10-23.屋敷の住人
※10/7 誤字修正しました。
サトゥーです。館モノというジャンルが流行っていた頃に洋館を見ると、やたらと猟奇的な事件を想像したりしたものです。なぜか女主人が黒幕の話が多かったのを覚えています。
◇
さて、新しい狩場――74区画への移動用に、刻印板を設置した翌々日、オレ達は屋敷に戻る事にした。オレは、1日に1度ほど「帰還転移」で屋敷の様子を見に戻ってきていたのだが、アリサ達がミテルナ女史の顔を見てみたいというので、4区経由で現在帰還中だ。
翌日に戻らなかったのは、空間魔法を隠す為だ。手前で引き返したはずの迷宮油虫退治の探索者達より早く帰るのも不自然なので、1日遅らせた。
オレとナナは、一足先に屋敷へ直接転移している。転移先は、厩舎だ。馬以外誰もいない事は確認済みだ。オレ達が突然現れても驚かないところが偉い。ご褒美に、特製飼料をプレゼントする事にした。破砕したコーンを加えた新作だ。
オレ達は厩舎を出て、母屋へ向かう。庭で作業をしていた少女達が、オレ達に気付いて寄ってきた。たしかロジーとアニーという名前だった気がする。
「おかえりなさい、士爵様」
「おかえりなさいです」
「ああ、ただいま」
2人の元気な声に気が付いたらしく、ミテルナ女史が玄関に向かっているのをレーダーが捉えた。
子供達やミテルナ女史の様子は、「遠見」の魔法でも、確認してある。打ち解けているとは言いがたいが、それなりに上手くやっているようだった。
「おかえりなさいませ、ご主人さま」
「ただいま、留守中何も無かったかい?」
「はい、お手紙が2通ほど届いております」
リビングでミテルナ女史から、留守中の来客やできごとについて聞く。
手紙は、シーメン子爵とアシネン侯爵夫人からだ。子爵は、明後日公都に戻るらしく、明日の晩餐のお誘いだった。
アシネン侯爵夫人からはお茶会のお誘いで、明後日の昼過ぎだ。お茶会は、セリビーラの有力貴族の奥方や娘さんを集めて定期的に開かれているらしい。公都でも人脈には色々と助けられたので、招待に応じる旨の手紙を書いてミテルナ女史に預けた。
そうそう手紙で思い出した。
昨晩頑張って書いた、残りの引越しの挨拶状の束をミテルナ女史に渡す。束が分厚かったせいか少し驚かれた。今回は公都の知人とボルエハルトのドワーフ達の分だ。もちろん、王都のメネア王女や太守令嬢のリリーナの分もちゃんと書いた。
セーラや一部の親しい人には、定型の挨拶文だけでなく簡単な近況なんかも書いてある。
遠方のムーノ男爵領と違って、王都と迷宮都市は定期的に商隊が出ているし、王都から公都へは飛空艇が出ているので、手紙を出すのも簡単だ。ドワーフの里は少し遠いが、公都との間に定期的に商隊が出ているから大丈夫だろう。
◇
助けた子供達は、栄養付与の魔法薬のお陰で、簡単な雑用をこなせる程度には回復している。あとは脂肪がもう少しついて筋力が回復すれば大丈夫だろう。
ミテルナ女史の勧めで、子供達は母屋から使用人用の家屋にベッドを移している。
あの子達が、あんな場所にいた理由だが、厩舎に生える草を求めての事らしい。タミケシという草の実で、非常に渋いらしいのだが痛み止めになるそうだ。ただ、わずかに毒素が含まれていて大量に摂取すると、意識が混濁したり、無気力になってしまうらしい。
そんな痛み止めを必要としたのは、迷宮で負った怪我が原因だそうだ。特に骨折した運搬人は、奴隷商人に身売りするか野たれ死ぬかしかないらしい。あの子達は奴隷商人にも見放されたと言っていた。今回のようなケースで助かるのは珍しいそうで、子供達にやたらと感謝されてしまった。
だからという訳ではないが、子供達を屋敷の使用人として雇うつもりだ。この屋敷には、公都の貴族屋敷と違って魔法道具が設置されていないので、色々と人手が必要になるので丁度いいだろう。
「それでは、このまま屋敷に置いておかれるのですか?」
「行く当てもなさそうだしね。少しずつ仕事を教えてあげてくれるかい?」
「承りました。立派な雑用女中に育て上げてみせます」
ミテルナ女史は、そう力強く請け負ってくれた。実に頼もしい。
「そうだ、子供達の給金はどのくらいが相場だろう?」
「住み込みなら無給で問題ありません」
彼女が言うには、成人までは無給の奉公人として雇う代わりに、衣食住を保障するそうだ。成人後も継続して雇うなら、技量にもよるが銀貨1枚が相場らしい。1日ではない。1ヶ月分の給料だ。もちろん、役職が上がったり、技量が優れている場合は、額が跳ね上がっていくそうだ。
ちなみに、ミテルナ女史の給料は、1ヶ月で金貨1枚だ。
「ご主人さま、奉公人としてお雇いになるのであれば、子供達に服と靴をお与えください。高価なものは不要ですが、ぼろ布のような服に裸足では、ペンドラゴン家の家格を疑われてしまいます」
できて数ヶ月の家に家格と言われても困るが、服や靴は与えたい。
「分かった。着替えも含めて2~3着買ってやっておいてくれ。前に渡した金で足りないなら追加するが?」
「いえ、お預かりしているお金から、銀貨を1枚ほど使わせていただければ古着と糸を買えますので大丈夫です。下着の替えは必要ですが、服は1着で充分でしょう。あまり過度な待遇は、使用人が増長するので――」
ミテルナ女史にやんわりと窘められてしまった。後で全員分のメイド服を仕立てようと思うのだが、それもマズイのだろうか?
