6-幕間6:領主の秘密
※2014/12/23 割り込み投稿しました。
※ムーノ男爵が領主に就任する前の若い頃のお話です。
「レオン・ドナーノ准男爵、これへ」
「はっ」
陛下に導かれて訪れた王城地下の聖堂の中心には、青く光る二十面体の水晶のような物が浮かんでいた。
その浮遊する水晶体の前に陛下が待っている。
「レオンよ、これが都市核だ」
――都市核?
私は魅せられたように都市核を見つめる。
「これが王や領主が他の貴族達と一線を画す理由なのだ」
「……理由、ですか?」
私の鸚鵡返しの質問に、陛下が厳粛な顔で頷く。
「そうだ。都市核は源泉から豊かな魔力を汲み上げ、主となった者がその莫大な魔力を自由自在に使う為の神器なのだ」
陛下の声に応える様に、都市核が一度青く明滅した。
「この都市核は神器と言われているが、いつ誰が作った物かは知られていない。かつてそれを問いかけた王がいたが、神は黙して答えなかったそうだ」
「では、いったい誰が……」
「判らぬ。少なくとも現在では製法が失われておる。かつてボルエナンの賢者トラザユーヤ殿が復元を試みた事があったそうだが、性能の低い贋物を作るのが限界だったそうだ」
私は陛下の言葉の続きを待つ。
陛下がこの神器たる都市核を私に見せた真意は何なのだろう?
「話が逸れてしまったな許せ」
「いえ、興味深いお話を伺えました」
「言うまでも無いと思うが、この話は王族や領主の一族でも継承権一位の者しか知らぬ秘密だ。他言は無用だぞ」
「――承知いたしました」
背中に嫌な汗が流れる。
それほどの秘密を私に伝えるのは何故だ?
私はオーユゴック公爵の一族とはいえ、主流の家柄でもないタダの准男爵に過ぎない。
王はいったい――。
「さて本題に戻ろう。領主はこの都市核を使って人には成せぬ儀式魔法を使う。それは上級魔族からの攻撃すら防ぐ強力な防御壁であったり、軍隊を焼き払う強力な魔法攻撃や気候を調整する天候操作魔法など実に様々だ」
なんと、天候まで操るとは!
亜神にも匹敵する上級魔族に抗し、源泉の膨大な魔力を意のままに操るなど。
「それではまるで――」
その後を口にする事は憚られた。
それは神を冒涜する言葉だったからだ。
「まるで現人神のようか?」
だが、陛下はその続きを軽々と口にしてしまった。
「心配は要らぬ。神は無闇に領主や王に干渉する事は無い。神々と古代の王達との盟約でそう決まっているそうだ」
王はそう言われるが、かつてのフルー帝国の前身にあたる大国が神の逆鱗に触れて滅ぼされたはずだ。
あまり不敬な言葉は慎むべきではないだろうか?
もっとも、怯懦な私が王に諫言などできるはずもない。
「どうも話が逸れていかんな。つまりは人を超えた都市核の力を自在に使えるからこそ、領主は特別なのだ」
陛下がもう一度念を押すように話を繰り返す。
「領主の位とは支配し治める源泉の規模に左右される。かつては、多くの都市を従えるほどに領主の位は上がったのだ」
一旦言葉を切った陛下が、私の反応を窺う。
私は理解した事を示すべく、恐る恐る陛下に頷き返した。
「そして王とは他の領主を従えた者を言う。そして皇帝とは王を従えた者だな」
王と皇帝にそのような違いが……てっきり、ただの呼び方の違いだと思い込んでいた。
私は心に浮かんだ疑問を陛下にぶつけてみる。
「では、守護や太守も領主なのでしょうか?」
「違う。どちらも領主から権限を預けられたただの代理人だ。都市核の力を借りられるが、主は領主のままとなる」
――なるほど。
歴史を学んでいた時に、反乱を起こした守護や太守が常に鎮圧されていた理由がこれで解った気がする。
歴史書では大義が無いから負けたと書かれていたが、この理由の方がよほど納得がいく。
「また、都市核の持つ機能を使うことで、領主や王には配下となる新しい貴族を任命する事ができる」
ロイド侯爵が士爵を任命する事ができないのは、それ故か。
近隣諸国の伯爵が任命できるのに、なぜ上位の貴族であるロイド侯爵に任命権がないのか不思議に思っていたが、これで解った。
「本来は都市を運営する者を『貴族』と言ったのだ。貴族の階級は都市核の代理使用権を与える為の権限レベルを示すものだったのだ。街の守護に着任できるのは准男爵か男爵、都市の太守は子爵以上となっているのも、慣習ではなく都市核の権限レベルによるものなのだ」
私は陛下の言葉を必死に理解しようと努めたが、一度に理解するにはあまりにも難解すぎた。
「おいおい分かっていけば良い」
私は恐縮しつつ、陛下に謝罪の言葉を口にしようとしたが、続く陛下の言葉に茫然自失してしまい、何も返答する事ができなかった。
「レオンよ、本日よりムーノの家名を名乗れ。ムーノ市に赴き、呪われ封鎖された都市核の間を解放し、新たな領主となるのだ」
――ムーノ?
