表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無職転生 - 異世界行ったら本気だす -  作者: 理不尽な孫の手
第4章 少年期 渡航編
44/286

第三十九話「獣族の子供たち」

 その部屋は暗かった。


 暗闇の中で、全裸の少年少女が不安げな顔で身をよじっていた。

 それぞれ違った獣耳をしている。


 子供ばかりが七名。

 少女が四名、少年が三名。

 歳は俺と同じぐらいか。


 全員が全裸+手錠+猿轡+獣耳orエルフ耳。


 全員が後ろ手に手錠を掛けられ、身を縮こませている。

 幼気な少女が全裸で手錠。


 まさか、こんなものを本当に見る日が来るとは思わなかった。

 眼福なんてもんじゃない、若き日の観音様じゃないか。

 これが桃源郷。

 いや、天国か。

 俺はとうとう、天国に至ったのか。

 緑の赤ん坊とか見つけてないんだけど!


 と、喜びかけて、気付いた。


 一人を除いた全員に泣いた跡があり、

 また何人かの顔には青黒い痣があった。


 頭が冷えた。


 泣いて、喚いて、うるさいと殴られたのだろう。

 エリスが攫われた時もそんな感じだったしな。

 この世界では、さらってきた子供に対する遠慮とかは無いのだ。


 そして、その遠慮無しの拷問を、

 ルイジェルドが二つ隣の部屋で聞いていたわけだ。

 我慢できないわけだ。


 とりあえず、パッとみた感じ、性的な暴行を受けた形跡はない。

 まだ幼いせいか、それとも商品価値を落とさないせいか。

 どっちでもいいことだが、不幸中の幸いといった所だろう。



 いつもの俺なら、全裸の少女たちを見て、

 おっぱいの一揉みぐらいは許される、とか思う所だ。

 だが、現在の俺は、ちょっとばかし痴力が低い。

 船から降りる前に賢者に転職したばかりだからな。

 もっとも、知力の方は上がってないが。



 不自由な少年少女たち。

 少女のうち、三人は涙を流し、今もなおエグエグと泣いている。

 少年のうち二人は俺を見て怯えた表情を見せ、一人は倒れて虫の息だ。


 とりあえず、まず倒れている少年にヒーリングを掛ける。

 そして彼の手錠を外す。

 猿轡はきつく結ばれていた。

 外せない。

 仕方ないので焼ききった。

 ちょっと火傷させてしまったが、仕方ない。

 男の子だし、我慢してもらおう。


 残り二人の少年にもヒーリングを掛け、手錠を外す。 


「あ、あの……あなたは……?」


 獣神語だった。

 唐突に別言語で話しかけられたので、ちょっと戸惑う。

 しかし、獣神語はちゃんと習得している。

 ギレーヌとの会話を思い出しつつ、話す。


「助けにきました。三人で部屋の入り口を見張っていてください。

 誰かきたらすぐに教えてください」


 三人は不安そうに顔を見合わせる。


「男の子なら、それぐらい出来るだろ?」


 そう言うと、三人はキッと顔を引き締めて頷き、扉の方に走った。


 この言葉に他意は無い。

 別に視界に女子だけが入るようにしたいとかいう意味はない。


 ルイジェルドが上で暴れている。

 なので人は来ないはずだ。

 けど、万が一はありうる。

 俺は部屋にはいる前に魔眼を開眼。

 一秒先を見えるように設定してある。

 が、後ろを向いていると見えないからな。

 奇襲対策だ。



 俺は少女たちの手錠を外していく。

 おっきいのもあり、小さいのもある、そこに貴賎はない。

 俺は平等に鑑賞し、そして手錠を外すのだ。

 決して無意味に触ったりはしない。

 今宵のルーデウスは紳士と思っていただきたい。


