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ビリアーズ伯爵の思惑

「お前がレンという冒険者か」


目の前で背凭れ付きの豪華な椅子に座る男はそう言って俺を見た。


白髪というよりは銀髪の髪を左右に分けて肩まで垂らし、同じ色の口髭を少し生やしている、40代から50代ほどの男。ビリアーズ・セント・ワームズ・フィツィ伯爵である。


服装は意外にも豪華ながら動き易そうな軽装に刺繍がはいったマントという出で立ちである。


俺はそのビリアーズ伯爵の正面、3メートルほど離れた位置に立っている。


「初めまして」


俺が短く挨拶を返すと、脇に控えた男達が騒めき出した。何故か一番端に立つバートは笑いを必死に堪えている。


「頭を下げんか、貴様ぁ!」


そして、最もこの場で怒りを露わにしているのはボワレイ男爵だ。


俺はボワレイ男爵を一瞥し、部屋の作りに目を向けた。


壁や床は木で作られてはいるが、細かな装飾の棚や椅子、壁に掛かった大きな旗、白い毛皮の絨毯など、中々豪奢な室内となっている。


それなりに広い室内だが、伯爵と俺以外に片方の壁にそって五人ずつと、伯爵を挟むように左右に騎士らしき鎧の男が二人立っている。


ちなみに、セディアとサイノス、サニーは俺の後ろ二歩分ほどの場所に立っている。


俺が部屋を横目に見ていると、ボワレイ男爵の怒りが更に増したらしく、床を踏み鳴らして一歩前に出た。


「馬鹿にしてるのか、貴様! この辺境領の領主であらせられるビリアーズ伯爵様の御前なるぞ!」


と、ボワレイ男爵が脳動脈瘤で死にそうなほど激怒したその時、ビリアーズ伯爵が片手を上げて制した。


「よい。冒険者とは基本的に貴族のような教育を受けておらんのだ。貴族然とした礼儀作法を守れなど無理であろう。楽にして良いぞ」


ビリアーズ伯爵はそう言うと貼り付けたような笑みを浮かべた。


確かに、大概の冒険者は食い詰めた町民か村民なのだろう。下級貴族の三男か四男ならばいるかもしれないが、伯爵程の上級貴族から見れば町民と変わらないに違いない。


まあ、地球の高等教育を受けているとは夢にも思わないだろう。


「それは助かる。それで、ギルド長から聞いたが、なんでも俺に用があるとか?」


俺が腕を組んで伯爵にそう言うと、まさか名前が出ると思わなかったバートが変な声を発して自分の口を抑えていた。


「ほう。バートが? 私はお前に会ってみたいとしか伝えていなかったが…まあよい。確かに用件はある」


伯爵はバートのことは然程気にせずに頷いて答えた。


案外、器が大きいのかもしれないな。


俺が冒険者にあるまじき上から目線で伯爵を評価していると、伯爵は口の端を上げて俺を見た。


「まずは、お前達がどれだけ使えるか見たい」


伯爵はそう言うと手のひらを上にして片手を上げた。すると、ボワレイ男爵が俺を睨みながら前に出て伯爵に何か手渡した。


この異世界に来て初めて見る、紙だ。少し濁ってはいるが白い紙である。


俺が驚いていると思って機嫌を良くしたのか、伯爵は笑みを深めて紙を広げ、棒のようなもので紙に何かを記入した。


記入を終えた伯爵が騎士にそれを渡すと、騎士は無言で俺に紙を手渡してきた。


心なしか騎士からも敵意が伝わってくる。


「これは、地図か」


紙を見てみると、そこには手書きの地図があった。街の名前や村の名前を見るに、これは辺境領の地図らしい。伯爵が書いたのは、西の果ての村。グラード村から更に西に向かって線を引いたらしい。