「揃いの使用人服を仕立てられるのですか? 大貴族さまのお屋敷では、メイドの服装を揃える事があるそうですが、王都や公都のような都会ならともかく、この野蛮な迷宮都市では、そういった事をされているお屋敷はありません」
無いだけで、特にダメという訳ではないそうなので、子供達が一人前に仕事ができるようになったらメイド服をプレゼントする事になった。
◇
アリサ達が、帰ってきた。なぜか、迷宮門から出たところで「遠話」を使って連絡してきた。生還を祝う探索者たちに囲まれて、身動きできないらしい。適当にあしらって、戻ってくるそうだ。
アリサ達が戻ってきたのは、1時間も経ってからだ。
「揉みくちゃにされて大変だったわよ。今晩、酒場で生還の宴を開いてくれんだって。ご主人さまもご一緒にって誘われたわ」
「了解。今晩は予定が無いから、一緒に行くよ」
そうボヤキながら、現金の入った小袋をオレに手渡す。魔核や素材を売った代金にしては、少し多い。ゴキブリ退治隊のリーダー氏が、オレ達が倒した分の迷宮油虫の魔核を売った分の代金を渡してくれたらしい。
「運搬人を連れていってなかったらしくて、ゴキの素材はほとんど持ち帰れなかったって謝ってたわ」
「ゴキの素材なんて何に使うんだろう?」
「さあ? ゴキ甲冑とか作るんじゃない?」
あまり興味がないのか、アリサの答えが適当だ。
◇
さて、アリサ達と使用人勢を広間に集めて、お互いに自己紹介をさせた。
ちなみに、瀕死だった5人の子供達は、全員人族の女の子で、年長者から順に、アイナ、キトナ、スーナ、テリオナ、ホホという名前だ。奴隷商人に見捨てられるほどだから、不細工なのかと思ったが、どの子も地味目だが普通の容姿だ。手入れが大変だからか、ショートカットやボブカットの子ばかりだ。
「では、ナナ様とミーア様以外は奴隷なのですか?」
「ああ、アリサとルルは解放してあげたいけど、ちょっとした理由があってできないんだよ。リザ達も本人が望むならすぐにでも解放するんだけどね」
ミテルナ嬢の質問に苦笑いで答える。
赤鉄証も手に入れたし、本当にいつ解放してもいいくらいだ。アリサ達のレベル上げが一段落したら、本格的に強制を解除する方法を調べないとね。
「ご主人さま、私共の望みはご主人さまにご恩を返す事です。ぜひ、このまま奴隷としてお使いください」
「いらない子~?」
「捨てないでほしいのです」
前にセーリュー市で解放しようとしたときと似たような事を言われてしまった。奴隷じゃなくて家臣ならどうだろう?
「いらない子なんかじゃないよ。奴隷じゃなく家臣でもダメかい?」
「かしん~?」
「みんな家臣になるのです?」
「アリサとルルは、少し先になるけどね」
「いっしょがいい~?」
「それなら一緒がいいのです」
アリサがポチとタマの首に腕をかけて「かわいいな~、もう!」と叫んで振り回している。ルルも嬉しそうだ。
「そうだ! どうせ奉公人にするなら、文字も覚えさせない?」
「そうだな、あの学習カードを貸していいかい?」
「あい」「なのです!」
アリサの提案に乗る。後半の言葉はポチとタマに聞いた。問題なくOKと返事が返ってきたので、アリサに学習カードの遊び方を子供達やミテルナ嬢に教えるように頼んだ。ミテルナ嬢は、「平民の子供に文字ですか?」と凄く不思議そうな顔をしている。
「そうよ~ チーム『ペンドラゴン』は全員、文字の読み書きや計算ができるからね」
「こ、この子達もですか?」
ミテルナ嬢が指差す先にいたポチとタマが、「もちろん~」「なのです!」と答えて、絵本の朗読を始めた。朗読は適当なところで止めないとね。
アリサが学習カードの遊び方をレクチャーする間の雑務は、ルルとリザ、ナナの年長組に頼んだ。
◇
中庭の木陰に、自作のデッキチェアを置いて読書に耽る。
もちろん、ダミーだ。
実際には、試作中の自動甲冑に使う動力源の考察中だ。第一候補としてカカシに使った魔力蓄積器を考えたが、世界樹の樹液などの特殊な素材を必要とするので、もう少し汎用性の高いモノが欲しい。
ふと、脳裏に魔力を充填したままの聖剣や木魔剣が浮かんだ。
そうか、何も希少な世界樹の樹液を使わなくても魔力の充填自体は可能だ。問題は、貯蔵量と貯蔵期間、それに貯蔵効率の3つだ。さて、使えそうな回路がないか探してみよう。
大体の方針が決まったのを見越したようなタイミングで、ルルが声を掛けてきた。
「ご主人さま、お茶をいかがですか?」
ルルが硝子のゴブレットに入った青紅茶を持ってきてくれた。ちゃんとTPOにあわせて冷たい紅茶だ。
「ありがとう、生活魔法で冷やしたのかい?」
「はい! やっぱり魔法って便利ですね」
満面の笑みで嬉しそうに話すルルの笑顔が眩しい。レベルが上がって魔力量も豊富になってきたので、気軽に使えるようになったそうだ。
子供達が文字を覚えたら、生活魔法や調合を教えてみるのもいいかもしれない。
そんな事を考えながら、魔法道具の考察へと意識を戻した。