皆キレる。
部屋には重苦しい空気が流れている。
何故か。
最終的に俺がキレたからだ。
セディアはスキルの無音歩法と速度上昇を使い出すし、サニーは室内どころか建物を燃やし尽くす炎系魔術をスタンバイするし、頼みの綱のサイノスまでキレて刀を出す始末である。
ちなみに全員を止める為に俺はこの世界に来て初めて本気を出した。
一瞬で誰にも分からないようにスキルを使い、ボワレイ男爵を亡き者にしようとする3人を後ろから拘束、詠唱も中断させた。
俺達以外には何が起きたかも分からないだろう。
俺は説明を求めてきた伯爵と男爵を「黙ってろ」の一言で一蹴し、暴走しかけた3人を部屋の隅で正座させている。
「セディア、サニー…そしてサイノス」
俺が名を呼ぶと、3人は俯いたまま肩をビクリと跳ねさせた。
「俺が動けと言ってないのに、勝手なことをしようとしたな?」
俺がそう言うと、3人は無言で視線を彷徨わせる。
不安が色濃く出ている3人の顔を見ると少し可哀想になるが、ここで甘い顔をしてはダメだ。
俺は心を鬼にして3人を見下ろす。
「なんで皆殺しにしようとした?」
俺がそう言うと、3人は同時に顔を上げた。
「じ、自分は男爵を…」
「せ、拙者もボワレイを…」
「イラっとしたから」
セディアとサイノスは恐る恐る反論らしき返答をしたが、何故かサニーはハッキリと理由を口にした。
一番ダメな理由だが。
「…どう考えても、3人ともボワレイ男爵一人殺して済む殺意じゃなかっただろうが。まあ、男爵は殺しても大して問題は無いが」
「おい! 何だと貴様…」
俺の言葉尻に遠くの方にいる男爵が怒りの声をあげようとしたが、周囲の者達に無理矢理口を塞がれていた。
俺は視線をサイノス達3人に戻すと、3人はまた頭を下げた。
「いいか、3人とも。今回はたまたま誰も死ななかったから特別に許すが、俺が良いと言わない限りは人を殺すな。まあ、身の危険を感じた時には自己防衛として許すが」
俺がそう言うと3人は晴れやかな顔で俺を見上げた。
そして、サニーが立ち上がる。
「身の危険を感じた! 男爵から脅威を感じる!」
「屁理屈もダメだ」
俺がサニーの頭を片手で抑えつけて怒ると、サニーは不機嫌そうに口を尖らせた。
とりあえずの説教を終えた俺は3人を置いて伯爵の方向に向き直り、先程まで立っていた部屋の真ん中ほどに移動した。
「ビリアーズ伯爵、余計な時間をとらせたことを謝る」
「む、そ、そうか。き、気にするでない、ぞ?」
伯爵は俺の謝罪を聞くと、カクカクと頷きながらも何とか貴族としての返事をしてきた。
「それで、先程の話だが」
「あ、ああ! あの傭兵団の件なら問題無い。私が練兵がてら騎士団をもって討伐してくれようぞ。まあ、500くらい連れて行けば傭兵団も震え上がるだろうとも!」
俺が話を戻そうとすると、伯爵は勝手にそんなことを言って自己解決してしまった。
まあ、冒険者に迷惑が掛からないならば問題無しとするか。
俺は一人で豪快に笑う伯爵を一瞥して、バートの方に顔だけ向けた。
「じゃあ、俺達は帰るぞ」
俺がそう言うと、自分に言っていることに気が付いたバートがその場で何度も頷いていた。
「お帰りなさいませ」
ジーアイ城に帰り着くと、正門にはまたディオンが立っていた。今回はその後ろにプラウディアとメイド部隊まで控えている。
どうやって帰る時間を知っているんだ。
「今日は皆様総出でお勉強に赴かれたとか。マイロードの素晴らしき知性が更に…」
ディオンが何か毒を吐こうとしたのを察知した俺は足早にディオンの横をすり抜けた。
「ご主人様、湯浴みになさいますか、お食事になさいますか。それとも暴走する性よ…」
「風呂だ」
俺は何か卑猥な事を言い出しそうなプラウディアの横もさっさと通り過ぎた。
別に二人も俺に逆らっているわけではない。
サイノス、セディア、サニーも命令無しに行動しただけで、俺に反旗を翻したわけではない。
だが、何か心が落ち着かない。
破綻の前兆を見たかのような不安感が薄っすらと胸の奥に滲んでいる。
俺が無言で城内を進む中、皆は静かに背後を付き従っていた。
俺は誰かを殺すなんて話を普通に出来る人間だっただろうか。
ただ部下が突飛な行動をしただけで言いようもないジレンマが生まれるものだろうか。
この不安感は、自らに対する不安も大きく関わっているに違いない。
昨日の夕食が切っ掛けになったのか、今回は全ギルドメンバーの半数が一緒に食堂に集まって食事をしている。
一番近くの席にはエレノアが座り、黙々と食べる俺を気遣わしげに見ていた。
「エレノア」
「は、はい。ご主人様?」
俺が名を呼ぶと、エレノアは慌てて返事をした。
「エレノアは、俺が命令したとしたら、どこまで従える?