 そして、殴られた跡のある子にヒーリングをしておく。

 お楽しみのじか……ごほん。

 治療の時間だ。

 ヒーリングは手を触れないといけない。

 だから、他意は無い。

 胸のあたりに痣がある子がいるけど、本当に他意は無い。

 この子は肋骨が折れているじゃないか、大変だ。

 っと、この子は大腿骨が折れてるじゃないか。

 まったく酷いことをするぜ。


「………」


 少女たちは手で自分たちの体を隠しながら立ち上がった。

 猿轡は自分で外していた。

 心なしか気の強そうな猫耳の子に睨まれてる気がする。


「助けてくれて……ひっく……ありがとう……」


 犬耳の子が、恥ずかしそうに身を隠しながらお礼を言う。

 もちろん、獣神語だった。


「一応聞いておきますけど、

 言葉通じてますよね?」


 獣神語で聞いてみる。

 全員が頷くのを見て、ほっと一息。

 ちゃんと喋ることが出来ているらしい。


 さて、ルイジェルドの方はまだか。

 殺戮現場に彼らを連れていくわけにも行かない。

 変なトラウマを植えつけてしまいかねない。

 なので、もう少しここでこの光景を見て……。

 じゃなくて、話を聞いておこう。


「どうしてここに連れてこられたか、聞いてもいいですか?」

「ニャ?」


 この中で、最も気が強そうな猫耳の子にたずねてみる。


 彼女は七人の中で、唯一泣いた跡が無い。

 その代わり、体中に痣があった。

 体中が打撲と骨折。

 いつぞやのエリスほどではないが、一番重症だった。

 二番目は最初に助けた少年だ。


 ただ、少年と違い、少女はその眼から力を失っていなかった。

 エリスより気が強いかもしれない。

 いや、多分彼女は当時のエリスより年上だ。

 同い年なら、ウチのエリスも負けてないはずだ。

 うん、何張り合ってんだ俺は。


 ちなみに、この子のOPパワーはこの全員の中で二番目に高い。

 かなり生意気な感じに育つと予想できる。


 ちなみにOPパワーナンバーワンはさっきの犬耳だ。

 この歳でこのレベルなら、将来はかなりだらしなくなるはずだ。

 まったくけしからん。


「森で遊んでいたら、いきなり変な男に捕まったニャ!」


 衝撃を受けた。


 ニャ!

 語尾にニャ!

 本物のニャ!

 エリスのモノマネとは違う。

 この子は本物の獣族ニャンだ。

 獣神語だからそう聞こえるわけじゃないぞ。

 彼女は確かに、語尾にニャをつけている。


 ベリーグッドだ。おっぱいを揉みたい。

 じゃなくて。


「と言うことは、全員が無理矢理攫われてきたってことですね?」


 感動を抑えて冷静に聞くと、一同こくりと頷いた。

 よろしい。


 生活が大変で親に売られたとか。

 生きていけないので自分を売ったとか。

 彼らがそういう立場であったのなら、

 俺たちのしたことはありがた迷惑になる。


 よかった。

 これは人助けだ。

 本当によかった。

 ちゃんと働いてくれた密輸人を裏切るだけの結果にならなくて、本当によかった。


「終わったぞ」


 ルイジェルドが戻ってきた。

 いつしか、頭はマリモではなくなっており、額には鉢金が巻かれていた。

 服は綺麗なもんだった。

 返り血は一切浴びていないらしい。

 さすがだね。


「お疲れ様です。

 ついでに、彼らの服を探しましょう。

 このままだと風邪を引いてしまいます」

「わかった」

「みなさん、少し待っていてください」


 俺たちは手分けして、彼らの服を探す。


 しかし、子供服の類は無かった。

 攫った時に服を剥いで捨てたのだろうか。

 何のために?

