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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第20章 青年期 ザノバ編

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第二百二話「シーローン再び」

 出発の前日。
 そいつはやってきた。

 俺がシルフィとたっぷりと愛しあい、寝る前にトイレにいこうと廊下に出た時だ。
 唐突にレオがワンワンと鳴き叫び始めた。
 時間差で、殺気立ったエリスが部屋から飛び出してくる。
 何事か。

「敵襲よ!」
「えっ!?」

 この屋敷に攻め入る者がいたのか。
 そう思って部屋に戻り杖とカンテラを手にとり、ついでに窓から外を見てみる。
 夜闇の中、見覚えのある人物が門の前に立っていた。

「エリス、あれは敵じゃないよ」
「………………そうだったわね」

 エリスも窓からそいつを見て、ムッとした顔で言った。
 俺は杖を置いて廊下に出た。
 何事かと出てきた家族たちを部屋へと押し戻し、玄関へと向かう。

 入り口の扉を開ける。
 そこにオルステッドがいた。
 彼は門柱に絡まるビートに襲われていた。触手プレイだ。

「夜分遅くに、すまんな」
「いえ……ビート、やめなさい」
「早急に伝えておかねばならぬ事が出来た、少し時間をもらおう」
「あ、はい」

 オルステッドは絡みつくビートをブチブチと引き剥がし、暗い夜道へと消えていく。
 俺はビートに治癒魔術を掛け、玄関前で仁王立ちするエリスに一言告げた後、彼を追いかけた。

 話をするといっても、この町に24時間営業の店など無い。
 やってきたのは、近場の空き地だった。

 月のない夜。
 俺が家から持ちだしたカンテラの明かりが、何もない空き地を照らしている。
 なんか、オルステッドと二人で話す時は、暗い所が多い気がするな。
 暗い場所でオルステッドと話をしていると、悪巧みをしている気分になってくる。
 事務所の明かり、増やそうかな……。

「それで、どんな用件でしょうか」
「今回、ヒトガミが用意しているであろう駒についてだ」

 オルステッドにはジンジャーの情報を渡してある。
 俺が行った時にはいなかったので、置き手紙による報告だ。

「ジンジャー・ヨークの情報から、俺の予想と、その対策を話しておく」

 予想か。
 もっと長い時間を掛けて情報収集ができればよかったんだが。
 今からでもザノバを取り押さえて、情報収集を密にしようか。
 いや、それでいざという時にザノバに信用してもらえないというのも困る。
 難しいな。

「まず、十人の騎士に関してだが、内9名は、恐らく大したことはあるまい」
「はい」
「残りの一人、骸骨のような顔をした男には、覚えがある」

 パックスの脇に常に控えているっていう、例の男だな。

「王竜王国の騎士で、骸骨のような顔をしていて、腕が立つ。一人しかいない」
「誰なんですか?」

 オルステッドは鋭い眼光で睨みつけるように俺を見て、言った。

「七大列強第五位『死神』ランドルフ・マリーアン」

 七大列強。
 第五位『死神』。
 その三つの単語が、俺の頭の中で反芻された。
 噂は本当だったってことか……。

「王竜王国の切り札だ」
「……切り札が、なぜ他国のクーデターに参加してるんですか」
「わからんが、ヒトガミの手引によるものと考えるのが普通だろう」

 まぁ、普通に考えればそうか。
 無駄な質問をした。

「王竜王国が『死神』を手放すとは考え難い。
 別人だろうと考えたのだが……。
 他に俺やお前を殺せる駒の心当たりはない。
 ひとまず『死神』がいると仮定し、奴について教えておこうと思う」

 もしかすると、骸骨の男は『死神』ではないかもしれない。
 だが、出てくる可能性のある最も危険な相手だ、備えをしておくに越したことはない。

「『死神』ランドルフだが、奴は決まった流派を持たない、我流の戦士だ」
「我流ですか」
「そうだ。故に定石を持たない。使えるものを全て使い、勝利をつかむ」

 というと、ルイジェルドみたいな感じだろうか。
 あんまり得意じゃないな、ああいう相手と戦うのは。

「だが、得意な技はある。『幻惑剣』だ」

 幻惑剣。
 字面から想像は出来る。
 円月殺法みたいな感じかもしれない。

「『幻惑剣』は『誘剣』と『迷剣』の二種類がある」
「それぞれ、どういった技なのですか?」
「『誘剣』は相手に攻めるべきだと思わせてカウンターを取る技。
 『迷剣』は相手に攻めるべきではないと思わせて窮地を逃れる技だ」

