8-24.勇者とサトゥー(3)[改定版]
※9/15 誤字修正しました。
※8/12 改稿しました。
サトゥーです。結婚式はおめでたいのです。誰が何と言ってもメデタイのです。ちょっとばかりご祝儀でサイフが寂しくなりますが、メデタイのです。お願いだから月に3人以上は勘弁してほしいサトゥーです。
◇
「アクティブスキル無し縛りとはいえ、5連敗もするとは思わなかったぜ」
「ちゃんと最後に勝っていたじゃないですか」
「全敗じゃ、仲間にあわせる顔がないからな」
両手両足を地面について落ち込んでいた勇者が再起動した。
2本目のつもりが、集中しすぎて何戦も連続で戦ってしまっていた。勇者が2連敗したときに「もう一本だ」とか言ったせいだ。
お陰で「先読み:対人戦」スキルを取得できたのだが、少しやりすぎたかもしれない。
いつもの戦闘用スキルを使っていなかったせいか、勇者が戦いの流れの端々で微妙な隙を作っていたので、先読みがしやすかった。
さっきから、座り込んだオレの肩に抱きついて、ホッペタを人指し指でつついていたアリサをはがす。「えへへ~ 我を忘れるほど、私を手放したくなかったんだ~」とか言っていた。お互いのためにも、真相を話すのは止めておこう。
勇者と何か話していたメリーエスト皇女が、先に戻ると言って地下通路の方に行ってしまった。白い鰐が目印になるから迷う事は無いだろう。
「まったく、動きの一つ一つは大した速さじゃないのに、悉く先読みしやがって――それで、転移者か転生者かどっちなんだ? さっきのは常時発動型のユニークスキルなんだろう?」
勇者が確信した口調で聞いてくる。
「いえ、――」
「ああ、勝負の結果を反故にしたいわけじゃないさ」
事実無根なので否定しようとしたのだが、勇者に手で制された。
そうだな、余人もいないし、お互いに情報交換をするか。勇者もそのつもりでメリーエスト皇女を先に帰したんだろうからな。
オレは自分自身が、転移者か転生者のどちらかは判らない事、この世界で目覚める前後の記憶が欠落している可能性がある事、アリサ達と出会った経緯なんかを話した。もちろん、ユニークスキルや流星雨やレベルの事は話していない。
「サトゥー、お前はルモォーク王国という国を知っているか?」
「はい、知人に、その王国の人がいます」
「そうか、お前はその国で召喚されたのかもしれない」
勇者の話では、王国に潜入していた耳族の諜報員が、7~8人の異世界人が召喚されていたのを確認した、との事だった。
死んでたと聞かされていた3人目も無事に保護されたらしい。
保護された後に、数ヶ月ほど諜報員と一緒に居たらしいのだが、サガ帝国に連れていこうとしたところで、行方不明になったらしい。一緒にいた間に、特別な力が無い事は確認していたので、追跡チームなどは派遣していないそうだ。召喚直後に逃げ出す事といい、独立独歩なヤツだ。
幾つか情報交換を行なったが、些細な事を除けば既出の情報が殆どだった。もちろん、メリットが無かったわけでは無い。アリサが控えめにおねだりしただけで、禁呪や戦略級の攻撃魔法など国防上問題のある魔法を除外した上級魔法の書物を、譲ってもらえる事になった。もっとも写本を作るのに時間がかかるらしく、最速でも半年後らしい。
さらに、オレ達にサガ帝国の通行証やサガ帝国の大使館などへの身分保証書なんかを都合してもらえる事になった。
これで、将来、サガ帝国に観光に行く時に便利そうだ。
そうそう、オレが異世界人なのは「勇者の名にかけて」秘密にすると確約してもらっている。どこまで信用できるかはわからないが、異世界人自体はそこそこ居るみたいだから、それほど問題にはならないだろう。勇者もオレの話からルモォーク王国の8人目がオレの出自に違いないとあたりを付けているようだった。
「この前の非常識な美少女といい、この少年といい、まだまだ強者がいるんだと再認識させられたよ。レベルだけが全てじゃないんだな」
勇者の言葉が耳に痛い。
しかし、カマをかけてこないところをみると、あれがオレだとは思っていないようだ。しかし美少女って、別に女装してたわけじゃないし、顔も出てないのにどこから「美」がでてきた。
「美少女ですの?」
「ああ、公都の上空に現れた大怪魚を光線の一撃で薙ぎ払い、上級魔族を手玉にとってしまう様なバケモノじみたヤツだ。紫色の髪だったから転生者だろう」
「まあ、すごいのですね」
アリサ、お澄ましモードの口調が乱れてるぞ。
どうも勇者はアリサがあの仮面の勇者だと疑っているみたいだ。確かに髪の色も同じだし、アリサはユニークスキルを勇者に秘密にしているからな。その中に大人の姿に変身するユニークスキルがあると勇者が考えてもおかしくない。勘違いするのも仕方ないな。
オレがナナシとか全く思っていないようだ。口調とかを変えておいて本当に良かった。うん、良かった事にしよう。
一応、勇者に確認してみたが、転生者が必ず紫色の髪という訳ではないらしいのだが、紫色の髪を持つ転生者は、必ずユニークスキルを持つのだそうだ。
グリンとアリサの顔がこっちを向く。ポチみたいな動きなのに、可愛いというよりはホラーっぽい印象を受ける。
声を出さずに唇だけで「アンタでしょ?」と聞いてきたので頷いておく。
「もしかして、好みのタイプだったのですか?」
「顔が見えなかったが15歳だったからな。あと5歳若かったらやばかったかもしれん」
BLは勘弁な!
