城の周辺調査完了(魔物駆除済)
俺が城の設備の中で一番時間をかけたのは何処か。
答えは三つある大浴場である。
一つは地下に造った何故か波のある浜辺リゾート型温泉。近くには海の家や夏祭りの屋台が出ている。ゲームメーカー側が用意した施設の中に波がある温泉があったのが悪い。
二つ目は城の一階奥にあるただ広い三種類の温泉。勿論、周囲の壁や椅子、棚、天井や柱の照明など、豪華でありながら嫌味の無い最高品質の装飾が施されている。ちなみに天井や壁、柱などはゲーム内のオプションにあったサンタマリアノヴェッラ教会の内装を使っている。風呂用の内装では無かったので一部を変更はしてあるが。
そして三つ目は最も拘った城の屋上の西側を使用して造った露天風呂である。周囲には桜の木や大きな岩、石造りのベンチとテーブルなどがある。
まさかとは思ったが、部下同士でどう話がついたのか男どもは室内温泉で女は露天風呂となった。
ちなみに、俺は何故か露天風呂である。羨ましいか。
汗と鼻血を流してサッパリ貧血になった後は食事である。
実は、俺が拘った城の施設第2位は食堂なのだ。
言いやすいから食堂と呼んではいるが、実際には高級フレンチレストランのような感覚に近い。バーとしても使えるカウンターに、少し広めのテーブルが等間隔に並んでいる。部屋の隅にはグランドピアノを置いておりゲーム中は完全にただの置物だった。
ちなみにディナーの前に気になって鍵盤に触れてみたらしっかり音がなった。踊り子であるヴェロッサや楽士のネストが設定上楽器の演奏が出来るようにしていたはずだ。一度聴いてみるとしよう。
料理自体はディオンが言っていたように猪らしき肉料理が出た。何故、肉なのに猪か分かったかと言うと、コースの最後に出たのが顔面丸ごと炙り焼きといった見た目の料理だったからだ。
間違いなく嫌がらせだ。ディオンのばか。
温泉、ディナーと順に楽しんだら次は何か。
卓球ではない。紳士的にチェスというわけでもない。
細かく分けた各隊のリーダーを呼んで進捗状況の相互確認と今後の方針を決めるのである。
仕事の虫のようなスケジュールだ。
俺はそんなことを思いながら室内を見回した。大学の講義室のような階段状になった座席がある城内の会議室である。席の数は100席。今は各隊のリーダーだけだから室内の座席は俺を除いて40席が埋まった状態だ。
ちなみに俺は気分的に最後尾の席に座らせてもらった。
「カルタス隊、周囲の探索完了。モンスターはオーク15、トロール5、ヒドラ1、スフィンクス1、ワニ顏のラクダみたいなヤツ10を駆除。死体はアイテムボックス内に保管してある。周辺に目立った人工物は見当たらず。地形に関しては他の隊と特に差異は無い。以上」
ワニ顏のラクダみたいなヤツがすごく気になるな。首と足が長いワニなのか。いや、背中にコブがあるのか。
「最後は俺んとこ、ローレル隊か。探索は完了。モンスターはオーク100、オーク大12、オークキング1、オーククイーン1…まあ、オークの集落を見つけたってこったな。キングくらいならもしかしたら会話が出来るかもと思ったが、俺の隊の女衆を見ておっ立てたのでちょん切った。モンスターはやはり進化してもモンスターなんだろな。以上」
ちょん切ったと聞いた瞬間、思わず内股になった。ローレルは残虐非道な悪い奴だ。
「さて、情報は出尽くしましたね。それでは、作成した周辺地図を配りますので各隊でモンスターの分布図をお願いします。他にも何か気になることがあったら何でも書き込んでください」
各隊の報告を聞き終わったエレノアは地図を配りそう言った。俺にも資料として地図は配られているが、短時間で作ったと思えない精度になっていた。
建築士や芸術家などの職業の者もいたから其奴らが作成したのだろう。生産職やユニーク職のキャラクターは鍛治士と錬金術士以外レベルが低いままだから戦闘には不安があるが、ゲーム内では意味の無かった設定や新しいスキルの使い方があるかもしれない。
俺は良く出来た地図を眺めながら満足気に1人頷いていた。
「ご主人様、今回の周辺調査の結果はこの様になりましたが、何か気になる点などはありましたでしょうか?」
「いや、問題無い。明日は更に広域を探索するとしよう。モンスターについてだが、強さはどの程度だった?」
流石にボンヤリしてて会議に集中してなかったとは言えないので、何となくそれらしい返答をしておいた。