 よくわからない。

 子供を全裸にする理由も謎だ。


 とりあえず、密輸品と思わしき服を見つけた。

 サイズはデカすぎるが、これを着せるべきだろうか。

 いや、こういう品から足がつくかもしれない。

 やめておこう。


 服がない。

 切実だ。

 服が無ければ服屋にも行けないからな。


 ふと窓の外を見ると、死体が山積みにされていた。

 全員、心臓と喉を一突きだ。

 昔はこれを見て恐ろしいと思ったが、今はむしろ頼もしい。


 しかし、意外に量が多いな。

 血の匂いがすごい。

 魔物が寄ってきそうだ。

 早めに焼いとくか。


 そう思い、建物の外に出た。

 死体を前に、火弾を作り出す。


 火弾。

 大きさは、半径5メートルぐらいでいいか。

 火の魔術は火力を大きくすると、なぜかサイズも大きくなる。

 肉の焦げる匂いとか嗅ぎたくない。

 一発で消し炭にするような感じで焼く。


 すると、火力が強すぎたせいで、ちょっと建物と周囲に火が移った。

 すぐに水魔術で鎮火。

 危ない危ない、放火魔になるところだった。


「ルーデウス。終わったぞ」


 死体を燃やしていると、ルイジェルドが建物から出てきた。

 子供たちも一緒だ。

 子供たちはと見ると、きちんと服を着ている。

 服というか、羽衣みたいな感じだった。


「その服、どこで見つけたんです?」

「カーテンを斬った」


 ほう。頭いいなお前。

 おじいちゃんの知恵袋かね。



---



 建物の入り口においてあった松明に火をつけ、

 子供たちにそれぞれ持たせる。


 町までのルートは、先程とは違う道を通る事にした。

 他の密輸人に見つかったら困るのもあるが、

 あの道は恐らく、魔物に襲われないためのものだ。

 俺たちには関係ない。


「ニャー!」


 と、猫耳少女が、突然声を上げた。

 にゃー、にゃー、にゃーと、暗がりに声が響いた。


「どうしました?」


 あまり騒ぐなよ、と思いつつ聞いてみる。


「にゃあ! さっきの建物に、犬はいなかったかニャ!?」


 猫耳少女はルイジェルドの足に縋りついた。

 表情からは必死さが伺える。


「いたな」

「なんで助けてくれなかったのニャ!」


 そういえば、いたな。

 あれ、犬だったのか。

 かなりでかかったが。


「お前たちが先だ」


 ルイジェルドに非難の目が集まった。

 おいおい。

 自分たちが助けてもらったのに、その目はないだろう。


「言っておきますけど、

 君たちを助けると言い出したのは彼ですからね」

「そ、それには感謝してるニャ。だけど……」

「感謝してるんなら、お礼の一つも言ってください」


 俺がそう言うと、彼らはそれぞれ頭を下げた。

 よろしい。

 彼らはもっと感謝するべきだ。


「僕が今から引き返して助けてきます。

 ルイジェルドは彼らを連れて町へ」

「わかった、どこへ連れていけばいい?」

「町に入る前ぐらいで待っていてください」


 そう言って、俺は道を引き返す。


 どこに連れて行く、か。

 ふむ。

 難問だな。


 ルイジェルドが密入国したとバレずに、

 そして密輸組織にルイジェルドが生きていると知られないで、

 かつ子供を親元に送り届ける方法。


 例えば、冒険者ギルドに「子供を保護したので、親を探している」という依頼を出すのはどうだろうか。

 子供は冒険者ギルドに預かってもらえばいい。


 いや、いかんな。

 そんな大々的に依頼を出したのでは、密輸組織にバレてしまう。

 依頼を出すときは、必ず依頼人の名前が残るからな。

 そこからたどれば、俺達が密輸組織を使ったとしられてしまう。


 子供たちを衛兵に預け、俺達はさっさと町をでるというのはどうだろう。

 いや、事情聴取でルイジェルドと俺のことがバレるな。

 密輸組織に知られる。

 それに、もうすぐ雨期が来るという話だ。

 町を出ても、行く場所がない。


 いっそ、毒をくらわば皿まで。

 密輸組織を壊滅させてしまおうか。

 いや、相手の組織の規模もわからないからな。


 そもそも、それ以前に、

 俺達が誘拐犯だと間違われる可能性もあるのか。


 うーむ。

 これは、ちょっと。

 早まったかもしれんな。


 いっそ、誰かになすりつけるか。

 うん。

 それがいいかもしれない。

 壁に「魔界大帝キシリカ参上」とか書いておけば、

 案外信じるんじゃないだろうか。


 キシリカも何かあったら頼れと言っていたからな。


「っと」 


 建物についた。

 結局、考えはまとまらなかった。

 どうしたもんか……。



---



 先ほど、魔法陣を見た部屋へと移動する。


 俺が入ると、そいつは胡乱げな眼で迎えてくれた。

 尻尾を振ることもなく、吠えることもない。