今後、あの口調の仮面の勇者は使用しないようにしよう。
アリサが小刻みに震えている。笑いを堪えているんだろうが、勇者にバレるから止めてくれ。
夜中の実験の時に、美少女の詳細を聞いたアリサが呼吸困難になるまで、笑い転げていた。今度は、もっとまともな方向性の衣装にしよう。そう心に誓う。
後日、女装させられそうになったが、それだけは断固として断った。
「色恋沙汰は別にして、もう一度会いたいな。アイツには命を助けられたのと、勇者の名声を守ってくれた2つ分の礼を言い忘れているんだ。俺様は借りは早めに返す主義だからな」
はて? たしか「礼は言わんぞ」って言われた気がするんだが。あれは魔族の体力を削った事に対しての話だったんだろうか。
他にも仲間の失礼を詫びたいとも言っていた。何か失礼な事を勇者の仲間にされたっけ? 記憶に無いが、仮面勇者モードで会った時に聞けばいいだろう。
公爵の孫の結婚式まで、公都に滞在するらしいから、それまでに一度会いに行くか。
◇
「綺麗~」「なのです!」
「白いドレス」
「素敵ね~ やっぱ結婚式は、着物よりもドレスよね~」
「マスター、新婦のあの花飾りの複製を希望します」
「豪華なパレードですね」
「すっごく、幸せそうです。あんなお嫁さんになってみたい」
公爵の孫、リーングランデ嬢の弟の結婚式が終わり、市民へのお披露目のパレードをしている。丁度、滞在している館の前の通りもパレードの経路になっていたので、皆でパレードの行列を見物しているところだ。
カリナ嬢は弟と結婚式に列席していたので、ここにはいない。この間から、やけに弟氏がカリナ嬢を連れまわしている気がする。たぶん、シスコンなんだろう。
幼くても、ウェディングドレスに魅せられるものなのか、タマやポチまでテンションが上がっている。タマは頭の方まで登ってくるし、オレの服の裾を握ったポチがブンブンと手を振り回している。ミーアもタマのマネをしようとしたが、危ないので途中で捕まえて腰を横抱きにしておいた。リザだけは大人しかったが、食い入るように新婦さんを見つめていたので興味が無いわけではなさそうだ。
「士爵さま、シーメン子爵家の使いの方がいらしてます」
「ああ、すぐ行くよ」
館付きメイドさんに案内されて、来客に会いに行く。先にマップで確認したが、来訪したのは巻物工房のナタリナさんだ。恐らく、注文していた巻物ができあがったのだろう。
「では、こちらが、ご依頼の品です」
予定よりかなり早く、最初に注文した分の巻物が完納された。
「たしかに受け取りました。そうだ、前に言っていた理力剣のバリエーションができましたよ」
「本当ですか? まだ話してから3日も経ってませんよ?」
クラウソラスの動きを見ていて思いついた魔法だ。理力剣を自在に飛行させて戦う。すでに「術理魔法:旋風刃」といった自動攻撃の魔法があったので、思ったより簡単に作れた。
幾つかのオリジナル魔法と巻物として市販されていない魔法を、追加で注文しておいた。もちろん、現金先払いだ。
月に3~5本くらいのペースでしか無理という話だったので、ボルエナンの森に行った帰りに寄るか、信用のできる商隊に運搬を依頼するという事で纏まった。
オレ一人なら天駆で幾らでも訪問できるから大丈夫だろう。
◇
その夜の披露宴でも、料理を出す事になっていた。なんとなく公爵家の使用人の気分だったが、悪いことばかりでは無い。
「やあ、ペンドラゴン卿、挨拶回りもそこそこに君の料理を食べに来てしまったよ」
「ホーエン伯もですか、私もエビ天に夢中でね」
「ロイド侯、天麩羅は紅ショウガこそが通の食するものですぞ」
といった感じに、わりと高位の貴族さんたちに気軽に話しかけてもらえるようになっていた。貴族社会で出世する気は無いが、何かあったときに頼れる先があるのはいい事だろう。デメリットは、たまに小中学生くらいの少女との縁談を持ち込む困った大人が居る事だ。大抵は許婚がいると言うと引いてくれるのだが、中には食い下がってくる人がいて困った。
