10-12.挨拶回り
※9/27 加筆修正
※2015/5/30 誤字修正しました。
サトゥーです。ネット決済に慣れると忘れがちですが、手続きというのは時間の掛かるものです。必要だと分かっていても不満は溜まるのです。
◇
「やあ、宿泊期間の延長をしたいんだけど、いいかな?」
「こ、これはペンドラゴン士爵様。よくご無事で、え、ええ延長は大丈夫です。申し訳ありませんが、お部屋の方は掃除中なので、しばらくロビーでお寛ぎください。もちろん、席料など、野暮な事は申しません」
なんていうか、宿の主人があからさまに怪しい。
そこに、馬の様子を見に行っていたタマとポチが帰ってくる。
「馬いない~?」
「馬車も無いのです」
ほほう?
ちろんとアリサやリザの視線が、宿の主人に向かう。オレは日本人らしく微笑んでみた。
「う、馬は牧場に運動させに行かせています。馬車は汚れていましたので、高級馬車の洗浄を生業にしている工房で磨かせております。もちろん、宿のサービスなので無料です」
なるほど、オレが死んだと思って、こっそり売却しようとしたな?
「ほう? あの馬車は公都の名匠に特注で頼んだもので、金貨200枚は下らない品です。傷を付けたり塗装が剥がれたりしないような工房なのでしょうね?」
「は、はい。もちろんですとも」
もし塗装を剥がしたりしていたら、本当に金貨200枚を請求しよう。相場もそれくらいだったしね。
「リザ、ナナ、心配だから馬車の確認に行ってきてくれるかな?」
「い、いえ、それには及びません。皆様、迷宮からお帰りになったばかりでお疲れでしょう。子羊の良い肉が入りましたので、お食事などいかがでしょう。馬車と馬は店の者に取りに行かせますので、どうか食事でもされてお待ちくだされば、その……」
なんというか、小物過ぎる。こんな高級宿の主人とは思えない小物さだ。婿養子とかで、金が欲しかったのだろうか?
「みんな、宿の主人殿が子羊料理を振舞ってくださるそうだ、お礼を言っておきなさい」
悪巧みの代償に、子羊の料理をたっぷりと奢らせよう。それくらいは良いだろう。年少組が屈託なくお礼を言っている。オレに悪巧みがバレたのを悟ったのか誤魔化せると思ったのかは定かではないが、素直に料理をサービスしてくれるようだ。
オレ達が美味しい食事を終える頃、無事に馬車と馬が宿に戻ってきた。馬が入れ替わるという事もなかったので許してやるか。後で馬たちにも、特製飼料をご馳走しないとね。
さて、馬達や馬車が帰ってきたとは言っても、あまりこの宿に長居しない方がいいだろう。宿泊期間の延長こそしたが、次に迷宮に潜る前に蔦の館の現状をチェックして、暮らせるようなら居を移した方が良さそうだ。
◇
「どういう事だヘーソン! ワシの馬車はどうした! 金貨300枚も吹っかけておいて、今更売れなくなったとはどういう事だ」
TPOを弁えない人っているよね。
なるほど、オレの馬車を金貨300枚で売ろうとしたのか。値段の吹っかけ方はなかなか上手い様だ。
「デュケリ准男爵様、その手違いがありましてですね――」
宿の主人は、針金のような老紳士に詰め寄られている。女将さんに促されて職員用の通路を通って奥に行ってしまった。
余計なトラブルに顔を突っ込む気も無いので、部屋に戻って皆に休息を取らせた。オレはベッドで幼女塗れになりながら、メニュー上にトルマメモを表示する。
デュケリ准男爵を調べてみたが、さすがのトルマも、こんなに離れた都市に住む貴族までは人脈が届かなかったのか、「アシネン侯爵の腰巾着」「魔法道具を商う」と2行しか情報が無かった。
