幕間:パーティーの夜
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。社会人になってからのクリスマスは、職場にいることが多い気がします。3月が年度末じゃなかったら、もっと平和な年末が過ごせると思うのです。
◇
「ご主人様、アリサの様子が変なんです」
アリサはいつも変だけど、ルルが言うならもっと変なのに違いない。
ルルに言われて見に行ってみると、暗い部屋で遠くで上がっている花火を眺めながら「さーいれんなーい、ろーんりーなーい」と微妙に替え歌になったクリスマスソングを口ずさんでいる。
また何か過去のトラウマでも刺激されたのか?
「何か嫌な事を思い出したみたいだからそっとしておいてやろう」
「は、はい……」
妹思いのルルを安心させるためにも、楽しいクリスマスパーティーでも開いて、嫌な思い出を上書きしてやろう。
◇
「どうしたの急に? こっちはクリスマスもバレンタインも無いわよ?」
普段のアリサに戻っていそうだが、小さく「リア充ざまぁ」とか呟いているから、まだ後を引いてるみたいだ。
「そうなのか、過去の勇者達が広めているかと思ったんだけど」
「クリスマスなんて都市伝説なのよ。ツチノコがこっちにいないようにクリスマスも存在しないの! QED完了!」
いや、凄く無理があるぞ? 大体なにも証明できてないし。
まあ、いいや。
「ごちそうを作ってクリスマスパーティーっぽい事をしようと思ったんだけど、それなら止めておこうか」
「ごちそ~?」
「肉祭りなのです?」
「果物祭り」
ごちそうという言葉に年少組が反応してしまった。
「七面鳥の丸焼きとか、シャンパンとか? 骨付きの鶏カラもある?」
「七面鳥は見たこと無いけど鶏っぽい鳥はいたから、それで良かったら作れるよ」
「やふー! だったら、クリスマス衣装も作んなきゃね! ミニスカサンタを期待しててね!」
空元気かもしれないけど、少しは元気が出てきたみたいだ。
◇
「ご主人様、ケーキを作るのに使うルルの実なんですけど――」
ルルの話によるとティスラード氏の結婚式から、市場で売り切れが続いているそうだ。ルルに頼まれて食材を買い付けに行っていたエリーナとタルナのペアが椅子に腰掛けて灰色に力尽きている。
エムリン子爵に直接話して分けてもらおうかな。令嬢との縁談を断ったから気まずいが、子爵も本気じゃなかっただろうし大丈夫だよね。
「そっちは何とかするよ。ルルはケーキスポンジの方を頼みたいけどできそう?」
「はい! 特訓したから大丈夫です!」
ルルは努力家だな。ケーキや料理の仕込みはルルに任すとして、人手が足りない分は、ムーノ男爵のメイド隊を借りよう。芋の皮むきくらいならできるはずだ。
◇
「士爵さま!」
「やあ、リナ様、お久しぶりです」
エムリン子爵邸で出迎えてくれたのは、次女のリナだ。
ルルの実の果樹園の価値を一気に高めたお陰か、エムリン子爵がお礼のつもりなのか、先日、このリナとの縁談を持ちかけられたんだよね。いくらなんでも、ポッと出の格下貴族の嫁になんて可哀相過ぎるので、ちゃんと断ってある。
エムリン子爵が応接間に現れるまで、彼女の新しいドレスを褒めておいた。前のドレスは母君のを仕立て直したものだと言っていたから、よほど新しいドレスが嬉しかったのか、褒めるたびにクルクルと表情が変わって楽しかった。
「ほう? クリスマスパーティーですか?」
「はい、王祖様の時代の料理の研究をしているときに見つけた古文書に書いてあったのです。先日、勇者さまに伺ったところ、勇者様の故郷でのお祭りと教えていただいたので、一度料理だけでも再現してみようと思いまして」
せっかくだからハヤトを言い訳に使ってみた。公都の人じゃないし、忙しいはずだから口から出任せだとは思うまい。
とりあえず、相談してみたところ、ルルの実を分けてもらえる事になった。なんでも果樹園に人をやって一番良い実を収穫してきてくれるらしい。相変わらず親切な人だ。
子爵邸をお暇するときに、社交辞令で、リナにも「よかったら、パーティーにいらしてください」と告げておいた。カリナ嬢達もいるし、パーティーは多い方が良いからね。
◇
次に港前の食材市場に向かった。
ミーアの果物祭りに使う珍しい果物や、盛りつけの彩りを良くするための野菜なんかを探す為だ。
「マしター!」
「なな、マしターいる」
舌っ足らずな声に振り返ると、アシカ人族の子供を両手に抱えたナナがいた。後ろにはなぜか、セーラまでいる。
「こんにちはセーラさん」
「ごきげんよう、サトゥーさん」
セーラは相変わらず、目が合うだけで、微笑みが出てしまう可憐な笑顔だ。
でも、今日は炊き出しじゃないはずなのに、どうしたんだろう?
