10-7.迷宮探索
※9/22 誤字修正しました。
サトゥーです。古典名作にもあるように迷宮というのは、ゲームとしても一つのジャンルを形成するほど、人の心を捉えるようです。もっとも、異世界では、浪漫よりアメリカンドリーム的な意味合いが強そうですね。
◇
「うあ、今度は階段かぁ……」
「アリサは、筋トレかジョギングでも始めて、基礎体力を付けた方がいいな」
「うい~」
泣きそうな顔のアリサの背を軽く押して階段を進む。
迷宮の入り口の奥は、幅の広い階段だ。普通の階段や螺旋階段ではなく、つづら折りになっている。元々は天井が高く幅の広い傾斜路だった所に、階段をしつらえたのだろう。
階段の手すりには等間隔で矢狭間が設けられ、階下に矢を射掛けられるようになっている。
おそらく魔物が侵入してきたときの対処用なのだろう。つづら折りの各段の中ほどには、砲座があり、布が掛けられた大砲が鎮座している。砲座には2人ずつの兵士が待機している。
彼らはヒマみたいで、将棋の様なボードゲームで遊んでいる。酒を飲んだり居眠りしていないだけ、マシなのだろう。兵士達は人族だけでなく、狼人や獅子人などの強そうな亜人もいた。
階段を下り終わるまでヒマなので、ちょっと全マップ探査をしてみた。
広い。
公都地下の迷宮遺跡と比べても、ありえないほど広い。
この迷宮の3区画もあれば、セーリュー市の悪魔の迷宮がすっぽり納まってしまいそうだ。
検索した範囲は、「セリビーラの迷宮:上層」となっているが、全部で数百区画ほどありそうだ。悪魔の迷宮も公都地下の迷宮も下層に行くほど広がっていたので、少なくとも、この倍以上の区画があるに違いない。
1つの区画には立体的に繋がった回廊や部屋が、ざっと見た感じで百前後あるようだ。中には一部屋だけの区画や、千近い小部屋ばかりの区画もある。
そして、そんなに広いのに、探索者のいるのは30区画ほど。ほとんどは、第一区画とその隣接する7つほどの区画に集中している。地下にいるのは、探索者が2千人、兵士が5百人、荷運び人が3百人、迷賊が4百人ほどだ。それ以外の人間も数十人ほどいる。
階段の途中で、アリサとルルがへばってしまったので、オレとリザで背負っていく事になった。背中のルルが恥ずかしそうに背中に顔を埋めてくるのはくすぐったい。ルルはともかく、アリサは体力作りのトレーニングをした方が良さそうだ。
◇
第一区画の最初の部屋には、沢山の人がいた。この部屋は壁から生えた魔法道具っぽい照明があるので明るい。広さは、標準的な体育館を横に3つほど連結したくらいと言えば分かりやすいだろうか?
兵士たちのうち、階段にいた者以外は、全員この部屋にいるようだ。9割ほどの兵士たちは、一段低くなった一角で古参兵らしき人の号令に合わせて、剣の素振りをしている。兵士だけでなく、ゼナさんみたいな魔法兵もいるようだが、セーリュー市に比べると少ない。
しかし、さっきの「赤い氷」の人達が魔物の大発生を報告したはずなのに、のんびりしたものだ。案外、魔物の大発生っていうのも、日常の事なのかもしれないね。
他にも露店商の人がいる。こんな場所でも商売とは恐れ入るよ。
殆どは食い物の屋台や研ぎ屋や装備の修理屋、雑貨屋だが、中には面白い者もいる。
「そこの貴族さま、レベルアップ前のゲン担ぎに『宝物庫』に触れていきませんか? お一人銀貨1枚頂きますが、上手くいけば家臣や奴隷にも『宝物庫』が宿るかもしれませんよ?」
面白そうだが、うちのメンバーは、アリサの「宝物庫」を全員触った後なので無意味だ。
「貴族さま、携行食糧や水は足りていますか? 1食銅貨1枚ですよ。いかがですか?」
「貴族さま、地図はお持ちですか? 銀貨1枚で第一区画の地図セットをお売りしますよ」
そんな感じで、売り子に声を掛けられるが、特に興味が無いので断った。携行食糧だけは、ちょっと興味があったが、材料が不明なので止めておく。
この部屋には、幅5メートルを超える大回廊が3つある。大回廊だけでなく細い回廊もある。数は10本以上あるようだが、他の区画に繋がるものは無いようだ。正面奥の大回廊に繋がる扉の前には、探索者ギルドの武装職員がいる。その奥は、地下深くへと潜る螺旋階段となっており、マップの探索圏外へと続いている。今度、1人で侵入してみよう。
オレ達は、先ほど会った「赤い氷」のジェジェが言っていた「1の4区画」へと繋がる大扉へと足を向ける。その扉の前に土嚢を積み上げて陣地を構成している兵士達からも、1の4区画で蟻が大発生している噂があるので、近寄らないようにと忠告を受けてしまった。
「大丈夫です。今日は様子見ですから、第一区画を一回りしたら帰ります」
「ああ、それがいい」