だが、セリビーラの現太守のアシネン侯爵の情報は、もう少し詳しく書かれている。先代が20年ほど前に王都で変死したとか、現侯爵は金に汚いとかワイロが好きとか、恐妻家とか、傲慢とか、悪口に近い情報が詰まっていた。
アシネン侯爵は、高価な贈り物をする相手には態度が軟化すると書いてある。美術品よりは下品なほど「高く見える品」が良いそうなので、公都で知り合いの貴族から貰った黄金の裸婦像でもプレゼントしよう。金貨20枚程度の品だから充分だろう。他にも男色家という情報もあったが、マッチョタイプが好きらしいので、オレは対象外っぽいのでセーフだ。
恐妻家という情報もあったので、奥方にも贈り物をしておこう。トルマメモの情報によると、宝飾品や菓子に目が無いそうなので、公都で貰った宝飾品とカステラを贈る事にした。王都方面でホットケーキが大流行しているそうなのだが、少し毛色の違うカステラをチョイスしてみた。
皆が寝入ったのを確認してベッドを抜け出し、宿の使用人に太守の館へ面会希望の手紙を届けさせた。明日の午後は迷宮方面軍の将軍さんと会う予定があるから、明後日以降でアポを取ってみた。
◇
「まあ、もう規定数の魔核を回収されたのですか?」
「はい、こちらが迷宮出口の職員さんから受け取った達成証書です」
「素晴らしい成果ですね。以前も迷宮に入られた事があったのですか?」
「ええ、他の迷宮に少し」
どこの迷宮かは濁しておいた。相手も何気なく聞いただけのようで、どこの迷宮か突っ込んで問い詰める気は無い様だった。
「それでは、係の者が案内しますので、そちらのソファーでしばらくお待ちください」
アリサ達にせっつかれて、朝食後に東ギルドまで青銅証への昇格手続きを行いに来た。ちなみに宿の朝食は、パサパサの白パンと、カボチャ味のポタージュスープ、それからスクランブルエッグに厚切りのベーコンを焼いたものだ。なんとなく転生者の影響を感じるラインナップだった。
別室に案内されたオレ達は、ムーノ市で発行してもらった身分証明書を出して正式な登録証書にサインした。一応、魔力感知スキルで確認していたが、魔術的なトラップは無いようだった。昇格時は無料でヤマト石を使ったレベルやスキルの確認ができると言われたが、特に必要がないので断った。
「パーティー名は何にされますか?」
事務員さんのその言葉で、皆が揉め始めた。すぐ決まらなさそうなので、事務員さんに少し時間を貰う事にした。
「ペンドラゴン士爵と愛人達」
却下だ。
「ポチとご主人さま」
「あら、ポチちゃんは、私達が一緒だと嫌?」
「い、嫌な事はないのです。ポチとご主人さまとタマとリザとルルとミーアとナナとアリサがいいのです!」
「ながい~?」
ポチの失言をルルが弄る。直ぐに訂正したが、タマの言うようにさすがに長すぎる。
「もっと簡潔なのが良いでしょう。魔王殺しなどはいかがですか?」
「称号みたいじゃん?」
信じる人がいたら困るし、大抵の場合、勇者気取りと失笑されるのがオチだ。
「幼生体保護隊を推薦します」
「え~、迷宮前の幼女ちゃん達を、みんな保護しないといけなくなるじゃない」
「せめて飢えない様にはしてやりたいけどね」
この市には炊き出しとかする団体はいないのかな?
「ペンドラゴン士爵とゆかいな仲間達がいいです」
「ルル、あなたもやはりアリサの姉ですね」
「え、リザさん、それはどういう意味?!」
アリサの昭和パワーはルルを着実に染めているようだ。
「妖精の友」
「そりゃ、友達だけどさ~。パーティー名っぽくないよね~」
あと、意見を言っていないのはタマか?