すると、講義をする教授のように教壇に立っているエレノアがハッとした顔になって俺に頭を下げた。
「申し訳ありません。怪我をした者が居なかった為安易に考えておりました。それでは改めて各隊に以前のモンスターと比較しての戦闘能力の違いと、各モンスターそれぞれの攻撃パターンや生態の報告書を提出してもらいたいと思います」
「あ、ああ。まあ、どうせ調査は続くからゆっくりで良い。何度も同じモンスターと相対した方が情報の精度も上がるだろう」
適当な返事をしたのに恐縮して自己反省するエレノアを見て俺は居た堪れない気持ちになった。
何故か会議室内で皆が俺の意見に大きく頷いて感心しているような雰囲気を醸し出しているが、皆の揺るぎない信頼の視線を受ける度に胸が痛むような錯覚を覚える。
「さて、会議はこれで終了だ。明日は朝から少し離れた場所にあるという伯爵領内第2の都市、ランブラスに向かう。そこで、エレノア隊の編成を変更する」
俺はさっさと話を終わらせるべく一方的にそう口にした。
エレノアは真剣な表情でこちらを見上げているが、ここは心を鬼にしなくてはならない。
「冒険者で最も多いのは4人パーティーと聞いた。なので、前衛1人、斥候1人、後方支援1人を連れて冒険者登録に向かう。メンバーは前衛が最上級職の剣王サイノス。斥候は最上級職の暗殺者セディア。後方支援は攻撃回復補助のバランスが良い賢者サニーでいく」
俺がそう言うと、エレノアがこの世の終わりのような絶望を浮かべた。
「あ、あの、わ、私はどう致しましゅか?」
どもった挙句に噛むというこれ以上無い動揺を見せるエレノアに、俺は出来るだけ優しく声をかけた。
「最も俺の傍にいたエレノアが一番俺の考えを理解出来るだろう。俺が不在の時はエレノアが最大の発言権を持つことにする。城内の探索担当の隊の一つに組み込み、城の警護を頼む。組み込むのはヒーラーのソアラの隊が良いだろうな」
俺が公然にエレノアを第一の部下であると口にすると、エレノアの顔色は見る見る間に改善された。
「はい、分かりました。それでは僭越ながら私、エレノアがご主人様不在の間ジーアイ城の警護にあたらせて頂きます」
弾むような声でそう言ったエレノアだったが、その双眸は有無を言わさぬ覚悟が込められていた。
「よし。それでは各隊、明日に備えて早めに休むように。おやすみ」
俺はそう言って会議室を出た。
廊下を歩いているが何故か足音が二つある。
「どうかしたか、エレノア」
「はい。私はご主人様の一番の僕として常にご主人様の身辺をお守りしたいと思っております」
「そ、そうか」
俺はテンション爆上げのエレノアに曖昧に返事を返して廊下を進んだ。
城内の東側二階部分にある会議室から出て廊下を進み、俺が休む寝室がある五階に向かう。同階の玉座の間の前のT字状になった廊下を見張り台とは反対に曲がり、一つ目の部屋が警備兵待機室。そこを通り過ぎてすぐ突き当たりには豪奢な造りの重厚な扉があり、その奥に続く廊下を抜けると俺の寝室がある。
なんでこんな面倒な造りにと思わないでもないが、とある城の設計を参考にしているので仕方ない。
随分と長い道を進む羽目になったが、エレノアはついに寝室まで付いてきた。てっきり警備兵の部屋で待機するのかと思っていたのに、いったいどうしたというのだろうか。
寝室に入り、俺は三人掛けの革張りソファーに身を沈めた。
俺の寝室は三部屋構成で、一部屋目がキングサイズの天蓋付きベッドが一つと馬鹿みたいにデカイ衣装ダンスと本棚二つ。大統領が使いそうな木製の執務机と椅子が一組。ソファー二つと間に低いテーブルという家具が並ぶ。
他の部屋は4人くらいが入れる窓付きの風呂と、急に現代風になった洋式トイレである。城内の各所につけたトイレは全て洋式だ。もちろん、ウォシュレット完備の高級トイレットペーパー付き。
そんな豪勢でありながら住み心地抜群の我が寝室で、ソファーに座った俺を立ったまま見つめるエレノア。
「さ、さて…そろそろ寝ようかな。エレノアも休んで良いからな」
俺がそう言って軽鎧を脱いでアンダーシャツとパンツになっていると、エレノアが音も無く横に来た。
「いえ、お手伝いさせていただきます」
え、何の?
そんな言葉を発することも出来ずに、俺は大事にしていた華を散らされた。
終始、エレノアにリードされました。