伯爵びっくり2
風を切る音が鳴る中、俺とダークドワーフのミラ、魔族のローザは地平線を眺めながら話し合っていた。
場所は黒い龍の姿になった龍人、ラグレイトの背中の上だ。
ちなみにボワレイ男爵もいるが、龍の背中に乗るという余りの事態に茫然自失となっている。
「ボス、どうするんです? アタシに命じてくれれば暴れてやりますよ?」
「わ、私は戦争は反対です。マスターを害しようとする敵ならばともかく、自分から仕掛けて叩き潰すなんて」
ローザは肩を回しながら何処か嬉しそうにそう言った。対してミラは、悲しそうに眉根を寄せて下を向き、そう呟く。
確かにガラン皇国が攻めようとしているのは伯爵の領土だが、その後、急に俺達が国を興したら格好の獲物として攻めてきそうだ。
いや、それは流石に推測であるから微妙か。
俺がミラへの返答を考えあぐねていると、ローザが鼻で笑って口を開いた。
「何を言ってんだ。どうせ理由をつけて人の庭を横取りしようとしてる奴らだ。逆に反撃されて領土を切り取られるくらいの覚悟はあるだろ?」
ローザがそう言うと、ミラは不服そうながら何も反論はしなかった。
俺は何となくローザの言葉に戦国時代の真理を見た気がして感慨深く頷いた。
確かに、攻められるから攻める。大多数がそう考えていれば、綺麗事を言う僅かな少数派など、すり潰されて消えるだろう。
だが、今の自分たちにはその状態が良い。大国同士が牽制し合い、きちんと大掛かりな戦争が頻発している状況が良い。
平和な状態で急に聞いたこともない国が出現すると、皆が注目し何かしらの手を打ってくるだろう。
しかし、潰し合いの様相を呈した戦乱の最中に、突然良く分からない国が出てきたところで、その新興国に対して大軍を送り込むようなことはまず出来ない。
そんな何処の馬の骨とも知れぬ国に力を割いている内に、他の大国に自分が攻められるからな。そんな馬鹿な真似はしないだろう。
だから、こちらに大きな手を打たれない状況の内に国を興し、こちらに注意が向く頃にはそれなりに大きな結果を出す必要がある。
迂闊に攻めることが出来ない強国と思わせなければならないからだ。
ならば、その短期間の攻防をどうするか。
そして、伯爵をどう使うか。
「な、なんだと⁉︎」
伯爵の驚愕が怒声となって室内に響いた。
ここは伯爵の城内にある応接室の一つだ。20人は楽に入りそうな会議室風のインテリアだ。
伯爵の城は古風なものだったが、質実剛健というべきか。やはりランブラスと同じで防衛拠点に出来る実戦向きな城が作られているようだった。
伯爵は一人掛けのソファーに座った俺とボワレイを順に見ると、落ち着かない様子で室内を歩き回った。俺の仲間や伯爵の護衛は扉のすぐ外に待機している。
「くそ、なんということだ…私の戦略が白紙に戻ってしまうが、独立の為に用意した全ての軍でガラン皇国の進軍を防ぐしかないか。皮肉だが、すぐに王都へ増援を求める書状を用意せねばならんな…」
伯爵はそう言うとすぐに執務机に座り書状を書く準備を始めた。
まあ、ボワレイの血の気の抜けた顔を見て信じたのだろうが、驚くほど決断が早い。
この伯爵のフットワークの軽さは良い意味で予想外だった。
俺はペンを走らせる伯爵を眺めつつ、口を開いた。
「ビリアーズ伯爵。俺に良案がある」
俺がそう口にすると、伯爵はピタリと時が止まったように動きを止めた。
「…まさか、レン殿が? 話を聞く限りだと、ガラン皇国は最低でも10万は兵を集めてくるでしょうが、レン殿にはどれほどの手勢がおるのか。私共の兵力は残念ながらすぐに集められるのは3万が良いところ…そこに1万や2万増やしたところで守る以外に手はありませんな」
伯爵は背中を丸めた体勢のままこちらを見ると、淡々とそう説明して俺を注視した。
