9-18.石舞台の修行
※9/18 誤字修正しました。
サトゥーです。平安を舞台にしたマンガは数多く、それ故に名作が沢山あります。「なんて素敵にHEIANKYO」とかは幼馴染に勧められて全巻読みました。
その度に思ったのは、狩衣で狩りしたら枝に服や袖が引っかかって大変じゃないのか? という疑問でした。本当にあの服で狩りをしたんですかね~
◇
「ふぉぉぉ~! 平安ロマンキターー!」
アリサが奇妙なシャウトをしているのは、オレの衣装のせいみたいだ。
アイアリーゼさんから贈られた修行の為の衣装なのだが、勇者ダイサクの趣味が浸透してしまっているのか、それとも他の日本人の影響なのか、狩衣――陰陽師の格好と言った方が判りやすいかな――だった。
中に着る単衣こそ白色だが、上着と袴のような指貫はそれぞれ明るさの違う緑色をしている。幸い、烏帽子は無かった。
「ご主人さま、素敵です」
「ローブ姿や鎧姿も凛々しいですが、エルフの民族衣装もよくお似合いです」
「魔法防御力が高い良い装備です」
ルルにも好評のようだ。今度、十二単を作ってみようか。
ナナはわざわざ「魔力感知」を使用して、この服を調べたようだ。ナナが言うように、この衣装はアリサやミーアのローブに使ったユリハ繊維でできている。この繊維は、特殊な織り方を併用する事で、生地の表面に防御膜の魔術回路を構成するらしい。黒竜の体表にあった防御膜と類似する機能だ。ある程度以上のレベルの魔物達には標準搭載のものだが、この服は少量の魔力でそれを形成するようだ。
「ポチも修行するのです!」
「タマもする~?」
何かごそごそしていると思ったら、前に公都で買った新撰組衣装に着替えた2人が出てきた。今回の修行は沢山人がいると上手くいかないらしいので、2人には遠慮してもらおうと思ったのだが、どうやら2人の言う修行は、ちょっと違うようだ。
「シャグニグが誘ってくれたのです」
「宝探し~」
「レプラコーンのシャグニグっていう気のいいオッサンなんだけど、エルフの子供達の遊び場に誘ってくれたのよ」
「安全な模擬罠や魔物を模した動く人形が配置された施設だそうです」
「演習への参加を具申します」
アリサがじゅるりと涎を拭きながらポチ達の言葉を補足してくれる。リザとナナも参加したそうなので許可した。子煩悩なエルフ達が子供を遊ばせる場所なら危険もないだろう。
その施設は、シャグニグの師匠の師匠であるエルフが設計したそうなのだが、実際に作ったのは彼の師匠であるスプリガンのリレック氏という人物らしい。今は新しいアイデアを得るために、サガ帝国の迷宮に視察に出かけているそうだ。その設計した人物は、100年以上も前にエルフの里を出奔してしまったので、会う事はできないそうだ。
◇
迎えに来てくれた巫女装束のルーアさんと一緒に、世界樹から30キロほど離れた滝を見下ろす岩場までやってきた。移動はドライアドの「転移」だ。ボルエナンの森の中しか無理と言っていたが、十分便利だ。
岩場の奥に、巨大な岩を寝かせた石舞台がある。
その石舞台の中央に、アイアリーゼさんが居た。
いや、居るのはいいんだ。
何、その格好。
白シャツにタイトスカート、オマケに三角レンズのメガネまで。髪型は後ろでお団子にしているが、前髪を左右に2房だけ残している。あの短杖は指示棒の代わりなんだろう。
いわゆるステロタイプの女教師といった格好だ。
勇者ダイサク……文化ハザードもほどほどに。
まあ、目の保養になるからいいか。
「サトゥー君、遅いわよ」
赤くなるならコスプレなんてしなければいいのに。
ジト目で見てやりたいところだが、話が進まなさそうなので無表情スキルに頑張ってもらった。
「遅れてすみません」
「アーゼ様こそ、遊んでないで導師の衣装に着替えてください」
「いいじゃない、この衣装なら教育スキルに+1の効果があるってダイサクが言っていたわよ」
「それは彼の冗談です」
アイアリーゼさんは、ルーアさんに怒られてというよりも「教育スキル+1」というのが嘘だと教えられて愕然としている。どうして、そう信じるかな。
アイアリーゼさんが気を取り直すまで、岩舞台の上から滝の絶景を見下ろす。ナイアガラほどとは言えないが、複数の滝が一つの淵に向かって落ちていてなかなか壮観だ。岸壁に沿って浮かんでいる岩からも水が流れ落ちている。オレの持つ奈落の水瓶みたいな原理なんだろうか? なかなか不思議な光景だ。
コホンと一つ咳払いの声が聞こえたので振り返る。
そこには巫女服に着替えたアイアリーゼさんの姿があった。衣擦れの音に誘われて、振り返ったりしないようにするのが大変だった。
「では、修行の前に、これを飲んでください」
アイアリーゼさんが薬包に入った赤い粉を差し出してくる。
なんだろう、魔核の粉末よりも透明度が高いな。
どこかで見た気がする。
そうか、公都の宝石工房で見たルビーの粉みたいな感じだ。たまにキラキラと発光しているので、何かの魔法薬なのだろう。AR表示には「賢者の石の粉末」と表示されている。
賢者の石?!