 ぐったりとしている。


「確かに犬だ」


 魔法陣の中で鎖に繋がれていたのは子犬だ。

 子犬と一目でわかるのに、サイズがやたらとでかい。

 2メートルぐらいある。

 なんでこの世界の犬猫はみんなでかいんだ。


 一目みた時、毛並みは白だと思ったが、どうやら銀色であるらしい。

 光の加減だろうか、キラキラと光って見える。

 銀色の豆柴、ラージサイズって感じだ。

 なかなかお上品で賢そうな顔をしている。


「いま助けますので……いでぇ!」


 と、魔法陣の中に入ろうとして、弾かれた。

 バチンという感じではない。

 なんというか、痛覚をそのまま刺激された感じだ。


 どうやら、この魔法陣は結界になっているらしい。

 結界といえば、治癒魔術の一種だ。

 俺はまったく原理を知らない。


「ふむ」


 とりあえず、魔法陣の周囲を回って、観察してみる。

 魔法陣は青白い光を放っており、ボンヤリと部屋を照らしている。

 光っているという事は、つまり魔力が通っているということだろう。

 魔力の供給源を絶てば、魔法陣は消える。

 それはロキシーに習った。

 典型的な魔術的トラップの解除方法だ。


 魔力供給源といえば、魔力結晶だ。

 だが見たところ、魔力結晶のようなものは見当たらない。


 いや、きっと見当たらないだけだろう。

 どこかに隠してあるのだ。

 多分、地中だな。


 土魔術で地中から魔力結晶を引き抜くか。

 こういった魔法陣は、無理矢理かき消すと、何が起こるかわからない。

 なんとかして綺麗に抜き取らないと……。


 ん、まてよ。

 まてまて。

 もっと簡単に考えろ。


 そもそも、奴らはどうやってこの魔法陣から犬を出すつもりだったんだ?

 死体をみた感じ、魔術師風の男はいなかった。


 初心者でも簡単に出来る解除方法があるはずだ。

 それを考えよう。

 まず、魔力結晶の場所。

 俺は、地中にあると考えた。

 しかし、地中にあったのでは、奴らは取り出せない。

 取り出せる場所……。

 しかし魔力供給の出来る場所……。


「ふむ、下でないなら上かな?」


 俺は建物の二階に上がってみた。

 魔法陣のちょうど真上の部屋。


 そこには、小さな魔法陣と、木で出来たカンテラのような物がおいてあった。

 カンテラの真ん中には、魔力結晶と思わしきもの。


 よろしい。

 一発で見つけられるとは運がいい。

 俺はカンテラを慎重に持ち上げてみる。

 すると、地面の魔法陣がスッと消えた。


 一階に降りてみる。

 魔法陣がなくなっていた。


 よしよし。


「ウー……!」


 犬に近づくと、彼は威嚇の眼を俺に向けて、唸った。

 俺は昔から動物には好かれない。

 いつもの事だ。


 子犬の様子をじっと観察する。

 力を込めて唸ってはいるものの、

 やはり体に力が入らないらしい。

 ぐったりとした印象をうける。

 空腹のせいだろうか。


 いや、あの鎖が怪しいな。

 近づいてみると、何やら文様が刻まれている。


 とりあえず、外してやるか。

 いや、危ないか?

 この鎖が犬の力を抑制しているのなら、外した瞬間襲い掛かられるかもしれない。

 多少なら噛まれてもヒーリングで治せばいいが……。


「どうやったら噛まないでもらえますかね?」


 なんとはなしに、聞いてみる。

 すると、俺の言葉がわかるのか、子犬は「ウー?」と首をかしげた。

 ふむ。


「噛まないなら、その首輪外して主人の所に返してあげますけど、どうします?」


 獣神語でそう言うと、犬は唸るのをやめて、大人しく地面に寝そべった。

 言葉がわかるらしい。

 異世界ってのは便利だね。


 とりあえず、魔術で鎖を断ち切る。

 すると、犬の体に力が戻ったように感じた。

 すぐに立ち上がって走りだそうとするのを、俺は止める。


「まてまて、首輪がまだです」


 すると、犬は俺を見て、また素直に寝そべった。

 首輪を外してやるべく頑張ってみる。

 鍵穴が見当たらない。

 鍵穴が無ければ、解錠が使えない。


 おかしい、どうやって外すつもりだったんだ?

 外すつもりがなかったのか?


 と、悪戦苦闘。

 なんとか繋ぎ目を発見した。

 どうやら、パッチンってやるとハズレなくなるタイプらしい。 


「今外してやるから、動くなよ」


 俺は慎重に、土の魔術で繋ぎ目の間に土を発生させ、押し開くように外した。

 バキンと音がして、首輪が外れた。


「よし」


 子犬はブルブルと首を振った。


「ウォン!」

「うおう」


 そして、俺の両肩に前足を掛けると、その重い体重で唐突に押し倒してきた。

 無様に転がる俺。

 ベロベロと顔を舐められる。


「ウォン!」


 ああん、だめよワンちゃん、あたしには妻と夫が……!


