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#121:真実の重み(前編)【指輪の過去編・夏樹視点】

今回も指輪の見せる過去のお話で、夏樹視点になります。

いよいよクライマックスの大詰めです。


「夏樹ちゃん、申し訳なかったね。君を追い詰めてしまって……。君が恐らく今苦しんでいる事は、誤解だと思うから、それを説明に来たんだよ」

 浅沼さんの優しい言葉に、私は顔を上げた。

 ……何が誤解だというのか?

 ……私が浅沼さんの子供かも知れないと言う事が?

 浅沼さんは、私の母が「御堂夏子」だと気付いても、まさか娘だとは分からないはず。母が妊娠した事を知らないはずだから……。

 それとも、指輪の事だろうか? 浅沼家の指輪だと言う事が誤解なのだろうか?

 今更、関係無いけれど……。


「父さん、どう言う事だよ?」

 祐樹さんが怪訝な顔をして父親に疑問をぶつける。

 本当に、浅沼さんは何が言いたいのか。


「まあ、落ち着きなさい。これから話す事は、君達二人にとって、とても重要な事なんだよ。だから、話の途中で勝手な判断したり、最後まで聞くのを嫌がったりしないで欲しいんだ。口を挟まずに最後まで聞いてくれると約束してくれるかな?」

 やっぱり……、浅沼さんは気付いてしまったのだろうか?

 私が浅沼さんの娘だと告げるつもりなのだろうか? そして祐樹さんと兄妹だと……。

 

 私は首を振った。「聞きたくない」と耳に手を当てて俯いて目を閉じると、さらに首を振って、全てを拒絶した。

 私の隣にいる祐樹さんの私の名を呼ぶ声が、とても遠く聞こえる。 

 その時、膝の辺りに温かさを感じて、薄っすらと目を開けると、私の前に雛子さんがしゃがみ、私の膝に手を置いて、私の顔を覗き込むように優しい声で「夏樹ちゃん」と呼びかけた。


「夏樹ちゃん、ごめんなさいね。突然押しかけて、あなたを戸惑わせて……。私達はあなたを傷つけようとか、苦しめようとか、悲しませようとか思っていないのよ。夏樹ちゃんが苦しんでいるのを助けたくて来たの。だから、今から話す事を聞いて欲しいの。……夏樹ちゃん、一番悪いのは私だと思うのよ。元はと言えば、夏樹ちゃんをこんなに苦しめているのは、私の所為なのよ……」


「雛子、それは言わない約束だろう?」

 雛子さんの自虐的な言葉を、浅沼さんが(たしな)める。

 この二人は何を言っているのだろうか?

 雛子さんの所為? 

 

 もしかして……、浅沼さんの昔の恋人が私の母かもしれないって、雛子さんは知っているの?

 浅沼さんと結婚した雛子さんは、母から浅沼さんを奪ったと、罪悪感を持っているの?

 私は頭の中でそんな問いかけをしながら、ぼんやりと雛子さんを見つめていた。


「とにかく、夏樹ちゃん。今から話す事、最後まで聞いて欲しいの。夏樹ちゃんと祐樹が幸せになるためだから……」


「私と祐樹さんが幸せになるため?」


「夏樹ちゃん、あなた、このままだと祐樹の前から姿を消すつもりでしょう?」

 あなたのお母さんと同じように、と、言われた気がした。

 どうして……、わかったの?

 雛子さんは何を知っているの?


「夏樹、どう言う事なんだ?」

 私は茫然としたまま、祐樹さんの方を向いた。彼が発した言葉の意味も、雛子さんが言っている事も、私の頭の中を素通りして行くだけだった。


「雛子、夏樹ちゃんを追い詰めたらダメだろう? 祐樹も……。とにかく話をさせて欲しい。夏樹ちゃんにも、祐樹にも分かるようにきちんと説明するから……。この話をしない事には、おまえたち二人は前に進めないんだよ」


 祐樹さんは、分かったと頷いた。そして、私の手を握ると「とにかく話を聞こう」と優しく話しかけてくれた。

 話を聞かないと前に進めないって……。私達に未来はあるの?



