第十四話「凶暴性、いまだ衰えず」
1ヶ月が経過した。
エリスが授業を聞いてくれない。
彼女は算術と読み書きの時間になると姿をくらまし、
剣術の訓練が始まるまで、決して顔を見せない。
もちろん例外はある。
魔術の授業だけは、真面目に聞いてくれるのだ。
初めて火弾を出した時には、それはもう嬉しそうな顔ではしゃいで、
カーテンに火を燃え移らせてボヤになっていた。
彼女は自分の生み出した火を満足気に見ながら、
「いずれ、ルーデウスみたいなおっきな花火を上げてみせるわ」
と、決意をあらわにした。
俺は火を消し、自分が見ていない所で火の魔術は使うな、と厳命した。
彼女は素直に頷いた。
ヤル気は十分だ。
これなら他の教科も大丈夫だろうと思った。
しかし、見通しが悪かった。
算術と読み書きはさっぱり聞かない。
諭そうとしても逃げ出す。
捕まえようとすると殴ってから逃げ出す。
追いかければ戻ってきて殴ってから、再度逃げ出す。
算術と読み書きの重要性は先日の一件でわかったはずなのに、だ。
よほど嫌いらしい。
そのことをフィリップに言いつけると、
「授業を受けさせるのも、家庭教師の仕事だよ」
と返された。
そういうものかと無理やり納得してエリスを探す。
ギレーヌにも読み書きと算術は教えるが、
言うまでもなく、彼女はオマケだ。
ギレーヌだけを教えるわけにはいかない。
しかし、簡単に見つかるものではない。
館にきてから一ヶ月の俺と、何年も暮らしているエリス。
土地勘には大きく差があり、隠れんぼは言わずもがな。
それでも、今までの家庭教師はなんとか見つけ出したらしい。
そして手酷い反撃にあって退職した……。
あるいは、エリスを叩きのめした教師もいたらしい。
しかし、夜半に木剣をもったエリスに寝込みを襲われ、全治何ヶ月かの怪我を負って退職したという。
夜襲・朝駆けを返り討ちにできたのはギレーヌだけなんだとか。
ちなみに、もう一人の家庭教師の人はエリスの乳母だったので、なんとかなっているらしい。
発見しても病院送りの未来しか無い。
できるなら見つけたくない。
見つけてボコボコにされるのは嫌だ。
魔術を聞いてくれるなら、魔術だけでいいじゃないかと思う。
しかし、フィリップは、算術や読み書きも教えろと言ってくる。
魔術と同じぐらい教えろと言ってくる。
君なら出来ると無責任に言ってくる。
むしろ魔術よりそっちのほうが重要だと言ってくる。
ごもっとも。
いっそもう一度誘拐でもさせた方がいいかもしれない。
懲りない子にはお仕置きが必要なのだ……。
「すぅ~……すぅ~……」
と考えていると、とうとう俺は見つけてしまった。
馬小屋の藁束に埋もれて、ヘソを出して気持ちよさそうに眠るエリスの姿を。
すやすやと眠っている。
その寝顔はまるで天使のようだ。
けど、外見に騙されると、デビルリバースだ。
もちろん、悪魔に殴られて血反吐を吐くという意味だ。
けれども、起こさないわけにもいかない。
とりあえず、風邪を引くといけないのでエリスの服をひっぱってヘソを隠す。
そのまま胸を揉み揉み。
俺の中の仙人が評価する。
『ふむ、まだまだAAじゃな。しかし成長率は高い。
伸ばしていけばEランク以上になるじゃろう。
毎日揉んで成長を確かめるのじゃぞ。
それもまた修行じゃて。ホッホッホ』
ありがとう、仙人!
十分楽しんだ後、小声で声を掛ける。
「お嬢様、起きてください、エリスお嬢様。
楽しい楽しい算数の時間ですよー」
起きないかー、しょうがないなー。
悪い子はパンツを脱がされてもしょうがないんだぞー?
と、動きやすそうなロングスカートの中にそろそろと手を差し入れようとした、その瞬間。
カッとエリスの目が見開いた。
エリスの視線が、自分の足に触れる俺の手から、ゆぅっくりと俺の顔へ。
寝ぼけた顔がギリッという歯が鳴る音と共に変化した。
く、くるっ!