 銀色の毛玉を押しのけようとしてみるが、

 なかなかに重く、そして柔らかくてふかふかだった。

 ふわふわのふかふかだった。


 それはいいんだが。

 重い。

 乗っかられた胸がミシミシと言っている。

 どかすのは難しそうだ。


 舐められるのはしょうがないと諦め、

 犬が飽きるまで、毛の感触を楽しむことにした。


 うん。ふかふかだ。

 ナウでヤングな言い方をすれば、モフモフだ。


 柔らかい……。

 お前、これ柔軟剤使っただろ?

 えぇ~、使ってないっすよ~。



---



「貴様、聖獣様に何をしているか!」

「え?」


 毛玉を堪能していると、唐突に叫び声を掛けられた。

 密輸人に生き残りがいたのか、と寝転んだままで上を見上げる。

 

 チョコレート色の肌と、獣っぽい耳と、虎っぽい尻尾。


 ギレーヌ……?

 いや、違う。

 よく似ていたが、違う。

 そして筋肉と毛深い所は一緒だが、ちょっと違う。

 一番大きい部分が違う。


 胸だ。

 胸が無いのだ。

 男だ。



 男は口元に手を当てている。

 ウララー、なポーズ。

 あ、やばい。

 何かされる。

 逃げないと。


 しかし、動けない。


「ワンちゃんどいて、そいつから逃げられない!」


 犬がどいた。

 慌てて立ち上がる。

 予見眼を開眼。

 ビジョンが見える。


 <男は口元に手を当てている>


 何もしていないのか。

 と、思った瞬間、男が咆哮した。


『ウオオオオォォォォォン!』


 圧倒的な音量。

 エリスの金切り声の数倍はありそうな音量。

 それは質量を持っているようにも感じられた。

 鼓膜がビーンと震えた。

 脳が揺れた。


 気付けば、俺は地面に倒れていた。


 立てない。

 まずい。

 ヒーリングを……。

 手も動かん。

 なんだこれ、魔術の一種なのか?


 やばい。

 やばいやばいやばい。

 殺される。

 魔術は使えないのか。

 魔力を集中して……あかん。


 男に胸ぐらを捕まれ、持ち上げられた。

 俺の顔を見た男は、むっと眉根を寄せた。


「ふん……まだ子供か。

 殺すには忍びないな」


 あ、助かるっぽい。

 ほっとする。

 子供の姿でよかった。


「ギュエス、どうした?」


 そこに、もう一人、男が現れた。

 やはりギレーヌによく似た、しかし白髪。

 老人だ。


「父上。密輸人の一人を無力化しました」

「……密輸人? 子供ではないか」

「ですが、聖獣様に襲いかかっていました」

「ふむ」

「聖獣様を撫で回しながら、いやらしい笑みを浮かべていました。

 もしやすると、見た目通りの年齢ではないのかもしれません」


 ち、違うよ。僕は11歳だよ。

 決して体感年齢45歳のオヤジじゃないよ!


