冒険者始めました
通常、オーク一体はCランク冒険者が狩る獲物である。大体が5から10くらいの群れを形成していて、Cランクの冒険者パーティなら5体を狩るくらいが丁度良い塩梅となる。
尚、Bランクの冒険者パーティなら10体は全く問題にならないと言えるだろう。
ただ、亜種の場合だと話が大きく変わる。
亜種のオークは個体差はあれどCランクがパーティで挑んで一体を相手に出来る強さとなる。Bランクならパーティで5体が目安だろうか。
亜種のオークナイトやジェネラルなどが現れてしまうと、それだけで緊急依頼だ。通常の白い依頼書とは違い、羊皮紙自体が赤い依頼書で通称、赤札、と呼ばれている。
亜種のオークナイトやジェネラルの場合だとオークの群れを複数率いていることが前提となる為、Bランク以上の複数のパーティという指定が発生する。
問題は群れの統率者だが、亜種のオークナイトやジェネラルならAクラスのパーティが望ましいだろう。ソロでは例えAクラスの冒険者であろうと万が一が考えられる。
Aクラスの冒険者というのは全冒険者の中でも1%を下回る貴重な戦力だ。
だから、万全を期した状態でないと冒険者ギルドからは許可が出ない可能性が高い。
と、いうものが受付嬢ミリアの提供してくれた情報である。
その赤札相当の依頼を仮免試験中の冒険者パーティが達成してしまった。
このせいでギルドの受付嬢以外のギルド職員は会議に掛かりきりになっており、俺がオーク亜種の死体を提供した冒険者達はギルドの近くの大衆食堂にて宴会となっている。
「新たなAクラス誕生を祝って乾杯だ、野郎共!」
何度目かも分からない乾杯の音頭で怒鳴り声のような歓声が屋内に響き渡る。
「俺はまだゴブリン倒してないから冒険者になっていないと言ってるだろうが」
俺がそう言うと、冒険者達は頭を抱えて仰け反った。
「なんでゴブリンを倒してないんだぁ!」
「もうゴブリンなんかどうでも良いだろ⁉︎」
「今日が冒険者初日って嘘ですよね、兄貴ぃ⁉︎」
「せ、セディアさん! か、彼氏いるんすか⁉︎」
「サニーちゃん、ちょ、ちょいとこっちで呑まねぇか? な、何もしねぇから」
「結婚してください!」
最早、店内は地獄絵図である。
この惨状を見た後なら、地球での居酒屋の景色が高級懐石料理の老舗での食事風景に見えるくらいだ。
あ、サニーが変態っぽいヒゲ面の冒険者を麻痺させた。無詠唱で唱えたパラライズだったようだが、誰にも気づかれていないだろうか。
「しかし、とんでもねぇ新人が出たもんだ」
ウォルフはそう言うと酒臭い息を吐いて赤ら顔をこちらに向けた。
「普通ならランクが低い状態で大金星挙げるとよ、嬉しいが勿体無いっていう複雑な…」
「ランクが低いから報酬が少なくなるからだろう? そして、俺はランクすらまだ無いから報酬は無いに等しい…もう何回も聞いたぞ」
俺がうんざりしながらそう返すと、ウォルフは口の端を持ち上げた。
「だがよ、面白ぇのはここからだよ。なにせまだ初依頼をこなしてもいねぇ新人が街の危機にもなりえるオークの群れ討伐だ…ギルドはどう対応するか…」
「それももう5回は聞いたぞ」
ギルドの職員が呼びに来て、俺達4人は冒険者ギルドの建物の二階に上がった。
「こちらです」
ケインズとかいう男性職員に案内されて向かったのは二階に上がってすぐの部屋だった。
ドアを開けて中に入ってみると、椅子に座った6人の男性がこちらを見た。なんと1人は耳が長い。つまりエルフであろう。
俺達は6人の男性と相対するように並ぶ椅子に腰掛けた。室内をそれとなく見ると、どうやら会議室らしく、20人くらいは入れそうな部屋だ。
「初めまして。ランブラスのギルド長をしているバートだ」
「レンという。初めまして」
俺がおざなりな挨拶を返すと、2人の男が怒気を籠めた視線を向けてきた。エルフの男は一番端に座っているが、その視線はサニーに向けられているように見える。
ギルド長を名乗るバートという男はそう言うと俺の顔を見て、次に他の3人を見た。
バートは初老といったところで、受付嬢のランに似た緑色の髪をオールバックにまとめている。
「お仲間は冒険者登録をしないのかね?」
「一度様子を見てから登録しようかと思っていたが」
俺が答えると、バートは浅く頷いて俺に強い視線を向ける。
「出来ることなら全員登録してもらいたい。確かに奴隷などを使っている冒険者は自分しか登録しないという者もいるが、君たちの関係はそういうものでは無いだろう?」
バートの言葉に俺は何か引っ掛かるものを感じた。
「…1つ聞きたいことがある。俺たちがどんな経歴で、どんな関係だと思ってる?」
俺がそう聞くと、バートは一瞬だけ、エルフの男に視線を向けていた。
室内に数秒程度の沈黙がおり、バートが難しい表情で口を開いた。
「集めた情報では、君達は元傭兵であり、隷属の首輪や指輪が無い為、奴隷契約の関係ではない。強さはAクラスに匹敵する可能性有り……といったところか」
「つまり、全員が冒険者に登録したら戦力の底上げが期待出来るから冒険者に登録しろ、という話か? それとも、冒険者証明を他の街でも出せば常に居場所が分かるようになるとかか?」
俺が確認するようにそう尋ねると、バートは浅く頷いた。
