宣戦布告させてもらえない?
見渡す限りの大地を埋め尽くすのではないかという大軍勢だ。
実際には縦長になった長い行軍の為の隊列なのだろうが、その十万近い大軍はやはり迫力がある。
「殿。使者は随分と遅いですな。ワシが直接向かってもいいですぞ?」
と、カルタスが口にして笑った。
その言葉に苦笑しながら、俺は首を左右に振る。
「これから五大国に食い込む大国を作る予定なんだ。周辺国家を叩き潰して大国になると、周りの不満が溜まるし負けた国からは反乱も起きるだろう。我らは相手が攻めてきたから反撃し、その力を示す必要がある」
「つまり、こちらから先に攻撃は出来ない、ね。面倒だねぇ。こっちが全力で当たれば十分に力を示せると思うけど」
俺が説明していると、ローザが面倒臭そうに肩を竦めてそう言った。
「やり過ぎだ。相手からすれば、そんな桁違いの力を持つ存在が突然襲撃してきたことになる。なにせ、兵達は戦争なんかしたくないんだからな。自分達は戦争をしたくないのに、皇国の上層部が利益を求めて虎の尾を踏む。結果、死ぬのは自分達雑兵…こういう流れを作れば、生き残った兵達は自国に帰っても、うちでは無く皇国のトップのせいで自分達は酷い目にあったと言うだろう」
俺がそう説明すると、カルタスが大きな声で笑った。
「流石は殿! 悪どいですな!」
あれ? 何か悪口を言われた気がする。
俺が目を細めてカルタスを睨んでいると、それまで静観していたリアーナが口を開いた。
「いえ、自国が責められる隙を与えない為の事前準備はどの国もやっていることです。敵ばかりになると、物資が売買出来なくなったり、周辺の国々が結託してしまったりと不利なことばかりになりますから」
リアーナがそう言うと、キーラが首を傾げてこちらを見た。
「失礼を承知でお聞きしたいのですが、あの巨大な岩を雨のように降らす魔術だけでこの世界を我が物に出来るかもしれません。力で屈服させても良いのでは無いですか?」
恐る恐るといった様子でキーラにそう言われ、俺は肩を竦めた。
「例えば、圧倒的な武力で制圧したとして、もしもキーラが制圧された側だと今までの生活を急に変えられることになる。それは嬉しくは無いだろう? だから、とりあえずガラン皇国との敵対は仕方ないとして、他の国とは仲良くする。その状態で五大国の仲間入りをすれば後はこちらの国の国民の生活にさえ気をつけていれば、自ずと国民は増えていくだろう」
空輸事業で金は黙っていても入るようになるしな。
俺は言葉にはせずに頭の中でそう続けた。
これで、ガラン皇国から攻められたにも関わらず、防衛で完膚なきまでに皇国を叩き潰した軍事的強国と認知されるだろう。
後は、他の国と国際同盟を結んでいき、最初の盟主に我が国がなる。
数年ごとに選挙で盟主を変えると公言しておけば、今までに無いクリーンな同盟に見えることだろう。
我が国が延々と選挙で選ばれたとしても。
「おや、殿。使者には見えぬ輩が現れましたな」
と、今後の展開を考察している俺にカルタスが声を掛けてきた。
カルタスに言われて顔を上げると、どうも見たことのある人影が姿を見せた。
メーアスにいたSランク冒険者の魔術士クロムウェルと重戦士オーウェインだ。
あいつら何でこの戦争に参加してるんだ?
