10-28.王女と迷賊
サトゥー視点ではありません。
本文中に多数の「のじゃ」が現れます。苦手な方はご注意ください。
※10/20 誤字修正しました。
退屈なのじゃ。
せっかく迷宮都市に来れたのに、太守様のお屋敷から一度も出れないなんて話が違う。
迷宮に行って魔物を倒して強くならないと、勇者様の仲間になんてなれない。
でも、1人で行っても、きっと魔物に敵わない。
ノロォークの家紋が刻まれた懐剣を見つめ、妾は深いため息を吐いた。そう、剣の練習は2日でくじけ、魔法の勉強は2年続けても種火一つ起こせない。人に誇れるものといったら刺繍やレース編みくらい。
唯一自由に歩きまわれる中庭を散策していると、茂みの向こうの東屋から少年達の声が聞こえてきた。
「うわっ、本当に青銅証だ! ジャンス、すごいじゃないか!」
「前に言っていた赤鉄証の従兄弟に連れていってもらったのか?」
「まあね。やはり、フダイ伯爵家の嫡男としては、青銅証くらいは必要かと思ってね」
少し酷薄そうな薄茶色の短髪の青年が、彼に詰め寄る2人の少年の言葉に得意そうに答えている。小太りの黒髪がラルポット男爵四男のペイソン殿、少し賢そうな背が低い金髪がゴハト子爵三男のディルン殿だったはず。
それが面白くないのか、侯爵三男のゲリッツ殿と、その取り巻きのトケ男爵次男のルラム殿が毒を吐く。
「ふ、ふんっ。どうせ、従兄弟殿の背後から石でも投げていたんじゃないか?」
「そうだ、そうだ! 剣で一度もメリーアンに勝ててないのに魔物に勝てるわけ無いよ」
それを聞いたデュケリ准男爵長女のメリーアンが、素早く抜刀してルラム殿の鼻先に突きつける。
「それは、私の剣が魔物に通じないって言いたいわけ?」
「そ、そんな事無い。そんな事無いから剣を引っ込めてよ」
顔を引きつらせて懇願するくらいなら、不用意な発言をするべきではなかろう。それとも、これが友達付き合いというやつなのかや?
少し羨ましいのじゃ。
楽しそうな掛け合いを羨ましく思いながら聞いていると、どうやら、彼らだけで迷宮に行こうと決まったらしい。
「じゃあ、明日の朝に家の馬車を回すから、みんな武器と防具を着て待っていて。家人に見つからずに出る所までは自力で頼むよ。武器防具以外の荷物は、僕が用意しておくから、1人銀貨3枚ずつ出して」
「え~、高いよ」
経験者のジャンス殿が采配するのを、ルラム殿の不平が遮った。
「じゃあ、君は魔物に囲まれても、煙玉も閃光玉も無しに脱出できるんだね?」
「大丈夫さ、これだけの戦士がいれば魔物に背を向けるなんてありえないよ」
「そうとも、魔法使いのディルンだっているんだ。囲まれたらディルンの風の魔法で蹴散らしてくれるよ」
「まあ、私の風に切り裂けない魔物なんていないからね」
自信満々の皆の雰囲気に呑まれたのか、ジャンス殿が吐息を吐きながら前言を撤回して1人銀貨1枚まで下げた。
「聞いてしまったのじゃ」
「ひ、姫様」
一緒に連れていってほしい。その気持ちに我慢できなくて、皆の前に飛び出してしまった。
「ゲリッツ殿、ジャンス殿、お願いなのじゃ。妾も一緒に連れていってたも?」
目をうるうるさせて、可愛く首を傾げながらお願いした。父王陛下なら、これでイチコロなのじゃ。
父王陛下に耐えられないものが、若いゲリッツ殿やジャンス殿に耐えられるはずもなく、顔を赤く染めて、妾のお願いを聞いてくれた。
◇
「妾は気分がすぐれぬのじゃ。今日の朝餉は要らぬ。昼まで1人にしてたもれ」
生まれた時から一緒に育った乳姉妹には、仮病なのがすぐバレたようじゃが、どうやら寝坊がしたいだけと受け取ったようで助かったのじゃ。
「姫様、用意できた?」
「メリーアン殿、ちと手伝ってたも」
どうして、こう服を着るというのは難しいのじゃ。手と頭が同じところから出て動けない。まさか、迷宮に行く前に、こんな難関が控えておったとは! まさに迷宮都市! 恐ろしい都市なのじゃ。
メリーアン殿が持ってきてくれた厚手の乗馬服を着せてもらい、薄い黒いマントを羽織ると、いっぱしの探索者になった気がして、心が高揚するのを感じる。更に渡された顔の上半分を隠す白いノッペリした仮面を耳に掛けて完成した。
「どうじゃ?」
「よくお似合いですよ。では、参りましょう」
「うむ、いざ迷宮へ!」
◇
「彼らの探索者の登録がしたい」
「あの、特別登録でしょうか?」
「いや、一般登録で頼む」
既に探索者としているジャンス殿だけは、仮面を付けていない。なぜか、受付嬢の片眉がぴくぴくと動いている。疲れているのかや?