「まず、佐藤さんと夏樹ちゃんに確かめたい事があるんだ」

 浅沼さんは、私の方を見た後、玲子おばさんに向き直って、そう語りかけた。玲子おばさんも、神妙な顔をして、「はい」とゆっくりと頷いた。私はどんなリアクションもできないまま、ぼんやりと浅沼さんの方を見ていた。


「佐藤さんは、夏樹ちゃんの本当のお母さんじゃありませんね?」


「はい。夏樹ちゃんは私の親友の子供で、彼女が亡くなった後、養子縁組しました」


「では、夏樹ちゃんの本当のお母さんは、御堂夏子と言う女性ではありませんか?」

 浅沼さんの質問に、玲子おばさんは驚いた顔をして「どうしてそれを……」と言った。

 やはり、浅沼さんは知っていたのだ。

 もう私は驚かなかった。ただ、目の前で交わされる会話を聞くともなしに聞きながら、ぼんやりと二人の様子を視界の中に入れていた。


「どうして知っているかは、後で説明します。今は私の質問に答えてくれませんか? それで、佐藤さんは、夏樹ちゃんの本当の父親について、何か知っていますか?」

 玲子おばさんは、この質問に首を横に振った。そして、しばらく逡巡した後、悲しそうな顔をした。


「夏子は、ある日突然仕事を辞めて私の所へやってきました。魂が抜けた様に無気力な彼女を、しばらく私の家で様子を見ていました。何を聞いても彼女は答えてくれませんでした。そして、私と主人が出かけている隙に彼女は大量の薬を飲んで倒れていました。発見したのが早かったので、大事には至りませんでしたが、その時入院先で、妊娠している事が分かって、私は父親が誰なのか問い詰めましたが、彼女は決して言いませんでした。相手の人に迷惑をかけるからと……。私はその時思ったんです。もしかしたら、不倫だったんじゃないのかと……。でも、妊娠が分かってから、彼女は変わりました。生きる目的を見つけた様に、愛する人の子供が産めると喜んでいたので、私はもう父親の事を訊くのを諦めました。彼女が少しだけ父親の事を話してくれたのは、彼女が病気でもう助からないと分かってからです。私に夏樹ちゃんを養子にして欲しいとお願いすると共に、夏樹ちゃんを都会に行かせないで欲しいと言う事と、夏樹ちゃんが身分違いの恋をしそうなら、止めて欲しいと、お願いされました。自分と同じ思いはさせたくないと、その時初めて相手の人がお金持ちの息子さんで、周りから反対されて身を引いたのだと聞きました。私が知っているのはそれだけです」


 玲子おばさんが、辛そうな顔をしながら説明している間、私はぼんやりと浅沼さんを見ていた。浅沼さんは膝の上に置いた手を、母が自殺未遂をしたあたりの話を聞いた時、爪が食い込む程ぐっと握りしめていた事に気付いた。玲子おばさんの話が終わっても、しばらく浅沼さんは手を握りしめたまま、視線を彷徨わせていた。そんな浅沼さんを見て、玲子おばさんは何か気付いた様にまた口を開いた。


「もしかして……そのお金持ちの息子さんって、あなただったんですか?」

 玲子おばさんのその質問は、一瞬にして病室内を凍りつかせてしまった。玲子おばさんはその質問の本当の意味を分かっているのだろうか? 私の心臓は浅沼さんの反応を想像して、鼓動を徐々に早め出した。そして、浅沼さんは一瞬驚いた顔をしたが、覚悟を決めた様に口を開いた。


「そうです。知らなかった事とは言え、佐藤さんにも夏樹ちゃんにも大変辛い思いさせてしまいました。本当にすいませんでした」

 浅沼さんがそう言って頭を下げた途端、祐樹さんが浅沼さんを睨んで、「ちょっと待てよ」と声を荒げた。


「父さん、それはもしかして……、夏樹の父親は、父さんだと言っているのか?」


 心臓が飛び出さんばかりにドキドキととても早く打っている。祐樹さんの言葉を聞いて、ますます暴走し始めた。このままでは、私の心臓は爆発してしまうかもしれない。私は思わず「違います」と叫んでいた。


「母が……父は亡くなったと……言っていました。だから、浅沼さんじゃありません」


 私の剣幕に皆が驚いて、一斉にこちらを見た。浅沼さんと雛子さんは何処か辛そうに「夏樹ちゃん」と呼ぶともなしに呟いて、何も言えずにこちらを見つめている。祐樹さんも「夏樹」と呼んだまま、まだこの現状を上手く理解できていないのか、困惑した表情でこちらを見ていた。その時、同じように困惑した表情をしている玲子おばさんが、私に問いかけて来た。


「夏樹ちゃん、夏子から聞かなかったの? 本当のお父さんは生きているって……。夏子は夏樹ちゃんにも話したって言っていたのに……」

 

 ああ……玲子おばさんは、私の気持ちなんて分からないから……。私は何とも答える事ができず、ただ左右に首を振った。

 病室の空気はますます冷えて凝固していくような感じがして、誰も言葉を発する事の出来ない雰囲気が漂い始めた。こんな雰囲気にしてしまったのは自分だと分かっていたけれど、逃げ出す事もできず、ただ、俯いて床の一点を見つめ続けていた。

