第三十九話「獣族の子供たち」
その部屋は暗かった。
暗闇の中で、全裸の少年少女が不安げな顔で身をよじっていた。
それぞれ違った獣耳をしている。
子供ばかりが七名。
少女が四名、少年が三名。
歳は俺と同じぐらいか。
全員が全裸+手錠+猿轡+獣耳orエルフ耳。
全員が後ろ手に手錠を掛けられ、身を縮こませている。
幼気な少女が全裸で手錠。
まさか、こんなものを本当に見る日が来るとは思わなかった。
眼福なんてもんじゃない、若き日の観音様じゃないか。
これが桃源郷。
いや、天国か。
俺はとうとう、天国に至ったのか。
緑の赤ん坊とか見つけてないんだけど!
と、喜びかけて、気付いた。
一人を除いた全員に泣いた跡があり、
また何人かの顔には青黒い痣があった。
頭が冷えた。
泣いて、喚いて、うるさいと殴られたのだろう。
エリスが攫われた時もそんな感じだったしな。
この世界では、さらってきた子供に対する遠慮とかは無いのだ。
そして、その遠慮無しの拷問を、
ルイジェルドが二つ隣の部屋で聞いていたわけだ。
我慢できないわけだ。
とりあえず、パッとみた感じ、性的な暴行を受けた形跡はない。
まだ幼いせいか、それとも商品価値を落とさないせいか。
どっちでもいいことだが、不幸中の幸いといった所だろう。
いつもの俺なら、全裸の少女たちを見て、
おっぱいの一揉みぐらいは許される、とか思う所だ。
だが、現在の俺は、ちょっとばかし痴力が低い。
船から降りる前に賢者に転職したばかりだからな。
もっとも、知力の方は上がってないが。
不自由な少年少女たち。
少女のうち、三人は涙を流し、今もなおエグエグと泣いている。
少年のうち二人は俺を見て怯えた表情を見せ、一人は倒れて虫の息だ。
とりあえず、まず倒れている少年にヒーリングを掛ける。
そして彼の手錠を外す。
猿轡はきつく結ばれていた。
外せない。
仕方ないので焼ききった。
ちょっと火傷させてしまったが、仕方ない。
男の子だし、我慢してもらおう。
残り二人の少年にもヒーリングを掛け、手錠を外す。
「あ、あの……あなたは……?」
獣神語だった。
唐突に別言語で話しかけられたので、ちょっと戸惑う。
しかし、獣神語はちゃんと習得している。
ギレーヌとの会話を思い出しつつ、話す。
「助けにきました。三人で部屋の入り口を見張っていてください。
誰かきたらすぐに教えてください」
三人は不安そうに顔を見合わせる。
「男の子なら、それぐらい出来るだろ?」
そう言うと、三人はキッと顔を引き締めて頷き、扉の方に走った。
この言葉に他意は無い。
別に視界に女子だけが入るようにしたいとかいう意味はない。
ルイジェルドが上で暴れている。
なので人は来ないはずだ。
けど、万が一はありうる。
俺は部屋にはいる前に魔眼を開眼。
一秒先を見えるように設定してある。
が、後ろを向いていると見えないからな。
奇襲対策だ。
俺は少女たちの手錠を外していく。
おっきいのもあり、小さいのもある、そこに貴賎はない。
俺は平等に鑑賞し、そして手錠を外すのだ。
決して無意味に触ったりはしない。
今宵のルーデウスは紳士と思っていただきたい。
そして、殴られた跡のある子にヒーリングをしておく。
お楽しみのじか……ごほん。
治療の時間だ。