 うん?
 ちょっとよくわからない。 

「奴は戦いながら、相手の思考を誘導する。
 攻めるべき時だと思ったら攻めず、防ぐべき時だと思ったら防ぐな。
 ここだと思ったタイミングは必ず外される。覚悟しておけ」
「それを聞く限り、こっちは何も出来ないように思えるんですが」
「防ぐべき時だと思ったら攻め、攻めるべき時だと思ったら守る。だが本当に防ぐべき時は防ぎ、攻めるべき時は攻める……」

 禅問答のようだ。
 こんがらがってきた。

「奴の演技に騙されず、奴を制圧しろ」

 そこまで言うなら、オルステッドが倒してくれればいいのに。
 という甘えた考えが一瞬よぎったが、すぐに打ち払う。
 オルステッドは王竜王国にいくのだ。

「俺に倒せるでしょうか……」
「奴は七大列強第五位であり、当然技量もマスタークラスで、魔術に対する術も多く持っている。難敵だが……長らく戦いを離れていた男だ。現在では、三大流派の長に遠く及ぶまい。『幻惑剣』の意図を知り、カラクリを理解し、思惑を封じれば、お前でも十分に太刀打ちできる相手だ」

 本当だろうか。
 正直、神級の相手にはいまだ勝てる気がまったくしないのだが。
 でも、北帝オーベールとはそれなりに戦えた。なら、いけるのだろうか。

「話を聞く限り、北神流みたいな戦い方をするんですね、その死神」
「元は北神候補と言われていた男だからな」

 あ、そうなのか。
 北神候補だった、てことは北神ではない、北神にはなれなかった。
 なのに、今では北神より階位が上なのか。
 確か北神が七で、死神が五だもんな。

「そんな男がどうして『死神』に……」

 そう聞くと、オルステッドは死神の詳細を教えてくれた。

 ランドルフ・マリーアン。
 北神二世の孫。
 生まれてからしばらくは現在の北神三世と共に、二世の元で修行に励んだ。
 しかし、成人する頃に二世と仲違い。
 北神二世の元を飛び出し、独自に技を磨いた。
 その結果、魔大陸にて七大列強の一人を倒す事に成功する。
 ランドルフは倒した列強の称号を貰い受け『死神』を名乗るようになった。

 しかし、その日から七大列強の座を奪おうとする者が次々と襲い掛かってくるようになった。
 戦いに継ぐ戦い。
 戦いにしか価値を見いだせないものたちとのエンドレスバトル。
 そんな戦いを10年ほど続けたある日、ランドルフは戦いの日々に嫌気が指したそうだ。

 彼は一念発起。
 生まれ故郷である王竜王国へと戻り、そこで料理を学んで料理人となった。
 さらには、親戚のやっていた潰れかけの定食屋を継いだ。
 新たなる死神伝説の幕開けである。

 だが、その伝説はすぐに幕を閉じた。
 定食屋は経営難により閉店。
 武人としては天才でも、料理人としての才能は無かったのだ。
 借金にまみれて路頭に困った所、王竜王国の将軍に拾われ、王竜王国の騎士となる。
 今は何歳ぐらいか知らないが、それが、死神ランドルフの半生らしい。

 なんとも楽しそうな人生だ。

「戦い方さえ間違えなければ、お前とは相性の悪い相手ではない。
 だが、もし『死神』ランドルフが出てきたなら、接近戦は避けろ。
 距離を取って戦うのだ。俺と戦った時とおなじようにな」
「わかりました」

