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無職転生 - 異世界行ったら本気だす -  作者: 理不尽な孫の手
第20章 青年期 ザノバ編
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第二百三話「パックス王」

 王城へは正面から乗り込んだ。


 門番の兵士は当初、ザノバの顔を見て訝しげな表情をした。

 来るとも思っていなかったし、連絡もなかった。

 来るとしても馬車で来ると思っていたのだろう。

 それが、まさかの徒歩。

 唯一の親衛隊であるジンジャーの姿も見えない。

 怪しんでくれと言ってるようなものだったが、いくつかの質問の後、本物のザノバだと判明すると、すぐに姿勢を正して道を開けてくれた。


 彼らの動きを見ると、この国における王族という存在がいかに特権階級であるかがわかるな。王族ってだけでコレだ。

 いや、血の粛清が行われて間もなく、過敏になっているのもあるか。


 ともあれ、謁見の許可を求め、控室へと移動する。

 そこで待つこと小一時間。

 すんなりと謁見の許可が降りたらしく、謁見の間へと通された。



---



 シーローン王国王城。

 謁見の間。


 そこには、五人の人物がいた。

 たった、五人だ。

 護衛の兵士は一人も立っていないのだ。


 中央。

 ひときわ玉座に座る人物は、よく覚えていた。

 少なくとも、外見はさほど変わっていない。

 小さな背丈に、大きな態度。

 彼はなんら変わる事なく、玉座にふんぞり返って座っていた。

 パックス・シーローン。

 よく見ると記憶より若干大人びているし、精悍さのようなものも持っているように見えるが、基本的には変わらない。


 彼のすぐ隣に座るのは、綺麗な少女だ。

 年格好は中学生ぐらい、白いドレスを身にまとい、ややクセのある水色の髪を持つ少女だ。

 ミグルド族によく似ているが、ロキシーとは髪の色が若干違う。

 別の種族だろうか。


 彼女はうつろな目をしていた。

 頭にコロネットが乗っている所を見ると、王妃だろうか。

 パックスは、彼女の背中側に手を回して座っていた。

 一見すると背中に手を回しているだけにも見えるが……。

 俺にはわかる。あれは尻を触っているのだ。

 バレないとでも思っているのだろうか。

 まあ、そんな性奴隷みたいなのはどうでもいい。


 俺の目は少女と逆隣の位置に立つ、一人の男に釘付けになった。

 年の頃は40歳中盤ぐらいだろうか。

 体つきはガッシリとしており、腰に剣を帯びているものの、防具は軽装だ。

 決して強そうには見えないし、剣呑な気配も放っていない。

 もし道端であっても、俺は何の警戒もなしにすれ違ってしまうだろう。


 だが、その頭部。

 やつれて頬骨のつきだした陰気な顔。

 眼帯を付けた右目、生気の無い落ち窪んだ左目、ゾンビのような頬の陰。

 古い映画に出てくる、海賊船の船長のような印象を受ける。


 一言で言い表わせば。

 『骸骨のような顔をした男』だ。

 確信した。

 こいつが、『死神』ランドルフ・マリーアンだ。


「陛下。ザノバ・シーローン。召還に応じ、魔法都市シャリーアより馳せ参じました」


 ザノバは謁見の間に進み出ると、すぐに膝をついてそう言った。

 パックスを陛下と呼び、頭を下げることになんの抵抗も無いらしい。

 俺もそれに倣うが、ローブの下でガトリングをランドルフに狙いを定めておく。


 パックスはひざまずくザノバを見下ろし、少女の尻から手を離した。

 その手をペロリと舐めつつ、口を開いた。


「……随分と、早かったではないか」

「火急とあらば、急ぎにて」

「ほう、てっきり、国内のどこかに潜伏していたのかと思ったぞ。なにせ、国境を越えたという報告もなかったしな」


