10-32.魔人薬(2)
※11/5 誤字修正しました。
サトゥーです。嫉妬といえば恋愛がまず思い浮かびます。でも、意外と他者の成功への嫉妬も根深いようです。
◇
「急用ができたので屋敷の方に戻る。レリリル、悪いが工房の後片付けを頼む」
「はい、了解しましたサトゥー様!」
あれ~? なんだろうレリリルの様子が変だ。小僧呼びどころか「様」付けでオレを呼ぶなんて。キラキラした目で見送ってくれるレリリルに手を振って、転移で戻った。そういえば、人工皮膚を作り終わった後くらいから、静かだった気がする。
さて、瑣末事は置いておいて、ルルの救援に行かねば。
直ぐにでも転移で戻りたいが、先に状況をチェックだ。
まず、マップで屋敷を確認する。屋敷には10人ほどの衛兵と、2人の高レベルの騎士が来ている。全員、太守の部下だ。
謎だな。何の用だろう?
屋敷の地下室を「遠見」の魔法で確認してから転移で帰還する。
ドンドンと叩かれる地下室の扉を無視して、執務机の上にストレージから取り出したペンとインク、それから数枚の紙を置く。さらに燭台と蝋燭をも取り出して火をつけて執務机の上に置いた。最後に印章の指輪も置いて準備完了だ。
できれば、無駄に終わってくれよ。
閂を開けて扉を押し開け、機先を制して怒鳴りつける。
「やかましい。集中できないだろう!」
「も、申し訳ありません。士爵様には、魔人薬使用の嫌疑が掛かっております。太守の公館まで出頭願います」
「オレが魔人薬?」
話しながら地上に戻る。
どうやら、歳若いオレ達のレベルが異常に高いので、オレ達が魔人薬を使用しているのではないかと疑われているそうだ。
バカバカしい。効果に比べてリスクがデカ過ぎるだろう。レベルを上げるのだけが目的なら、そんな薬を使わなくても10日もあれば50レベルくらいいけそうだ。
「ご主人さま」
「大丈夫だよ、濡れ衣もいいところだ。どうせ侯爵夫人に用事もあったから、ついでだと思おう」
それにしても誰の差し金だろう?
侯爵はオレの事を金蔓だと思っているはずだし、デュケリ准男爵も娘の件で貸しがある。ありそうなのは、侯爵の取り巻き達が自分達のポジションを奪われないようにと暴発したパターンだ。
ミテルナ女史に留守を頼んだ時に、小声で忠告された。
「旦那様、審議官のヴィラス男爵は、看破スキルを悪用して出入り業者や使用人の弱みを握るという噂を聞いた事があります。ご注意下さいませ」
なるほど、魔人薬と関係無い事を聞かれたら話をそらすか、異議を申し立てればいいわけか。心構えをしておけば、流される事もないだろう。その辺は交渉や腹芸スキルに頑張ってもらおう。
ミテルナ女史の助言に感謝の言葉を返しながら、地下室を遠見の魔法で見る。続けて「理力の手」で地下室の執務机にあるインク瓶の蓋をあけ、羽根ペンでメモ用紙にミテルナ女史への指示を書き込む。もう1枚に救援要請の手紙を用意して、オレの印章で封蝋をする。印章と蝋燭は、そのままストレージに回収した。
ここで、直接言わなかったのは、黒幕に先手を取られない為だ。少し汚い字になってしまったが、充分判読できるはずだ。
「そうだ、ミテルナ。地下室の執務机のインク瓶の蓋を締め忘れたんだ。インクが乾く前に蓋を締めておいてくれないか?」
「畏まりました旦那様」
太守公館の用意した馬車で公館へ向かう。迷宮のアリサ達に、事情を説明してしばらく迷宮にいるように指示した。
◇
オレとルルが連れてこられた太守公館は、東門のすぐ傍にある大理石でできた3階建ての大きな建物だ。
「ペンドラゴン卿、審議官を呼んでまいりますので、しばらく、この部屋でお待ちください」