ヒーリングは手を触れないといけない。
だから、他意は無い。
胸のあたりに痣がある子がいるけど、本当に他意は無い。
この子は肋骨が折れているじゃないか、大変だ。
っと、この子は大腿骨が折れてるじゃないか。
まったく酷いことをするぜ。
「………」
少女たちは手で自分たちの体を隠しながら立ち上がった。
猿轡は自分で外していた。
心なしか気の強そうな猫耳の子に睨まれてる気がする。
「助けてくれて……ひっく……ありがとう……」
犬耳の子が、恥ずかしそうに身を隠しながらお礼を言う。
もちろん、獣神語だった。
「一応聞いておきますけど、
言葉通じてますよね?」
獣神語で聞いてみる。
全員が頷くのを見て、ほっと一息。
ちゃんと喋ることが出来ているらしい。
さて、ルイジェルドの方はまだか。
殺戮現場に彼らを連れていくわけにも行かない。
変なトラウマを植えつけてしまいかねない。
なので、もう少しここでこの光景を見て……。
じゃなくて、話を聞いておこう。
「どうしてここに連れてこられたか、聞いてもいいですか?」
「ニャ?」
この中で、最も気が強そうな猫耳の子にたずねてみる。
彼女は七人の中で、唯一泣いた跡が無い。
その代わり、体中に痣があった。
体中が打撲と骨折。
いつぞやのエリスほどではないが、一番重症だった。
二番目は最初に助けた少年だ。
ただ、少年と違い、少女はその眼から力を失っていなかった。
エリスより気が強いかもしれない。
いや、多分彼女は当時のエリスより年上だ。
同い年なら、ウチのエリスも負けてないはずだ。
うん、何張り合ってんだ俺は。
ちなみに、この子のOPパワーはこの全員の中で二番目に高い。
かなり生意気な感じに育つと予想できる。
ちなみにOPパワーナンバーワンはさっきの犬耳だ。
この歳でこのレベルなら、将来はかなりだらしなくなるはずだ。
まったくけしからん。
「森で遊んでいたら、いきなり変な男に捕まったニャ!」
衝撃を受けた。
ニャ!
語尾にニャ!
本物のニャ!
エリスのモノマネとは違う。
この子は本物の獣族ニャンだ。
獣神語だからそう聞こえるわけじゃないぞ。
彼女は確かに、語尾にニャをつけている。
ベリーグッドだ。おっぱいを揉みたい。
じゃなくて。
「と言うことは、全員が無理矢理攫われてきたってことですね?」
感動を抑えて冷静に聞くと、一同こくりと頷いた。
よろしい。
生活が大変で親に売られたとか。
生きていけないので自分を売ったとか。
彼らがそういう立場であったのなら、
俺たちのしたことはありがた迷惑になる。
よかった。
これは人助けだ。
本当によかった。
ちゃんと働いてくれた密輸人を裏切るだけの結果にならなくて、本当によかった。
「終わったぞ」
ルイジェルドが戻ってきた。
いつしか、頭はマリモではなくなっており、額には鉢金が巻かれていた。
服は綺麗なもんだった。
返り血は一切浴びていないらしい。
さすがだね。
「お疲れ様です。
ついでに、彼らの服を探しましょう。
このままだと風邪を引いてしまいます」
「わかった」
「みなさん、少し待っていてください」
俺たちは手分けして、彼らの服を探す。
しかし、子供服の類は無かった。
攫った時に服を剥いで捨てたのだろうか。
何のために?