忠告してくれた兵士に礼を告げて、リザたちの開けた扉を潜る。
◇
後ろで扉が閉まり大回廊をある程度、進んだところでリザが陣形の確認をしてきた。
「ご主人さま陣形はどうしますか?」
「移動中は、中央にルル、その左右にアリサとミーア、前衛にナナとタマ、後衛にリザとポチで行こう」
この陣形なら前だけじゃなく、後ろから襲われても大丈夫だろう。
それに、そろそろオレに頼らなくても戦えるはずだし、過保護は控えめにして皆の成長を促した方がいいかもしれない。
「ミーア、『探査泡』の魔法で、前方を確認してね」
「ん」
アリサのリクエストにミーアが短く返事をして魔法を唱える。スプリガンの試練場では、最初にこの魔法を使って索敵していたらしい。
この魔法は30個くらいのシャボン玉のような空中を浮遊する泡を作り出す。触れば壊れてしまうような脆い物だが、触角のように近くにあるモノを感知できる。探知範囲が泡の範囲30センチほどだが、術者から数百メートルくらいまで離れられる。しかも、泡が割れない場合、2時間ほどは効果が継続するので、こういった迷宮探査では、なかなか重宝するだろう。
ただし、術者が他の魔法を使うと解除されてしまうのが難点だ。
「照明魔法使う? 光魔法スキルは無いけど、それくらいなら使えるわよ?」
「いや、歩くのに問題ないからいいよ」
回廊は、片側にだけヒザから下を照らすような弱い魔法の照明器具がある。あれが、標識碑なのだろう。話に聞いていた通り、オレ達が近付くと白から青へと照明の色が変わった。
それに罠や魔物はポチやタマが見つけてくれるだろうし、その圏外から接近するモノは、ミーアの探査泡が見つけてくれるだろう。回廊の壁は一定距離毎に、小通路と見分けの付かない窪みや、蜘蛛の巣に埃が堆積したかのような遮蔽物ができているようだ。
「何かいる~?」
「道の向こうから戦う音が聞こえるのです」
「ん、戦闘中」
前方からの戦闘音にポチとタマが気付き、少し遅れてミーアの探査泡が、この回廊の先300メートルほどの所で、デミゴブリン6匹と戦う5人の探索者を捉えたようだ。
迷宮の回廊は、天井付近に風穴があるようで、常に低い騒音が出ているため、音で遠くの気配を感じるのは難しい。実際、ポチやタマも、いつもより気がつくのが遅かったみたいだ。
探索者とゴブリンは、オレ達のいる大回廊ではなく、大回廊から枝分かれした小回廊で戦っているようだ。大回廊からはそれほど離れていない。接近したオレ達に気がついたのか、探索者の一人が警戒の声を上げてきた。
「このゴブリンはオレ達のだ。お前らは向こうに行け」
「承知」
あまり気を散らさせても悪いので、短く答えを返す。
なかなかの乱戦らしく、レベル1~2のゴブリン相手なのに、探索者達は一様に怪我を負っているようだ。この探索者達も3レベル前後なので、新人なのだろう。やはり、彼らも戦士ばかりだ。魔法スキルを持つ者は探索者の中でも5%ほどなので、希少なのだろう。
今いる第一区画は、探索者が多すぎるのか魔物が殆どいない。
たまに魔物が移動している回廊もあるのだが、探索者のいる回廊とは繋がっていないのか、お互いに出会う事がないようだ。しばらく観察していたら、それらの回廊に横穴が繋がって遠くの方で戦いが始まった。
なるほど、こういう仕組みで魔物が湧くのか。
◇
「敵来る」
「むし、3ひき~?」
はい正解。
ハエ型の魔物が天井付近の小さな横穴から出てきた。3匹接近中。どれもレベル3だ。
「この虫けらめ! と宣言します」
ナナの挑発に反応して、ハエたちが天井付近から急降下攻撃をしてきた。
記念すべき初戦闘だが、アリサが杖に巻いた布を取る前に戦闘が終了した。ポチとタマの投石とリザの魔槍による3連突きで、かたがついた。
「うう~、敵が弱すぎるぅ~」
悔しそうなアリサのアタマを、少し乱暴に撫でて慰めておく。シッポがパタパタしてるポチとタマ、それから当然のような顔をしつつ、ちょっと得意そうなリザを褒めておく。
1時間ほどで、「1の4区画」へと繋がる大分岐点に差し掛かる。ここまでの幾つかの部屋や分岐点を通りすぎる間に、9つほどの魔核が集まった。一人5個集めれば昇格のはずだから、もうちょっとで2人分だ。
ここまでの間に出会ったのは、最初と同じくハエ型ばかりだった。魔物ではない普通の鼠や虫、コウモリなんかも見かけたのだが、経験値がたいして入らないので放置した。
ようやく、レーダー圏内に大量の魔物が映るようになった。
300匹ほどの蟻型の魔物と、その蟻から逃げる合計12人、3パーティーの探索者と運搬人の団体が、こちらに向かって移動している。
ようやく戦いが始まりました。
活動報告にSSをアップしたので、良かったらご覧下さい。