10日目、来訪者
朝がきた。
ついに、異世界に来て10日目の朝だ。
毎夜毎夜、寝る寸前に思うことがある。
もしかしたら、次に起きる時は地球に戻っているんじゃないか。
もしも、今までのことが夢で、起きたらいつもの部屋で、寝坊とかしてしまって、会社でチクリと嫌味の一つでも言われるんじゃないか。
そんなことを考えて眠りにつくが、朝起きると、もう見慣れたジーアイ城内の寝室の景色が視界に映る。
そして、隣には見たこともないような金髪の美少女が寝ているのだ。
「おはようございます、ご主人様」
「おはよう、エレノア」
俺が挨拶を返すと、エレノアが嬉しそうに笑った。
その顔を見て、俺は気持ちが切り替わるのを感じた。
うん、前向きにいこう! 今日も町作りだ!
グラード村に向かって飛んでいくと、遠目からでも輝く白銀の城が見えるようになった。
現在は内装や家具の残りを設置している為、今日か明日にでも人が住めるようになる予定だ。
ちなみに、こちらの城には魔族のカルタスと、ローザを城主として置く。
メイド部隊と生産職のギルドメンバーも半数を住まわせる予定だ。
城の前に降り立ち、俺は白銀の城を見上げた。
新築一戸建てにしてはデカ過ぎるが、気分はマイホームを建てた気分だ。
俺が気分良く城を見ていると、護衛として連れてきた龍人のラグレイトが背後を振り返った。
「我が主。僕らの方へ向かってくる人が…ああ、村長か」
ラグレイトの声に振り向き、ラグレイトの向こう側を見ると、グラード村の村長であるデンマが走って向かってきていた。
「昨日の今日で元気だな」
俺が必死な形相で走る村長を見てそう言うと、ラグレイトの他に護衛として連れてきたハイエルフのサニーと、犬獣人のローレルが頷く。
「顔が変」
「サニー、変は酷いんじゃないかい? ところで旦那、カルタスとローザは勝手に来るんですかい?」
辛辣に村長の顔を評するサニーに苦笑いを返し、ローレルは重厚な白い鎧を揺らして俺を振り返った。
「あの2人は、俺が城主にすると言った途端、装備やら道具やらを吟味し始めてな。かなり時間掛かりそうだったから置いてきた」
俺がそう答えると、ローレルは噴き出すように笑った。
「はっははは! まあ、職業的にも侍大将と上忍ですからね。相当気合いが入ってそうだ」
ローレルはそう言うとまた快活に笑った。
このローレルも城主の候補ではあったのだが、ジッとしていることが嫌いという性格にしていた為に諦めた。
性格を決める時に犬の部分を考慮したせいである。
と、そんなやり取りをしている内に村長が俺達の下へ辿り着いた。
そして、同時に膝を地面につきながら頭を下げ、一瞬で土下座スタイルを決める。
「も、申し訳ありませんでした!」
「昨夜のことか?」
「は、はい! 私は覚えていないのですが、どうも大変な粗相をしてしまったとのこと! 本当に、なんとお詫びしてよいやら…!」
村長は俺に会うなり怒涛の勢いで謝罪を繰り返した。
まあ、俺は酒癖が悪いくらいじゃ然程腹も立たない。
「気にするな。まあ、酒が口にあったようで何よりだ」
「あ、ああ、有難い御言葉! これからは心を入れ替えますぞ! 酒も一杯か二杯で止めるよう努力します!」
「完全に断つわけじゃないんだね」
村長の宣誓にラグレイトが小さな声で突っ込んだが、村長は聞こえなかったようだった。
村長は立ち上がると、急に神妙な顔つきになって俺を見た。
「実は、つい先ほど村に人が訪れまして…」
「行商人か?」
俺が首を傾げて村長にそう聞くと、村長は軽く首を振って否定した。
「い、いえ…その人物が言うには、冒険者らしいのです…Sランクの冒険者、ブリュンヒルト、と名乗っています」
「Sランク冒険者? らしいってのは、村長にも本物か判別できないのか?」
曖昧な物言いをする村長に俺がそう聞くと、村長は申し訳無さそうに首を竦めた。