 俺たちは手紙が届いてから、一ヶ月ぐらいでシーローン王国に着いている。

 普通なら一年は掛かる距離だ。

 そう思われても仕方のない速度だろう。


「道中、敵国の襲撃もありえましたゆえ、身分を隠して移動いたしました」

「国内に入ってもか?」

「国内に入ってからこそ」

「なるほどなぁ」


 パックスはフンと鼻息をひとつ。

 こちらが想定より早く王都についた理由は聞かないつもりのようだ。

 こちらも、嘘しか言うつもりもないが……。

 パックスは椅子に座り直し、俺の方を指さしてきた。


「で、そいつは?」

「陛下もご存知の通り、ルーデウス・グレイラット殿にございます」

「名前を聞いているのではない」

「では、なにを?」

「なぜここにいるかと聞いている」

「戦ともなれば、強力な魔術師はいればいたほうが良い故、連れてまいりました」


 ということにしてある。

 この世界において、魔術師は戦争において非常に重要な役割を持っている。

 中級、上級の魔術師であっても、陣地作りには非常に役立つし、

 大群に対しての範囲魔術は非常に有効だ。

 一対一、真正面からのタイマン勝負なら剣士の方に分があるが、多対多、一人ひとりの重要度が低くなればなるほど、魔術師が重要となる。

 聖級、王級魔術師ともなれば、戦時中の国の国王が三顧の礼を持って迎え入れたい相手である。


 が、パックスは鼻で笑った。

 自重げな笑みを見せつつ、俺とザノバを交互に見る。


「ほう、そうか。てっきり、余を殺すために用意した手駒かと思ったぞ」


 パックスがそう言った途端、両脇に控える死神以外の2人が殺気を持った。

 あの二人が、王竜王国から連れてきたという騎士だろうか。

 確か、10人いるという話だったな。

 この場にいるのは死神を含めて3人。

 てことは後7人、どこかにいるのか。

 正直、あんまり強そうじゃないな。


「まさか……陛下に仇なすつもりは毛頭ございませぬ」

「ほう。お前は簒奪さんだつを許すのか?」

「はい。別段、前王に忠誠を誓っていたわけでもございませぬゆえ」

「しかし、余に忠誠を誓いたいわけでもあるまい」

「…………」


 ザノバは答えなかった。

 パックスはその態度に面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 叛意アリ、とも取れる態度だが、パックスは気にしなかったらしい。


「まあよい。兄上……いや、ザノバよ。お前がどのような思惑を抱いていようと、どうでもいい」


 パックスはそう言って、背後に立つ騎士を顎で指し示した。


「見よ、王竜王国より連れてきた我が騎士たちを」


 パックスの言葉で、騎士たちが頭を下げた。

 死神はあくびをしていたが。


「特に、この男は凄いぞ。

 七大列強第五位。『死神』ランドルフ・マリーアンだ」


 という紹介を受けて、死神はビクリと身を震わせた。

 ばつの悪そうな顔で一歩前に出てくる。

 咳払いを一つ。


「ご紹介にあずかりました。ランドルフ・マリーアンともうします。

 生まれは魔大陸。種族は雑種。人族と長耳族と不死魔族と、あと幾つかの混血です。

 職業は騎士。

 王竜王国大将軍シャガール・ガルガンティス麾下、王竜王国・黒竜騎士団に所属しております。

 主な仕事は殺人。

 誰でも殺します。

 流派はありませんが、北神流と水神流をかじっております。

 巷では『死神』と呼ばれているゆえに殺人狂と誤解されますが、そのような事はございません。料理が趣味の、心優しい男です。

 以後、お見知り置きを」


 ペラペラと一通り喋った後、ニタリと作り笑いをして、後ろに引っ込んだ。

 なんともやる気のない態度だ。


「普段はこの通りだが、強いぞ?