よくわからない。
子供を全裸にする理由も謎だ。
とりあえず、密輸品と思わしき服を見つけた。
サイズはデカすぎるが、これを着せるべきだろうか。
いや、こういう品から足がつくかもしれない。
やめておこう。
服がない。
切実だ。
服が無ければ服屋にも行けないからな。
ふと窓の外を見ると、死体が山積みにされていた。
全員、心臓と喉を一突きだ。
昔はこれを見て恐ろしいと思ったが、今はむしろ頼もしい。
しかし、意外に量が多いな。
血の匂いがすごい。
魔物が寄ってきそうだ。
早めに焼いとくか。
そう思い、建物の外に出た。
死体を前に、火弾を作り出す。
火弾。
大きさは、半径5メートルぐらいでいいか。
火の魔術は火力を大きくすると、なぜかサイズも大きくなる。
肉の焦げる匂いとか嗅ぎたくない。
一発で消し炭にするような感じで焼く。
すると、火力が強すぎたせいで、ちょっと建物と周囲に火が移った。
すぐに水魔術で鎮火。
危ない危ない、放火魔になるところだった。
「ルーデウス。終わったぞ」
死体を燃やしていると、ルイジェルドが建物から出てきた。
子供たちも一緒だ。
子供たちはと見ると、きちんと服を着ている。
服というか、羽衣みたいな感じだった。
「その服、どこで見つけたんです?」
「カーテンを斬った」
ほう。頭いいなお前。
おじいちゃんの知恵袋かね。
---
建物の入り口においてあった松明に火をつけ、
子供たちにそれぞれ持たせる。
町までのルートは、先程とは違う道を通る事にした。
他の密輸人に見つかったら困るのもあるが、
あの道は恐らく、魔物に襲われないためのものだ。
俺たちには関係ない。
「ニャー!」
と、猫耳少女が、突然声を上げた。
にゃー、にゃー、にゃーと、暗がりに声が響いた。
「どうしました?」
あまり騒ぐなよ、と思いつつ聞いてみる。
「にゃあ! さっきの建物に、犬はいなかったかニャ!?」
猫耳少女はルイジェルドの足に縋りついた。
表情からは必死さが伺える。
「いたな」
「なんで助けてくれなかったのニャ!」
そういえば、いたな。
あれ、犬だったのか。
かなりでかかったが。
「お前たちが先だ」
ルイジェルドに非難の目が集まった。
おいおい。
自分たちが助けてもらったのに、その目はないだろう。
「言っておきますけど、
君たちを助けると言い出したのは彼ですからね」
「そ、それには感謝してるニャ。だけど……」
「感謝してるんなら、お礼の一つも言ってください」
俺がそう言うと、彼らはそれぞれ頭を下げた。
よろしい。
彼らはもっと感謝するべきだ。
「僕が今から引き返して助けてきます。
ルイジェルドは彼らを連れて町へ」
「わかった、どこへ連れていけばいい?」
「町に入る前ぐらいで待っていてください」
そう言って、俺は道を引き返す。
どこに連れて行く、か。
ふむ。
難問だな。
ルイジェルドが密入国したとバレずに、
そして密輸組織にルイジェルドが生きていると知られないで、
かつ子供を親元に送り届ける方法。
例えば、冒険者ギルドに「子供を保護したので、親を探している」という依頼を出すのはどうだろうか。
子供は冒険者ギルドに預かってもらえばいい。
いや、いかんな。
そんな大々的に依頼を出したのでは、密輸組織にバレてしまう。
依頼を出すときは、必ず依頼人の名前が残るからな。
そこからたどれば、俺達が密輸組織を使ったとしられてしまう。
子供たちを衛兵に預け、俺達はさっさと町をでるというのはどうだろう。
いや、事情聴取でルイジェルドと俺のことがバレるな。
密輸組織に知られる。
それに、もうすぐ雨期が来るという話だ。
町を出ても、行く場所がない。
いっそ、毒をくらわば皿まで。
密輸組織を壊滅させてしまおうか。
いや、相手の組織の規模もわからないからな。
そもそも、それ以前に、
俺達が誘拐犯だと間違われる可能性もあるのか。
うーむ。
これは、ちょっと。
早まったかもしれんな。
いっそ、誰かになすりつけるか。
うん。
それがいいかもしれない。
壁に「魔界大帝キシリカ参上」とか書いておけば、
案外信じるんじゃないだろうか。
キシリカも何かあったら頼れと言っていたからな。
「っと」
建物についた。
結局、考えはまとまらなかった。
どうしたもんか……。
---
先ほど、魔法陣を見た部屋へと移動する。
俺が入ると、そいつは胡乱げな眼で迎えてくれた。
尻尾を振ることもなく、吠えることもない。
ぐったりとしている。
「確かに犬だ」
魔法陣の中で鎖に繋がれていたのは子犬だ。
子犬と一目でわかるのに、サイズがやたらとでかい。
2メートルぐらいある。
なんでこの世界の犬猫はみんなでかいんだ。
一目みた時、毛並みは白だと思ったが、どうやら銀色であるらしい。
光の加減だろうか、キラキラと光って見える。
銀色の豆柴、ラージサイズって感じだ。
なかなかお上品で賢そうな顔をしている。
「いま助けますので……いでぇ!」
と、魔法陣の中に入ろうとして、弾かれた。
バチンという感じではない。
なんというか、痛覚をそのまま刺激された感じだ。
どうやら、この魔法陣は結界になっているらしい。
結界といえば、治癒魔術の一種だ。
俺はまったく原理を知らない。
「ふむ」
とりあえず、魔法陣の周囲を回って、観察してみる。
魔法陣は青白い光を放っており、ボンヤリと部屋を照らしている。
光っているという事は、つまり魔力が通っているということだろう。
魔力の供給源を絶てば、魔法陣は消える。
それはロキシーに習った。
典型的な魔術的トラップの解除方法だ。
魔力供給源といえば、魔力結晶だ。
だが見たところ、魔力結晶のようなものは見当たらない。
いや、きっと見当たらないだけだろう。
どこかに隠してあるのだ。
多分、地中だな。
土魔術で地中から魔力結晶を引き抜くか。
こういった魔法陣は、無理矢理かき消すと、何が起こるかわからない。
なんとかして綺麗に抜き取らないと……。
ん、まてよ。
まてまて。
もっと簡単に考えろ。
そもそも、奴らはどうやってこの魔法陣から犬を出すつもりだったんだ?