 死神ランドルフ。
 新たな敵の名を心に刻み、俺はオルステッドに頭を下げた。

「では……生きて帰れよ」
「はい。ありがとうございました」

 戦うかもしれない強敵の情報はわかった。
 出発は明日。
 気を引き締めていくとしよう。


---


 出発当日。
 俺は玄関先で家族に見送られた。
 ララを抱いたシルフィ、エリス、アイシャ、ノルン、リーリャ、ゼニス、ルーシー、レオ、そしてジュリだ。

「じゃあルディ、気をつけてね。ルディなら大丈夫だとは思うけど、油断しないで、無事に帰ってきて……」
「シルフィも、みんなのことをお願いな」
「うん。まかせて」

 シルフィとハグ。
 ついでに尻も撫でておく。
 この小さくて可愛い尻ともしばらくお別れか。

「エリス、子供が生まれるまでは、激しい運動は控えるように」
「わかってるわよ」
「あと、生まれてきた子が女の子だったら、ちゃんと女らしい名前をつけるように」

 エリスには注意を促しておく。
 彼女の場合、女の子が生まれても、男と言い張る可能性がある。
 女の子であるにも関わらず男として育てられる。
 物語ではよくある話だが、正直可哀想だから、ウチではやりたくない。

「じゃあ、お兄ちゃん。頑張ってね。帰ってきたら、傭兵団をもっとおっきくしとくから」
「うん、あんまりあくどい事はやるんじゃないぞ?」
「はいはい」

 アイシャにも釘をさしておく。
 傭兵団が軌道に乗ってきたのはいいが、乱暴者の集団であることを忘れてはならない。
 少し舵取りを間違えれば、ただのならず者の群れになってしまう。
 出来る限りクリーンな集団を目指すべきだろう。

「兄さん、ザノバ殿下には在学中に随分とお世話になりました。できれば、不幸な結末に終わらないように、よろしくおねがいします」
「ああ、任せておいてくれ」
「それから、兄さんも気をつけてください」
「ノルンも、生徒会とか頑張ってな」

 出発日にわざわざきてくれたノルンは、ちょっと堅苦しい。
 生徒会長になって、これからが大変な時だろうしな。

「では旦那様、ご武運を」
「はい、今回も無事に帰ってきます」

 リーリャには発破を掛けられた。
 彼女もすっかり隠居っぽくなってしまっている。
 まだ若いのだから、と思う所はあるが口にはせず、頭を下げておく。

「……」

 ゼニスには頭を撫でられた。
 ゼニスがこんな状態な以上、リーリャも他の事は出来ないか。
 リーリャの人生を、我が家が奪ってしまっているような、そんな気持ちもある。
 まあ、それもリーリャが選んだ道なのだろうけど。

「ほらルーシー、パパに行ってらっしゃいって」
「…………いってらっしゃい」
「行ってきます。ルーシー」

 ルーシーはシルフィの足元で、もじもじとしていた。
 何か言いたいことでもあるのかなと思っていると、
 意を決したように前に出てきて、俺を見上げた。

「……ぱぱ、だっこ」
「! ほいきた。よしよし、いい子にしてるんだぞぅ!」
「……………………ん」

 珍しく甘えられたので、だっこして頬ずりしておく。
 ちゃんとひげを剃っていたせいか、今回は嫌がられなかった。
 たっぷりと堪能したあと、おろしてやる。
 そして、家族の端にいるジュリに、話しかけた。

「ジュリ」
「はい、グランドマスター」
「お前は奴隷だけど、ザノバの客だし、俺の弟子だ。
 この家にお前を奴隷扱いするヤツは一人もいない。
 自分のうちだと思って、遠慮なく過ごしてくれ」
「はい。皆様に迷惑をかけないように、がんばります」

 ジュリに気遣いの言葉をあげておく。
 ジュリも随分と人間語が達者で、礼儀正しくなったなーと改めて思うのだが、
 考えてみれば、彼女を買ってからもう5年か6年。
 背丈はあまり変わっていないが、ジンジャーにしつけられてきたし、すでに生理もきたのだ。
 もう立派な大人。
 それぐらいは出来て当然か。