高級官僚っぽい慇懃な青年が、案内してくれた先は、国賓向けの異様に立派な部屋だった。めったに来られない場所なので、「撮影」の魔法で調度品などの内装をいろいろと記録しておいた。
「ルル、肩の力を抜いて、ここに座りなよ。なかなかの座り心地だよ」
オレが腰掛けたソファーの後ろで立っていたルルを、オレの横に座らせる。部屋の隅に待機していた部屋付きのメイドさんに、2人分のお茶を頼んだ。
ルルの頭を優しく抱き寄せて、小声で心配が必要ない理由を囁く。ルルの顔が赤くなっていたので、メイドさんに勘ぐられる事はないだろう。砂糖でも吐きそうな表情を一瞬見せるあたり、メイドの修業が足りていないと思う。
ようやくルルが落ち着いた頃に、審議官とやらが到着した。しかも、こちらを威圧するつもりなのか、6人の重武装の騎士までいる。レベル20~30の手練だ。
「はじめまして、ペンドラゴン卿。私は審議官のヴィラス男爵だ。ああ、座ったままで結構。審議は直ぐ終わる」
審議官は、禿頭に薄い眉の男で、魔法生物ラカと同じ「看破」のスキルを持っている。確か嘘と本当を見分けるスキルだったはずだ。そういえば、この男爵とは初対面だ。あとは副太守の伯爵さんに会えば、迷宮都市の爵位持ち貴族はコンプだな。
「では、私がする質問に、『はい』か『いいえ』で答えてくれ。余計な補足や注釈は不要だ」
メガネを掛けていたらキランと光りそうな、キメ顔で審議官が注意する。
「審議官ヴィラスが問う。貴殿は魔人薬を自身に投与した事があるか?」
「ありません」
「審議官ヴィラスが問う。貴殿は魔人薬を他者に投与した事があるか?」
「ありません」
「審議官ヴィラスが問う。貴殿は魔人薬を他者に投与を指示した事があるか?」
「ありません」
長い。
1回に1つの質問しかしないのは、ごまかしが利かないようにするためだろう。
「審議官ヴィラスが問う。貴殿は魔人薬の作り方を知っているか?」
最後に来たヤバい質問は、答える必要がなかった。
◇
「ヴィラス卿! どういうおつもりですの? ペンドラゴン卿は、息子や国賓の王女を迷賊達から救い出してくれた。いわばセリビーラ市の恩人ですのよ。魔人薬などに関わっているなら、その手先になっていた迷賊を生かして地上に連れ帰るわけがないでしょう!」
部屋に入るなり長文の文句を言ってきたのは、アシネン侯爵夫人だ。後ろには侯爵本人もいる。虎の威を借るキツネバージョン2だ。今回はコネというよりはワイロパワーなのがアレだが、ちゃんと役に立っているから先行投資と思おう。
「妻の言う通りだ。誰の指示で、ペンドラゴン卿を連行してきたのかね?」
やはりオレを逮捕したのは、侯爵の指示じゃなかったのか。
「い、以前よりペンドラゴン卿とその家臣達の年齢に不釣合いな強さが、サロンでも話題になっていたので……」
「つまり、君はサロンの益体もない噂話に乗せられて、同じ貴族の一員である彼に、屈辱的な審議を受けさせたと言うのだね?」
「太守様、そ、それは誤解です――」
どうも、オレが侯爵夫人のお茶会に参加したのが目障りだった勢力がいるみたいだ。新参の挨拶と1回お茶会に参加しただけで目くじらを立てるとは、えらく狭量な人物がいたもんだ。
ヴィラス男爵を責める侯爵に便乗して質問したところ、魔人薬の審議から始めて、関係ない事柄を問いかけて弱みを握るのが目的だと脂汗を流しながら白状してくれた。副太守の伯爵が彼を唆したのだそうだ。
ここまで不自然に白状してくれるのは、尋問スキルと脅迫スキルの効果かもしれない。両スキルは普段OFFにしておいた方がいいかな。