死体をみた感じ、魔術師風の男はいなかった。
初心者でも簡単に出来る解除方法があるはずだ。
それを考えよう。
まず、魔力結晶の場所。
俺は、地中にあると考えた。
しかし、地中にあったのでは、奴らは取り出せない。
取り出せる場所……。
しかし魔力供給の出来る場所……。
「ふむ、下でないなら上かな?」
俺は建物の二階に上がってみた。
魔法陣のちょうど真上の部屋。
そこには、小さな魔法陣と、木で出来たカンテラのような物がおいてあった。
カンテラの真ん中には、魔力結晶と思わしきもの。
よろしい。
一発で見つけられるとは運がいい。
俺はカンテラを慎重に持ち上げてみる。
すると、地面の魔法陣がスッと消えた。
一階に降りてみる。
魔法陣がなくなっていた。
よしよし。
「ウー……!」
犬に近づくと、彼は威嚇の眼を俺に向けて、唸った。
俺は昔から動物には好かれない。
いつもの事だ。
子犬の様子をじっと観察する。
力を込めて唸ってはいるものの、
やはり体に力が入らないらしい。
ぐったりとした印象をうける。
空腹のせいだろうか。
いや、あの鎖が怪しいな。
近づいてみると、何やら文様が刻まれている。
とりあえず、外してやるか。
いや、危ないか?
この鎖が犬の力を抑制しているのなら、外した瞬間襲い掛かられるかもしれない。
多少なら噛まれてもヒーリングで治せばいいが……。
「どうやったら噛まないでもらえますかね?」
なんとはなしに、聞いてみる。
すると、俺の言葉がわかるのか、子犬は「ウー?」と首をかしげた。
ふむ。
「噛まないなら、その首輪外して主人の所に返してあげますけど、どうします?」
獣神語でそう言うと、犬は唸るのをやめて、大人しく地面に寝そべった。
言葉がわかるらしい。
異世界ってのは便利だね。
とりあえず、魔術で鎖を断ち切る。
すると、犬の体に力が戻ったように感じた。
すぐに立ち上がって走りだそうとするのを、俺は止める。
「まてまて、首輪がまだです」
すると、犬は俺を見て、また素直に寝そべった。
首輪を外してやるべく頑張ってみる。
鍵穴が見当たらない。
鍵穴が無ければ、解錠が使えない。
おかしい、どうやって外すつもりだったんだ?
外すつもりがなかったのか?
と、悪戦苦闘。
なんとか繋ぎ目を発見した。
どうやら、パッチンってやるとハズレなくなるタイプらしい。
「今外してやるから、動くなよ」
俺は慎重に、土の魔術で繋ぎ目の間に土を発生させ、押し開くように外した。
バキンと音がして、首輪が外れた。
「よし」
子犬はブルブルと首を振った。
「ウォン!」
「うおう」
そして、俺の両肩に前足を掛けると、その重い体重で唐突に押し倒してきた。
無様に転がる俺。
ベロベロと顔を舐められる。
「ウォン!」
ああん、だめよワンちゃん、あたしには妻と夫が……!