「その……マスターのこと、よろしくお願いします」
「もちろんだ。任せてくれ」

 ジュリはザノバの事が心配らしい。
 そうだろうとも。
 俺だって心配だ。
 だからついていくのだ。

「レオ、いつも通り頼む。ララだけじゃなく、他の家族もしっかり守ってやってくれ」
「ワフッ!」

 最後に、番犬その2に留守を頼み。

「じゃあ、行ってまいります」
「行ってきます」

 荷物を背負って玄関から出発した。
 俺と同じように家族に出発の挨拶をしていたロキシーと共に。


---


 その後、ザノバ達と町の入り口で合流した。
 すでに、あらかたの荷物は前回の時にシーローン王国へと運び込んだから、ふたりとも軽装だ
 持っているのは着替えぐらい。
 ちなみに、ロキシーの荷物は俺が持たせてもらっている。
 この荷物の中には、七枚ぐらい御神体になりうるものが入っている。
 丁重に運ばねばならない。

 また、クリフも町の入り口まで見送りにきてくれていた。

「すまんな、ルーデウス……本当は僕も行きたいんだが……」

 クリフも付いてきたそうだったが、彼にも家庭がある。
 立場もある。
 俺のように学校を退学になるような勢いで飛び回るわけにもいかないだろう。

「クリフ先輩……もし、ウチの家族に何かあったら、頼みます」
「ああ。ルーデウスは、ザノバを頼む」
「任せてください」

 そう言ってから、クリフはザノバの方を向いた。

「ザノバ。君の愛国心は見上げたものだと思う」
「別に、愛国心というわけではないのですがな」
「……だがなザノバ、よく聞いてくれ。かつてミリス様はこうおっしゃった――」

 それからクリフは、ザノバに対してくどくどとミリス式のお説教を始めた。
 説教というか説法という感じだろうか。
 俺もよくやられたものだ。
 今回は、命を大切にしろとか、そういう感じの説法だ。
 ザノバは、苦笑しつつそれを聞いている。
 馬の耳に念仏って感じだな。

 それを聞き流しつつふと見ると、エリナリーゼとロキシーが会話をしていた。

「ロキシー。ルーデウスのこと、頼みますわよ。あの子、いざって時に結構モロいから……」
「言われるまでもありません」

 俺の心配か。
 ララが泣いた時は不安に思ったが、
 さすがに俺自身には何も無いと思いたい。

「また落ち込んだら、前みたいに押し倒して、忘れさせてしまいなさいな」
「いや、それは……大体ルディが同じミスを繰り返すとは思えませんし……」
「あ、そうだ。旅先で二人目を仕込んでもらうのもいいですわね。今ちょうどお乳も出る頃でしょう? 普段と違う体に普段と違うプレイ……燃えますわよ?」
「ルディは興奮するでしょうが、わたしは嫌です」

 ロキシーの言葉に信頼を感じるが……。
 ごめんよ、俺は似たようなミスを繰り返すタイプだ。
 でも、もしザノバが死んでも、自暴自棄にはならないようにと戒めておこう。

 そして、エリナリーゼはロキシーをリラックスさせようとしているのだろう。
 そうだ、そうに違いない。
 しかし、エリナリーゼは子供が生まれてもいつも通りだな。
 口を開けばシモネタばかり。
 子供の教育にはよろしくないだろうに。

「では、行ってきます」
「ああ、ちゃんと帰ってこいよ」

 ともあれ、彼らに見送られて出立した。


---


 半日の時間を掛けて城塞跡まで移動、空中城塞へと入城した。

 ロキシーもちゃんと空中城塞に入ることができた。
 アルマンフィはロキシーに転移用のアイテムを渡す際に嫌そうな態度だったし、
 転移した直後、魔法陣の周りには、シルヴァリルの他にペルギウスの配下が二人立っていた。
 ロキシー一人に対し、物々しい警備である。

「ルーデウス殿。魔族をこの城に入れるなど、ペルギウス様の寛大さなくして……」
「はい、感謝しています」
「……」

 俺は礼を言い、ロキシーは黙って頭を下げた。
 条件の一つだ。
 城内において、ロキシーは言葉を発するのを禁じられている。
 その他、単独での行動や、城内に置かれているものへの接触、
 ペルギウスへの拝謁といったもろもろも禁止された。
 まあ、通るだけだから問題はない。
 ロキシーも了承していたしな。