「すみません。何分、冒険者なんて滅多に見ないものですから」
「ふむ。まあ仕方ないな。とりあえず会ってみようか」
俺は村長にそう言って村の方へ歩き出した。
かなり平静を装えたと思うが、実際は頭の中が期待と不安で入り乱れている。
最高クラスの冒険者の実力は如何程か。
俺達のギルドメンバーの中だとどれくらいの強さなのか。
恐らく世界最高峰の装備を整えているであろう冒険者の装備品はどんなものか。
俺は様々なことを考えながらグラード村の中に入った。
入ってすぐに、グラード村の中心地点付近にそれらしい人影を見た。
背は高い。
もしかしたら、180センチを超えるかもしれない。
暗い銀色の鎧を着ており、背中に金と銀の組み合わせられたような盾と、鞘に納められた細く長い剣が括り付けてある。
厳つい鎧のせいでシルエットからは性別が判りづらいが、兜を被っていない為に赤く長い髪と美しい女の顔が目に入った。
まさに、気の強い美人といった雰囲気だ。
「おはよう。客が来たと聞いたが」
俺が女に向かってそう切り出すと、女は切れそうな程細められた目で俺を見た。
「…ふぅん、あんたが噂の竜騎士サマ?」
女は開口一番に棘を感じさせる声で俺にそう言った。
「それを確かめにわざわざこの村に来たのか?」
俺が聞き返すと、女は鼻で笑って肩を竦めた。
「そりゃあ、気になるもの。私はランブラスで聞いたんだけど、今頃王都にまで伝わってるかもしれないわね?」
「ほう。ビリアーズ伯爵が公表する前に噂は広まっているのか」
俺が女の台詞に感慨深い気持ちで返答すると、女は鎧を鳴らすほど身体を揺すって笑った。
「は、ははは…あんた、大物みたいね。もしくはただのバカなのかしら」
女はそう言うと、口を引き締めて俺を睨んだ。
「ランブラスで聞いた噂もまるで要領を得ないものだったわ。今のあんたみたいに摑みどころの無い話ばかり。さて、本当のあんたは実際どれくらいの人物なのか…」
女はそう言うと、背中に括り付けてある鞘から剣を抜き放った。
白銀の剣だ。剣の刃の中央と、ガードの部分だけが金色であり、後は全て白い銀色の剣だった。
「ミスリルの剣か」
俺がそう口にすると、女は薄く笑みを浮かべて剣を両手で持ち、腰を落とした。
「へぇ? 私のことを知ってたのかしら? そう、私がソード・オブ・ミスリル、ブリュンヒルトよ」
え、何それダッセェ。
俺は思わずブリュンヒルトとかいう女の名乗った二つ名に突っ込みたくなったが、何とか口を閉じて堪えた。
「ふふ、今更怖気づいても遅いわよ。竜騎士を名乗るならば、私ほどの人間の関心すら引いてしまう。そのくらいの覚悟はしてあるんでしょ?」
ブリュンヒルトは俺の沈黙を勘違いしたようだった。
得意げな表情で剣の切っ先を構えたブリュンヒルトに、無造作な動きでローレルが剣を抜いた。
こちらはオリハルコンのバスタードソードだ。単純な攻撃力ならばミスリルとは隔絶した力の差がある。
ブリュンヒルトは剣を抜いたローレルを横目に見て、目を細めた。
「…それは、混ざり物の金で出来た剣? そんなのを使うくらいならば素直に鋼の武器をオススメするわ。見栄でそんなくだらない武器を…」
ブリュンヒルトがローレルの剣を辛辣に批評した瞬間、ローレルの身体がぶれた。
次の瞬間には、ブリュンヒルトのミスリルの剣が村長の家の壁に突き刺さっていた。
「…え?」
ブリュンヒルトが呆然とした面持ちで自分の手に視線を落とし、ローレルへと顔を上げると、ローレルは面白くなさそうに口を曲げた。
「例え本当に混ざり物の金で出来た剣だとしても、旦那が作ってくれた俺の宝物なんだよ。簡単に馬鹿にしちゃ腹も立つぜ?」
ローレルがそう言って剣先をゆっくりとブリュンヒルトの眼前に向けると、ブリュンヒルトは目を見開いて唾を嚥下した。