「これは?」
「霊石の粉です。出産する妊婦に飲ませる事もありますけど、主な用途は魔法の効果増強ですね」
オレの質問にはルーアさんが答えてくれた。
それに変な対抗意識を刺激されたのか、アイアリーゼさんが口を滑らせる。
「世界樹で、年に小石1個くらいしか取れない貴重品なのよ! だから、零しちゃダメよ」
そうか、世界樹から採れるのか。
なんだろう、結石みたいな印象を受けてしまった。
赤い粉を口に含み、ルーアさんが渡してくれた水で喉の奥に流し込む。
味は無い。魔力感知スキルがパウダーの動きを教えてくれる。この粉からは僅かだが魔力が湧き出しているみたいだ。
「それでは、まず準備運動よ。私の動くとおりにマネしてね」
アイアリーゼさんの動きを空間把握で確認しながら、動きをマネる。なかなか全身運動だな。この動きはパウダーを全身に広げるためのもののようだ。胃まで行った粉が溶けて血流に乗って体中に広がっていくのが判る。
「次は体に魔力を通して」
言われた通りに魔力を自分の体に満たす。自己治癒するときに近い感じだな。狩衣のユリハ繊維に魔力が流れないように注意した。
魔力を体に流す端から、血中のパウダーに吸い込まれていく。
「上手いわね」
「本当ですね、普通は衣装のユリハ繊維に流出したり、上手く魔力を循環できなかったりするんですけど、自然にやってますね」
褒めてくれるのは嬉しいが、このまま続けていいのかな?
わりと調整が難しいので、喋る余裕は無い。
血中のパウダーは、一定量まで魔力を吸い込むと、今度は魔力を放出しだした。この感触は、聖剣の出す聖光に近いかな。
「いいわよ、そこで体から溢れる魔力を掴んで、ねじ伏せて。そのまま体の表面に薄い膜を作る様に広げるの」
なるほど、天才の教えベタというやつだな。だが、何となく判る。
ゼンの影鞭を掴んだ時の要領で、グイッと掴む。今度は、その魔力を薄く広げる。自在鎧の薄膜バージョンで経験があったので、割と簡単だ。
>「精霊光制御スキルを得た」
>「魔力制御スキルを得た」
「はい、成功よ」
「え?! あ、本当です。精霊光が殆ど見えません」
目を開けると銀色の精霊視バージョンの瞳になったルーアさんが、確認してくれている。残念ながら元から見えない精霊光の漏れは、自分では判らないのでルーアさんの言葉を信じよう。
ついでに、いつも体からほんの少しだけ漏れていた魔力も、ほとんど流出していないのが判る。こちらは隠形スキルでも流出が止まっていたので、魔力制御スキルは不要かもしれない。有効化する時があったら、魔力操作との違いも検証してみよう。
「普通は数年かかるんだけど、筋がいいわね」
「そんな水準じゃないと思いますよ。本当に勇者って規格外ですね」
ルーアさんが呆れているが、オレが慰めるのは何か違う気がしたので、そのままスルーした。2人に助力の礼を言おうと佇まいを直して向き直ったのだが、それは少し気が早かったようだ。
「では、修行の第二弾に行きましょう」
「そうですね、貴重な霊石の粉を使った事ですし、効果がある内に次の課程も済ましてしまいましょう」
「今度は、膜のようにした魔力の壁を目の部分だけ薄くして、僅かに通すようにしてみて」
なかなか簡単に言うな。
一部だけの操作は難しいんだよ、っと。うん、上手くいった。
「私の両手の先を見ててね。■■■■■■■■ ■■ 水精霊召喚」
アイアリーゼさんが上に突き出した両手から、水が溢れる。しばらくして水が球となって両手の少し上でフワフワと浮かんだ。
言われた通り目を凝らす。
凝らす。
水以外見えない――いや、薄く青い不定形の小さな光がある。目を凝らすと見えなくて、逆に焦点を外すと見える感じだ。
>「精霊視スキルを得た」
意外に簡単に手に入ったな。賢者の石様々っていうところか。
「見えました」
「「えっ?!」」
え? なぜ、そこで驚く。
「本当に?」
「ええ、薄青い不定形の光ですよね」
「そ、そうです」
「凄いわね、エルフでも100人に1人くらいしか後天的に手に入れられないのに」
百分の一なら、それほどレアでもなさそうだ。
「よっし、ここは第三弾! 精霊使役にいってみよー!」
少しテンション高めのアイアリーゼさんが腕を振り上げて宣言する。
ここは「乾燥」で服を乾かしてあげるのが紳士なのだろうが、もう少しだけ、そうほんの刹那の間だけ、この光景を堪能したい。
水に濡れた巫女服って、いいよね。
※感想の返信について
感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
返信が遅れていてすみません。