緊急!ジーアイ城内ギルド会議!
「ご主人様はお眠りなさいました」
プラウディアがそう言って会議室に入室すると、演台の上で待っていたエレノアは頷いて座席の方を見た。
全ての椅子には人が座っており、通路部分にも団子状に人が立ち並んでいる。
拠点内外を警戒、警護する者達以外の全てのギルドメンバーが此処に集合していた。
「由々しき事態です」
エレノアが一言そう呟くと、静かだった筈の会議室内が更に深い静寂に包まれた。
「皆さんもご存知でしょうが、サイノス、セディア、サニーがご主人様の護衛として、冒険者になっています。3人はご主人様から休むように指令を出されたのでもう眠るように言ってありますが、私達はこの議題をどうにかせねばなりません」
エレノアが勿体振るようにそう言うと、皆は無言ながら首を傾げた。
エレノアは全員をもう一度見回し、口を開いた。
「ご主人様が、私達の独断での行動に不安を抱いておられます」
エレノアがそう口にした瞬間、会議室内は様々な声で満たされた。様々な感情が綯い交ぜになった会議室内で、1人の男が手を挙げる。
魔族であるカルタスだ。カルタスはヒゲを右手の指で摘みながら、突き刺すような視線をエレノアに向けた。
「…何故、殿がそのような不安を抱かれた?」
カルタスが低い声でそう聞くと、エレノアは臆することなくカルタスを見返して答える。
「セディア達3名が独断でご主人様と会談中であった伯爵以下12名を殺害しようとしたからです」
エレノアが答えると、今度は怒号が飛び交った。
「そんな、あの3人が…」
最前列に座るダークドワーフのミラが驚愕に目を見開き、目の前にある机に目を落とした。
そして、一拍ほど何か思案していた様子のミラが顔を上げる。
「…やっぱり何かの間違いよ。あの3人も間違いなく、いいえ、私達の誰もがマスターに忠誠を誓ってるもの」
ミラがそう言うと、魔族のローザが赤い髪を片手で搔き上げて口を開いた。
「なんで3人はそいつらを殺そうとしたんだい? 理由があるんだろ?」
ローザがそう聞くと、エレノアの薄かった表情が完全に抜け落ちた。
まるで人形のように冷たい表情で、エレノアが口を開く。
「ご主人様が口汚く罵られたそうです。教育も受けていないから礼儀作法を知らないと言われ、無礼で野蛮な下民と扱き下ろされた、と」
「なんだと!」
エレノアの報告にローザが思わず立ち上がり、会議室中に濃い殺気が充満する。
皆が皆怒りに目を血走らせる中で、冷静な態度を崩さない執事服を着込んだディオンがエレノアに顔を向けた。
「殺害しようとした、ということは殺していないのですか? まさか、手足の一つや二つはとったのでしょう? 私ならば一年掛けて拷問しますが」
ディオンがそう言うと、ディオンのその恐ろしい発言に眉すら動かさずにエレノアが首を横に振った。
「いいえ、全員無傷です」
「おいおい、今すぐ俺が殺しに行くぞ?」
エレノアが否定するとカルタスが怒りに震える声でそう言った。
だが、エレノアはそれにも首を振る。
「ご主人様は、私達がご主人様の指示無く勝手な行動をとることを恐れています。ご主人様が許すならば既に私が1番に行って皆殺しにしてきています。殴り、蹴り、踏み潰し、撫で斬りにし、すり潰し、燃やして灰すら残らないように消し去りますとも」
狂気を目に宿らせ、エレノアはそう言った。
それに同意するように、皆が頷いて口々に怒りの声をあげる。
「…ならば、ご主人様に提案をされてはどうでしょう」
僅かな時間、会議室の中を行き交う声が減少したタイミングで、プラウディアが声を上げた。
「どういうこと?プラウディア」
エレノアが怪訝な顔で尋ねると、プラウディアは澄ました顔でエレノアを見た。
「その愚かなる者達にご主人様という存在を分かりやすく教えて差し上げましょう。力を信奉する者には圧倒的な力を、智を信奉する者には深く広い知識を、そして権力に執着する下劣なる輩には見たことも無いような威容と権威を」