一瞬遅れて、拳が飛んでくる。
顔か! と思って慌てて顔の前でクロスガード。
「ぐえっ……!」
拳は鳩尾に深々と刺さった。
俺は悶絶しながら膝を付く。
リバースはしなかった。デビルだけで済んだ。
「ふん!」
鼻息を一つ、蹴り一発。
お嬢様は俺の脇を抜けて、馬小屋から出ていった。
---
どうしようもない。
俺はギレーヌに助けを求めた。
パウロに脳みそ筋肉とまで言われたギレーヌ。
彼女が算術や読み書きを習う理由なら、きっと説得力も段違いだろう。
彼女の言葉ならエリスも聞いてくれるだろう。
という安直な考えの元だ。
ギレーヌは最初こそ自分でやれという姿勢だったが、
水の魔術で泣き真似して頼んだら、最終的にはしぶしぶ頷いてくれた。
チョロい。
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さて、お手並み拝見。
特に相談はせず、ギレーヌの手腕に任せる事にする。
ギレーヌが動いたのは、魔術の授業の休憩時間中だ。
「昔は剣さえあればいいと思っていた」
彼女は昔の事について語り出した。
悪童だった自分と、それを受け入れてくれた師匠。
そして、冒険者になって初めて得た、仲間。
長い前置きから紡がれるのは………苦労話だ。
「冒険者をしていた頃は、他の奴らがみんなやってくれた。
武具、食料、消耗品、日常品の売買、契約書、地図、案内板。
水を入れた水筒の重さ、火種の確保、松明で塞がれる左手……
別れた後に大切さに気づいた」
パーティとは7年ぐらい前に別れたらしい。
ていうか、パウロとゼニスが結婚して田舎に引きこもるので、解散する事になったらしい。
薄々そうではないかと思っていたが、同じパーティだったのだ。
「そのまま残ったメンバーで、という話もあったが、
遊撃を担当していたパウロと、パーティで唯一の治癒術師であるゼニスが抜けたのだ。
解散しなくても、いずれは別れていた。当然だろう」
ちなみに六人パーティで、
剣士、剣士、戦士、シーフ、僧侶、魔術師。
職業で表すとこんな構成だったのだとか。
当時剣聖だったとはいえ、ギレーヌの攻撃力は高い。
戦士:タンク
剣士:サブタンク兼アタッカー
剣士:アタッカー
魔術師:アタッカー
僧侶:ヒーラー
と、かなりバランスが取れていたと見る。
ちなみにシーフというのは、ギレーヌ曰く雑用係の総称なのだとか。
解錠や罠発見、テント設営から商人との売買取引まで。
字が読めて頭の切れる、ハシっこいヤツが担当するらしい。
商家の出が多いのだとか。
「せめてトレジャーハンターとでも呼んであげればいいのに……」
思わずそう言ったが、
「あいつはすぐパーティの財布から金をくすねてギャンブルをやっていたからな。シーフで十分だ」
ひでーなおい。
「それって、バレたら袋叩きなんじゃないですか?」
「いや。ギャンブルの才能があるヤツで、増やして帰ってくることも多くてな、半分以下にすることは滅多になかった。余裕のない時は自重していたしな」
という事らしい。
いくら分別があっても、ねえ。
なんでそんなのを許しているんだろうか……。
理解に苦しむ。
自慢じゃないが、俺はギャンブルにだけは手を染めていないのだ。
もっとも、ネトゲには10万以上使ってるがね。
ま、パーティ内にパウロみたいな女にだらしないのもいるわけだし、道徳的にはそれほどカッチリしたパーティではなかったのだろう。
線引は人それぞれだ。
人の集まりの数だけルールがある。
「そういえば、剣士と戦士の違いってなんなんですか?」
と、気になって聞いてみた。
「剣を使っていて流派が三大流派なら剣士だ。
三大流派以外なら剣を使っていても戦士、三大流派でも剣を使っていなければ戦士だ」
「へぇ、剣士ってのは特別な称号なんですね」