「では、お名前をお願いします」
「『謎の貴公子』ゲリッツ」
「『黒き暴風』ペイソン」
「『剛剣』ルラム」
「『勇者の従者』ミーティア」
何故じゃ? 皆に続いて妾が名乗っても、ディルン殿とメリーアン殿が名乗らない。振り返って見つめていると、嘆息してから名乗りを上げた。どうして、「二つ名」を言わぬのじゃ?
「はい、それでは、この木証をお受け取りください。説明は必要でしょうか?」
「不要です」
ジャンス殿が、代表して受け取った木証を配ってくれた。
うむむ。どうして、こう口元が緩むのじゃ。こんな木片一つで、ここまで嬉しいのは誤算だった。踊りだしたいが、ここはお澄まし顔で行かねば、ノロォーク王国王女の名折れなのじゃ。
ふと視線を上げると、ジャンス殿以外、みな口元がニヤニヤと緩んでいた。もちろん、ディルン殿とメリーアン殿も例外ではないようじゃ。
◇
「ねえ、ジャンス。敵がいないじゃないか」
「まったくよね。たまに見かけるのも、探索者ばかりじゃない。魔物はどこに行ったのよ」
「俺に文句を言われても困るよ。第一区画は、魔物の取り合いが激しいから。前に来た時も、11区画との境で斥候役の従士が連れてきた『迷宮蛾』を倒してたんだ」
意気込んで入った迷宮で肩透かしを受けてしまった不満を、ジャンス殿にぶつけてしまっているようなのじゃ。
「なら、その11区画に行こうよ」
「僕が聞いた話だと11区画は、騎士殺しっていう有名な魔物がいる危険地帯だってきいたんだけど?」
「だから、境目で止まるんだろ?」
「騎士殺しが来たら私の魔法で切り刻んでくれますよ」
「その前に、私の細剣で貫いてあげるわ」
騎士殺しとな。あの金属の全身甲冑に包まれた偉丈夫を、倒すような魔物がいるのかや? きっと巨大な魔物なのじゃろう。
みな頼もしいのじゃ。さすがは、幼い頃から武術や魔術を学ぶ、大国の貴族子弟達じゃ。実に頼もしい。
◇
時折魔物を見つけても、みすぼらしい姿の歳若い探索者が必死に狩っておって、余っている魔物はおらんかった。
「まったく、平民どもは卑しいものだ」
「ゲリッツ様の言う通り! 僕が行って譲らせましょうか?」
「それはダメだよ、ルラム。迷宮で他人が戦う魔物を横取りするのは、重大なマナー違反だ。そんな事をしたら貴族の栄光が、迷賊と同じところまで堕ちてしまうよ」
探索者達に悪態を吐いていた2人を、ジャンス殿が窘める。
「ねえ、そこの標識碑を見て。ここって、もう11区画に入っているんじゃない?」
「えっ? そんなはずは無いよ。11区画の境目には、魔物が沢山いたんだ――本当だ、しかも、そうとう奥まで来てしまっていたみたいだ」
「引き返すか?」
「いいじゃない、行きましょうよ。さっきから平民達のパーティーも沢山いるもの。きっと大丈夫よ」
ジャンス殿とディルン殿が慎重な意見を交わすが、勝気なメリーアン殿に賛同する意見が多く、そのまま進む事になったのじゃ。
それが見つかったのは、さきほどの場所から小一時間ほど奥に進んだ場所だった。
「見て、あの標識碑の色! 何か変だ」
「みんな! 戦闘準備だ。あれは湧き穴の前兆だ。魔物が来るぞ」
白く光を漏らす標識碑が、ときおり蝋燭の揺らめきのように赤く光る。皆が剣を抜くのに釣られる様に、妾も懐剣を握り締めた。
◇
「はぁっ!」
メリーアン殿の細剣が、迷宮蛾の羽を貫く。ペイソン殿とルラム殿の小剣は、空を斬ってしまった。残念なのじゃ。
「さすが、メリーアンだ」
「あの細剣を避けられるやつなんていないよ」
ジャンス殿の大剣が羽を切り裂く前に、ディルン殿の魔法が発動して「風刃」が、ジャンス殿を掠めて迷宮蛾の片方の羽を切り落とした。
「危ないじゃないか! 魔法を使う時は、前衛に注意しろ!」
「当ててないだろ。戦いは臨機応変にね」
