10-9.迷宮探索(3)
※10/12 誤字修正しました。
サトゥーです。迷宮探索ゲームだと補給も無しに踏破したりしていますが、現実だと水や食料をどうするかという問題が付きまといそうです。異世界だと飲料水は魔法で解決しそうですけどね。
◇
32匹いた迷宮蟻も、あと10匹ほどだ。途中、ナナが捌ききれなくて、ポチやタマが複数のアリに囲まれそうになっていたが、アリサやミーアが後ろから魔法で援護して事なきを得た。
「タマ! 左に壁を作ったから右からやりなさい。フォークを持つほうが右よ!」
「あい~」
特にアリサの「隔絶壁」という魔法が活躍していた。これの上位にある「迷路」という魔法だと隔絶壁の迷路を作り出して敵を閉じ込めたり任意に解放したりできるらしい。消費魔力が多いらしいのだが、後続のアリが追いついてきたら使ってみると言っていた。
先ほど窮地を助けた女性探索者パーティーの面々も、まだ傍にいる。彼女達は、加勢が不要だとわかった後も、前衛陣の戦いを食い入るように観戦していた。たまに漏れる称賛の言葉からして、見惚れているのだろう。
アリの群れの本隊は、あと10分ほどはたどり着きそうも無いが、この回廊に隣接する魔物用の通路を進むアリの小集団が、近くまで接近している。20匹ちょいの群れだ。
「かさかさ~?」
「壁のっ、向こうからっ、音がするのです!」
タマとポチが戦いながら、壁の向こうから這い寄るアリの気配を感じたようだ。あんなに激しく戦いながら、よく判るものだ。
「サトゥー、標識碑」
ミーアが段上から指差す方を見ると青と赤で点滅していて紫っぽく見える。向こうの通路の敵にも反応するのだろうか?
「貴族さま、あれは湧穴ができる前兆だ。あそこから魔物が出てくるよ」
女性探索者パーティーのリーダーからも、そう警告が入る。
リザ達が戦う主戦場ではなく、オレ達の背後にある標識碑の辺りだ。一見石壁に見える通路の壁が粘膜のように薄くなったように見えたあと小さな通路ができる。
さて、こちらはオレが始末するか。妖精剣を抜いて壁から湧き出るアリを一刀の下に真っ二つにしていく。魔核まで真っ二つにしないようにだけ注意した。
女性探索者達がいる場所の後ろにも、小さな湧穴ができて1匹のアリが身を捩って這い出てきた。気がついてなさそうなので、警告してやる。
「そこの君、後ろだ」
「えっ? こっちにも湧穴か! ジェナ、やるよ」
「はいっ。貴方達は離れていなさい」
ジェナの言葉の指示に従って、運搬人姉妹が後ろに下がる。
この女性探索者パーティー「麗しの翼」の2人は、リーダーのイルナがレベル8、美人さんのジェナがレベル6だ。這い出てきたアリは、レベル5なので余裕で勝てるだろう。
そう思っていたのだが、なかなか苦戦しているようだ。
2人は盾でアリ爪を避けながら短槍を突き出しているのだが、アリの外殻に弾かれてしまって、まともにダメージを入れられないようだ。ポチやタマみたいに甲殻の隙間に突き入れればいいのに。
アリが美人さんに蟻酸攻撃をしようとするそぶりを見せたので、足元に転がっている屍骸から爪を一本拾い上げて、アリの首に投げつけて妨害した。
鞄から取り出したトングで、屍骸から魔核を回収して小袋に収納する。
リザたちの方も、もうすぐ戦いが終わりそうだ。魔核の回収を終えて、女性探索者達を振り返ると、まだ一進一退の攻防をしていたので、おせっかいかもしれないと思いつつも、一声掛けてアリの首を切断して戦いを終わらせた。レベル30の魔剣使いなら、これくらいは普通のはずだ。
彼女達のお礼の言葉に軽く手を振って答え、戦いを終えたリザ達の所に向かう。
「マスター、素材の回収を行いますか?」
「魔核だけでいいよ。アリの甲殻は柔らかいから使い道が無いしね」
「ご主人さま、甲殻は鎧や盾の材料になるはずです。爪は少し湾曲しているので槍よりは短剣や草刈り鎌などにするのが良いと思われます」
リザの故郷では、アリの魔物は道具の素材に重宝していたらしい。
普通の鉄剣でも割れてしまうくらい弱いのだが、木片を使った鎧で代用するくらいだから装備品の素材が足りていないようだし、アリの素材でも地上に持ち帰った方がいいのだろうか?