というより、三大流派が特別なのか。
誘拐犯を倒した時のギレーヌの剣はすごかった。
抜刀のタイミングすらわからなかった。
ふっと動いたら、相手の首がずるっと落ちたのだ。
後で聞いたが、『光の太刀』あるいは『光剣技』と呼ばれる奥義らしい。
「騎士というのは?」
「騎士は騎士だ。国か領主に任命されれば騎士だ。
教養があるから文字が読めて算術が出来る。
中には簡単な魔術を使えるヤツもいる。
ただ、貴族出身が多く、プライドが高い」
教養があるのは、学校に通ったりするからだろうか。
「父様はその時はまだ騎士じゃなかったんですか?」
「詳しいことは知らんが、パウロは剣士を名乗っていたな」
「魔法剣士とか、魔法戦士? というのもあると聞いたことがあります」
「攻撃魔術を使えるヤツの中には、そう名乗るヤツもいるな。
どんな職業でも、名乗るのは自由だ」
「へぇ~」
エリスはそんな話を、目をキラキラして聞いていた。
近いうちに、俺かギレーヌを連れだして近所の迷宮に行くとか言い出さないだろうか。
不安だ。
俺はそんな冒険とかより、女の子に囲まれてエロティックな毎日を送りたい。
ああ、しかししまった。
ギレーヌに読み書きとかの重要性を語ってもらう予定だったのに。
つい自分の好奇心を優先してしまった。
失敗、失敗。
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しかし、
エリスは算術と読み書きの授業に出るようになった。
ギレーヌのおかげだ。
ギレーヌはあの後も、
何かある度に苦労話を話してくれた。
妙に胃が痛くなる展開ばかりだったが、おかげで効果は抜群だ。
エリスも、必要なものと割り切ってくれたのかもしれない。
最初からこうしておけばと思わなくもなかったが……。
なにはともあれ、とにかくよし。
いや、多分あの一件がなければ、多分お嬢様は話すら聞いてくれなかったよ?
ムシケラみたいな目で見てたもん。
だから無駄じゃなかったよ。
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まずは初期の授業として、四則演算の概念を教える。
一応は学校に行ったり家庭教師を雇っていたりということもあり、
エリスも簡単な足し算なら出来るようだった。
「ルーデウス!」
「はい、エリス君」
元気よく手を上げるエリスを指さす。
「割り算というのはなんで必要なの?」
彼女は掛け算と割り算の重要性を理解していなかった。
そもそも彼女は、引き算が苦手だった。
桁の変わる引き算で算数を諦めたパターンであるらしい。
「必要というより、掛け算と逆のことをしているだけです」
「どこで使うかを聞いているの!」
「そうですね。例えば100枚の銀貨を5人で均等に分けたい時とかですね」
エリスは机をバンと叩いた。
「前の教師も同じことを言っていたわ!
だから、どうして! 均等に! 分ける必要があるの!」
そう。
やりたくない子はこういう屁理屈を吐く。
でも、ハッキリ言って、そこは全然重要じゃない。
「さぁ。それはその五人に聞いてみないと。ただ均等に分けたい時に割り算が使えると便利なだけです」
「便利ってことは、別に使わなくてもいいのね!?」
「使いたくなければ使わなくてもいいですよ。
もっとも、使わないのと、できないのでは、大きく違いますがね」
「むぅ……」
出来ないのか? と聞くと、プライドの高いエリスは口をつぐむ。
けれど、根本的な解決にはならない。
やはり何かと屁理屈をこねて、算術は習わなくていい、という流れにしようとする。
こういう時には、ギレーヌに頼る。
「ギレーヌ。今までに数を均等に分けたくて困ったことはありますか?」
「ああ、迷宮で食料を落として引き返すことにしたのだが。
