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#08:場違いな透明人間【指輪の過去編・夏樹視点】

今回は指輪の見せる過去のお話です。

引き続き、夏樹26歳の9月の終わりの頃のお話。

 舞子を送り出し、一人でどうしたものかと考えながら、とりあえずもう一度、お料理のテーブルまで行ってみようと、グラスを持ったまま歩きだした。


 その時、賑やかな笑い声にその集団の方へ眼を向けた。男性数人のグループのようだった。何やら楽しそうにおしゃべりし笑い合っている。そのグループの中の私から正面に見えた長身の男性の笑顔を見た時、ドキンと心臓が跳ねた気がした。でも、これはビビビって言うのとは違うよね、なんてのんきに考えながら、その場に立ち尽くしてその男性から視線を外せなかった。まるで、心の中で思い描いていた通りの人。そんな人実際にいるんだと不思議な感覚にとらわれて、ただ見つめていた。時間にしたら1分も無かったかも知れないけれど、私には時が止まったような感じだった。


 止まった時間を動かしたのは、立ち尽くす私におしゃべりに夢中で前を見ずにぶつかって来た人。


「あ、すいません」

 よろけた私は、思わず謝った。


「いやいや、こちらこそすいません」

 相手の人も驚いて、謝ってきた。ふと見ると、その人のスーツの袖に私の持っていたグラスの飲み物が零れていた。私は慌ててハンカチを出し、その人のぬれた袖を拭く。高級な生地なのだろう、液体を弾いて表面で水滴のようになっていたので、ハンカチで拭うとシミにもならずに綺麗になってホッとした。それを見たその人も安心したのか「これはこれは、ありがとうございます」と言った。その声の優しさに思わず顔を上げてその人と目を合わすと、その人は一瞬驚いた顔をし、その後目線を下に向けると、今度は驚いた声を上げた。


「これは大変だ。君のドレスにも私の飲み物が零れたようだ」

 その人も私と同じようにグラスを持って歩いていたので、ぶつかった拍子に私のドレスに零れてしまったようだった。私はそう言われて初めて自分のドレスを見下ろし、裾の方が濡れているのを確認した。


「私がこんなところで立ち止まっていたのがいけないんです。大丈夫ですから、気になさらないでください」


「いやいや、こちらこそ前をよく見ず、ぶつかってしまいすまない。今から代わりのドレスを用意させて頂こう」


「いえ、と、とんでもないです。裾の方だけですし、その内に乾くと思います。大丈夫ですから」


「それなら、クリーニング代だけでも受け取って欲しい」


「いえ、お互い様ですし、本当に大丈夫ですから」

 その人はお喋りしていた人たちを先に行ってもらった後、私とそんなやり取りをしていたが、周りが気になったのか、名刺を出すと裏に電話番号を書いて私に差し出した。


「今、クリーニング代をお渡しできないので、週明けにでもこの番号へ電話してほしい。この番号はプライベート用の携帯の番号だから、必ず私が出るから」

 私はこの名刺を受取らないと話が収まりそうにないと思い、とりあえず名刺を受取った。


「君の名前を教えてくれるかな?」

 

 (名前……。これは、言わないとダメだろうな)


「佐藤です」


「佐藤君か。本当に申し訳なかった。必ず電話してくれよ」

 そう言って優しい笑顔を残し、その人は行ってしまった。


 名刺を見ると『浅沼コーポレーション 代表取締役社長 浅沼雅樹』とあった。男の人の年齢はよく分からないけれど、四十代から五十代ぐらいだろうか。長身のがっしりした体格で、整った顔立ちの紳士だった。きっと、若い頃は相当モテただろうと思われた。


(アサヌマ マサキ……)


 心の中で名前を呟いた時、忘れられない名前と同じなのを思い出した。母が最後に呼んでいた人の名前。おそらく父の名前。


(ま、まさかね)


 マサキなんて名前、よくある名前だ。偶然の一致だろう。

 まあ、二度と会う事なんてないだろう。私はこちらから連絡するつもりはないのだから。


 それにしても、やはりこんなパーティーには、社長さんとかが集まるんだと、改めてこのパーティーのセレブぶりを思い知ったのだった。きっと、さっき見かけた男性も、どこかの御曹司なんだろう。このパーティーに来ている若い男女がみんな洗練されたセレブに見えた。

 急に自分がひどく場違いな気がして、また、ドレスのシミを少しでも綺麗にしておかなくてはと思って、お手洗いへと向かった。



 パーティー会場へ戻って、舞子を探す。探し人は見つかったけれど、若い男性とお喋りしているようだった。きっとお婿さん候補の一人なのだろう。まるでお見合いパーティーだよね。そんな事を思いながら、する事も無く場違い感に堪えながら壁の花となって待つ。

 しばしぼんやりと会場の様子を眺めていると、まるで自分は透明人間になったような、まるでこのパーティーの様子をモニターで見ているような、自分だけこの場から切り離されたような感じがして、惨めになった。

 こんなパーティーに参加できる事なんて二度とないかもしれないのに、なぜ私は楽しめないのだろう。

 心のどこかで舞子を羨ましがっている自分がいる事は自覚していた。私にとっては別世界で、用意された出逢いがあって。本人にしたら自分の望みを押し殺した未来だとしても、今の私にはとてもキラキラと眩しい未来に思えた。

 お金持ちと結婚してはいけないと言う母の遺言を聞いた時は、そんなにお金持ちの男性と出会うはずが無いと思っていたが、一番の親友が社長令嬢だった事で、有り得るのかもと少し不安になった。けれど、恋する前に相手のお家の事なんて聞けないし、調べる事なんてできない。

 だからなのだろう。舞子のように条件にあった人と出逢える事が羨ましいのは。

 

 そんな事を鬱々と考え、すっかり透明人間になっていた私は、近づく人の気配に気づく事はなかった。


2018.1.25推敲、改稿済み。

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