地面に落ちた「迷宮蛾」に止めを刺すべく、ゲリッツ殿が片手剣を振りかぶってふらふらしている。
「今なら安全だから、姫様も切りつけて」
「わ、わかったのじゃ」
妾も懐剣を抜いて、迷宮蛾退治に参加する。柔らかそうなお腹なのに懐剣が刺さらないほど硬くて驚いたのじゃ。
「やったー! 魔物を倒したぞ!」
「ねえねえ、レベルって、どのくらいで上がるのかな?」
「さあ、次行こうよ」
初の魔物退治に沸き立つ皆に、冷水を掛けるような声が掛けられたのじゃ。
「お前らに次はねぇよ」
いつの間にか、妾達を、武器を手にした幾人もの人影が囲んでいた。三叉の槍を担いだ禿頭の大男が、下卑た嗤いを漏らしながら近づいてくる。
「迷賊か!」
「そうだよ、貴族の坊ちゃん、嬢ちゃん。お前らの冒険はここまでだ。ここで屍を晒して魔物の餌になるんだよ」
「そうはいかないわ! 私の細剣を避けられるかしら?」
メリーアン殿の鋭い細剣の突きを、禿頭の男が無造作に槍の三叉で絡め取って、折ってしまった。
「バカにしてんのか? 手前らのお遊戯剣なんざ、オレ達迷賊に届くもんかよ?」
「うう、そんな。メリーアンの細剣が通じないなんて」
「もうダメだー。助けて、父様……」
「母上、無念です」
いかんのじゃ、皆の心が折れそうなのじゃ。
一生懸命に声を出して皆を励ます。その声が震えているのは許してほしい。
「諦めるな、きっと誰かが助けに来てくれるのじゃ!」
「ほう? 誰が助けに来てくれるってんだ?」
禿頭の男が、無礼にも妾の襟首を掴んで汚い顔を寄せてくる。ううっ、怖いのじゃ。臭いのじゃ。
手足の先が冷たくなって震える。さっきからの耳障りな音は、妾の歯の根がカチカチと鳴る音じゃった。
「ほれ、泣いてないで言ってみな? 誰が助けてくれるってんだ?」
「そんなの正義の味方に決まってんでしょ?」
野太い男の声を遮るように、幼い女の子の声が割り込んできた。
助けかや?!
その場に不似合いな、少女の姿と声が妾に勇気をくれる。頑張って両手を突き出して、禿頭の男を突き放した。助けに来てくれた誰かの足手まといになるようでは、勇者の仲間を目指す事などできぬからな!
赤い光の尾を曳きながら現れた3人の亜人達が、迷賊を枯れ木を折るように易々と始末していく。その姿は何かのお芝居のように一方的だったのじゃ。
「救援に感謝するのじゃ。妾は、ノロォーク王女ミーティアじゃ」
「あらら、西の果ての王女さまだったのね。私達は『ペンドラゴン』よ。直ぐに始末するから、もうちょっと待っててね」
ノロォークを西の果てじゃと? この娘も中つ国連合の出身なのかや?
10歳くらいのその娘が、約束してくれた通り、妾達は危機を脱出する事ができた――
「増援」
「アリサ、敵の増援です。保護対象の安全の為にも先ほどの小部屋での篭城を提案します」
「おっけー、移動を完了したら、ご主人様に援軍依頼を出すわ」
――かに見えたのじゃが、迷賊達が次々と現れ、妾達は狭い小部屋へと追い込まれてしまったのじゃ。
迷賊達は、執拗に小部屋に侵入しようと間断なく襲ってくる。何よりも恐ろしかったのは、無数の魔物を引き連れて襲ってくる「とれいん」なる戦法じゃった。ナナ殿の鉄壁の術理魔法が無ければ、無数の魔物に蹂躙されてしまったじゃろう。魔物があんなに恐ろしいとは思わなかった。あのジャンス殿や気丈なメリーアン殿さえ、部屋の片隅で腰を抜かして動けぬほどの激しさじゃった。
援軍が来るまでの短いはずの時がとても長く感じる。
そして妾は、あの少年に出会ったのじゃ。
地の文に「のじゃ」が少ないのは仕様です。読みにくかったので最小限まで削りました。勢いで書いてしまったので、後で若干手直しをするかもしれません。
迷宮蛾は、1~3レベルの11区画最弱の魔物です。