「ウォン!」


 犬が吠える。

 すると、ギュエスと呼ばれた男は犬の前に膝をついた。


「申し訳ありません聖獣様。

 本来ならばすぐに馳せ参じる所、少々救出が遅れてしまいました」

「ワン!」

「まさか、聖獣様の御身をこんな男の手で……くっ……」

「ワン!」

「え? 気にしていない? なんと寛大な……」


 話が通じているのだろうか。

 ワンワン言ってるだけなんだが。


「ギュエス、階下の部屋にトーナたちの臭いがあった。

 ここにいたことは間違いないはずだ」


 と、老人が言った。

 トーナとは誰だろうか。

 話から察するに、獣族の子供だろうが。


「……この少年を村に連れ帰り、聞き出しましょう」

「そんな暇はない。明日には最後の船が出る」


 ギュエスは「ぐっ」と歯噛みした。


「……諦めるしかない。

 聖獣様を助け出せただけでも僥倖と考えねば」

「……こいつはどうします?」

「村に連れて帰る。何か知っているかもしれん」


 ギュエスは頷くと、腰からロープを取り出し、俺の後ろ手を縛った。

 肩に担がれる。

 ギュエスの後ろから、犬がちょこちょこと付いてくる。

 心配そうに見上げてくる。


 大丈夫。

 心配するな。


 こいつらは密輸人ではないらしい。

 先ほどの子供たちを助けにきた存在だ。

 だから、話せばわかる。

 話せるようになるまで待つだけだ。


「む……」


 外にでた所で、老人の方が鼻をひくつかせた。


「臭いがあるな」

「臭い、ですか? 血の臭いが濃くて自分には……」

「かすかにある。トーナたちの臭いだ。

 それと、もう一人、例の魔族の臭いだ」


 例の臭い、と言うとギュエスが表情を険しくした。


「例の魔族が、ここにいたトーナたちを攫ったと?」

「さてな。案外、助けてくれたのかもしれんぞ」

「まさか、ありえません……」


 どうやら、彼らはルイジェルドの臭いを嗅ぎとったらしい。


「ギュエス。儂は臭いを追う。

 お前はその小僧と聖獣様を連れ、一旦村にもどれ」

「いえ、自分も行きます」

「お前は短気すぎる。その小僧とて、密輸人ではないかもしれんではないか」


 さすがご年配の方はいうことが違う。

 そうです。

 私は密輸人ではありません。

 弁明をさせてください。


「だとしても、聖獣様に汚い手で触っていたのは間違いない事です。

 この少年から、発情した人族の臭いがします。

 聖獣様に性的な興奮を催していたのです、信じられないことに」


 ピギャー!

 違います。

 犬になんて欲情してないです!

 いたいけな少女たちの裸で……。

 いや、それもヤバイのか!


「ならば、牢屋にでも入れておけ。

 ただし、儂が帰るまでは手を出すなよ」

「ハッ!」


 老人は一つ頷くと、暗い森へと走りだした。

 ギュエスはそれを見おくると、俺に一言。


「ふん、命拾いしたな」 


 はい、本当に。


「では聖獣様。少々走ります、お疲れの所かと思いますが……」

「ワン!」

「ですね!」


 そして、俺はギュエスに担がれ、森の奥へと運ばれていった。




--- ルイジェルド視点 ---



 町の近くまできたが、ルーデウスが戻ってこない。


 まさか、迷ったのか?

 いや、それなら空に魔術の一つでも撃つはずだ。


 なら、何かトラブルがあったか。

 あの建物の人間は全て排除した。

 だが、新手が別の場所から移動してきて、鉢合わせたのかもしれない。


 今からでも戻って確かめるべきだろうか。


 いや、ルーデウスは子供ではない。

 例え敵が現れたとしても、なんとか対処出来るはずだ。

 まだ若いせいか脇が甘い部分があるが、

 敵地で油断するほど甘い男ではないはずだ。


 今なら周囲にエリスもいない。

 ルーデウスが本気で魔術を使えば、誰にも負けはすまい。

 問題は、人を殺すのに抵抗があるところか。

 ヘタに手加減をして、返り討ちに合う可能性が高い。


 ルーデウスは心配いらないが……。

 しかし、困った。

 このまま子供たちを連れて町に行っても、嫌な予感しかしない。


 似たようなことは何度もあった。

 奴隷商から子供を助け、町に連れて行ったら、俺が攫ったと勘違いされたのだ。


 今は髪は剃り、額の目も隠している。

 だが、俺は口下手だ。

 衛兵に呼び止められれば、うまく説明できる自信がない。


 いつもの様に町に置き去りにすれば、町の人間がなんとかしてくれるだろうか。

 いや、それではルーデウスに何と言われるか……。


「ニャー、お兄さん、さっきはすまなかったニャ」


 悩んでいると、少女の一人が、ぱしぱしと太ももを叩いてきた。

 他の子供たちも、申し訳なさそうだ。

 それを見ているだけで、救われた気分になる。


「構わん」


 それにしても、獣神語を使うのも久しぶりだ。

 以前に使ったのは、さて、いつだったか。

 ラプラス戦役の頃に憶えてから、あまり使わなかったが……。


「セイジュー様は一族の象徴ニャから。

 あんな所に置き去りにしたらいかんのニャ」

「そうか。知らない事とはいえ、すまなかった」


 そう言うと、少女はにこやかに笑った。

 やはり、子供に怯えられないのはいい。


「む……」


 と、そのとき、俺の『眼』は急速に接近する何者かの気配を捉えた。


 かなり速く、力強い気配だ。

 建物の方から来ている。

 奴らの仲間か。

 かなりの手練れだ。

 まさか、ルーデウスを倒したのか……?


