サイノスとローレルの戦い
サイノスは相手の剣を見て、わざわざアイテムボックスから鋼の刀を取り出した。
その様子を見て、ローレルが嫌そうな顔をして口を開く。
「おいおい、武器のレベルを揃えて技を競うってか? どんだけ闘うのが好きなんだよ」
ローレルがそう言うと、サイノスは黒い鞘から刀を抜いて刃を下に構えた。刀の表面に浮かぶ白い波紋が光を反射して妖しく煌めく。
「ふっふっふ…拙者の1番最初に持っていた愛刀、オキクサンが血を吸いたいと震えている…」
なんだ、その妖刀。
俺が呆れていると、ローレルは溜め息を吐いて剣を構えた。
「俺はめんどいからいつものでいくわ」
ローレルはそう言ってサイノスを横目に見た。
いや、最強の武器を使っていいんだよ。良い人材がいたら死なないようにすれば良いだけなんだから。
サイノスは後で正座だな。
俺がそんなことを思っていると、白い長髪の獣人がサイノスに向かって歩き出した。
「俺は白狼族の戦士、バレル! サイノスとやら、尋常に勝負!」
「応!」
二人はそれだけのやり取りを終えると、一気に駆け出した。
真正面からのぶつかり合いだ。
「シャッ!」
まず、バレルが気合いを発して幅広の重そうな剣を素早く振った。
斜め上から振り下ろされた剣を、サイノスが地面に吸い付くように低く頭を下げ、斜め前に出て避ける。
普通ならば、そのままサイノスが振り向きざまに刀を振って終わりだ。
だが、なんとバレルは避けられたと判断した瞬間に、前のめりに倒れるように前方へ転がった。
その直後、バレルが立っていた場所をサイノスの刀が横薙ぎに振るわれる。
「なんと! 中々の動き! 素晴らしいぞ、バレル!」
刀を振った体勢で止まったサイノスは離れて立ち上がるバレルを見て、尻尾を振りながら賞賛した。
サイノス大喜びである。
「スキル使えよ、サイノス…」
そんなサイノスを見て、ローレルが更に嫌そうに眉間に皺を寄せてそう呟いた。
装備も特殊効果は経験値アップなどだから、サイノスは何の補正も無い状態で、更にスキルも使っていないのか。
だが、それでも俺は驚いていた。
初めて、サイノスと戦いといえる戦いが出来る人物が現れたのだ。
Sランク冒険者のブリュンヒルトよりも強そうだ。
「…見えなかったが、避けられたのなら攻撃が来ると踏んで賭けに出ただけだ」
しかし、バレルは悔しそうにそう言うと、剣を構え直した。
勘で避けたのか。しかし、それも実力だろう。
俺が感心していると、サイノスが嬉しそうに口を開いた。
「よし! 次は拙者から行くぞ! 連続で斬り合うからな!? しっかり避けて弾いて斬り返して来い!」
サイノスさん、それは無茶やないですか。
俺がいきなりハードルを上げたサイノスに白い目を向けていると、バレルは口の端を上げて顎を引いた。
「…そのような化け物じみた腕前で、なんとも子供のようなはしゃぎ様。最後の相手が貴殿で良かったぞ、サイノス」
バレルはそう言って両足に力を込めてサイノスを睨んだ。
本当か? 本当に最後の相手がサイノスでいいのか?