銀色の毛玉を押しのけようとしてみるが、
なかなかに重く、そして柔らかくてふかふかだった。
ふわふわのふかふかだった。
それはいいんだが。
重い。
乗っかられた胸がミシミシと言っている。
どかすのは難しそうだ。
舐められるのはしょうがないと諦め、
犬が飽きるまで、毛の感触を楽しむことにした。
うん。ふかふかだ。
ナウでヤングな言い方をすれば、モフモフだ。
柔らかい……。
お前、これ柔軟剤使っただろ?
えぇ~、使ってないっすよ~。
---
「貴様、聖獣様に何をしているか!」
「え?」
毛玉を堪能していると、唐突に叫び声を掛けられた。
密輸人に生き残りがいたのか、と寝転んだままで上を見上げる。
チョコレート色の肌と、獣っぽい耳と、虎っぽい尻尾。
ギレーヌ……?
いや、違う。
よく似ていたが、違う。
そして筋肉と毛深い所は一緒だが、ちょっと違う。
一番大きい部分が違う。
胸だ。
胸が無いのだ。
男だ。
男は口元に手を当てている。
ウララー、なポーズ。
あ、やばい。
何かされる。
逃げないと。
しかし、動けない。
「ワンちゃんどいて、そいつから逃げられない!」
犬がどいた。
慌てて立ち上がる。
予見眼を開眼。
ビジョンが見える。
<男は口元に手を当てている>
何もしていないのか。
と、思った瞬間、男が咆哮した。
『ウオオオオォォォォォン!』
圧倒的な音量。
エリスの金切り声の数倍はありそうな音量。
それは質量を持っているようにも感じられた。
鼓膜がビーンと震えた。
脳が揺れた。
気付けば、俺は地面に倒れていた。
立てない。
まずい。
ヒーリングを……。
手も動かん。
なんだこれ、魔術の一種なのか?
やばい。
やばいやばいやばい。
殺される。
魔術は使えないのか。
魔力を集中して……あかん。
男に胸ぐらを捕まれ、持ち上げられた。
俺の顔を見た男は、むっと眉根を寄せた。
「ふん……まだ子供か。
殺すには忍びないな」
あ、助かるっぽい。
ほっとする。
子供の姿でよかった。
「ギュエス、どうした?」
そこに、もう一人、男が現れた。
やはりギレーヌによく似た、しかし白髪。
老人だ。
「父上。密輸人の一人を無力化しました」
「……密輸人? 子供ではないか」
「ですが、聖獣様に襲いかかっていました」
「ふむ」
「聖獣様を撫で回しながら、いやらしい笑みを浮かべていました。
もしやすると、見た目通りの年齢ではないのかもしれません」
ち、違うよ。僕は11歳だよ。
決して体感年齢45歳のオヤジじゃないよ!