「下がっていろ」


 俺は子供たちを下がらせ、槍を構えて前に出る。

 先手必勝。

 一撃で仕留める。


 と、思ったが、奴は俺のリーチに入る前に足を止めた。

 獣族の男だ。

 鉈のような肉厚の剣を持っている。

 俺を見て警戒心を顕にし、静かに構えた。

 年老いてはいるが、どっしりと落ち着いた重厚な気配を感じる。

 戦士だ。


 だが、もし先ほどの連中の仲間というのなら、殺そう。

 自分の種族の子供をこんな目に合わせるなど、戦士の風上にもおけん。


「あ、じいちゃんだニャ!」


 猫の少女が声を上げ、老戦士に駆け寄っていった。


「トーナ! 無事だったか!」


 老戦士は飛び込んでくる彼女を受け止め、安堵の表情を作った。


 それを見て、俺は槍を下ろした。

 この戦士は、どうやら攫われた子供を助けにきたらしい。

 戦士の風上にも置けないと疑って、悪かった。

 誇り高き男だ。


 犬の少女も知り合いらしく、駆け寄っていく。


「テルセナも無事か。よかった……」

「あっちの人が助けてくれたんです」


 老戦士は剣を収めると、俺の前まできて頭を下げた。

 しかし、まだ警戒はしているようだ。

 当然だろう。


「孫娘を助けてもらったようだな」

「ああ」

「名はなんと?」

「ルイジェルド……」


 スペルディアだ。と答えようとして、躊躇した。

 スペルド族と知られれば、相手は警戒する。


「ルイジェルドか。儂はギュスターブ・デドルディア。

 この礼は必ず致そう。まずは子供たちを親元へ送り届けねば」

「そうだな」

「じゃが、子供たちに夜道をあるかせるのも危険だ。

 詳しい話も聞かせてもらいたい」


 老戦士はそう言うと、すぐに町に向かって歩き出そうとした。


「待て」

「どうした?」

「建物の中は見たのか?」

「うむ。血の臭いばかりで気が滅入ったがな」

「誰もいなかったか?」

「一人残っていたぞ。子供のようなナリをした男がな。

 いやらしい笑みで聖獣様を撫で回していたそうだ」


 ルーデウスだ、と直感的に悟った。

 あの男はたまにそういう笑みを浮かべる。


「あれは俺の仲間だ」

「なんと!」

「まさか、殺したのか?」


 例え誤解でも。

 ルーデウスを殺されたのなら、俺は復讐を果たす。

 その前に、子供だけは親に送り届ける。

 エリスもだ。

 そうだ。今はエリスが一人か。

 心配だ。


「他の仲間の居場所を吐かせるべく捕らえた。

 すぐに身柄を解放させよう」


 ルーデウスめ、油断したか。

 あの男は、いつも脇が甘い。

 心構えだけは一流だが……。


 いや、言うまい。

 俺が言ってはいかん。

 俺はその心構えすら三流だ。


 今回、全ての悪事に眼を瞑るつもりだったが、耐えられなかった。

 子供が拷問を受けていて、我慢できなかった。

 ルーデウスが捕らえられたのは俺の我儘のせいだ。


 すぐに助けにいくべきか。

 ……いや。


「ルーデウスは戦士だ。

 死んでいないのであれば、急がずともいい。

 まずは子供たちを優先しよう」


 獣族には人族のような拷問はない。

 せいぜい裸に剥いて牢屋に放り込む程度だ。

 ルーデウスは裸を見られる事に抵抗のない男だ。

 先日も、「エリスが僕の水浴びを覗こうとしても止めないでいい」と、ワケのわからん事を言っていた。

 耐えられるだろう。


 それに、エリスの事もある。

 ルーデウスは俺によくエリスの護衛を頼む。

 自分の身より、エリスを案じているのだ。

 ならば、俺もエリスを守るべきだろう。


 もう少しだけ、ルーデウスに負担を掛けさせてもらおう。


「俺はゆえあって、正体を明かせん。

 お前が主導で子供たちの親を探してほしい」

「ふむ……了解した」


 ギュスターヴは頷き、俺たちは町を目指した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「ワンちゃんどいて、そいつから逃げられない!」は お兄ちゃんどいて、そいつ殺せない!が元ネタか、ほんと先生は守備範囲広いな・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