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無双されし者

前線が崩壊していく様を眺め、我輩の部下達もみっともないまでに慌てふためいている。


「しょ、将軍!? な、何が起きてるんですか!?」


「へ、兵が吹き飛んだ!?」


そんな意味の無い報告や質問が次々に投げかけられる中、我輩は腕を組んで戦場を見定めた。


最初の魔術は間違いなくあのSランク冒険者だろう。


そして、その後から連続して起きた最前列から順番に姿を消し、吹き飛ばされていく兵士達。


タイプの違う魔術士の集団が右方向から上がってきており、左方向には異常な剣士の集団と魔術士隊が混合で隊列を組んで突き進んでいるに違いない。


恐ろしく腕の立つ戦闘集団のようだが、戦争の経験は浅いようだな。


どんな強者とて、あのような全力での戦闘を繰り返し続けることは不可能だ。


挙句に、陣形を組む前とはいえ、この大軍に正面からぶつかってきている。


そんな戦法とも言えない戦法は馬鹿どころでは無く、気狂いの類だろう。


まあ、左右からの奇襲に関してはかなりの数の斥候を送っている為、元より問題は無かったが。


「しょ、将軍! 左手から押しあがってきた敵は前列魔術士隊の手前まで進んでいます!」


「何!? そ、そんな馬鹿な! 今の短期間で一万近くの兵を切り崩されたとでも言う気か、貴様!」


我輩は部下の報告に怒鳴りながら顔を上げて、目を凝らした。


「い、いえ! 左手から上がってきた敵の部隊だけが突出しております!」


「正確な報告をせんか、馬鹿者ぉ!!」


我輩は使えない部下を叱責すると、遠くで吹き飛ぶ我が軍の兵士達を見た。


確かに、左側だけが随分と突出している。


「右側から兵を押し込め、左側は少しずつ後退させろ! 更にこちらに誘い込むのだ!」


我輩がそう指示を出すと、部下の1人は血相を変えて前列に向かった。


「魔術士隊! 左右に散って挟み込むように待機しろ! 重装兵士隊が中央部で密集陣形だ!」


我輩がそう指揮を執ると、流石に正規兵は動きが良い。


だが、ついてきているだけといった奴隷兵は動きが遅いし、傭兵団は陣形には加わりたがらない。


「足の速い傭兵団は外側を回って敵軍の左右からの挟撃せよ! いけるならば背後まで回り込んでも良いぞ!」


我輩がそう言ってようやく、傭兵団達も左右に散り始めた。


相手が少数という報告は完全に間違いだったのだろう。


相手が少数であるとの報告があったから、縦隊のまま物量で踏み潰す予定だったのだが、どう考えても練度の高い兵が一万はいる。


そのうえ、魔術士隊も相当数が戦線に加わっているはずだ。


使えない部下ばかりだが、我輩が采配を振るえば世界一の軍として活躍出来るだろう。


我輩が自身の才能に畏怖すら覚えていると、前方で動きがあった。


兵達の上に黒い炎が浮き上がったのだ。


「何だ、アレは!?」


我輩が部下にそう怒鳴るが、誰も答えようとしない。


この使えない部下の首を先に切り落としてやろうか。


我輩がそう思ったその時、黒い炎から何かが飛び出した。


まるで洞窟から蝙蝠の大群が飛び出すような不気味な光景に我輩が絶句していると、その黒い物体が降り注ぐ先で我が軍の兵士達が空中に吹き飛ばされていった。


激しい爆発音が連続で響き、まるで冗談のように兵達が空を舞う。


「何だ、あの魔術は!?」


「わ、分かりません!」


「えぇい! 魔術士隊隊長!」


我輩が怒りに頭痛すら感じながら声を上げて周囲を見ると、我輩の側近の奥に控える魔術士隊の本隊の連中のアホ面が目に映った。


皆が皆、口を開けて馬鹿みたいな顔をしながら、遠くに見える最前線を凝視している。


「魔術士隊! 誰か返事をせんか!」


我輩が魔術士隊に顔を向けて怒鳴り散らすと、魔術士隊の隊長であるセダがいつもの細い目を見開いてこちらを見た。


「あの魔術は何だ!?」


我輩がそう尋ねると、セダは乾いた笑いを貼り付けて首を左右に振った。


「み、見たことも聞いたこともない…あんな魔術は、知らない」


セダは熱に浮かされたような声でそう呟くと、また前列の惨状に目を向けた。


「推測すら出来んのか、貴様は!?」


我輩が激情のあまり血を吐きそうな程の大声でセダを問いただすと、セダは冷めた目つきで我輩を見上げた。


「知らないんだ。それぐらい分かれよ、将軍殿。こっちはあんたみたいな馬鹿の相手をするよりも、あの魔術を目と脳みそに焼き付けるという大事な仕事があるんだ。頼むから口を閉じていろ」


セダの信じられないような暴言に、我輩は思わず剣を抜いてセダに馬の頭を向けた。


「そこに直れ!」


我輩がそう口にしたその瞬間、我輩と魔術士隊の間を白い刃のような何かが通り抜けた。


風を切る音と地面を抉る音、そして兵士達が切断されて吹き飛ぶ音が周囲に響いた。


我輩が何が起きたのか確認しようと顔を前方に向けると、そこには黒い皮の不思議な服を着た髭面の男が立っていた。


「おお! お前も指揮官の1人だな?」


男は逞しい眉を上に上げて何処か嬉しそうにそう口にすると、刀を構えて顎を引いた。


「さあ、ちょうど半分くらい来た筈だ。お前さんの首でも貰って帰るとするかね」


男はそう言って不敵に笑った。


見ると、男は1人だった。男の遥か後方。ガラン皇国軍兵士の死体の道の向こう側に男の仲間らしき者が3名ほど見えたが、それでもこの場にいる敵はたったの1人だった。


まさか、こいつが1人でここまでの損害を我が軍に出したのか。


思わず我輩はそんな馬鹿な妄想を頭に思い浮かべ、すぐに振り払った。


「我輩はガラン皇国軍最強の将軍、トルガだ! 貴様なんぞにやられるものか!」


我輩はそう名乗ると、馬を降りて剣を握った。


我輩が名乗ったことが気に入ったのか、男は豪快に笑うと、刀を我輩の胸の高さに向けて口を開いた。


「面白いぞ、トルガとやら! さあ、一騎打ちといこうか! それとももう一度数で挑むか!?」


男がそう言って口の端を上げると、突如として背後から若い男の声が響いた。


「止めんか、馬鹿」


そんな言葉と共に、髭面の男の背後には黒い髪の長身の青年が立っていた。


その青年は我輩をまっすぐに見て、フッと息を漏らすように笑った。


「お前が将軍か」


我輩は無礼にも我輩をお前呼ばわりした青年を見て、文句を言おうとした。


だが、我輩は声を発することができなかった。



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