「ん~? 肉が食べ隊」
「ハンバーグが食べ隊」
「鳥の丸焼きが食べ隊」
「チョコパフェが食べ隊」
パーティー名を挙げるフリをして、みんな食べたいものを連呼しているだけじゃないか? でも、チョコレートは久々に食べたいかも。南の群島を探索したら見つかりそうな気がする。
このままだといつまでも決まらない気がしたので、暫定として、オレの家名をそのままパーティー名として登録してもらう事にした。
「では、3日後に仕上がりますので、それまでは、この仮青銅証をお使いください」
オレ達は、東-1~東-8と刻まれた仮青銅証を1枚ずつ受け取る。
正式な青銅証は、青銅の板に名前やパーティー名を刻み込むらしいから時間が掛かるのだろう。
◇
迷宮方面軍の将軍は、いかにも名門貴族出身といった傲岸不遜を絵に描いたような鷲鼻の中年男性だ。前ビスタール公爵の弟で、エルタール名誉伯爵だ。
挨拶と俺達の謝罪から会話が始まる。一応、手土産に、自家製の燻製3種類と竜泉酒を持参した。騎士さんたちにも、宿に納品している酒屋から一級酒を樽で何種類か贈ってある。
「ほう、彼がシガ王国の未来を担う逸材かね?」
エルタール将軍の言葉に、ちょっと固まる。
そんな未来を担った覚えはありませんよ?
「そうです。彼のお陰で魔族の温床になろうとしていたムーノ男爵領が救われ、グルリアン市では、驚くほど少ない被害で下級魔族を討伐しております。
彼個人の戦闘能力や、彼の家臣団の強さは一流の騎士団にも相当するでしょう。
そして、軍事のみならず、魔術にも精通し、様々な魔法を開発する一方で、煌びやかな『花火』という魔法で、人々の心を楽しませる余裕もあります。
彼の人柄故か、我が主君の領地に蔓延していた派閥対立も、彼の料理や人柄が潤滑油となってくれたお陰で、暗殺などの物騒な話が聞こえてこなくなりました」
褒め殺しは止めてください。無表情さんが死んじゃう。
それに男爵領やグルリアン市はともかく。潤滑油って何? 何かしたっけ? 後で子爵に詳しく聞こう。あののんびりした公都に派閥とかあったのか。
「料理でそうまで変わるモノなら、あのアシネン侯爵をなんとかしてほしいものだ」
「案外変わるかもしれませんよ? あのロイド侯とホーエン伯の仲を取り持つくらいですから」
「なんと! あの犬猿の仲の二人をか?」
どこのロイド侯とホーエン伯の話だ?
先代の話かな? オレの知る2人は、すごく仲のいい間柄だったはずだ。いつもニコヤカだったしね。
小姓の少年が、オレの手土産の燻製肉を皿に盛ってやってきた。人数分の杯まで用意してある。まさか昼日中から酒盛りですか?
見た目よりも、エルタール将軍は砕けた人物のようだ。
「な、なんだこの酒は? ペンドラゴン士爵、この酒は、どこの物だ? こんな酒は初めて飲むぞ」
「トルマの秘蔵の酒と同じ味か、やはりあの酒は君が贈った物だったのか」
まさか黒竜が魔法で召喚したとは言えないし、適当にでっちあげよう。
「それは公爵領の貿易港で、ヘイロンなる行商人から仕入れたものです。遠い遠国の酒と聞きましたので、おそらく群島か他の大陸の酒なのかもしれません」
そんな適当な言い訳が通じたのか、詐術スキルが活躍したのかは判らないが、納得してくれたようだ。話の流れで、後日、2人にもう一本ずつ竜泉酒を贈る約束をさせられてしまった。
トン単位である酒を一瓶贈るだけで滞在先の軍事のトップと仲良くできるなら、充分元が取れるというものだ。
探索者ギルドの受付嬢は、サトゥー達が迷宮帰りとは思えないほど落ち着いていたので、他の迷宮で活躍していたパーティーと判断したようです。
※9/27 加筆
宿を移そうと考えている描写が消えていたので修正しました(特製飼料の後の行です)。
※活動報告に男爵SSをアップしてあります。良かったらご覧下さい。