 なにせ、兄上たちの親衛隊を瞬く間に全滅させ、余に王位をもたらしてくれた立役者だからな」


 ほとんど一人で片付けたのか。

 さすが七大列強。

 衰えたとは聞いたけど、別に弱いわけじゃない。


「どうだ、ザノバ。貴様が連れてきたソイツと、どちらが強いか試してみるか?」


 ……そういう流れか。

 やはりパックスはヒトガミの使徒か。

 ここで俺に死神をぶつけて、殺害する……。

 罠という割には、なんの捻りもないが、そんなものか。


「お戯れを。これから北と戦争をしようという時に、手駒をこんな所で使い減らしていかがしますか……」


 ちらと見ると、ザノバのこめかみに冷や汗が浮かんでいる。

 こいつ、もしかして、俺の事を守ろうとしてくれているのだろうか。


 パックスはというと、そんなザノバの姿を、実に楽しそうに見下ろしていた。

 自分の言動で相手が狼狽したり、慌てて言い繕うのが楽しくて仕方ないらしい。

 そういえば、昔、こいつに捕まった時も、そんな感じだったな。

 自分が上の立場にいる時はイキイキとするのだ。

 そして、その顔を見て満足し「冗談だ」と流すのだ。


 しかし、パックスがヒトガミを通じているのなら、無理にでも俺と死神を戦わせようとしてくるはずだ。

 今回は戦うのがわかっている。

 心の準備はバッチリだ。


 なんなら、先手を打つか?

 死神は隙だらけだ。

 いや……。

 仮にも七大列強ともあろう相手が、そう簡単に隙を見せているとは思えない。

 一見隙だらけに見えても、攻撃すれば一瞬で反応し、反撃してくるに違いない。

 オルステッドも、死神はそういうのが得意だと言ってたしな。

 などと考えていると、パックスはふっと肩の力を抜いた。


「ふん、冗談だ。真に受けるな」


 あっさりと引き下がった。

 あれ?

 やらないのかな?

 ランドルフは最初からやる気が無いみたいで、またあくびをしている。

 二時間しか寝てないわー、とか言い出しそうなほど、あくびが多い。

 心底つまらなさそうだ。


「ルーデウス・グレイラットの噂は余も聞いている。

 アスラ王国にて、甲龍王ペルギウスの助力もあったとはいえ、水神レイダや北神三剣士をも倒したそうじゃないか。

 ランドルフは、王竜の陛下からの大事な預かり物だ。

 負けるとは思わんが、大怪我でも負わせたら、陛下に合わせる顔もない」


 パックスはやれやれと肩をすくめた。

 そして、椅子に座りなおし、改めてザノバを睥睨した。


「それにしても兄上・・。随分と警戒しているようだな」

「それは、陛下と喧嘩別れのような形となりましたゆえ」

「確かにな……だが、余は兄上と争うつもりはない」


 パックスはそう言いつつ、足を組んで頬杖をついた。

 偉そうなポーズ。


「だから、許してやってもよいぞ」

「寛大なお言葉、ありがとうございます」

「よい」


 頭を下げるザノバに、パックスは笑った。

 余裕の笑みだ。

 勝ちを確信している者の笑み。

 戦えば勝つけど、許してやろうっていう、上から目線の笑みだ。


「むしろ、礼を言いたいのはこちらの方だ」

「?」

「なにせ、あの事件のおかげで、余は変わることができたのだからな」


 変わることができた?