「はい、少しお使いを頼まれて、こちらに出向いていたのですが、ナナさんをお見かけしたものですから」
「せーら、マしターきいてた」
「なな、マしターのこいびと?」
「マスターとの関係を詰問されていましたので、主人と従者の関係であると宣言しました」
セーラが顔を赤くしてナナ達の前で喋らないようにジェスチャーで訴えていたが、この3人にそんな空気を読むのを期待するのは無理があるだろう。
しかし、巫女さんは異性と付き合うのはダメだったような気がするんだが、年頃だし、そういう話が気になるのかな。
話を逸らそうとするセーラに合わせて、たわいない雑談に付き合う。ついでに、セーラにもクリスマスパーティーに来ないかと誘っておいた。
◇
帰宅途中に、もみの木っぽい木を担いだリザと合流した。
ずいぶん本格的にやるんだな。
屋敷に戻ると、たくさんの飾りが用意されていた。幾つかの見本を持ったエリーナが、下町の職人横町で量産してきたそうだ。アリサの依頼だったらしく、オレのツケで作らせたらしいので代金を渡しておく。金貨を渡そうとしたら大銅貨数枚で十分だと言われてしまった。まったく、こっちの手間賃は安いよね。
飾り付けはミーアやメイド隊に任せて、オレは厨房のルルを手伝いに向かった。
「おかえりなさいませ! スポンジ生地はこれくらいあればいいですよね?」
「ああ、十分だよ」
むしろ作りすぎじゃないだろうか?
まあ、余ったら、知り合いに配ればいいだろう。
鳥の丸焼きの準備をしながら、パーティーのメンツを考える。鳥の唐揚げや丸焼きくらいじゃ、すぐに無くなってしまいそうだ。
手軽に量産できるクジラの唐揚げを、大量生産するべく準備を進める。皆の反応から振る舞うのを控えていたクジラの肉だが、あれからも特に変な影響とかはないので大丈夫っぽい。せっかくだから孤児院の子供達にも、ポテチやクジラの唐揚げをお裾分けしようかな。
唐揚げのつまみ食いに現れたタルナを捕まえて、孤児院への配達係を担当させた。
「この匂いに包まれながら食べられないなんて! 士爵さまはオニですぅ~」
「オニは酷いな。パーティーのときに好きなだけ食べていいから、配達頑張ってね」
好きなだけ食べていいというフレーズが良かったのか、タルナは、いつもの眠そうな顔のまま、元気よく馬車を走らせて孤児院に向かって出かけていった。交通事故は気をつけてくれよ?
唐揚げも作りすぎちゃったし、深夜にでもガ・ホウ達にお裾分けに行くか。
◇
「たいへんでぇ~」
「ご主人様! 大変なのです!」
「そっか~ 大変だね」
ケーキのデコレーションをしている所に、ポチとタマが血相を変えて走り込んできた。集中力のいる作業中なので、適当な返事になってしまった。2人は、埃が立つと料理を手伝ってくれていたリザに怒られている。少し遅れてミーアも駆けてきた。
「タマはいいこ~?」
「ポチは良い子なのです?」
「良い子?」
3人とも、どうして疑問形なんだ?
「みんな良い子だよ」
「やった~」
「これで、夜にはサンタさんが来るのです!」
「ナマハゲ回避」
アリサ、今度は何を教えた。というか、色々混ぜただろう!