残った食料を帰りの日数分で分けようとして、失敗した。
三日も飲まず食わずだった。
死ぬかと思った。
途中、耐え切れずに落ちていた魔物のクソを食ったが、腹を下した。
吐き気と腹痛、下痢に耐えていると周囲に魔物の群れが―――」
胃が痛くなる話が、五分ほど続いた。
俺は青い顔で聞いたが、エリスにとっては武勇伝だったらしい。
目をキラキラさせている。
「だから割り算は覚えたい。授業の続きを頼む」
ギレーヌがこう言うと、エリスはおとなしくなる。
サウロス以下、この一族はみんな獣族が好きらしく、態度にはあまり表さないものの、エリスもギレーヌに懐いていた。
エリスも、ギレーヌの話なら、黙って聞いてくれる。
姉貴にくっついて、なんでも真似したがる弟がこんな感じだったかもしれない。
「では、今日も楽しくない反復練習と行きましょう。
こちらの問題を……全部解いたら持ってきてください。
わからなかったら、その都度質問を」
そんな感じで、次第に順調になっていった。
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ギレーヌは教師としても優秀だった。
「踏み込みの姿勢を覚えろ、相手をよく見ろ」
カツンと、俺の持つ木剣がエリスの木剣にはじかれる。
「相手より早く踏み込んだなら相手の動きを読み、そこに剣を打ち込め。
相手より遅く踏み込んだのなら、相手の剣の軌道から半身ずらせ!」
どっちもできなくて、俺はエリスの剣にガツンと殴られた。
なめし革に綿を詰めたプロテクター越しに、重い衝撃が伝わってくる。
「相手の足先と目線で行動を予測しろ!」
また殴られた。
「ルーデウス! 頭で考えるな! まずは相手より先に踏み込んで剣を振ることを考えろ!」
考えるのか、考えないのか、どっちだよ!
「エリス! 手を休めるな! 相手はまだ諦めてはいないぞ!」
「はい!」
エリスには返事をする余裕があり、俺には無い。
この差がお分かりいただけるだろうか。
ギレーヌが制止を命じるまで、俺はエリスに殴られ続けた。
エリスは、算術の授業の鬱憤を晴らすかのように、容赦なく俺を殴った。
俺は8回に1回ぐらいしか返せない。
ちくしょう。
だが、この一ヶ月で自分の腕が格段に上がっていることが実感できた。
ギレーヌは逐一、俺の悪い部分を指摘し、助言をくれる。
パウロもしてくれたが、ここが悪い、あそこが悪いと言うだけで、どうすればいいのかは教えてくれなかった。
加えて、エリスという、同じぐらいの相手がいるのもよかった。
同じぐらい……同じ初級。
とはいっても、エリスの方が上だ。
パウロについて何年も体作りと剣術に打ち込んできただけに、悔しく思うが……。
エリスはギレーヌについて結構長いようだし、仕方ない。
インパラとライオンが同じ訓練をしたって、ライオンの方が強くなるに決まっているのだ。
しかし、差があるとはいえ、パウロやギレーヌと比べれば微々たるもの。
相手が何をしているのかわかるレベルだ。
わかっていれば、次の課題になる。
さっきはあの技でやられた。
だから、次はそれを警戒してこういう風に動いてみよう。
そう考えることが出来る。
パウロを相手にしている時は、技量が違いすぎてそれがままならなかった。
相手が何をやっているのかまったくわからず、
理解できないまま、やられてしまうのだ。
アドバイスを受けても基礎的な技量が違いすぎて相手に通じない。
だから、自分のやってる事に常に疑問を持ってしまう。
ギレーヌはそれでも教え方がうまいおかげか納得できた。
が、彼女は同時に返し技というか、対処法も教えてくれる。
そのため、やはり技を放つ際に迷いが生まれてしまう。
しかし、エリスが相手であれば、
ちょっとした小細工や、小さな動きの変化で結果が変わるようになった。