あの領主に名乗りを上げた貴族達が次々と変死した、あの「呪われ領」の領主になれと?
だが、これは王命なのだ。抗弁する権限は私にはない。
先ほどの都市核の話も、新たな領主となる私への陛下からの最大限の誠意だったのだろう。
今、私にできる事は、粛々と頭を下げ「御意」と返すだけだった。
◇
「緊張しているのですか?」
巫女服の老婦人が私を気遣うように、見上げてくる。
「いいえ、巫女長様。わ、私は大丈夫です」
「無理もありません。長い人生の中で幾多の怪異と対峙した私でも、この扉の前に立つだけで背筋が震えますもの」
私を安心させるためだろう。
ラ・テニオン巫女長が歳を感じさせない若い笑顔を見せてくれる。
私は深呼吸をして、巫女長と共にムーノ市の地下聖堂にある都市核の間へと向かった。
地下聖堂への螺旋階段を下るのは私と巫女長の二人だけだ。
本来、この通路を使えるのは領主だけなのだが、今回はムーノ侯爵家を滅ぼした「不死の王」が残した呪いを祓うために巫女長に同行していただいている。
階段を一段下るごとに気分が悪くなる。
多くの貴族は、この階段に踏み込んだ瞬間に絶命したそうだ。
今回は「聖女」の称号を持つ巫女長が一緒だから無事なのだろう。
私は吐き気を抑えつつ、巫女長の後に続く。
聖堂を前にして、巫女長がふらりと壁に倒れるように手をついた。
「レオン、そろそろ限界のようです」
「分かりました。ここからは私一人で……」
私は朦朧とした意識にムチを打ちながら、聖堂へと足を踏み込む。
――視界が揺れる。
ばたん、という自分の倒れた音をどこか他人事のように感じながら、視線を上げる。
目の前に黒い半透明の影が浮かんでいる。
『侵入者よ。我が名は「不死の王」ゼン――その影なり。清きものよ、我に領主として相応しき事を示せ』
「領主とは――」
言葉の途中で気を失い、私は陛下が派遣してくださった宮廷魔術師の操るゴーレム達によって救出された。
この後に三度挑戦したものの、いずれも聖堂まで辿り着く事さえできずに終わった。
私は都市核を掌握する事ができなかったものの、誰よりも聖堂に近付けた功績を買われ、この地の領主に任命された。
仮初の領主故に、源泉の魔力を操って気候を調整する事もできず、領地はたびたび飢饉にみまわれてしまい、この地を去る領民達に歯止めをかける事もできなかった。
私が真の領主となったのは、実に16年の後。
一人の成人したての商人が魔族の陰謀を暴き、不死の魔物の大群から領地を救うまで待つこととなる。
◇
私はサトゥー君の功績に報いる為に名誉士爵の位を授けたかったのだが、都市核を掌握していない私には彼を叙爵する術が無い。
ニナ殿はオーユゴック公爵に推薦状を書けば良いと言ってくれたのだが、私は自分の手で彼に報いたい。
16年ぶりに都市核の眠る聖堂へと赴いた私は、そこにかつての呪いが無くなっていた事に気づかされた。
術者が滅んだのか、魔族を倒した銀仮面の勇者様が解呪してくださったのかは判らない。
都市核の前まで歩み寄ると、男とも女とも判らない声が私に話しかけてきた。
『ようこそ、資格者よ。この地の領主となる事を希望しますか?』
これはきっと都市核自身の言葉だろう。
私ははっきりとした声で応えた。
「希望する」
『登録完了いたしました。これより領主レオン・ムーノに仕えます』
都市核から分離した光が一つの指輪となって私の下に飛んできた。
受け取った指輪に集中すると、都市核にできる事柄が浮かぶ、どうやら魔族が源泉の魔力を盗んで何かしていたらしく、しばらくの間は気候を調整する儀式魔法を使ったら、彼を叙爵する事くらいしかできそうにない。
「■■■■ 気候制御:温暖化」
『指令実行。一両日中に領地内の平均気温が15℃上昇します』
15℃というのがどの程度の温度かは判らぬが、凍るような寒さが和らげば凍死する領民達も減るだろう。
どちらにせよ、これ以上は魔力が足りない。
翌朝、都市核の権能を使った叙爵の儀式は恙無く完了した。
早朝のバルコニーに出た私は、その暖かさに驚いた。
いつもなら白くなる吐息が透明なままだ。真冬の寒さが、たった一晩で小春日和のような暖かさに変わっている。
温暖な日差しの下で、私は一人体を震わせた。
――あまりに強大だ。
都市核が齎す力は人の手に余る。
私はこの力に溺れる事無く、領民の為に使う事を誓おう。
「幕間:ムーノ領の過去」なども参照してください。
●シガ王国の貴族制度について
貴族の階級差:
士爵<准男爵<男爵<子爵<伯爵<侯爵<公爵
・領主は伯爵以上の扱いを受けます。
・シガ王国では12名の領主を除いては固有の領土を持たず、すべて爵位だけの法衣貴族です。
・爵位の前に「名誉」と付くのは次代に爵位を継承できない一代限りの貴族を指します。