◇
年少組と若手メイド隊とナナは、ミニスカサンタの衣装だ。ピナとリザの2人は、テレがあったのかロングスカートタイプを付けている。
オレは危うく半ズボンタイプのサンタ服を着せられるところだったが、何とか回避した。
「本日はお招きに与りまして」
「いらっしゃい、リナ様」
到着の遅れていたリナが、やってきた。昼間とは違うドレスで、幼い彼女には不似合いな襟ぐりの広い色っぽさを強調するためのドレスだ。ちょっと背伸びしすぎたね。あと5年くらいしたら無理なく着れそうだ。
せっかく頑張ったんだし「今日はちょっと大人っぽいですね」とリップサービスしたらクネクネと両手で頬を押さえて恥ずかしがっていた。
そこに新たな来客が到着したようだ。
「こんばんは、サトゥーさん」
「いらっしゃい、セーラさん」
セーラはいつもとちょっと違う。化粧に気合いが入っているし、巫女服も式典で着るような神秘さを強調するタイプのやつだ。何気に巫女服に合う品のいいアクセサリーを、目立たないように身につけている。
セーラの巫女服やアクセサリーを褒めていたら、手持ちぶさたにしていたリナが会話に混ざってきた。この社交性をカリナ嬢も見習ってほしいね。
「セーラ様! 士爵さまは神託の巫女様とお知り合いなのですか?」
「はい、下町の炊き出しなどで、よくご一緒しています」
「サトゥーさん、こちらの可憐な方はお知り合いですの?」
あれ? なにか火花が散ってませんか?
「あら? 良い匂いね。何かパーティーでもしてるの?」
「お帰りなさいませ、カリナ様」
弟のオリオン君と出かけていたカリナ嬢の帰宅に、ピナ達が慌てて出迎える。
「すっごい美人」
「神よ、どうして人には生まれながらの違いがあるのですか……」
カリナ嬢を見てリナが絶句している。セーラはカリナ嬢の胸を見た後、自分の胸を手のひらで確認した後に、神に何かを訴えていた。セーラ、神託の巫女がソレをやったらシャレにならないから。
みんなが揃ったところでケーキを切り分けてパーティーを始めた。
ミーアのリュートに合せて、アリサ達が歌い始める。
わざわざ、来客用に歌詞カードまで用意していた。この変形丸文字は、ポチとタマが書いたものみたいだ。
「じんぐるべ~、じんぐるべ~」
「にくがふる~」
「きょうは楽しい」
「肉祭り~」「果物祭り~」
「なのです!」
違う、決定的に歌が違う。ミニスカサンタの年少組とナナが、アリサプレゼンツのクリスマスの自主制作ダンスを踊る。
なんだろう、この小学校の学芸会を見物するような微笑ましい気分は。
ケーキを食べ、季節のフルーツや鶏の唐揚げを味わいながら、皆でパーティーを楽しむ。意外にかさ増し用のポテチが人気だった。炭酸を入手したかったが、受注してからの運搬らしいので手に入らなかったんだよね。
◇
アリサの用意したツイスターゲームで遊んでいるところに意外な人物が訪れた。
このゲームはカリナ嬢の一人勝ちだった。元々体が柔らかい上に、バランス感覚と筋力をラカが支援しているので、どんな変な場所を指定されても崩れないのだ。オレも早々に敗れて見物に回っていたのだが、非常に眼福だった。敗北の原因がバランスではなく二つの最終兵器だった為、ミーアとアリサにギルティーと言われてしまったが、そのくらい対価としては安いモノだね。
「よお、サトゥー! クリスマスって聞いたから来たぞ」
「「「ゆっ勇者様?!」」」
なぜかシャンパン片手に勇者とその従者達の乱入で、パーティーのカオス度はさらにアップしてしまった。
「今朝、公都を出立するとおっしゃっていませんでしたか?」
「ああ、昨日知り合いから厄介なブツを渡されてな。公爵とちょっと話し合う必要ができちまって、しばらくは公都に滞在する事になりそうなんだ」
昨日渡した短角のせいか。
勇者は、一切れだけ残っていたクジラの唐揚げを食べながら「このブタの唐揚げ、やけに美味いな」とか呟いて、咀嚼している。
ナイスだ! 勇者!