 チビデブであるパックスの外見はそう変わっていない。

 いや、よく見ると、脂肪が減っている。

 腹回りや顎のラインもスッキリして見える。首も太い。全体的な筋肉も増えただろうか。

 あれはもうデブじゃないな。

 ……いや、内面の話だろうけど。


「確かに、王竜王国に人質として送られた時は、理不尽さに涙もした。兄上やルーデウス・グレイラット……お前に恨みを持ち、暗澹たる日々を送っていた」

「……」

「だが、変われた」


 パックスは、ちらりと自分の隣に座る少女を見た。

 少女がそれに気づいてパックスに視線を返す。

 絡み合う視線、何か信頼のようなものが見える。


「少し、昔話をしてやろう」

「……」

「あれはそう、王竜王国にきてしばらくして、誰にも構ってもらえず、余が腐っていた頃。余は一人の少女に出会った」


 俺たちの返事を待たず、パックスの昔話が始まった。

 まあ、聞かない理由も無い。

 ヒトガミのことをベラベラとしゃべるかもしれない。


「その少女は、いつも一人で庭にいた。

 庭で一人、何をするでもなく、寂しそうにしていた。

 誰に話しかけるでもなく、誰に話しかけられるでもなく。

 気になって何をしているのか訪ねても、別に何もしていないという」


 パックスは、その少女がどうにも気になったらしい。

 毎日のように庭に出て、その少女に話しかけたのだそうだ。

 少女は言葉少なだが、パックスに返事をしてくれた。

 少女は何も知らない子で、パックスの会話を嬉しそうに、楽しそうに聞いた。

 パックスはなんだかそれが嬉しくて、あれこれと話題を見つけてきては彼女と会話をしたという。


「しかし、ある日、噂を聞いた。

 シーローンの出来損ないが、王竜王国の出来損ないに近づいている、とな」


 出来損ない同士、お似合いだ。

 けれどまぐわいでもしたら、出来損ないが生まれてしまう。

 おお、これは一大事だ。この王宮は出来損ないだらけになってしまう。

 そんな噂だ。


「余はな、噂をしていた奴らをひっとらえ、首をはねてやりたかった」


 シーローン王国でなら、そんな事を言う奴は、例え場末の酒場の酔っぱらいでも許しはしなかった。

 でも、できなかった。


「王竜王国では、余にはなんの力もなかったのだから」


 とても、悔しかったという。

 こいつらを見返してやりたいと思ったという。

 でも、パックスにできたのは、ベッドに潜り込み、悔しさに涙で枕を濡らすだけ。

 泣き疲れて、あいつらは馬鹿だと思い込むだけ……。


 ――ではなかった。


 パックスはその日から、生活態度を改め、禁欲的に、そして勤勉になったのだ。


「どうしてそうしたのか、自分でもよくわからん。

 ただ、余は元々、特別に頭が悪いわけでは無かったのだ。

 出来損ないではないという事を証明したかったのかもしれん」


 違う環境で、違う人と出会い、違う感情が生まれ、違う行動に出る。

 心機一転という奴だろう。

 わかる。

 俺も、この世界に来た頃はそうだった。


 ともあれ、その後パックスは努力した。

 魔術に、勉学にと励んだ。

 剣術や運動の才能は身体的なハンデのためあまり頑張らなかったようだが、体つきを見れば怠惰な生活を送っていたのでないことはわかる。


 そして今から約1年半前。

 王竜王国で開催されている学問の大会――模試みたいなもので、パックスは好成績を残した。


 そこで、王竜王国の国王の目に止まった。

 国王は、「人質も同然で他国に送られてきたにも関わらず、未来を諦めぬその姿勢、誠に天晴である」と、パックスの姿勢を評価した。

 何か褒美を与えようという話になったらしい。

 要するに、気に入られたのだ。


 パックスは謁見の間に呼び出され、王に聞かれた。

 金銭がいいか、地位がいいか。

 なんだったら、シーローン王国からの亡命を許し、我が国の一員としてやってもいい。

 太っ腹にもそう提案する王に、パックスは自然と言ったという。


『第十八王女様を所望します』


 第十八王女ベネディクト・キングドラゴン。

 母親は素性の知れない魔族の女性。国王が戯れに召し抱え、戯れに産ませた子供。

 王位継承権は無く、十八王女という名は付いているものの、王族として認められていないような子。

 感情が薄く、出来損ないと言われた王女。

 パックスは、そんな王女を妻に迎えたいと言ったのだ。

 王竜王国の国王は少しばかりの逡巡の末、パックスの要望を受け入れた。


「他の娘ならまだしも、ベネディクトをくれてやるのは惜しくない。

 とはいえ、名ばかりとはいえ、ベネディクトも王女である。

 貴様には相応の地位が必要だ」


 そう言った王竜王国の国王は、ひとまずパックスを一度シーローン王国に返還しようとした。