技量に差があまり無いから、なんとか通用するのだ。
明日になれば通用しなくなったり、
またエリスが違うことをするようになったり。
昨日出来なかったことが出来たり、昨日されなかったことをされたり。
ギレーヌの指導をうけつつも、そうした小さな発見を積み重ねていく。
やはり、ライバルという存在はいい。
身近な目標に追いつき、追い越し。
1か2ぐらいしか変化していなくとも、差の少ない当人たちにとっては抜かれ、抜き返すための大きな変化だ。
そして、それが知らぬ間に蓄積されていき、強くなるというわけだ。
もっとも、成長速度はエリスの方が早いようだが……。
「ルーデウスはまだまだね!」
倒れ伏した俺を見下ろして、エリスが腕を組んでみおろしてくる。
それを、ギレーヌが窘める。
「自惚れるな。エリスの方が剣を持ってからの年月が長い。そのうえ年上だ」
剣術の授業中だけ、ギレーヌはエリスのことを呼び捨てにした。
呼び捨てでなければいけないと言っていた。
「わかってるわ! それにルーデウスには魔術もあるしね!」
「そうだ」
エリスは、俺の魔術の腕だけは認めてくれている。
一つでも認める所があれば、エリスは話を聞いてくれる。
少なくとも、その分野に関してだけは。
「しかし、ルーデウスは相手に攻められると、妙に体の動きが鈍るな……」
「怖いんですよ、目の前の相手が本気で襲い掛かってくるのが」
そう言うと、エリスに頭をパシンと殴られた。
「なによ! 情けないわね! そんなんだからナメられるのよ!」
「いや、ルーデウスは魔術師だ。それでいい」
間髪いれずギレーヌがいうと、エリスは偉そうに頷いた。
「そうなの? じゃあ仕方ないわね!」
あれ?
なんで俺、殴られたの?
「すまんが、足が竦む癖の直し方は知らん。自分でなんとかしろ」
「はい」
今のところ、どんな相手にでも竦むので、先は長そうだが。
「でも、ギレーヌに指導してもらうようになってから、結構強くなった気がします」
「パウロは感覚派だからな。教えるのは得意ではあるまい」
感覚派!
あ、やっぱこっちの世界でもそういうのあるんだ?
「なによ、カンカクハって?」
「言われた事とか、やりたい事を、なんとなくこんな感じかな、ってやるだけで出来ちゃう人のことですよ」
エリスの問いに俺が答える。
すると彼女は口を尖らせた。
多分、彼女も感覚派だ。
「いけないことなの?」
いけない事かと聞かれると答えに困る。
今は剣術の授業だから、先生に答えてもらおう。
俺はギレーヌに視線を向ける。
「悪くは無い。
だが、才能があっても頭を使わなければ強くなれんし、人にもうまく教えられん」
「どうしてうまく教えられないのよ?」
「自分がやっていることを理解していないからだ。
そして、全てを理解していなければ、より難しいことは出来ん」
剣王の人に言わせると、上級までは基礎と応用らしい。
全ての基礎を完璧に出来て、状況に応じて使い分けられるようになって、初めて剣聖になれるのだとか。
それ以上は、たゆまぬ努力と才能らしい。
結局は才能か。
「私も昔は感覚派だったが、頭を使い、きちんと理論を立てたら剣王になれた」
「すごいなぁ」
俺は素直に関心する。
自分のやり方を曲げて、成功する。
中々できるもんじゃない。
「ルーデウスも水聖級魔術師じゃないか」
「俺はそれこそ感覚派ですよ……。
それに、魔術は剣術と違って、魔力さえあれば出来るって部分もありますから」
「ふむ。そうなのか……だが、基礎は大事だぞ?」
「わかっています。
というより、俺が聖級になれたのは、師匠の教え方がよかったからですしね」
思えば、基礎的なことが重要だと言いつつも、
自分自身は応用的な事ばかりを重視してきたからな。
てかそもそも、魔術の基礎的なことで足りてないのってなんだ?