「ふむ、まずはその紙に驚いただろう? 何で出来ていると思う?」


なんだ、そのクイズは。


庶民は紙を知らないと思って得意になっているらしき伯爵を眺め、俺は無表情に口を開いた。


「木だろう。木や雑草の繊維を使うと聞いたことがある」


俺がそう言うと、伯爵は目を丸くした。


「なんと、知っておったか。そういえば、お前らは旅をしていてこの街に来たのだったか。ふむ、詳しい製法は知らないか?」


「いや、知らないな」


伯爵は俺の返答に残念そうに頷いた。製法を知りたいということは、やはりまだ普及はしておらず何処かが独占しているのだろう。


「そうか。いや、そうだろうな。まあよい。その地図にあるグラード村を知っているな。最果ての村とも呼ばれる村だ」


「知っている。一度行ったこともあるからな」


伯爵の台詞に頷いて答えると、伯爵は俺の持つ地図を指差して口を開いた。


「その村から更に西に行くと深い森がある。魔物が類を見ない程強大でな、それよりも奥の地には誰も入れたことが無いのだ」


「まさか、開拓でもしろと?」


伯爵の説明に思わず俺は口を挟んだ。勿論出来るが、それをするとマズい。


なにしろ、そちらは俺達ギルドの拠点、ジーアイ城がある方向だ。


俺の胸中を見透かしたわけでは無いだろうが、伯爵は不敵な笑みを浮かべて口を開いた。


「そんなわけがなかろう。先日、グラード村に立ち寄った行商人がおってな。その行商人はグラード村からの帰り道、傭兵団らしき一団を見たらしい」


伯爵はそこまで喋ると一度間を置き、顎を上げた。


「その傭兵団が問題だ。行商人が言うには、その傭兵団は随分と悪い噂のある、実質盗賊紛いの類とのことだ」


伯爵はそう言って、俺の反応を見た。


「…で、俺達に傭兵団を潰してこいと?」


俺がそう尋ねると、伯爵は顎を片手で撫でて顔を上げた。


「ふ、ふふ。中々面白い奴だ。私は傭兵団と言ったのだぞ? 団だ、団。人数は50はいよう。流石にどんな手練れであろうとお前達4人では不可能だ」


伯爵はそう言って笑い出した。


いや、もう殲滅しましたが。というか、無傷で全員捕縛しましたが。


俺は思わずそう言いそうになり口を噤んだ。


伯爵は俺の様子を眺めると、何処か嬉しそうに口髭を弄りだした。


「まあ、難しかろう。騎士を揃えても相手が戦慣れした傭兵団なら同数欲しいところだからな」


そう言って、伯爵は上機嫌に何度か頷く。


貴族らしく、相手の言葉や仕草から胸の内を探っているのかもしれないが、思い切り外している。


「ここはガラン皇国との国境と隣接する難しい地域だ。私の騎士団は出せないが、冒険者ギルドに依頼として出してやろう。その一団としてグラード村に赴き、お前達がどれほどの戦果を挙げれるか…楽しみにしていよう」


伯爵はそう言って不敵に笑い、男爵の方を見た。


なるほど。腹に据えかねている男爵のガス抜きであり、俺達が活躍すれば召抱えるかどうか、といったところか。


直感的な推測だが、あながち間違いではないだろう。


なにせ、男爵はとてもいやらしい笑みを浮かべている。


別にグラード村に行くことに問題は無い。だが、行っても傭兵団はいないのだ。多分、入れ違いに奴隷商人に売られていることだろう。


俺が頭をひねって考えを巡らせていると、男爵が嬉々として口を開いた。


「怖いなら断るが良い! 貴様のような無礼で野蛮な下民なんぞに頼らずとも傭兵団くらい問題無いわ!」


ボワレイ男爵はまるで勝利を確信したかのように調子に乗っている。


いや、伯爵が楽しみにしているって言ってんだから、一応行かせる方向で話を進めろよ。部下が話を無かったことにして良いのかよ。


俺が呆れた顔で男爵の笑顔を見ていると、後ろで金属の擦れるような音がした。


「な、貴様…! ?」


途端、伯爵の左右に立つ騎士が険しい表情で声を挙げ、剣の柄を握る。


「…安心して。全員音も無く殺すから」


全くの無音で俺の隣にセディアが立ち、そう口にした。


俺は溜め息混じりにセディアの横顔を見ると、もはや目が血走っていた。


「まさか…サニー、魔術は…」


俺は慌てて後方を振り返ってサニーに魔術禁止令を発しようとしたが、振り返ると部屋が薄っすら青くなっていた。


サニーが青白い炎を体に纏い、鋭く細められた双眸を男爵に向けていた。


これは収拾がつかない。


俺はそう判断してサイノスに顔を向けた。


「サイノス、二人を止め…」


俺が最後まで言う間も無く、サイノスはマジックボックスから刀を取り出した。


「もう我慢ならん! 貴様等そこになおれぃっ!」


サイノスもキレた。



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