この切迫した状況の中で、俺の戦力の総数を知ろうとしているのか。
なかなか強かな男である。
だが、俺の戦力は数では測れないだろう。
「戦力の問題は心配するな。ただ問題は、伯爵の想定した独立はどうあっても出来ないということだ」
俺がそう口にすると、伯爵は失笑と共に俺の台詞に皮肉を返した。
「私の想定した独立なんぞ、もはや形も残らん。今の私に出来る選択は二つ。ガラン皇国に呑み込まれるか、レンブラント王国の壁としての本分を全うするか。壁は壊れることを想定して作られるが、私の兵も、同志となった他の領主も、例え壁の役目を果たしたとてガタガタになって終わりだ。立て直しに10年とは言わん期間がかかる」
伯爵は吐き捨てるようにそう言うと、深く溜め息を吐いた。
俺はそれを眺めて、指を一つ立てた。
「その選択肢を一つ増やしてやる」
「…なんと。そのようなことが可能とは深淵の森の王殿はやはり神の遣いか代行者様ですな」
伯爵は俺の言葉に冗談めかすようにそう言ったが、その目は全く笑っていなかった。
俺は伯爵の先を促すような視線に、思わず笑みを浮かべてその選択肢について話した。
「俺達がガラン皇国の兵を何とかしてやろう。その代わり、お前達はそのまま俺が作る国の代官として働け。伯爵には特別に政府の中での上から2番目の地位を約束しよう」
俺がそう言うと、伯爵は思わず素の表情を浮かべて固まり、すぐに噴き出すように笑った。
「…はっ! ははは…中々面白い選択肢だ。つまり王国でいうところの宰相、ガラン皇国での大臣ということか。だが、それでは私は失敗すればレンブラント王国を裏切っただけでガラン皇国とレンブラント王国の両国からすり潰されて終わる。交渉にならんな」
伯爵は俺の用意した提案を鼻で笑うようにそう言って肩を竦めた。
だが、勿論そんな簡単に蹴れる話ではない。
「伯爵。例えガラン皇国からレンブラント王国を守ったとして、それからどうなる? 独立の為に動いていたことがバレたら? それ以前に東に兵を集中させている王国の増援が間に合わなかったら? 伯爵はどれくらいの確率で今までの生活、地位、領土を維持出来ると思う?」
俺がそう口にすると、伯爵は無表情に短い息を吐いた。
「維持など決して出来ないであろうとも。何とかこの城で籠城するのが関の山だ。つまり、ランブラスまでの拠点となりえる街はガラン皇国に奪われ、それ以外の地も壊滅的被害を受ける」
「分かっているじゃないか。ならば、俺の提案も悪いものではないだろう? 賭けに勝つ確率も中々だ。なあ、ボワレイ男爵?」
俺がそう言ってボワレイを見ると、伯爵も釣られてボワレイを見た。
ボワレイは急に話を振られて驚いているが、俺はごく軽い口調でボワレイに問う。
「男爵。ドラゴンは珍しいと思うか? 戦場の兵士達が驚くくらいに」
俺がそう言うと、ボワレイはハッとした顔になり伯爵を見た。
「そ、そうです! ビリアーズ伯爵様! この賭けは必ず勝てる! こちらには、英雄物語の竜騎士すらおるのです! 負ける要素が無い!」
「り、竜騎士だとっ!? それは本当か、レン殿!」
ボワレイの言葉に伯爵は椅子から転げ落ちそうな勢いで立ち上がった。なにせ、元は身内のボワレイ男爵の言葉だ。それも真に迫った迫力が眼と言葉に籠められている。
これで伯爵の選ぶ選択肢は一つになるだろう。
「さて、まあ伯爵の予想を超える戦力はあるさ。じゃあ、準備に戻る。明日の朝には結論を出せ」
俺は伯爵の問いには明言せずにそう答えると、さっさと立ち上がり、部屋を出た。ボワレイは置いていき伯爵がこちらに傾く材料とする。
「さあ、面白くなってきたな」
俺がそう言うと、外で待機していたラグレイトが薄く笑って頷いた。
「久しぶりのギルド対抗戦を思い出すよ」