ヤツの不作法のお陰で、素材がばれなくて済んだ。
勇者って、鑑定スキルがデフォだからバレちゃうところだったよ。
ケーキと、予備に準備していた鳥腿の大きな照り焼きの追加をルルに頼む。
勇者は、持参したシャンパンを開けながら、オードブルの皿をメイド隊から受け取っている。リナが話したそうにしていたので、勇者に紹介したり握手を代わりに頼んであげたりした。
「セーラ? あなた神殿を抜け出して何をしているの!」
「抜け出していません! ちゃんと巫女長さまに許可を頂いています」
という姉妹喧嘩とか、まあ微笑ましいからいいのだが。
「お一人様だっていいじゃない、行き遅れがなんだってのよ~」
「まったくですわよ。兄弟が百人もいるのですから、一人くらい結婚しなくてもいいではありませんこと?!」
「そーよ! 女が一人で生きていける世の中を作るのよ! うーまんりぶよ!」
アリサとメリーエスト女史が、何やら厄介な盛り上がり方をしている。アリサは勇者の持参したシャンパンを飲んでないはずなのに、少し酔いの入ったメリーエスト女史の愚痴に乗っかってエキサイトしている。
というか、このシャンパン、度数がやたら高くないか?
「にゃははは~」
「唐揚げの早食いなのです!」
「キミ達は、いっつもこんな美味しい料理を食べてるのか」
「うらやましいぞ!」
獣耳の2人とポチタマコンビが唐揚げの早食い競争をしているが、山ほど作ったから当分無くならないだろう。
「こちらの、丸焼きもどうぞ。この葉っぱに包んでたべると格別ですよ」
「おお! これは美味いな」
「野菜嫌いなアンタが、そんな感想を言うなんてね」
ルルが、勇者パーティーの弓使いの長耳族の女性に鳥の丸焼きを勧めている。その横にいたダークエルフっぽい長耳族の人は見たことが無いが勇者パーティーの人みたいだ。
「やはり、鶏肉は素晴らしい。肉の旨味は勿論のこと、骨まで味わうなら鳥が一番でしょう」
「骨の無いところの方が美味しいとおもうけどな~」
「ピナさん、お粥なんて食べずに、こっちの唐揚げも食べましょうよ!」
「タルナ、このお粥はただの白粥ではありません。鳥の出汁を使った深い味わいがあるのです。いいですか――」
「タルナ、二人のうんちくは任せた。あたしは食に生きる!」
「ちょっとエリーナ、逃げるなんてズルいよ~」
リザやメイド隊は、マイペースに料理を楽しんでいるようだ。
オレは、酔ったカリナ嬢と僧侶のロレイヤ女史に左右から挟まれてしまって、至福の感触を楽しんでいる。クリスマスパーティーして良かった。
「ぎるてぃ? そうよギルティなのだわ! サトゥーは分かってないの? 分かってないのよ。おっぱいは大きさじゃないの! 違うのよ? だって、柔らかければそれでいいのよ? 本当よ?」
ロレイヤ女史に飲まされたのかミーアが酔っ払って饒舌になってしまった。
食べ物に夢中のタマに代わって膝の上を占拠したミーアが説教をしているが、左右の大ボリュームが凄すぎて耳を通り抜けていく。
「サトゥー? ちゃんと聞いている? 聞いていないのだわ! ダメよ? ちゃんと聞くの。聞かないなら最終手段にでるわよ? そう奥の手なの!」
ちゃんと相手にしてもらえないのが悔しかったのか、ミーアが正面から顔に抱き付いて胸を押しつけてきた。いや、そんなに強く抱きしめたら逆効果だから。アバラが当たって痛い。もちろん口に出したりしない。そんな事を言ったら本気で泣かれてしまう。
適当にミーアが満足したあたりを見計らって、普通に座らせて髪を編んであげた。とりあえず、構ってもらえばそれで満足みたいだ。しばらくしたらアルコールに負けたのか寝息が聞こえてきたので、そのまま寝かしつける。
「なな、タイヘン」
「マしター取られてるよ?」
「これは奪還作戦が必要です! 行動開始だと宣言します!」
「あい」
「なな、がンば」
ナナが背後から襲ってきてからの事はあまり覚えていない。
とてもとても幸せな夜だった。
その晩、アリサを初めとした面々がベッドの横に靴下を下げていたので、準備しておいたクリスマスプレゼントを入れておいた。
翌朝、プレゼントを見た皆が喜ぶ顔を想像しながら、オレ達はクリスマス夜の部を開催した。
たまにはムーディーな曲に耳を傾けながらシャンパンを傾けるのもいいよね。
※QED完了(「証明完了」完了)は、アリサがノリで言っているので、重言ですが誤字という訳ではありません。