どれくらいの無理難題までなら頷ける?」
俺が良く纏まっていない言葉でそう尋ねると、エレノアは背筋を伸ばして体ごとこちらに向き直った。
「勿論、どんな難題であろうと成し遂げましょう。世界を滅せと仰せなら滅します。今この場で心臓を差し出せと仰せなら即座に取り出して見せます。むしろ、そのような問い掛けが私には哀しくてなりません。私は命をかけて創造主であらせられるレンレン様に従い尽くしております」
エレノアは熱の籠った声でそう言った。
その表情にも、嘘など欠片も見つからない。
「そうか…済まなかったな」
俺が真摯に頭を下げると、エレノアは首を横に振る。
「いいえ、ご主人様。私はご主人様のお傍に居られるだけで天上の楽園などに住むよりも幸せなのです。ですので、何なりと仰ってください。エレノアはご主人様のご希望を全て叶えて見せます。勿論、他の者達も同じ気持ちです」
エレノアはそう言って周囲に顔を向けた。俺も釣られて周囲に目を向けると、いつの間にか食堂にいた皆が俺を見ていた。
「…そうか。ありがたいことだ」
俺がそう言うと、エレノアが立ち上がり、グラスを掲げた。
「ご主人様に忠誠を誓うものはグラスを掲げなさい」
エレノアが一言そう口にすると、皆が一斉にグラスを掲げた。
そして、歓声が沸き起こる。
一人一人、俺が創り、手塩にかけて育てたキャラクター達だ。
名前も、種族も、職業も、スキルも、装備も、戦い方も、全て覚えている。
そんな俺が彼らを信じなくて誰が信じるのか。
皆の笑顔を見ながら、俺は不安が薄れていくのを感じた。
だが、エレノアの口にした言葉の中で何かが心内に引っ掛かったのを感じた。
何に引っ掛かったのか。
結局、俺は食事中に思い出すことは無かった。
湯浴みを終えて、いつも通り付いてくるエレノアは放置して寝室へ続く廊下を歩いた。
だが、今日はいつもと景色が違った。
寝室に行く前にある扉の横に人影があったからだ。
サイノスとセディア、サニーの3人だ。
「殿! 本日は誠に済みませんでした!」
サイノスが頭を下げると、他の2人も頭を下げた。
「ああ、良いから気にするな。俺を思っての行動だからな。まあ、ゆっくり休んで明日に備えてくれ」
俺がそう言って通り過ぎると、背後で何か恐ろしいものの気配を感じた。
「貴方達…一体どういう事ですか…?」
ドスの効いたというレベルでは無い、地獄の底から響くようなエレノアの声が背後から聞こえてきた気がしたが、気のせいだろう。
俺は恐怖を振り払うように寝室へ続く扉を開けてマイスィートルームへ逃げ込んだ。
エレノアさん、めっちゃ怖いやないすか。