「そういう面もあるかもしれない。戦力の把握は大切だ。有用な人材は出来るだけ優遇して王国内に留めておきたいという目論見もある」
バートはそう言ってセディア達を見た。
俺は腕を組んでバートを見返し、肩を竦めた。
「普段はその場を取り繕うようなことはしないんだろう? 下手な小細工を止めて、直接聞いたら良い」
俺が含みのある物言いでそう言うと、バートは片方の眉を少しだけ上げた。
「…さて。別にそんな意図などありはしないが…君はどんな意図があると思ってるのかな?」
「マジックボックス。そして、2人のエルフ。ああ、特にサニーだな」
俺がそれだけ言って最後にサニーを指差すと、6人全員がかなり動揺した空気が伝わってきた。
まあ、ウォルフからマジックボックスは一部の王族かエルフの里にしか無いと聞いていたからな。
俺の台詞を聞いて完全に諦めたのか、バートは席の端に座るエルフに顔を向けた。
エルフの男はその場で立ち上がり、俺を見る。
「初めまして。ギルドの相談役をしている、エルランドだ」
エルランドはそう言うと、サニーへと視線を向けて背筋を伸ばした。
「サニー様とお聞きしましたのでサニー様と呼ばせていただきます。貴女様は、王族ではありませんか? それも、古の都、ラ・フィアーシュの」
エルランドがそう言うと、バートを除く他の4人が騒めいた。
「え、エルランド殿…では、彼女はもしや…」
1人が慌てた様子でエルランドに何かの確認を取るが、エルランドは一瞥しただけで男を黙らせる。
「…サニー様。貴女様が本当の主人であり、セディア殿が近衛か従者なのでありましょう? そして、レン殿とサイノス殿はラ・フィアーシュの近衛隊の隊員か何かでしょう」
「ら・ふぃっしゅなんて知らない」
何故かエルランドは確信した様子で自らの推測を口にしていたが、サニーは一言で切って捨てた。古の都の名前も魚臭くなってしまった。
サニーの言葉を聞いて、エルランドは目に見えて動揺する。
「そ、そんな馬鹿な! さ、サニー様は、失礼ながらハイエルフではありませんか?」
「うん、そう」
「ならば間違いありません! ハイエルフであらせられるのはラ・フィアーシュの王族である僅か数十人の方々のみでございます」
エルランドはそう言ってサニーを見るが、サニーは全く気にせず首を振った。
「王族では無いし、そんな国も知らない」
サニーが再度否定すると、エルランドは縋るような目で俺を見てきた。本人が否定してるのに俺に何を言えというのか。
仕方なく、俺は立ったままのエルランドを見て口を開いた。
「王族だろうが王族じゃなかろうが、冒険者には全員登録する。サニーのフルネームを知りたいが為に画策したんだろうがな」
落とし所としてはこんなものだろう。それとも、サニーが家出した王女とでも思っているのだろうか。
俺が言外に、相手の本来の要求を汲む代わりにこれ以上詮索するなと口にすると、エルランドの隣に座る男が腕を組んで顔を上げた。
「話はそういう段階では無くなったのだ。ラ・フィアーシュの王族が国交もない異国で冒険者登録するなど見逃せるはずが無いではないか」
男は穴だらけな理屈を並べて鼻を鳴らした。俺を見る視線には敵意が透けて見える。先程、俺の態度に苛立っていた男の1人だったか。
「なら、何故最初に全員の冒険者登録を求めた。最初は知らなかったが今は知ってしまったので駄目になったとでも言うつもりか? 知らなかったで済むならこの場のことは秘すれば良いし、駄目ならば最初からそちらが無能だったという話に集約されるだろう」
俺がそう言うと、男は顔を真っ赤にしてテーブルを片手で叩いた。
「貴様、誰に物を言っている! この俺は…」
男の言葉は最後まで続かず尻すぼみに消えていった。
何故なら、男の目の前で武器を持ったセディア、サイノスが立ち上がり、サニーが周囲にライトニングアローを待機状態で維持しているからだ。
その光の球を見て、エルランドが引き攣った顔で身体を震わせた。
「や、やはり、サニー様は王族に違いない…個人であの規模の魔術を一瞬で…」
愕然とした顔でブツブツと呟くエルランドを尻目に、バートが立ち上がって両手を上げた。
「わ、悪かった! そちらの対応に問題は無い! 難癖つけたのはこちらの独断だ! ギルドは4人の冒険者登録を歓迎し、異例だが4人とも冒険者ランクはBクラスとして登録させていただく!」
「なっ⁉︎ バート、貴様⁉︎ 私の独断だと…」
「黙っていてくれんか、ボワレイ男爵! 今は私達の命の危機だ! 見て分からないのか⁉︎」
バートの謝罪内容にボワレイとかいう男が文句を言おうとしたが、怒れるバートに逆に怒鳴られた。あいつ貴族だったのか。道理で1人だけマントみたいなものを羽織っていたわけだ。
俺は歯を嚙み鳴らして悔しがるボワレイを無視してバートに顔を向ける。
「いきなりBクラスとは有難い。ところでオークの件だが」
「ああ、勿論、謝罪も込めてBクラスの緊急依頼として報酬を出そう」
俺が質問しようとすると、バートは先回りしてそんなことを言った。俺はそれに片手を上げて制する。
「いや、オークの素材を売却した金を貰えると聞いたから報酬は別に必要無い。その代わり、ギルドの協力が欲しい」
俺がそう言うと、バートは目を瞬かせて停止した。