムは鑑定スキルで見ても竜白石と出ている。万能毒消しの素材なのかどうかまでは判らない。逆引きも欲しいものだ。
相場はそのサイズで銅貨1枚だ。
適当に断って帰りたいのだが、エセ紳士は押しが強く。なかなか離してくれない。
結局、彼の馬車にある在庫を見る事になった。
馬車の上には丁寧に防水布に包まれた小岩のようなサイズの塊がある。
エセ紳士は防水布をめくって真っ白な岩を見せてセールストークを続ける。
ちょうどいい人がこっちに来るのが見えた。彼を巻き込もう。
「どうです、この品質。迷宮都市までもっていけば、金貨100枚近い価値があるでしょう。若様のように才気あふれる方だからこそお譲りしたいのです」
「残念ながら金貨100枚も手持ちがありませんよ。せいぜい金貨20枚といったところですね」
少し渋い顔をするエセ紳士。だが彼の目じりが少し動いたのが見えた。
「難しいですね、金貨30枚までなら負けられるのですが……」
「そうですか、残念です。では、このお話しは無かったという事で」
そう言ってさっくりと引く。
エセ紳士があわてて食いついてくる。
「いえ、若様の将来性に掛けましょう、今回は先行投資という事で金貨20枚でお譲りします」
オレはエセ紳士を無視して横を通り過ぎようとしたノームに話しかける。錬金術店の店長さんだ。
「こんにちは店長さん」
「誰じゃキサマ?」
「先日、お店でセットを売っていただいた駆け出しです」
「そうか、修行に励んでおるか?」
「はい、まだまだ難しいですが」
「一朝一夕でできるものでも無いからな」
「そうだ店長さん、この方が竜白石というものを商っているそうなんですよ。店長さんの所で仕入れたらいかがです?」
そう言って馬車の上の岩塩の塊を指してやる。そうエセ紳士改め詐欺師は本物の竜白石の小石で引っ掛けて岩塩の塊を売りつける詐欺師だったわけだ。
「何を言っておる、岩塩ではないか」
「え~! これは岩塩なんですか!」
大袈裟に驚いてから「どういう事なんですか!」と詐欺師に詰め寄る。
逃げるなら放置しようと思っていたんだが、店長のお供の大男がすばやく動いて詐欺師を締め上げて連行していってしまった。
君ら素早すぎるよ……。
「つまらん茶番に巻き込みおって」
店長は面白くなさそうに憤慨している。
「助かりました」
「ふん、キサマなら鑑定で最初から判っていただろう。蚤の市で掘り出し物の素材を買いに来たのに小物の処分をさせられるとはな」
店長さんを宥める時に、さっきのコマの話をしたら彼はオレを放置してその露店に駆けていった。
調合の攪拌作業にでも使うのを思いついたんだろう。
本編での描写はまったくありませんが、錬金術屋の店長さんはセーリュー市の錬金術士達のまとめ役です。組合というよりは互助会といった感じです。