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#122:真実の重み(後編)【指輪の過去編・夏樹視点】

前編に引き続き、後編もアップさせて頂きます。

今回も指輪の見せる過去のお話の夏樹視点です。

次々に明らかにされて行く、親世代の真実。

その真実が夏樹と祐樹に、どんな重みを伴って影響されて行くのか……

どうぞお楽しみください。

でも、まだ終わりじゃないんです。

「証拠ならあるんだ」

 冷めかけた空気を、また煽る様に浅沼さんがポツリと言った。皆が一斉に浅沼さんの方を向く。

 ……証拠って?

 私は浅沼さんが何を言い出すのかと、また心臓がドキドキとし始めたのを苦しく感じていた。


「祐樹、あの指輪、持って来てくれただろう?」

 指輪!!

 やはりあの指輪が証拠になるのだろうか?


「ああ、でも父さん。夏樹がもしあの指輪の真の所有者だったとしても、それが親子である証拠にはならないんじゃないのか?」

 怪訝そうな顔で探る様に父親の表情を読む祐樹さん。

 そうだよね? 真の所有者だからと言って、血の繋がりを証明するものじゃないはず……。


「いや、夏樹ちゃんが真の所有者かどうかとは別の話なんだ。実はあの指輪は、失ったんじゃなくて、夏子…夏樹ちゃんのお母さんに結婚を申し込んだ時に渡したんだよ。それで、指輪は彼女の指に嵌める事ができた。彼女は真の所有者だったんだよ」

 浅沼さんは、母が語ってくれた事と同じ話をした。


「なんだって? じゃあどうして、夏樹のお母さんと結婚しなかったんだ? 真の所有者って、結婚する相手の事じゃないのか? 結局指輪にそんな力は無いって事なのか?」


「そうじゃないんだ。私も忘れていたんだが、指輪の真の所有者は……、次の後継者を産む女性なんだよ」

 え?

 次の後継者を産む女性?

 それはどう言う……事?

 

「はっ、そう言う事か。母さんの前で、どうしてそんなひどい事が言えるんだ。真の所有者じゃない母さんが産んだ俺は、後継者じゃないって言いたいのか? 夏樹の誤解を解くために来たって、夏樹がどんな誤解をしているのか分からないけど、要は夏樹が後継者だと言いたいんだ? 俺なんかよりずっとできる奴と結婚させて浅沼を継がせればいいだろ? どうせ俺と夏樹は、兄妹だから結婚なんかできないだろうからな」


 ゆ、祐樹さん……。

 怒りのあまりに立ちあがって、自分の父親に怒りをぶつけた祐樹さんの震える背中を、私は胸が締め付けられる思いで見上げた。そして、祐樹さんは、クルリと私の方に向き直ると私を見下ろして、今まで聞いた事の無い冷たい声で言った。


「夏樹、知っていたんだな? 俺達が兄妹だって言う事。それで、俺には何も言わずに、俺の前から姿を消すつもりだったんだ。夏樹は浅沼の後継者らしいから、俺が姿を消してやるよ」


 私はその冷たい声にぞっとした。

 え、ええっ? 祐樹さん、何を言っているの?

 祐樹さんはそう言うと、大股で部屋から出て行こうとした。みんな唖然として声も出す事も身動きさえできずにいたが、その時取り乱した雛子さんが、息子に追いすがった。


「祐樹、違うの! あなたと夏樹ちゃんは兄妹じゃない。 あなたと夏樹ちゃんの結婚のために今日は来たのよ。早まった事しないで!」

 

 ドアに向けて歩きかけた祐樹さんの背中が止まり、彼が振り返った。私はその様子を、まるで映画でも見ている様に見つめていた。


「母さん、どう言う事だよ? 夏樹が父さんの子供なら、異母兄妹だろ? それとも、やっぱり夏樹は父さんの子供じゃないって言いたいのか?」


「そうじゃない、そうじゃないんだ。そんな事を言いたくて来たんじゃない。おまえたちは兄妹じゃない。それに、浅沼の後継者は祐樹以外にいないじゃないか」

 浅沼さんは慌てた様に顔を上げると、強い調子で言いきった。

 兄妹じゃない?

 どうしてそう断言できるの?