プラウディアが低いが美しい声で朗々と言葉を紡ぐと、皆が静かに、されど力強く頷いた。
「…良い忠誠心です。ただ、問題はその独断をご主人様が嫌ってらっしゃいますが?」
エレノアがそう言うと、皆が視線を落とした。
しかし、その中で1人だけ手を挙げる者がいた。
大きな耳と尻尾を揺らした狐獣人、ソアラである。ソアラは大きな胸を強調するように腕を組んで小首を傾げて見せた。
「我が君は心が広い御方です。直接お願いすれば良いのでは?」
ソアラがそう言うと、会議室内の時が止まったような間があいた。
「…それは、大丈夫なんですかい? 旦那が不安に思うような行動になりそうでこっちが不安ですぜ」
ソアラの隣に座っていた犬獣人のローレルが着ている鎧を揺らしてソアラに顔を向け、そう言った。
だが、ソアラはローレルの杞憂を微笑をもって受け流した。
「お任せください。ただ、それを成すには私達では不向きかもしれませんね」
ソアラはそう言うと、妖しく目を細めた。
「眠れん」
会議室が紛糾してることを知らないサイノスがベッドから上半身を起こして独り呟いた。
「困った」
サイノスはそう言うとベッドから這い出し、垂れた尻尾を揺らしながら室内の窓へと移動した。
戦闘能力に秀で、気配察知スキルがある者は城壁にある個室で寝泊まりし、戦闘能力の少ない者か気配察知スキルが無い者はジーアイ城内の個室に寝泊まりしている。
サイノスの個室はジーアイ城内の3階東側である。
「ふむ…寝れないなら少し散歩でもしてみるか。殿が休むように言ってくれたのだから、たまにはこうやってゆっくりするのも休養だ。うん」
サイノスはそう自分に言い訳をすると、城内を歩き始めた。
何も言わず何かするわけでも無く城内をただ歩いている筈なのだが、サイノスの目はまるで哨戒中の軍人のように油断無く周囲を警戒していた。
全く休む気配の無いサイノスは、通常の城内警戒・保全作業中のギルドメンバーとすれ違う度に挨拶を交わしながら城内を練り歩いた。
「む?」
そして、サイノスは一つの部屋の前で立ち止まる。
玉座の間だ。
サイノスは静かに腰を落とすと、音も無く扉を片手で開けた。
僅かに開いた扉の隙間から玉座の間を覗き込み、サイノスは緊張を解いて玉座の間に身を滑り込ませた。
「…こんばんは」
サイノスがそう声をかけると、玉座の間にいた2人の人影が緩慢な動作で顔を上げた。
「…ああ」
「サイノスも来たの?」
セディアとサニーはそう言ってサイノスを振り返った。
サイノスは2人の前まで歩き、誰も座っていない玉座を見上げた。
「サイノスも独り反省会?」
自嘲気味に笑ったセディアがそう尋ねると、サイノスは鼻を鳴らして2人を見た。
「お主らと一緒にするな。拙者はしっかりと殿の言い付けを守り、明日に備えて眠って…」
「寝てないじゃないか」
「屁理屈ダメ」
サイノスが反論しようとすると2人は一言で切って捨てた。
グゥの音も出ないサイノスは唸り声のようなくぐもった声を上げて押し黙る。
セディアはそんなサイノスを横目に見て溜め息を吐くと、玉座を見上げた。
「…自分的には今日の行動に間違いは無い、と思う。でも、大将の意思に反したこと。大将の希望通りの行動が出来なかったこと。大将を、不安にさせたこと。それだけ後悔だね」
「反省」
セディアの訥々とした独白にサニーが同調した。
サイノスはそんな2人を半眼で睨むと尻尾を不機嫌そうに振った。
「…なに?」
文句を言いたそうなサイノスの顔に気が付いたのか、セディアはサイノスを睨み返した。
「何もない」
結局、サイノスは何も言えずセディアから目を逸らして玉座を見上げる。
「殿の意を汲む、か」
「…そういうことね。それが大将の忠実な部下としての最大の掟ってこと」
「絶対のルール」
3人はそう言うとその場で跪き、無言で空の玉座に頭を下げた。