俺がそう思って首を傾げていると、最前列にいた兵士達の間から染み出すように、安物の鎧を身に付けた若い奴隷兵達が続々と前面に出て来た。
そして、最後にあの痩せこけた元神官の回復魔術士、ティダルが姿を現す。
「なんですかな、あの輩は」
カルタスがそう言うと同時に、クロムウェルが杖を手にして詠唱を開始し、そのクロムウェルの前でオーウェインが随分と歪なタワーシールドを構えた。
そして、ティダルは厭らしい笑みを浮かべながら奴隷達を最前列に並べた。
「ほう。魔術合戦でもしたいのか」
その陣形を見て、カルタスが感心したようにそう言った。
いや、残念ながら大した実力はないぞ。
「ボス、アタシがサクッとヤッてきます?」
俺がカルタスに相手の説明をしようかとしているのに、ローザは既にヤる気満々である。
「とりあえず、結界でも張るか。魔術士隊、前面に多重結界」
俺がそう言うと、魔術士の中から代表してイオが返事をして俺のすぐ後ろまで来た。
「はい! 行きますね!」
イオはそう言って結界魔術を唱え、俺たちの前に半透明な壁を作り出した。
高く広い大きな結界だが、広範囲の魔術を警戒してだろうか。
ゲームならば高レベルなキャラクター同士の戦いでは素早く動きながら魔術を行使する為、結界は一瞬で硬いものを形成する必要があり、四角い一面だけの結界を張るのが主流だ。
ただ、それがこの世界の魔術に対しても最適解なのか、微妙なところだが。
俺がそんなことを考えながら結界を眺めていると、クロムウェルは詠唱を終えたらしく、口の端を吊り上げて杖のよう先をこちらに向けた。
「そんな馬鹿でかい結界は一点に集中した力には弱いんだよ! そんなことも知らないのかい!? 吹き飛んでから後悔しな! ヴォート・トルメンタ!」
クロムウェルはそう怒鳴って魔術を発動した。
周囲の兵士達が体勢を崩してしまうくらいの風が巻き起こり、クロムウェルの杖に収束していく。
そういえば、クロムウェルは行使する魔術の名を口にして発動させるんだったな。
俺がそう思ってクロムウェルの魔術に注目していると、後ろに控えていたシェリーとリアーナが慌てた様子でこちらに来た。
「あ、あれは風の魔術最大の攻撃力と貫通力を持つ魔術の筈です! 少しでも被害を減らす為に左右に散らないと!」
シェリーのその解説を聞き、俺は頷いた。
「なるほど。なら、結界を俺も張るか」
俺がそう言って結界をもう一枚張ろうとすると、リアーナが首を左右に振る。
「いけません。あの魔術は城壁すら簡単に破壊します。エルフの国の魔術士ならば結界で防げるかもしれませんが、それでも相手よりも長い詠唱時間がかかる為、兵が来る前に準備を…」
リアーナがそう言いかかったその時、クロムウェルの持つ杖から収束した風が放たれた。
まるで質量を持ったように風が螺旋を描いて迫るのが目にも見える。
収束した密度の高い風の螺旋は槍のようにクロムウェルの杖の先から俺に向けて一直線に伸びてきた。
そして、イオ達の張った結界に衝突する。
轟音が響き渡り、結界の向こう側では風の槍がうねりながら結界を突き破ろうと暴れている。
「っ!」
その音と、結界を食い破ろうとする風の槍の迫力にシェリーが息を呑んだ。
だが、俺達は別のことに目を向けていた。
「ご主人様、ガラン皇国軍が前進を始めました」
後方からエレノアがそう報告してきた。
確かに、ガラン皇国軍の前列の兵達がクロムウェル達を避けて左右に別れながら前進を開始した。
「あの風系魔術がどれくらい続くのか。連発出来るのか…とりあえず、俺達を釘付けに出来ると踏んで左右から回り込んでくるつもりか」
俺がそう言うと、カルタスが鼻息荒く刀を抜いた。
「おぉ! 殿! ワシは右から行きますぞ!」
「では、私は左から行きましょうか」
カルタスの言葉に追従するようにエレノアが反対側を受け持つと口にした。
俺は腕を組んで唸り、クロムウェルの放った魔術が力を弱めてきているのを見て、頷いた。
「よし。じゃあ俺は真ん中だ。皇国からの攻撃を受けたとして俺が宣戦布告するから、その後は剣で相手をしてやろうか」
俺がそう言うと、カルタスとエレノアが頷く。
「アタシもいいですかい?」
そして、ローザも嬉しそうにそう言ってきた。
「ローザは俺達が切り残した敵を狩っていけ。ああ、皆に言っておくが、偶然でも何でも生き残る奴隷兵がいるようなら確保しろよ。怪我と状態異常を回復して後ろに転がしておけ。その辺りは魔術士隊に一任する」
俺がそう言うと、丁度良いタイミングでクロムウェルの放った魔術が力を失って掻き消えた。
結界は一枚穴が開き、二枚目にヒビが入っていた。
結界の残りは30枚ほどだろうか。
「よし、防ぎきったな。結界を解除! シェリーとリアーナは後方で魔術士隊の真ん中にいろよ。キーラはその護衛だな。残った近接戦闘職は3人ずつ俺とカルタス、エレノアの補助だ」
俺がそう指示を出すと、踊り子のヴェロッサが傍にきた。
「補助が出来る人は補助に回りますね?」
「ああ、頼む。さて、開戦だ。皆準備はいいな?」
ヴェロッサの提案に頷いて俺がそう言うと、ギルドメンバーから怒号のような声が上がった。
俺は口の端を上げて笑みを作り、口を開く。
「行くぞ、お前ら。楽しんで来いよ!」