 私の父だと……、指輪が証拠だと……、言ったんじゃなかったの?


 驚いて祐樹さんも私も浅沼さんの顔を見つめた。説明しようと口を開きかけた浅沼さんを制する様に、雛子さんが口を挟んだ。


「あなた、私に話させてください」


「雛子……いいのか?」

 浅沼さんの問いかけに、神妙に頷いた雛子さんは、改めて祐樹さんと私を見つめると、悲しみをたたえた優しい眼差しで、懺悔する様に話し始めた。


「この事は、私と雅樹さんだけの秘密で、私達は墓場まで持って行くつもりだったの。でも、この事を秘密にしている事であなた達二人が苦しむのなら、話そうと雅樹さんと決めたの。どうか、最後まで黙って聞いて欲しい。それで、この話を聞いたら、二人は違う意味で苦しい思いをするかもしれない。でも、幸せになるためだと思って聞いて欲しいのよ」

 雛子さんは、祐樹さんと私を見つめて、これから話す事の重大さを認識させるように、私達に聞く心構えを説いて聞かせた。雛子さんのいつにない真剣な表情と言葉に、私達はただ黙って頷いた。そして、祐樹さんは、話を聞くために再び椅子に座りなおした。


「以前に夏樹ちゃんには話した事があったけれど……、私と雅樹さんは、小さい頃から許嫁だったの。でも、お互い年も近くて、よく一緒に遊んでいたから、許嫁と言うより幼馴染か兄妹の様に育ったのよ。だから、私が大学に入った頃に、雅樹さんは許嫁なんて気にせずに好きな人と結婚すればいいからって言ってくれて、お互いに恋愛の相談をし合う様な仲の良い兄弟の様な感じだったの。そして、私も雅樹さんもお互いに恋人ができたのだけど、私が大学を卒業する頃、私達の結婚を本格的に進めようと言う事になって、私達は慌てたわ。まず、雅樹さんがご両親に結婚したい人がいるって話をして、反対されて、何度も説得していたわ。でもある時、お義父様が雅樹さんに黙って、相手の夏樹ちゃんのお母さんに身を引く様に言ったの。それで彼女は、雅樹さんの為に身を引いたんだと思うの。彼女は彼の前から姿を消した。彼女がいなくなった事に気付いた雅樹さんは、仕事も放り出して捜しまわったわ。でも、すぐにお義父様に見つかり、監禁されてしまった。監禁が解かれた後も常に監視が付いて……。それで、もうすぐにでも結婚させようって話になって、雅樹さんは私に恋人と逃げろって言ってくれたの。知り合いの別荘を借りてくれて、一旦そこへ身を隠せって……。それで、彼と待ち合わせをして駆け落ちする事にしたのよ。でも、待ち合わせの時間になっても、約束の場所に彼は現れなかった。彼は約束の場所に向かう途中で事故にあって、亡くなったってしまったの。……そして、その後、絶望したまま家に戻ったけれど、彼の後を追う事しか考えていなかった。雅樹さんが心配して何度も私の所へ来てくれて、何度も自殺しようとする私を止めてくれた。それなのに……、何度目かの自殺未遂でとうとう病院のお世話になって、夏樹ちゃんのお母さんの様に妊娠している事が分かったのよ。私の両親は、父親は雅樹さんだと思ったの。雅樹さんが違う人と結婚したいと言ったから、私が自殺未遂をしたんだと、両親は思ったみたいで……。それで、雅樹さんは私の両親に結婚するって言ったのよ。そして私に、夫婦にはなれなくても、生まれて来る子供と三人で、家族にはなれるんじゃないかって、言ってくれて……。私は雅樹さんの優しさに縋り付いてしまった」

 ここまで話して、雛子さんは手に持っていたペットボトルのお茶を飲んだ。祐樹さんが何か言おうとしたけれど、雛子さんは黙って首を振った。まだ話は続くらしい。


 兄妹じゃ無かった。その事がどんなに私を安心させたか……。

 『一生一度の恋』だと言った雛子さん。祐樹さんの父親はその恋の相手だった。

 どう受け止めたらいいのだろう?