「ウォン!」
犬が吠える。
すると、ギュエスと呼ばれた男は犬の前に膝をついた。
「申し訳ありません聖獣様。
本来ならばすぐに馳せ参じる所、少々救出が遅れてしまいました」
「ワン!」
「まさか、聖獣様の御身をこんな男の手で……くっ……」
「ワン!」
「え? 気にしていない? なんと寛大な……」
話が通じているのだろうか。
ワンワン言ってるだけなんだが。
「ギュエス、階下の部屋にトーナたちの臭いがあった。
ここにいたことは間違いないはずだ」
と、老人が言った。
トーナとは誰だろうか。
話から察するに、獣族の子供だろうが。
「……この少年を村に連れ帰り、聞き出しましょう」
「そんな暇はない。明日には最後の船が出る」
ギュエスは「ぐっ」と歯噛みした。
「……諦めるしかない。
聖獣様を助け出せただけでも僥倖と考えねば」
「……こいつはどうします?」
「村に連れて帰る。何か知っているかもしれん」
ギュエスは頷くと、腰からロープを取り出し、俺の後ろ手を縛った。
肩に担がれる。
ギュエスの後ろから、犬がちょこちょこと付いてくる。
心配そうに見上げてくる。
大丈夫。
心配するな。
こいつらは密輸人ではないらしい。
先ほどの子供たちを助けにきた存在だ。
だから、話せばわかる。
話せるようになるまで待つだけだ。
「む……」
外にでた所で、老人の方が鼻をひくつかせた。
「臭いがあるな」
「臭い、ですか? 血の臭いが濃くて自分には……」
「かすかにある。トーナたちの臭いだ。
それと、もう一人、例の魔族の臭いだ」
例の臭い、と言うとギュエスが表情を険しくした。
「例の魔族が、ここにいたトーナたちを攫ったと?」
「さてな。案外、助けてくれたのかもしれんぞ」
「まさか、ありえません……」
どうやら、彼らはルイジェルドの臭いを嗅ぎとったらしい。
「ギュエス。儂は臭いを追う。
お前はその小僧と聖獣様を連れ、一旦村にもどれ」
「いえ、自分も行きます」
「お前は短気すぎる。その小僧とて、密輸人ではないかもしれんではないか」
さすがご年配の方はいうことが違う。
そうです。
私は密輸人ではありません。
弁明をさせてください。
「だとしても、聖獣様に汚い手で触っていたのは間違いない事です。
この少年から、発情した人族の臭いがします。
聖獣様に性的な興奮を催していたのです、信じられないことに」
ピギャー!
違います。
犬になんて欲情してないです!
いたいけな少女たちの裸で……。
いや、それもヤバイのか!
「ならば、牢屋にでも入れておけ。
ただし、儂が帰るまでは手を出すなよ」
「ハッ!」
老人は一つ頷くと、暗い森へと走りだした。
ギュエスはそれを見おくると、俺に一言。
「ふん、命拾いしたな」
はい、本当に。
「では聖獣様。少々走ります、お疲れの所かと思いますが……」
「ワン!」
「ですね!」
そして、俺はギュエスに担がれ、森の奥へと運ばれていった。
--- ルイジェルド視点 ---
町の近くまできたが、ルーデウスが戻ってこない。
まさか、迷ったのか?
いや、それなら空に魔術の一つでも撃つはずだ。
なら、何かトラブルがあったか。
あの建物の人間は全て排除した。
だが、新手が別の場所から移動してきて、鉢合わせたのかもしれない。
今からでも戻って確かめるべきだろうか。
いや、ルーデウスは子供ではない。
例え敵が現れたとしても、なんとか対処出来るはずだ。
まだ若いせいか脇が甘い部分があるが、
敵地で油断するほど甘い男ではないはずだ。
今なら周囲にエリスもいない。
ルーデウスが本気で魔術を使えば、誰にも負けはすまい。
問題は、人を殺すのに抵抗があるところか。
ヘタに手加減をして、返り討ちに合う可能性が高い。
ルーデウスは心配いらないが……。
しかし、困った。
このまま子供たちを連れて町に行っても、嫌な予感しかしない。
似たようなことは何度もあった。
奴隷商から子供を助け、町に連れて行ったら、俺が攫ったと勘違いされたのだ。
今は髪は剃り、額の目も隠している。
だが、俺は口下手だ。
衛兵に呼び止められれば、うまく説明できる自信がない。
いつもの様に町に置き去りにすれば、町の人間がなんとかしてくれるだろうか。
いや、それではルーデウスに何と言われるか……。
「ニャー、お兄さん、さっきはすまなかったニャ」
悩んでいると、少女の一人が、ぱしぱしと太ももを叩いてきた。
他の子供たちも、申し訳なさそうだ。
それを見ているだけで、救われた気分になる。
「構わん」
それにしても、獣神語を使うのも久しぶりだ。
以前に使ったのは、さて、いつだったか。
ラプラス戦役の頃に憶えてから、あまり使わなかったが……。
「セイジュー様は一族の象徴ニャから。
あんな所に置き去りにしたらいかんのニャ」
「そうか。知らない事とはいえ、すまなかった」
そう言うと、少女はにこやかに笑った。
やはり、子供に怯えられないのはいい。
「む……」
と、そのとき、俺の『眼』は急速に接近する何者かの気配を捉えた。
かなり速く、力強い気配だ。
建物の方から来ている。
奴らの仲間か。
かなりの手練れだ。
まさか、ルーデウスを倒したのか……?