俺は懐疑的な目でバレルを見ていたが、視界の端でローレルが動くのが見えた。
「あ、ちょっと待ちなってアンタら! そっちの二人は盛り上がっちまったからな。面倒だが俺が相手をしてやるよ」
ローレルがそう言うと、バレルと睨み合うサイノスの背後に向かっていた二人の男を見た。
二人の男は灰色の皮の鎧を着込んでおり、手には丸みのあるナイフが握られていた。
「…やるか」
「おお」
二人は顔を見合わせて、そう呟くと、一気にローレルに向かって駆け出した。
一人はローレルの右側から、もう一人はローレルの左側を回り込んで背後を取ろうとしているようだった。
完全な左右からの挟み撃ちではなく、少し位置をずらして攻め込むつもりらしい。
だが、ローレルはぼんやりと二人を見ながら口を開いた。
「結界と…自動回復も一応しとくか」
そんな独り言を呟き、ローレルは結界魔術と体力自動回復の魔術を自らに掛ける。
僅か一秒から二秒のことだ。
ローレルに迫る二人はそのことに気がついていないのか、ナイフを構えてそのままローレルの首を目掛けて斬りつけた。
だが、ナイフは金属音とともに弾かれ、ナイフを振った男達は体勢を崩した。
「はい、終わり。ジャッジメントクロス」
ローレルは二人を面白くなさそうに眺めてから一言呟き、聖騎士の得意技とも言える魔術を発動した。
ローレルを中心に、白い光の十字架が地面から浮かび上がる。
四方5メートル程度の範囲を攻撃する魔術だが、魔力が高い聖騎士が使うとその威力は馬鹿に出来ないものになる。
「…っ」
ローレルの魔術が発動してすぐに、二人の男は声にならない声を発して煙になって消えた。
え? 蒸発すんの?
あまりの衝撃映像に俺が絶句していると、ローレルは鎧すら残さず消し去った二人など気にもせずに辺りを見回した。
「おし、次の奴来な」
いや、絶対来ませんよ、ローレルさん。
シェリーとリアーナの魔術は中位の上くらいの威力はあった。
その魔術に耐えられた何十人かは、ゲームでいうところの中級者になった程度のレベルだろう。
だが、当たり前だが最上位クラスのローレルの攻撃には全く歯が立たない。
それは見ていた者達も理解出来た筈だ。
「…誰も来ないね。旦那! どうします?」
ローレルはこっちを振り向いてそんなことを言ってきた。
サイノスの方を見ると、腕や腹から血を流しながらも致命傷を回避し続けているバレルと嬉しそうに斬り合っていた。
なんだ、あの変態。
「マスター。軍が前進を再開した」
俺がサイノスの戦いを見ていると、後ろからサニーにそう言われた。
確認すると、確かに皇国軍はこちらに向かって来ているが、最前列の兵達は泣きそうな顔をしている。
嫌々進軍しているのは明らかである。
「…ローレル。ちょっと下がれ」
「はいよ!」
俺が指示すると、ローレルはフルプレートメイルを着ているとは思えない速度でこちらへ来た。
俺はそれを確認すると、サニー達遠距離専門の戦闘職達を見やる。
「一斉に下位の魔術…そうだな、火以外の魔術を乱れ打つぞ。大軍だからな、方向が被らないように横一列になって魔術を行使しろよ」
「分かった」
俺が指示を出すと、サニーを中心に左右にギルドメンバーが広がった。
相手の幅に合わせて広がった所為でもあるが、一人一人の間の距離が10メートル近く開いている。
「ローレル、セディア。手の空いた奴を率いて遠距離の奴らを守ってやれ」
「はい!」
「あいよ!」
俺は返事を返して走って行ったギルドメンバー達を眺めてから、ガラン皇国軍の進軍の様子を確認した。
隊列を組み直したガラン皇国軍は中々の速さで進軍をしてきている。
自棄になっているのかもしれない。
「サイノス! 退避しろよー!」
俺はまだ戦っているサイノスにそれだけ告げると、サニー達の方を向いて口を開いた。
「よし、全員一斉に魔術を発動」
「了解」
俺が魔術発動の合図を口にすると、サニーが素早く光の魔術を発動させた。
そして、横並びに立ったギルドメンバー達が一斉に魔術を発動し始める。
「ちょっ!? と、殿! 退避する時間をください!」
サイノスは器用に飛んでくる魔術を避けながらそう叫んだ。
いや、大丈夫そうじゃないか、サイノス君。