「肉~?」
「焼肉祭りしないのです?」
「やめておきましょう。アリの肉は苦いばかりで美味しくありません。子供が食べると食中毒をおこす事もありますから」
食中毒は怖いね。
残念そうなポチとタマには悪いが、後でストレージに保管してある食事を出してあげるから、今は焼き菓子と水で我慢してもらおう。
◇
「貴族さま、これを」
「それは君達が倒したものだろう? お礼ならさっきの言葉で充分だよ」
女性探索者のイルナが、アリから取り出したらしき魔核を差し出してきたが、その手をそっと押し返す。
「それよりも、早く逃げた方がいい。仲間が魔法で、こちらに接近する迷宮蟻の大群を捉えている。もう四半時もしないうちに、ここに現れるぞ」
「貴族さまは、逃げないの、ですか?」
「適当に足止めしてから逃げるよ」
だから、早く逃げてくれると助かると言外に訴えた。ようやく女性探索者達が重い腰を上げて、逃げ始めてくれた。運搬人姉が背負った蟻蜜の壷が眼に入った。案外、アリ達は、あれを追いかけていたりして。
さて、それよりも、次の戦闘準備だ。
みんなを集合させて「魔力譲渡」で魔力を補充してやる。魔力回復薬よりは、手っ取り早いし、何より無料だしね。
ついでに「柔洗浄」と「乾燥」で、アリの返り血を綺麗に落としてやる。
「じゃあ、ここから向こうの角までの範囲に『迷路』を張るね」
「まった、通行できないけど攻撃できるような壁は作れないか?」
「ん~、『隔絶檻』っていうのもあるけど、向こうの攻撃も通り抜けるから、遠隔攻撃技のある敵には向かないわよ?」
「問題ないよ、最初に皆で軟散弾を撃つ間だから、向こうの酸攻撃は、ミーアの『水膜』で防いでもらうよ」
「おっけー」
「ん」
打ち合わせが終わり、アリサの「隔絶檻」の魔法で格子が生み出される。僅かに発光しているので、格子の形状が見える。突きや射撃なら通り抜けるが、斬撃だと格子に当たって止まりそうだ。
オレは念の為、「自在盾」を準備しておく。格子越しの酸攻撃をミーアが防ぎきれなかった時の保険だ。
「来たのです」
「そういんはいちにつけ~?」
アリの屍骸を積み重ねて、上に布を掛けた即席の防壁の陰から、皆で魔散弾銃を構える。
曲がり角の先から姿を見せたアリの大群が、硬質な足音を響かせながら突進してくる。魔法の格子があるとは言っても、なかなかの迫力だ。ミーアとルルは怖いのか、オレの左右から身を寄せてくる。不安を払拭するために、2人の頭を撫でてやる。
「マダだよ」
アリの先頭が、隔絶檻に激突して、体液を撒き散らしている。先頭の数匹は後ろから激突してきた仲間の重みに耐えられず、体力を大きく減らしているようだ。格子のまえでわしゃわしゃと蠢く黒い虫が、なかなか視覚に優しくない。
5分ほど経過したあたりで、この回廊のアリが前方の空間に集まりきった。
「撃て!」
「らじゃ~」「なのです!」
オレの号令にあわせて7つの銃口から、無数の軟散弾がアリに降り注ぐ。皆の銃口をこっそり「理力の手」で角度を調整して、なるべく多くの敵にあたるように調整した。
「ナナ、ポチ、タマ、銃を置きなさい。接近戦の準備です」
射撃を終え、アリサの「迷路」が発動する。
その後は、前衛陣がアリを倒すのにあわせて、次の魔物をアリサが供給するという、実にお手軽な手順で、魔物を殲滅していく。偶にナナやポチがアリの攻撃を受けていたが、鎧やマントに阻まれてダメージを受けたりはしていないようだ。
前衛だけでなく、後衛も忙しそうだ。アリサは、迷路の管理が大変みたいだ。迷宮の一角に敵が集まり過ぎないように、迷路内の経路を調整している。ミーアは敵が多い時に「霧縛」でフォローしたり、「盲目の霧」でアリの命中率を下げたりと頑張っている。
オレも見ているだけだと暇なので、みんなが倒したアリを「理力の手」で壁際に寄せていく。
ルルは最初に散弾を撃ってからはする事がないようで、オレが壁に寄せたアリから魔核を回収している。服や髪が汚れないように、手袋だけでなくエプロンと頭巾を付けて作業している。口内の蟻酸腺を傷つけて、火傷しない様に注意しておいた。
討伐数が半分を超えたあたりで、前衛陣の疲労が濃くなってきたので、小休止をさせた方がいいかな?
「アリサ、前衛を休ませたい。迷路を維持するコストは足りる?」
「おっけー、注意力散漫になったら危ないしね。迷路を固定状態にすれば魔力消費が抑えられるから、後はMP回復薬を使えば大丈夫よ」
「よし、それなら今戦っている敵が終わったら小休止しよう」
「ほ~い」
ポチやタマは「まだまだ~」「やれるのです!」と血気盛んだったが、目に見えてフラフラだったので、水を飲ませて塩気の多いハムを挟んだマヨタップリのサンドイッチを食べさせる。
みな若いだけあって、食後に30分だけ休憩と仮眠を取らせたら別人のように回復していた。アリサにMP回復薬1本分の魔力を、「魔力譲渡」で回復してやって後半戦を始める。
こちらに来なかったアリが、第一区画で暴れまわっていたようだが、さっきの女性探索者パーティーは無事に迷宮の外に出られたようだ。
アリを殲滅し終わるなり、ポチとタマがスタミナ切れでパタリと倒れたりしたが、2人とも何かをやりきった充実した顔をしていたので良しとしよう。
リザとナナも疲労困憊だったので、アリサ達が陣取っていた高台にキャンプを仮設して休憩を取る事にした。よっぽど疲れたのか泥のように眠る皆を寝かしつけ、ルルと2人で夜番をする。
それにしても、今日一日で皆レベルアップした。
やはり迷宮は効率が良い。
ミーアとルルが1レベルアップ、それ以外が2レベルアップです。
●定期的に質問されるので、追記します。
>「フォークを持つほうが右よ!」
作中では誰も気にしていませんが、サトゥーファミリーは左手に茶碗、右手に箸かフォークを持ちます。
ナイフ&フォークではないのです