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#04:誕生日のお誘い【現在編・夏樹視点】

今回は現在編です。

引き続き、夏樹35歳の誕生日のお話。

(ど、どうして、ここに?)


 私は驚いて立ち止まり、こちらに向き直った祐樹から目が離せなかった。しばし彼と見つめ合ってしまう。


「久しぶり」

 あの頃と同じ目じりに皺のよる笑い方で、彼は逢わなかった5年の歳月も、辛い別れ方した事も無かったかのように、軽く挨拶する。


「あ、日本に帰って来ていたんだ」

 いつも親友の前で作ってきたポーカーフェースも、彼の前ではうまく作れない。私は今、うまく笑えているのだろうか?


「ああ、今月の初めにな」

 舞子から帰って来ている事聞いていたけれど、いざ本人を目の前にすると心が震える。


「奇遇だね。こんなところで会うなんて」


「そうだな、驚いたよ。仕事で来たのか? それとも転職したの?」


「この会社に届け物があって。それより、あなたは、どうしてここにいるの?」


「ああ、本社へ戻ったのでお得意様にあいさつ回りさ」


「そうじゃなくて、もう帰るところだったんでしょ。なぜ、ここに戻って来たの?」

 私はこんな茶番の再会劇をいつまでも続けていたくなかった。相手の心を探るような駆け引きなんて出来そうにない私は、ストレートに本題をぶつけた。


「今日は誕生日だろ?おめでとうくらい言わないとな」

 そんな私の気持ちをわざと無視するように、彼はニッと悪戯っぽく笑った。


(その余裕はなに?)


「あなただって誕生日でしょ?」

 そう、彼と私の誕生日は同じ日。その上生まれ年も同じ。まったく同じ日に生まれた二人なのに、この運命の差はなんなのだろう?


「そう、だから今夜誕生祝いのディナーなんかどうかと思って。久々の再会だしさ」

 そう言ってまたニッコリ笑うその笑顔に、心臓はドキドキと高鳴る。


「あ、他の人と約束があるならいいんだけどな」

 知っているでしょう? 恋人も夫もいない事ぐらい。

 親友の舞子の旦那は、目の前の彼の友達だ。そのぐらいの情報は筒抜けだろう。


「あなたこそ、約束があるんじゃなくて?」

 ドキドキと高揚する気持を抑え、潤んで来そうになる涙腺に意識を総動員して蛇口を固く締めるかのように涙を止める。震える声を落ち着かせながら、彼の顔を見つめ切り返す。


「あったら、誘わないよ」

 少しムッとした顔をする彼の表情さえも、見惚れそうになる自分の心の震えに活を入れる。


「あら? 婚約者の方とはお誕生日のお祝いをされないの?」

 彼の顔色が変わった。

 私の方だって、情報は筒抜けなんだから。


「関係無いだろ? 予定が無いから誘っただけだ。嫌ならいいんだ」

 やはり、否定はしないか。結婚するのは本当の事なんだ。なら、どうして今更私とディナーだなんて。

 ただ、なつかしいから? 誕生日だと言うのに予定が入っていなかったから?

 彼の考えている事はわからない。

 でも、これは神様からのプレゼントなのかもしれない。自分の想いにけじめをつけるため、最後の思い出にと。きっぱりとさよなら言うためにと。

 そして、私は心を決めると笑顔を貼り付けて、彼に告げた。


「行くわ。一緒に誕生日を祝いましょう」




    ***




 会社へ戻りながら、さっきの彼との会話を思い出す。

 私が行くと言った時、一瞬驚いた顔をした彼。自分で誘っておきながら、私が誘いに乗ると思わなかったのだろうか?

 すぐに彼は営業用の笑顔を浮かべると、「ディナーは何が食べたい?」と、イタリアンでも、フランス料理でも、中華でも、和食でも、と続いた。

 クスッと笑い返すと、きっと彼の事だから高級料理店なんだろうなと思いながら、最近油っこいのは苦手だなとまじめに考え始める。そして「和食はどう?」と答えた。

 すると、彼はまたあの営業用の笑顔ではなく、目尻に皺を寄せ、くしゃっとした笑顔をして、「俺も和食が良かったんだ。お互い年取ったな」と返してきた。


 ああ、反則だ。その笑顔が計算だとしたら、とんでもない策士だ。

 私の一番大好きな彼のくしゃっとした笑顔と、ますます深みを増したバリトンボイス。一瞬目眩がしそうだった。

 よろけそうになる足に力を入れて、なんとか立っていると、彼はしばし考えた後言った。


「それじゃあ、『華菱』に七時に予約を入れておくから、来てくれるかな? 迎えに行けると良いんだけど、時間ギリギリになりそうなんだ。少し遅れるかもしれないけど、急いで行くから待っていてくれるか?」

 昔付き合っていた頃、一度だけ連れて行ってもらった事のある高級和食店の『華菱』。

 あの頃は、彼が御曹司なんて知らなかった。

 そう言えば身分隠して普通の会社員をしていたから、あんな高級店へ連れていかれて驚いたっけ?

 接待で良く行くお店だからとか誤魔化していたけれど、今思えば凄く慣れていたよね。

 それにしても、当日に予約を入れると言って空いているのだろうか?

 彼のバックの力なら、不可能はないって事か。



 私は往きに来た道を逆戻りして行ったつもりだったけれど、さっきのアンティークショップを見つける事ができなかった。また、どこかで間違えたようだ。

 でも、そんな事は気にもならなかった。私の頭は今夜の誕生祝いのディナーでいっぱいだったからだ。

電車に乗る前に指輪の事を思い出し、駅ビルの宝飾店でチェーンを買った。あの指輪を首にかけておくためだ。仕事中にしていて、誰かにいろいろ聞かれるのも億劫だ。


 午後からは、私らしくもなく仕事がはかどらなかった。頭の中がドキドキとソワソワで溢れ返り、どうにも落ち着きを無くしていたようだ。

 営業部に書類を持って来た総務にいた時から仲良くしている後輩が、私の顔を見るなり、怪訝そうな顔をして、「どうかしたんですか?」と聞いて来た。

 そんな問いかけに、心を見透かされているようで慌てて言い繕う私に、ますます怪訝な顔をする後輩。

挙句の果て「先輩、欲求不満ですか?」などとのたまって自分の部署へ帰って行った。


 (はぁー、35歳にもなって、何をしているんだか)


 婚約者もいる元彼に誘われたぐらいで、オタオタして。初めてのデートでもあるまいし。

 いや、最後の晩餐なんだから。これできっぱり諦めるための儀式なんだからと自分に言い訳をする。

 それとも、こちらから迫って、子種でも頂こうか。いやいや、それこそ何を考えているんだか。やっぱり、欲求不満なのかもしれない。


2018.1.24推敲、改稿済み。

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