何人かの貴族達からは、ムーノ市への投資や留学生の受け入れを快諾してもらっているので、ニナ執政官も一安心だろう。
しかし、ニナさんの手紙を断ったのに、結局、ニナさんの目論見どおりになっている気がする。不思議だ。
「士爵様、今日のオヤツは何かしら? 楽しみにしてますわ」
「うふふ、ムーノ巻も美味しいけれど、クレープが一番素敵ですわ」
「今日は、ティスラード様のお祝いですから、特別な料理を用意しましたよ」
「まあ、楽しみですわ」
「ええ、楽しみですこと」
少女達だけでなく、最近は美女達の知り合いも増えた。殆ど全てが既婚者なのが悲しいが、遠くから愛でて楽しむ分には問題ないだろう。
今日のスイーツは、ルルの実と苺のホールケーキだ。先日、ようやくスポンジ生地が焼けたので、この結婚式には定番ともいえる多段ケーキを用意してみた。
文化ハザードな気もするが、グルリアンや公都の料理を見るかぎり、オレの作るような料理が開発されるのも時間の問題な気がしたので、気にせず披露している。アリサも止めなかったが、あれは絶対に食欲に負けたせいだろう。だが、マヨネーズや生クリームは自重した方が良かったかもしれない。ぽっちゃりな人が増えそうで怖い。
苺のケーキは、館で試作した時に皆に振舞ったのだが、年少組だけでなく、ルルやメイド隊たちまで入り乱れた壮絶な取り合いが発生してしまった。結局、皆が納得するまで焼き続ける事になってしまった。たぶん1人1ホールくらい食べたんじゃないだろうか。なお、オレとアリサは1カットだけだ。ダイエットとは長く厳しい戦いなのである。
「ああ、自分が食べられないケーキを焼く辛さったら無いわ~ お一人様のコンビニケーキでの誕生日より辛いわよね」
あ、アリサ、リアルな凹み話は止めてくれ。ダイエットが終わったら、たっぷり食べさせてやるから、今はぐっと我慢しろ。
「みなさん、ご注目あれ! ティスラード様とミニエム様のご成婚を記念して、ムーノ男爵領が誇る奇跡の料理人ペンドラゴン卿より、王祖ヤマト様の時代の失われた料理! ウェディングケーキの入場です!」
もう奇跡の料理人とか言われるのにも慣れた。公都を離れれば、そのうち忘れられるだろう。
メイドさんたちが、ワゴンに載った4段重ねのケーキを運んでくる。わざわざケーキが見えないように外枠の上に布まで掛けて特別感を演出している。もちろん、こういう演出の発想はアリサだ。
「では、新郎新婦によるケーキ入刀です!」
場はとても盛り上がっているのに、アリサが妙に凹んでいる。
「ああ、今世でも、こうやって人の結婚式をお祝いする側なのね」
「もう、アリサったら、ちゃんと10年したらご主人様が貰ってくれるって言ってたじゃない」
「そ、そうよね。よーし、バリバリ女を磨くぞう!」
ルルが慰めて復活したようだが、そこで腕まくりしたらダメだろう。乙女的に。
アリサの決意を他所に、ケーキ入刀にタイミングを合わせて、打ち上げ花火が夜空を彩る。シーメン子爵の音頭で集められた火系、光系の魔法使い達による盛大な花火魔法だ。
空に輝く大輪の花に照らされて、新郎新婦だけでなく、披露宴会場にいたカップルたちも肩を寄せ合って儚い光の芸術をうっとりと見つめていた。
その晩、館でこの花火を見ていたポチ達にせがまれて、庭で色々な花火を見せる事になった。
そのうち魔法道具で、花火セットを作ろう。
次々回で公都編は終了の予定です。
※8/12 改稿しました。
⇒ 勝利の報酬はサガ帝国での通行証などに変更。
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