ロキシーは基礎よりも、もっと先へと進ませるような授業をしていたし。
ていうか、ロキシーも天才肌っぽかったから、あまり基礎とか重視してないのかもしれない。
うーむ……。
「私はそんなに強くなるつもりはないから、関係ないわね!」
考えこんでいると、エリスが胸を張って言った。
その言葉に、俺は苦笑する。
中学時代、俺もそんなことを言っていた。
一番になるつもりはないとか言って、努力を怠った。
これは正してやらなければと思い、
「でも、ギレーヌとルーデウスぐらいになれるように頑張るわ!」
やめた。
彼女にはちゃんと目標がある。
かつての俺とは違うのだ。
---
午前の授業、午後の剣術が終わると、暇な時間となる。
エリスとギレーヌが魔術教本を持っていたので、
もしかしたら、この館の書庫には魔導書があるかもしれない。
そう思ってメイドさん(イヌミミ)に案内してもらう。
すると、フィリップの奥さん(ヒルダさんというらしい)とすれ違った。
赤い髪で、エリスの将来が期待できるバインバインの持ち主だ。
一応、一度だけ紹介されてはいたものの、
さして接点のない相手だ。
ええと、確か片方の手を胸に当てて……。
「奥様、本日はお日柄もよく……」
「チッ」
ヒルダさんは挨拶をする俺を、舌打ち一つでスルーした。
ちょっとショック。
嫌われているらしい。
近づかないようにしよう……。
そういえば、彼女はエリス以外に子供はいないのだろうか……。
いや、なんか聞いたらエリス以上に凄いのが出てきて、
仕事量が3~4倍に増える気がする。
藪は突くまい。
書庫にたどり着くとフィリップがいた。
「君、書庫に興味があるのかい?」
書庫を見せてもらえないかと頼むと、
フィリップは何かを期待する目で見てきた。
何を期待しているのだか。
残念ながら書庫に俺の望むものはなかった。
ロキシーのように魔導書でも見つかればと思ったが、持ち出し禁止の財政資料が大量にあるだけだった。
魔導書は世界に数冊しかないらしく、置いてはいないらしい。
そうそううまくはいかない。
ただ、端の方で何冊かこの世界の歴史書を見つけたので、暇を見つけて勉強しようとは思う。
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一日が終わると、俺は与えられた自室で翌日の授業の準備をする。
主に算術用の練習問題の作成。
読み書き用の書き取りの作成。
それと魔術教本を読んでの予習だ。
特にカリキュラムっぽいものは無い。
五年間で教える事が無くなったら困るので授業の進む速度はゆっくり。
とにかく苦手な所を作らないように、じっくり反復練習させていくのが教育方針だ。
シルフィに教えてる時も、そんな感じだった。
魔術の予習は、俺が詠唱呪文を忘れている事にある。
普段から口にしていないから、すぐに忘れてしまうのだ。
真面目に覚えた詠唱はヒーリング関係と解毒ぐらいで、攻撃魔術は覚えようとも思ってないしね。
魔術教本は、家にあるのとまったく同じものだった。
エリスもギレーヌも持っていた。
なんでも、千年ぐらい昔に出て以来、
何百冊と写本が出ているベストセラーなのだとか。
フィリップに聞いた話によると、
この本が出てから、魔術師の平均レベルが飛躍的に上昇したらしい。
それまでは、魔術を習いたければ師匠につかねばならず、
その師匠も。せいぜい初級魔術が全部使える程度という事も多く、
せっかく師事しても、大したことは学べない。
というケースも多かったのだとか。
俺の知る限り、
この世界にはコピーはおろか、印刷技術すら無い。
ベストセラーといっても数は少なく、そうそう出回るものでも、出回ったとしても魔術に興味のない者の目に止まるわけではなかった。
それが大量に出回るようになったのは、五十年前ぐらいだそうだ。
どこでも誰でも安価で手に入る魔術教本のおかげで、魔術師の数が爆発的に増えた。
世はまさに魔術師ブーム……というほどではないが、
アスラ王国の貴族の中では教育過程で教えることも少なくないのだとか。
しかし、一体どういう理由で魔術教本が増えたのだろうか……。
そう思い奥付を読んでみると、『ラノア魔法大学 発行』と書いてあった。
なるほど。
うまい商売だ……。
---
家庭教師の日々は、瞬く間に過ぎていった。
:ステータス:
名前:エリス・B・グレイラット
職業:フィットア領主の孫
性格:凶暴
言う事:聞いてやってもいい
読み書き:家族の名前まで書ける
算術:引き算が怪しい
魔術:頑張ろうかなと思ってる
剣術:剣神流・初級
礼儀作法:普通の挨拶も出来る
好きな人:おじいちゃん、ギレーヌ