「…………」

 ただ、ロキシーも空中城塞の立派さには目を奪われたらしい。
 そびえ立つ城を田舎者のように見上げ、俺の袖をくいくいと引っ張っていた。
 とはいえ、俺もロキシーに城内の説明をするのは禁止されている。
 ローブ越しに彼女の肩をぽんと撫でるにとどめておく。
 ロキシーは帽子のつばの影から俺を見上げ、ちょっとだけ顔を赤くした。
 田舎者っぽい動作をしたのが恥ずかしかったのかもしれない。

「コホン」

 なんてイチャイチャしていると、シルヴァリルに咳払いをされた。
 喋ってないんだからいいじゃないか。
 あんまりロキシーをないがしろにすると、ペルギウスは寛大だが、その配下は小さいって噂が流れるぞ。
 流すのは、俺の配下の犬と猫だ。

「では、こちらへ」

 シルヴァリルに先導され、両脇を別の配下に挟まれた状態で地下へと向かう。
 まるで連行だが、仕方あるまい。俺が頼んだ事だ。

 ペルギウスが毛嫌いしている魔族を城にいれる。
 俺にはそこにどれだけ大きな意味があるのかわからないが、無理が通ったのは、ザノバの事があったからに違いない。
 ペルギウスもザノバに生きていてほしいのだ。

「……シルヴァリルさん」
「なんでしょうか」
「ペルギウス様には、後日改めてお礼を」
「かしこまりました」

 当然だろうって返答がきた。


 魔法陣の間では、ナナホシが待っていた。
 すでに起動されている魔法陣の傍で立ち尽くしているナナホシ。
 そういえば、彼女には何も伝えていなかったように思う。
 どこかで聞きつけて、見送りにきてくれたのだろうか。

「ザノバ……帰るって聞いたけど……」

 ナナホシは事情を聞いたものの、どう言っていいのかわからないようだ。
 手を体の前で組みつつ、居心地が悪そうにしていた。
 そんな彼女にザノバはゆっくりと歩み寄った。

「はい。ナナホシ殿。お先に故郷へと戻らせていただきます」
「……」

 ナナホシは複雑な顔をしていた。
 羨ましそうな、悲しそうな、そんな顔だ。

「ナナホシ殿も、いずれ故郷へと帰る日が参りましょう」

 ザノバは空気を読まずにそう言った。
 帰ろうとしても帰れないナナホシには、辛い言葉かもしれない。

「だと、いいけど」
「ナナホシ殿が諦めねば、いずれ帰れます。故郷が消えでもしない限りは」

 ザノバはそう言って、ナナホシの背中に手を回し、ポンと優しく叩いた。

「余は遠くはなれても、ナナホシ殿のご帰還を、祈っております」

 現代日本においてはセクハラとも取られかねないハグだ。
 しかしナナホシは逆らう事なく、戸惑いつつも、ザノバの背中に手を回していた。
 その眼の端には、光るものが溜まっていた。

「その、今まで、ありがとう、ございました、ザノバ、殿下……」
「そう畏まられるな。余にとっても、ナナホシ殿やクリフと共に送った研究の日々はかけがえの無いものでしたからな。礼など不要。むしろこちらが言いたいぐらいである」

 そういえば、ザノバやクリフがより仲良くなったのも、ナナホシの一件があってからだろうか。
 ナナホシの研究を一緒に手伝った事で、より親睦を深めたのだ。
 懐かしいな。

「お礼は、私の方こそ……ザノバ殿下がいなければ、私の研究はきっと、今の段階には来ていませんから」
「うむ、そしてナナホシ殿がいなければ、余はペルギウス様と知り合えず、このように故郷へと一足飛びに帰る事もできませんでしたからな。お互い様! ハッハッハ!」