 パックスをシーローンに戻し、シーローンで要職につかせてから、王女を嫁に出す。

 人質として、別の王子を送ってもらう。

 メンツを保つべく、そういう形にしようとした。


 だが、これをシーローン側はやんわりと拒否した。

 パックスはシーローン王国では問題ばかり起こしていたし、

 死ぬまで王竜王国にいてほしい、というのがシーローン王の思惑だったのだろう。

 他の王子を人質として差し出すのが惜しい、ってのもあるか。


 王竜王国の王は激怒した。

 ほぼ属国であるシーローンが言うことを聞かなかったのが、王の怒りに触れたらしい。

 国王はパックスに王竜王国最強の騎士である『死神』ランドルフと、パックスに悪い感情を抱いていない黒竜騎士団の騎士をつけ、クーデターを勃発。

 シーローン王族を皆殺しにし、血塗られた玉座をパックスに与えた。


「…………そうして、余は全てを手に入れた。地位に名誉、愛する女に、最強の手駒まで、な」


 パックスはそう言いつつ、隣に座る少女の肩を抱き、脇に立つ死神に目線をくれた。

 少女はぽっと顔を赤らめ、死神は肩をすくめた。

 話の流れからすると、あの少女がベネディクトか。


 あれ?

 でも、今の話にヒトガミが出てこなかったな。

 パックスは神託とかをもらって動いてたんじゃないのだろうか。

 いや、心機一転したあたりは怪しいが……。


 でも、今の話だと、むしろ怪しいのは、王竜王国の王の方だ。

 いきなりキレてるし……ヒトガミの助言をもらってそうだ。

 いや、使徒が一人とは限らない。

 パックスも、王竜王国の王も、って可能性がある。


「というわけだ、貴様らを恨む理由など、もう無いだろう」

「なるほど、感服いたしました」


 ザノバはさも感銘を受けたかのように大仰に頭を下げた。

 そして問う。


「しかし、最強の手駒が手に入ったのであれば、なにゆえ余を呼び戻したのでしょう?」

「ハッ、その事か」


 パックスは鼻で笑った。

 それにしても、彼もザノバも、一人称が余だから、少し混乱するな。


「確かに、ランドルフに任せれば、北からの侵略などどうにでもなるだろう。

 だが、先ほどは手駒と言ったが、ランドルフは所詮、借り物だ。

 いつかは王竜の陛下に返さねばならん。

 借り物の力を己の力と勘違いして自国を守っていたのでは、せっかく認めてくださった陛下も、がっかりするやもしれん」


 力を認められて、シーローン王国の国王にしてもらった。

 だから力を示しつづけなければならない。


「余のような者は、常に自分の有用性を見せていかねばならん。そうだろう?」


 言いたいことはわかる。

 俺もオルステッドには常に有用である部分を見せていきたい。


「さて、そういうわけだ、兄上よ……いやザノバよ。

 お前は余が復讐のために呼び出したと思っているかもしれんが……そのつもりはない。

 書状の通りだ。

 クーデターのせいで国の戦力は低下し、そこをついて北は攻めてくる。

 今は、ザノバのような武人が必要な時だ。

 過去の事を水に流し、力を貸してくれ」


 パックスはそう言い、顎を引くように頭を下げた。

 下げたといえないかもしれないが、下がってはいる。

 兄ではなくザノバと呼ぶのは、王としてのけじめみたいなものだから、いいだろう。


「無論です陛下。余は、そのために生かされていたのですから」


 ザノバは頷く。

 そこに迷いは無い。

 迷いのなさゆえに、パックスは怪しさを感じたのだろう。

 続けて問うた。


「しかし兄上……余は簒奪者であることを自覚している。それに関して、何か言いたいことがあるのではないか?」


 パックスは、ザノバに叛意が無いか。

 という点は確かめておきたいのだろう。

 兄貴を全滅させたのだ。

 自分が恨みを持っていないとはいえ、ザノバに恨まれていないとは限らない。

 ザノバが仇討ちのために戻ってきていたとしても、なんらおかしくない。


「……」


 ザノバはその言葉で顔を上げ、一瞬迷い、すぐにまた頭を下げた。

 言い倦ねるザノバに、パックスは顎を上げ、見下ろすように言った。


「遠慮なく申してみよ」


 きっと、彼がどう答えるかで、俺が死神と戦うかどうかが決まるのだろう。

 死神はやる気のなさそうな顔で突っ立っているが、いざとなればすさまじいスピードで動くに違いない。

 目眩ましと足止めを同時に行い、壁を破壊して逃げよう。

 警戒していた所で、ザノバが口を開いた。


「誰が王で、どんなまつりごとをしようと、余がシーローンという国を守るために生きているという事に変わりはありませぬ」


 謁見の場に、沈黙が流れた。

 質問の答えではない。

 だが、言葉の内容が「叛意はない、貴方に従う」という意味であることはわかった。

 

