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#06:ドタキャン【現在編・夏樹視点】

今回は現在編です。

引き続き、夏樹35歳の誕生日の話。

 その日の夜、七時前に『華菱』に着いた。入って行って予約の話をすると、「佐藤様ですね」と小さな和室へ案内された。私の名前で予約してあったようだ。

 祐樹が遅れるかもと言っていたので、多少待たされることは覚悟していたが、七時半を過ぎた頃、さすがに心配になって来た。目の前には突き出しとビールの入ったグラスが置かれているが、一人ではあまり手を出す気になれず、少ししか減っていない。


 (まさか、冗談だったとか? でも、ちゃんと予約してあったし……)


 その時、部屋の入口の外から「失礼します」と声がかかり、襖が開いた。

「お連れ様からご連絡があり、こちらに電話してほしいとの事です」

 お店の人が出て行った後、渡された紙を見ながら携帯電話の番号を慎重に押していく。


「はい」

 すぐに返事が返り、受話器を通すとますます低く響く彼の声に胸が震える。


「夏樹です」


「あ、大変申し訳ない。仕事で急なアクシデントが起こって、今から九州へ行かなければいけないんだ。こちらから誘っておきながら、本当に悪いと思う。この埋め合わせは必ずするから、今回は申し訳ないけど、失礼させてもらうよ。食事の方は予約してあるから、食べていって」

 高いビルの上から突き落とされたように、気分は奈落の底へ向かって落ちて行く。予測していなかったオチ。想定外って言うやつだ。


「わかった」

 それでも、電話の向こうの彼にこちらの気持ちを気取られないよう、感情の無い声で返した。


「本当に、悪い。ごめんな」


「いいよ、仕事だし、気にしないで」


「じゃあ、また連絡するから」

 そう言って電話は切れた。


 (こんなオチですか)


 その時、お腹の底から笑いが込み上げてきた。

「ふふふ、ハハハ……アハハハハ」

 ひとしきり声を上げて笑うと、涙もこぼれていた事に気づいた。


 (バカみたい。私って痛過ぎる)


 彼の急なアクシデントも、九州へ行くのも本当だろう。彼の方の事情は関係ない。

 気づいてしまったのだ。自分の中の浅ましさに。

 何を期待していた? やり直したかったの?

 バカみたい。

 何が最後の晩餐よ!

 何が運命の再会よ!

 バカみたい。

 未練たらたらで。

 どこまで行っても私たちの歩く道は交わる事なんて無いと言うのに。

 バカみたい。

 これが、神様の答え。

 もう、都会にいる理由もなくなった。

 帰ろう。故郷へ帰ろう。もう一度一からやり直そう。

 泣き笑いしたら、なんだかスッキリして、鞄を持つと外へ出た。お店のマネージャーさんに丁重に謝り、お店を後にした。



      ***



 自分のワンルームマンションへ帰る途中、小さなケーキとワインと温めるだけのパスタを買ってきた。これがいつもの誕生日。これが私にお似合いの誕生日。

 あ、彼に誕生日おめでとうって言ってなかったな。

 こちらも言われてないんだから、いいか。もう、めでたい年でも無いし……。


 先に化粧を落としてシャワーを浴びる。いろいろな感情も洗い流してスッキリした。ささやかな夕食とケーキを食べて、チーズを出して来てワインを味わう。こんなまったりとした誕生日が、私らしい。

 そうだ、玲子小母さんに電話してみよう。もう、十時を過ぎていたけれど、まだ起きているだろう。


「もしもし、玲子小母さん? 夏樹です」


「あ、夏樹ちゃん? 今日誕生日だよね? おめでとう」


「うふふ、ありがとう。あんまりめでたくない年ですが」


「何言っているの? 元気に誕生日を迎えられたら、それだけでめでたいの」


「うん。そうだね。あのね、小母さん。私、そろそろそちらへ帰ろうかと思うの」


「え? どうしたの? 急に。何かあったの?」


「ううん。特に何があった訳じゃないんだけど、都会の一人暮らしが淋しくなってきちゃって。そろそろ潮時かなって思ったの。ダメかな?」


「こちらはいつでも大歓迎よ。帰ってらっしゃい。主人も喜んでいるわ」


「うん。ありがとう。こちらの仕事の方がきちんと引き継ぎできたら、また連絡するから。宜しくね」


 私は電話を切って、又ため息を吐いた。

 帰ろうと決めたのだから、決心が鈍らないうちに周りを固めてしまおう。辞表も書かなくちゃ。この年になってから仕事を辞めるのはもったいないだろう。田舎へ帰って、仕事はあるだろうか? 少し不安だけど、男の人に頼りたい訳じゃない。けれどやはり、結婚して子供も産みたい。平凡な家庭で良い。愛する人と築く家庭なら、どんなささやかな家庭でも、幸せだろう。


 でも、もう一度心から愛せる人に巡り合えるのだろうか?

 今、心の中にある彼への想いを思い出に変えられるのだろうか?

 こんな事考えていては、また振り出しだ。どこまで行っても堂々巡りだ。


 お母さん、あなたが羨ましいよ。私も愛する人の子供を産みたかった。たとえ結婚できなくても。私は片親でも幸せだったよ。お母さんがいつも幸せそうに私を見ていてくれたから。私の存在が、私の父へと繋がって、お母さんはいつも私を通してお父さんと繋がっていたんだね。私の存在さえ知らない父親だとしても。


 そんな事を考えていたら、指輪の事を思い出した。

 今日はいろんな事があった。でも、指輪が戻ってきた事はとても嬉しい。私と父親とをつなぐ唯一の証。いつか、父親と逢って、娘だと言えたら。そして、母は最後まであなたの事を思って亡くなりましたと告げたい。それは、母にとっては望まない事だけど。


 シャワーを浴びる時に外した指輪を洗面に置いたままだった事を思い出し、失くしてはいけないと慌てて取りに行く。


 指輪を持ったままソファーに戻り、指輪をよく見る。

 白いダイヤモンドが成功・富で、青いサファイアが誠実で、赤いルビーが愛と勇気を現わしているんだっけ?

 今の私にはどれも無い。この指輪は本当に幸せに導いてくれるのだろうか?

 指輪をはめようと左手の薬指の所まで持って行って、思い出した。

 そう言えば、アンティークショップのイケメン店主が言っていたっけ。つける指を間違えると幸せを逃す事になると。


 もしかして、左の薬指にこの指輪をはめて、最後の晩餐にむかったような。

 そのせいだろうか? ドタキャンは。

 指輪の所為にしたところで、状況が変わるわけでもなし。

 しばらく逡巡した後、右手の薬指へ指輪をはめていった。そして、お決まりのように私の意識は又過去へ飛んでいった。


※指輪の宝石の意味を、何も考えずに勝手に決めたのですが、実際の宝石の持つ意味を調べて、変更しました。お話には影響ありません。(2010.10.9)


2018.1.25推敲、改稿済み。

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