 亡くなったその父親の代わりに、祐樹さんの父親になった浅沼さん。

 私は浅沼さんを責められない。浅沼さんの後ろにある家や会社が怖くて逃げだした母の事も恨めない。二人が結婚しなかったからこそ、私は祐樹さんに出会えたのだもの。


「私は祐樹を産んだ後、出血が止まらなくて子宮を摘出したの。私は罰があたったんだと思ったわ。そして、雅樹さんの子供を、浅沼の血を受け継ぐ子供を産む事ができないんだと思った時、なんて事をしてしまったんだろうかと怖くなったの。すぐに雅樹さんに離婚して欲しいって、何度もお願いしたの。でも、雅樹さんは、祐樹は私の子供だと言って、けして離婚する事を許してくれなかったの。夏樹ちゃん、あなたとあなたのお母さんに、何と言ってお詫びをしたらいいか分からないの。でもね、あなたと祐樹が結婚してくれたら、今度こそ本当の家族になれる気がするの。だから、お願い。祐樹と結婚して欲しいの」

 雛子さんはここまで言うと、感極まった様に両手で顔を覆って泣いているようだった。


「雛子、それは違う。雛子の所為じゃないって、何度も言っているだろう? 私が祐樹の父親になりたかったんだ。祐樹が生まれて本当に嬉しかった。あの時の感動は、今でも覚えているよ。……夏樹ちゃん、君にも夏子にも悪い事をしたと思っている。だけど、運命だったんだと思うんだ。そして、君は浅沼へ戻って来てくれた。君の様な娘がいたらいいなと思っていた事が、本当になるなんて、こんなに嬉しい事は無いよ」


「ちょっと待ってください。私は浅沼家へ戻りたいとか思っていません。私の両親は、佐藤の両親です。それに、私は父がいなくて淋しい思いや辛い思いはしませんでした。母はいつも楽しそうでしたし、佐藤のおじさんやおばさんも傍にいてくれたし……。私と母に悪い事をしたなんて思わないでください」

 私は、浅沼さんの一方的な罪悪感に腹が立った。まるで私達が不幸だったみたいじゃないか。


「父さん、母さん……。結局自分達が周りを欺いた事に対する罪の意識を紛らせたくて、俺と夏樹を結婚させたいみたいじゃないか。俺達は、母さんや父さんの為にじゃなく、ましてや浅沼の為に結婚するんじゃない。……で、俺は、浅沼の血を引く夏樹の相手として、合格なのか?」

 祐樹さんは怒りのこもった眼差しで両親を睨むと、皮肉な言い方をした。

 祐樹さん……。

 父親だと思っていた人が、本当の父親じゃないって分かった事の方が、私よりずっとショックなはずだ。

 私は単純に兄妹じゃなくて良かったと喜んでいたけど、祐樹さんの気持ちを全然考えていなかった。


「祐樹、私はおまえの本当の父親だと思っている。おまえはこれまで同様、これからもずっと浅沼家の長男だよ。血の問題じゃない」

 

「でも、実際は違うだろう? お祖父さんが知ったら、きっと俺を追い出すんじゃないかな?」


「会長に言うつもりはない。この事は、ここにいる者の胸に秘めておいて欲しい。それに、たとえ会長が知ったとしても、可愛がって期待をしていたおまえを追い出すはず無いじゃないか」


「そんな事言っても、父さん達は自分達が犯した罪を俺達の結婚で浄化しようとしているだけじゃないか。俺達の気持ちを踏みにじって、結局家の為に結婚させようとしているだけじゃないのか?」

 私は祐樹さんの言葉を聞いて、祐樹さんが私の想像以上に傷ついている事に気付いた。なのに……。私には祐樹さんに賭ける言葉が見つからなかった。


「違う。私はおまえたちに幸せになって欲しいだけだ。祐樹だって、夏樹ちゃんと結婚したいと思っているんだろう?」


「………今は何も考えられない。しばらく一人で考えさせて欲しい」

 祐樹さんはそう言うと、立ち上がって再び病室を出て行こうとしている。


「祐樹さん、待って……」

 

「夏樹、ごめん」

 背を向けたまま、祐樹さんはそう言うと、病室を出て行った。

 どうして?

 どうして……兄妹じゃないって、結婚できるって……、それだけじゃだめなの?



2018.3.1推敲、改稿済み。

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