 パックスは難しい顔をしていた。

 判断に困っているのだろうか。

 ザノバが敵か味方か。


「ふん、まあ、どちらでもいいか」


 だが、最終的に諦めたようにつぶやいた。

 そして、意を決したように大声で言い放つ。


「ザノバ・シーローン。貴様にカロン砦の守護を命じる。

 すでに兵は配置してある。指揮官として出向き、北からの軍勢を抑えよ」

「ハッ!」


 ザノバは畏まり、改めて頭を垂れた。

 こうして、謁見は終了となった。


 肩透かしをくらった気分で、俺は謁見の間を退出した。



---



 その後、俺達はシーローンの王宮の一室を与えられた。

 すでにザノバの私室はなくなっているらしく、二階の客室であった。


 護衛と称して、王竜王国の騎士らしき者も一人、部屋の外に立っている。

 恐らく、監視だろう。

 パックスはザノバを警戒しているのだ。


 翌日には北のカロン砦へと出立する事になる。

 ロキシーにもひと通りの事は話しておきたいが、監視の目もある。

 あまり怪しい動きはせず、明日には合流して一緒に北の砦に向かうのがいいだろう。


 俺はザノバと一緒に部屋に入り、一息ついた。

 ザノバは王族だというのに、俺と一緒の部屋だ。

 別々の部屋にして別々に動かれても厄介という判断だろうか。


 俺とザノバは向かい合うようにソファに座った。


「パックスめ、意外に立派に王をしておりましたな」


 先に口を開いたのはザノバだった。

 口調はいつも通りで、むしろ嬉しそうにも見える。


「そうか?」

「国を己の手で、シーローン王国の者で守るため、

 かつて恨みを持っていた相手に頭まで下げたのです。

 これを立派と言わずして何と言うのですか」


 まあ、そう言えば立派だな。

 頭を下げるっても、首をちょっと動かしただけだけど。


「師匠は随分と心配されていたようですが、人は変わり、そして間違えるものです」

「そうだな」

「パックスも、確かにやり方は乱暴で、間違ってはいるでしょうが、精一杯やっていると余は感じました」


 確かに俺の記憶にあるパックスよりは、マシになっているだろうか。

 精一杯やっている、と言えなくもない。

 だが、本当にそれだけなら、俺もこう悩んだりはしない。


「でも、もしかすると、裏に悪い神様がいて、操っているのかもしれないぞ」

「ふむ、師匠が戦っているという悪神ですか?」


 冗談まじりに言ってみると、手応えのある反応が返ってきた。


「あれ? 話したっけ?」

「以前、クリフ殿と食事を取った時に」


 ああ、クリフと腹を割って話そうと言った時か。

 でも、あの時のザノバは信じてくれていなかったような。


「あの時は、師匠が嘘をついているのだと思ったのですがな」

「……」

「しかし、クリフ殿の魔道具でオルステッドの呪いが緩和されるのを見れば、さしもの余とて師匠とオルステッド、そしてその悪神の関係もわかります」


 そうか。

 わかるのか。

 なら、話しておいた方がいいか。

 ザノバもここまで来た以上、関係者だろうしな。


「じゃあ話そう」

「はい、師匠」


 俺はザノバに、ヒトガミの事を話した。

 今までの事をざっと。

 そして、今回の事もざっと。

 パックスがヒトガミに操られている可能性を。


「ふむ……しかし、パックスはヒトガミという単語を、一言も発してはおりませんでしたな。無関係なのでは?」

「俺を騙した神だ。裏でわからないように動いていても不思議じゃない」


 使徒がパックスじゃないにしても、死神とか、ベネディクトという可能性もある。

 今のところ俺が怪しいと思っているのは王竜王国の王だ。

 けど、使徒は一人ではない。

 ヒトガミの動きの傾向を鑑みるに、シーローン王国側にも一人ぐらい配置してそうだ。


「騙されて……確か師匠は、ヒトガミに騙されてオルステッドと戦うハメになったのでしたな」

「そうだ」