「下がっていろ」
俺は子供たちを下がらせ、槍を構えて前に出る。
先手必勝。
一撃で仕留める。
と、思ったが、奴は俺のリーチに入る前に足を止めた。
獣族の男だ。
鉈のような肉厚の剣を持っている。
俺を見て警戒心を顕にし、静かに構えた。
年老いてはいるが、どっしりと落ち着いた重厚な気配を感じる。
戦士だ。
だが、もし先ほどの連中の仲間というのなら、殺そう。
自分の種族の子供をこんな目に合わせるなど、戦士の風上にもおけん。
「あ、じいちゃんだニャ!」
猫の少女が声を上げ、老戦士に駆け寄っていった。
「トーナ! 無事だったか!」
老戦士は飛び込んでくる彼女を受け止め、安堵の表情を作った。
それを見て、俺は槍を下ろした。
この戦士は、どうやら攫われた子供を助けにきたらしい。
戦士の風上にも置けないと疑って、悪かった。
誇り高き男だ。
犬の少女も知り合いらしく、駆け寄っていく。
「テルセナも無事か。よかった……」
「あっちの人が助けてくれたんです」
老戦士は剣を収めると、俺の前まできて頭を下げた。
しかし、まだ警戒はしているようだ。
当然だろう。
「孫娘を助けてもらったようだな」
「ああ」
「名はなんと?」
「ルイジェルド……」
スペルディアだ。と答えようとして、躊躇した。
スペルド族と知られれば、相手は警戒する。
「ルイジェルドか。儂はギュスターブ・デドルディア。
この礼は必ず致そう。まずは子供たちを親元へ送り届けねば」
「そうだな」
「じゃが、子供たちに夜道をあるかせるのも危険だ。
詳しい話も聞かせてもらいたい」
老戦士はそう言うと、すぐに町に向かって歩き出そうとした。
「待て」
「どうした?」
「建物の中は見たのか?」
「うむ。血の臭いばかりで気が滅入ったがな」
「誰もいなかったか?」
「一人残っていたぞ。子供のようなナリをした男がな。
いやらしい笑みで聖獣様を撫で回していたそうだ」
ルーデウスだ、と直感的に悟った。
あの男はたまにそういう笑みを浮かべる。
「あれは俺の仲間だ」
「なんと!」
「まさか、殺したのか?」
例え誤解でも。
ルーデウスを殺されたのなら、俺は復讐を果たす。
その前に、子供だけは親に送り届ける。
エリスもだ。
そうだ。今はエリスが一人か。
心配だ。
「他の仲間の居場所を吐かせるべく捕らえた。
すぐに身柄を解放させよう」
ルーデウスめ、油断したか。
あの男は、いつも脇が甘い。
心構えだけは一流だが……。
いや、言うまい。
俺が言ってはいかん。
俺はその心構えすら三流だ。
今回、全ての悪事に眼を瞑るつもりだったが、耐えられなかった。
子供が拷問を受けていて、我慢できなかった。
ルーデウスが捕らえられたのは俺の我儘のせいだ。
すぐに助けにいくべきか。
……いや。
「ルーデウスは戦士だ。
死んでいないのであれば、急がずともいい。
まずは子供たちを優先しよう」
獣族には人族のような拷問はない。
せいぜい裸に剥いて牢屋に放り込む程度だ。
ルーデウスは裸を見られる事に抵抗のない男だ。
先日も、「エリスが僕の水浴びを覗こうとしても止めないでいい」と、ワケのわからん事を言っていた。
耐えられるだろう。
それに、エリスの事もある。
ルーデウスは俺によくエリスの護衛を頼む。
自分の身より、エリスを案じているのだ。
ならば、俺もエリスを守るべきだろう。
もう少しだけ、ルーデウスに負担を掛けさせてもらおう。
「俺はゆえあって、正体を明かせん。
お前が主導で子供たちの親を探してほしい」
「ふむ……了解した」
ギュスターヴは頷き、俺たちは町を目指した。