 ザノバは笑いながら、ナナホシから離れた。

「では、ナナホシ殿。もう会うことも無いでしょうが……お達者で」
「はい……」

 ナナホシは不安そうな顔で俺を見てきた。
(こいつ、なんか今生の別れみたいなの言ってるけど、転移魔法陣があるんだから帰ってくるよね?)
って顔だ。
 もちろん、これが最後の別れになどならない。
 ザノバは、ちょっと帰省するだけだ。
 ゆえに、俺は力強く頷いておいた。

「では師匠、参りましょう」

 ザノバの言葉で、俺たちは魔法陣へと乗り込んだ。


---


 魔法陣の先は遺跡だ。
 いつもと似たような転移遺跡だ。
 この遺跡は、シーローン王国の国はずれ。東の端に位置する森の中にある。
 首都までは、5日かそこらの距離だ。

「ふぅ……」

 ロキシーは会話が解禁され、ほっと息をついていた。
 そして、不思議そうに自分の乗ってきた魔法陣を見下ろす。

「何度体験しても興味深いものですね、転移魔法陣というものは……」
「俺はもう慣れましたけどね」
「わたしでも、魔法陣の形式を覚えれば、書けるかもしれませんね」
「……覚えるんですか?」

 反射的に聞くと、ロキシーは首を振った。

「いいえ。ペルギウス様が魔族を城にいれたくないというのは、きっとラプラスが復活した際に、転移魔法陣を扱える魔族がいると面倒だから、という意図もあるのでしょう。わたしが覚えたら、きっと殺されてしまいますよ」

 あるのだろうか。
 それがメインではないだろうけど、少しはあるのかもしれない。
 ただ、ラプラス本人が転移魔法陣を知ってそうだから、あまり意味は無さそうだ。

「無駄話はやめて、さぁ参りましょう。まずは荷の回収からですぞ」

 ザノバの言葉で、俺たちは遺跡を後にした。
 森の外にある小屋に立ち寄り、そこで予め用意しておいた荷物を回収した。
 王都に向けて出発だ。


---


 シーローン王国王都ラタキアへとたどり着いたのは、日が落ちる直前だった。
 ザノバは町の門を抜ける時、なんとも感慨深そうな顔をしていた。
 俺もこの町にくるのも、久しぶりだ。

 風景は、俺の記憶にあるものとそう変わらない。
 迷宮探索をするためにやってきた冒険者が多いのも、記憶の通りだ。
 だが、なんだろうか。
 やはり以前に来た時より、なんだか物々しいというか、道が汚いというか。
 冒険者というより、ならず者といった風体の者が増えている気がする。

「うーむ、しばらく見ないうちに、随分と傭兵が増えておりますな。やはり戦争の気配が色濃いということなのでしょうなぁ」

 ザノバは、若干嬉しそうとも取れるような声音で言った。
 戦争が近いと聞いて、なぜこんな嬉しそうな声をあげられるのだろうか。
 空元気とは違うように見えるが。

「随分、嬉しそうだな」
「師匠。理由がどうであれ、戦とは心躍るものです」
「そうか?」
「そうですとも。男子たるもの、誰でもそうでしょう」

 よくわからん感覚だ。
 ロボットを見て心躍らせるのと似たようなものなのだろうか。

 ともあれ、俺たちはあらかじめジンジャーが用意してくれていた宿に入った。
 ここに一晩泊まり、明日は着替えて帰還の報告と国王への謁見をする形となる。
 国境を通っていないため、少しいぶかしがられるだろうが、すでに言い訳は考えてある。
 聞かれなかったら、聞かれなかったでいい。

「ではザノバ様。自分は念のため町中に潜伏し、情報を集めようかと思います」

 ジンジャーはそう言って、宿から離れようとした。
 それをザノバが引き止めた。

「ふむ? ジンジャーよ。そなたは騎士だ。まずは余と共に城に戻り、陛下に帰還を報告するのは筋ではないか?」
「……いえ、自分は騎士ではありますが、ザノバ様の親衛隊です。それに、どうにも町中にきな臭さが漂っているようにも感じますので」
「そうか、では行って参れ」
「ハッ!」