男爵と彼を炊きつけた副太守の処分は、侯爵が請け負ってくれた。侯爵夫人が後ろで満足そうにしているので、任せても大丈夫だろう。精々、厳重注意くらいだとは思うが、今後は気軽に手出ししてこなくなるだろうから、それで充分だ。
アリサに事件解決を報告して心配を解いておく。
今回、侯爵夫人が都合よく乱入してくれたのは、地下室に残してきた指示メモをミテルナ女史がちゃんと確認して行動してくれたお陰だ。
オレが馬車で連れていかれた後に、侯爵邸を訪れ、指示通りにオレの印章を押した手紙を届けてくれたからだ。普通なら下級貴族からの手紙なんて、後回しにされて終わりなのだが、以前菓子をバラ蒔いた甲斐があったのか、メイドから侍女へ、侍女から侯爵夫人へと話が伝わったお陰で、すぐに手紙を読んでもらえたらしい。後で、お菓子の詰め合わせを色々とプレゼントしないとね。
ミテルナ女史は馬車で来ていたので、ルルを乗せて先に帰ってもらった。オレも一緒に帰るつもりだったのだが、侯爵夫人に晩餐に誘われて断れなかったのだ。お互いに礼や詫びの言葉を交換した後に、晩餐となった。
晩餐の席ではやたらと王女に迷宮の話をせがまれたので、他の出席者の迷惑にならない範囲で簡素に答えておいた。ヘタに大げさに話して、またポッチャリ君や王女が迷宮に行きたがっても困るしね。
晩餐のメニューは、いわゆるコース料理で、魔物の食材を一切使っていないのは、侯爵家の料理人の拘りなのだろう。欲を言えば野菜が足りない。どの料理も美味しかったが、ビーフシチューが絶品だった。今度、この味を再現して皆に作ってやろう。
◇
屋敷まで馬車で送ってくれた侯爵家の御者に礼を言い屋敷に入る。出迎えに来てくれたミテルナ女史が、何かバスケットのようなものを御者に渡していた。甘い匂いがしたので、ルルが作った焼き菓子だろう。
ソファで寛ぎながら、マップを検索する。ソーケル卿は捕縛されたらしく、太守公館の一室に監禁されているようだ。ベッソは呆れた事に、まだ逃げおおせている。ベッソの相棒の男は、無事に探索者ギルドに保護されたらしく、西ギルドの地下牢にいる。
チェックを終えてマップを閉じると、皆に囲まれていた。
「大変だったみたいね」
「ああ、今晩はもっと大変だけどね」
「ほえ? 今日は寝かせないぞ、ってやつ?」
「はいはい、かわいいよアリサ」
茶化すアリサを適当に流す。
「ちょっと、迷賊が思ったよりも迷惑な存在だったんで、本格的に排除しようと思ってね。あと迷賊に捕まって、強制労働させられている運搬人や奴隷達がいるらしいから、纏めて救出して保護しようと思うんだ」
「てつだう~?」
「頑張るのです!」
「ん」
ヒザの上から見上げてくるタマの頭を撫でる。左右のポチとミーアが覗き込んでくるが、今回は手伝ってもらう訳にはいかないんだよね。
しかし、自分でも結構無茶な事を言っている自信があるんだが、アリサすら突っ込みをいれてこないのが少し寂しい。
「悪いけど、今回は留守番していてほしい。ミーアはアイアリーゼさんが使っていたみたいな、擬似生命は作れるかい?」
「ん」
「監視に向いたヤツはある?」
「……■■ 玉羽」
いや、今すぐ使えとは言っていないんだが。
ミーアの呼びだしたのは、羽の生えた卵みたいなヤツだ。目が無いのに監視なんてできるのか? ミーアが薄い胸をポンと叩いて、大丈夫と請け負った。
「じゃあ、ミーアの玉羽で太守公館と西ギルドを監視してほしい。騒ぎが起こったら、オレに遠話で連絡してくれ」
「ん」
「おっけー」
さて、安全な迷宮生活のために一働きしますか。