「ならば、パックスもヒトガミに騙されて、師匠と戦うハメになっている可能性がある、と」


 ザノバは顎に手をあて、何かを考えるポーズを取った。

 そして、ぽつりとつぶやいた。


「ならば、余がパックスを守ってやらねばなりませぬな」


 え?


「……それ、いざって時には、俺の敵に回るって事か?」

「は? いやいや、まさか。余が師匠の敵に回るはずがないでしょう。大体、師匠はパックスを殺してはならないと言われているのでしょう?」

「でも、今……」

「守るというのは「ヒトガミから」という意味です」


 だよな。

 びっくりした。

 いざ戦いになった時、ザノバが向こうの陣営に回るかと思った。

 そうなったら、お手上げだ。

 ほっとした。


 しかし、唐突に「守る」なんて言葉が出てくるとは。


「お前はパックスの事なんて、どうでもいいと考えてると思ってたよ」


 思わずそう言うと、ザノバはきょとんとした顔をした。

 もう一度顎に手を当て、また考えるようなポーズを取る。


「確かに、今まではそうでしたな。関わりもありませんし」


 難しげな顔をして、むむむと唸る。


「……案外、パックスにあのように頼られたのが、初めてだったからやもしれませぬな!」


 ザノバはそう言って、快活に笑った。

 頼られたというより利用されているという感じだし、

 ザノバ自身、頼られたら奮起するキャラでもないだろうに……。

 まあ、恐らく『国を守る』という意志と、王であるパックスを守るという行動が、よく似てるだからだろう。



 しかし、どうにもヒトガミの思惑が読めない。

 誰が使徒かもわからない。

 俺を殺すための罠とやらの気配もない。

 何かを見落とし、何かに気づいていない感じがする。

 罠というのがオルステッドの杞憂で済めば、それに越したことはないんだが、楽観はやめておいた方がいいだろう。

 どこかに罠がある、そして俺はそれに気づいていない。

 まあ、不安が残るが、ひとまずそれに関しては、わからないものはわからないのだからしょうがない。


 また、ザノバの説得も難しそうだ。

 今のところ、パックスはザノバを受け入れるような姿勢をとっている。

 殺そうとはしていない。

 ザノバも求められれば国防の要としてそのまま国に残りそうな感じだ。


 パックスがザノバを殺そうとしないなら、連れ帰る理由も薄い。

 殺される心配が無いなら、混乱中の国許で就職したってだけだもんな。

 社長がパックスってあたりにブラック企業の気配を感じるが、ザノバの選んだ道なら尊重したほうがいい。


 でもパックスが心変わりして、ザノバを殺そうとする可能性はまだ残っている。

 現時点でそれを示唆するのは、ただの言いがかりになるが、残っているのは残っている。

 そして、実際にパックスがザノバを狙いだしてからでは遅い。

 その前に、どこかで、パックスがザノバを殺そうとしている証拠のようなものを見つけたい。


 しかしその証拠は、どこを探せばいいのだろうか。

 そもそも、今は殺すつもりはなくとも、あとで邪魔になって殺そうって思うかも知れない。

 つまり、現時点で証拠はなくて……。


 あ~、くそ。

 こんがらがってきた。

 ストレスでハゲそうだ……。


 俺一人で悩んでも答えは出そうにない。

 明日、ロキシーに相談してみよう。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] オルステッドがパックスを殺したらいけない理由を教えてくれてたらあんまり迷わないのでは?
パックスがそれほど悪い奴じゃないように感じる、ザノバをシーローンに預けても良いような気がした
[気になる点] ルディは疑心暗鬼になりまくってますね パックスのことが個人的に嫌いって要素が混じってるせいで思考が偏ってしまってます
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