 ジンジャーはかしこまりつつ、俺に目配せをしてきた。
 ザノバ様をお願いします、という意味だろう。
 俺は頷きを返しておいた。


 さて、ここからが本番だ。
 パックスとの謁見は、俺とザノバの二人で出る。
 そこで、ヒトガミの思惑も多少はわかるだろう。

 あるいは、その場で『死神』と戦闘になる可能性もある。
 その場合は、ザノバを連れて城を脱出。
 外で待機しているロキシーの援護をもらいつつ、町の外まで撤退。
 魔導鎧を装備し、『死神』と戦うか、あるいはそのまま撤退する形となる。
 オルステッドの助言通り、戦うのであれば、遠距離から攻撃していく。
 幻惑剣だかも、魔導鎧を着用し距離を取って戦えば、善戦は出来るはずだ。

 戦闘にならなかった場合。
 恐らくそのまま、ザノバは戦場に行くことになるだろう。
 北の国との戦争。どういう形になるかはわからないが……。

 それとは別に、ザノバを満足させる必要もある。
 どうやったらザノバを連れ帰れるのだろうか。
 何と言えばザノバを説得できるのだろうか。
 パックスがあからさまにザノバの命を狙えば、ザノバも考えを変えてくれるだろうか……。
 まあ、それは謁見が終わった後で考えよう。

 正直、罠とわかっている場所にノコノコと顔を出すのは気が引ける。
 遠距離から城ごとパックスをふっ飛ばした方が楽だろう。
 もちろん、それを出来ないのはわかっている。
 オルステッドに止められているし、もし止められていなかったとしても、ザノバが俺を許すまい。
 城が国の象徴とはいわないが、いきなり城が消滅すれば、国は荒れる。
 北から攻めようとしている敵も、ここぞとばかりに攻めてくるだろう。
 どのみち、出来ない。

 先行き不安。
 ため息が出るな。

 ひとまず、謁見を切り抜けよう。
 そうすれば、必ず見えてくるものがあるはずだ。

「ルディ」

 考えていると、肩を叩かれた。
 振り返ると、ロキシーが立っていた。

「少し肩に力が入りすぎていませんか?」
「そうですかね?」
「はい。もう少し、肩の力を抜きましょう。油断は出来ないでしょうが、こうもガチガチでは、いざという時にうまく動けないかもしれませんよ」

 ロキシーはそう言いつつ、俺の肩をもんでくれた。
 小さな手だが力強い。
 俺はしばらく、座ったまま、その手の感触を味わった。

 そうだな。
 物事は柔軟にだ。
 ひとまず方向性を決めて、あとは流れに身を任せる。
 最悪、ザノバとロキシーの二人が生き残れば、俺としてはそれでいいのだ。
 そこに俺を加えた三人が生き残る。
 そいつを最低ラインとしておこう。
 あと、ついでにジンジャーも入れて4人か。
 4人生き残って、無事に帰る。
 それぐらいなら、出来るだろう。

「ありがとうございます。おかげでコリが取れました」

 そう言って、再度振り返る。
 ロキシーはいつも通り、眠そうな目だ。
 しかし、いつもより優しげに見えた。

「いいえ、いつものルディなら、本当に肩の力を抜いたのなら、もっとふざけた事を言うはずです」
「……例えば?」
「例えばそう、「ロキシー、今度は前から揉んでくれませんか、コッチの方をね」などといってズボンを脱いで……」
「そ、それは家にいる時だけですよ……」
「そうでしたね。家にいる時のルディはエッチですからね」

 ロキシーはそう言いつつ、俺の頬をぷにぷにと触ってきた。
 まるで責められているようだ。
 しかし、エッチでいけないのだろうか。
 夜にそういう相手とそういう場面になったら、誰だってそれぐらい言うだろう。
 俺だけじゃないはずだ。

「なんて、冗談ですよ。これで肩の力はこれで抜けましたね」
「……あ、はい。そうですね」

 確かに、肩の力は抜けた。
 けど、程よい具合に緊張は残っている。
 リラックスしつつも、集中を保てている。
 ちょうどいい感じだ。

「俺は、明日の謁見に備えて早めに休みます。ありがとうございました」
「はい、おやすみなさい、ルディ」

 頑張ろう。
 ただそう思い、俺は床についた。
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