 その時、隣から手が伸び、私の手を優しく包む暖かさに気づき、そちらを見上げると、祐樹さんと目が合った。彼の氷を溶かすような暖かい眼差しが私を包むと、逃げる事ばかり考えていた自分が恥ずかしくなった。そして、彼は「大丈夫だから」と自信に満ちた表情で私に笑いかけた。


「父さん、もう一度聞くけれど……、父さんが結婚する前に付き合っていた女性は、夏樹の本当の母親だと言うのは間違いないんだね?」


 場の凍りついた雰囲気に固まっていた浅沼さんが息子の突然の問いかけに、ビクリと肩を震わし息子の方へ視線を向けると、落ち着いた声で「そうだ」と答えた。


「じゃあ、夏樹の父親は自分だと思っているの?」

 祐樹さんのストレートな問いかけに、私の心臓は大きく飛び跳ねた。玲子おばさんは、この雰囲気をまだ理解できないのか、唖然とした表情のまま、この場の推移を見守っているようだ。雛子さんは、浅沼さんと息子のやり取りを、心配気な顔で見つめている。私は、ぎゅっと握りしめられた手から感じる彼の温かさに、迫りくる不安をやり過ごすべく縋り付いていた。


「分かっている事を考え合わせれば、そうとしか思えない。でも……」

 浅沼さんは戸惑った様な表情で、言いあぐねた。

 でも……何なのだ? 私が娘だと認めると、祐樹さんと兄妹になってしまうと言いたいのか……

 私の中の黒い感情が、そんな浅沼さんを責め始める。


「祐樹、お父さんの辛い気持も分かってあげて。お父さんはね、夏樹ちゃんが実の娘だったら、こんなに嬉しい事はないと思っているのよ。でも、それを認めると、自分が許せなくなるのよ。愛する人と自分の娘を、知らなかったとは言え、幸せにできなかったと……。でもね、何もかも悪いのは私なの。だから、夏樹ちゃん、雅樹さんを恨まないでやって欲しいの」

 雛子さんは、辛そうな顔をして、祐樹さんと私の方に向かって謝罪するように話した。

 

 え? 自分が許せない? そんな……浅沼さんは知らなかったんだから……。子供ができた事を言わなかった母の方が悪いのに……。

 玲子おばさんの話を聞いたあたりから、急に黙り込むようになった浅沼さんの様子を窺う。

 お母さんが自殺未遂までした事、ショックだったの? 

 一人で子育てして、早くに亡くなった母に対して、申し訳ないと思っているの?

 心の中で浅沼さんを責めた自分が、酷く狭量に感じて、居た堪れなくなった。


「雛子、私の事はいいんだ。それよりも、自分の所為だなんて言わない約束だろう?」

 浅沼さんは、雛子さんが自分を責める度に同じ事を言って雛子さんを諫める。


「父さん、夏樹のお母さんは、父さんと別れてから別の人との間に子供ができたって事も考えられるだろう?」

 祐樹さんは、父親が別の可能性もあるのじゃないかと言う。その言葉に私はカッとなって、彼の手を振りほどき、感情のままに言葉を吐きだした。


「お母さんは、そんなにすぐに気持ちが変わるような人じゃない。亡くなる間際も、浅沼さんの名前を呼んでいたのに…………あっ」

 私はここまで言って、自分の吐きだした言葉の意味に気付き、手で口を押さえた。


「夏樹……」

 反論した私の名を呟く様に呼んだ祐樹さんの表情は、酷く悲しげだった。


「夏樹ちゃん、それは……本当か?」

 私の言葉を聞いて、驚いた表情をした浅沼さんは、顔を歪めて探る様に私に問う。


「やっぱり夏樹ちゃんは、気付いていたんだね」

 続けて雛子さんが、ポツリと言った。


「夏樹ちゃん……、夏子からお父さんの名前聞いていたの?」

 そして、今まで様子を窺うように傍観していた玲子おばさんが、口を挟むように私に訊いた。


「お母さんが教えてくれたわけじゃないの。亡くなる前、救急車の中でもう意識が朦朧としていて、うわ言の様に言っていたの。まさきさん、ごめんなさいって……。それが父の名前だと言う事は分かったけれど、その名前の人が浅沼さんの事かも知れないって気付いたのは、まだ最近なの……」

 私の話を聞いて、浅沼さんは「ああ……」と言って両手で顔を覆うと俯いてしまった。


「そう……夏子が付き合っていた人が浅沼さんだと分かったけれど、夏樹ちゃんが浅沼さんの子供だと言う証拠は何も無い訳でしょう? 証言できる夏子はもういない訳だし、夏子から聞いた話の断片から考えたら、そう思うのが普通かもしれないけど……。夏子が愛する人以外の人と関係を持つなんて考えられないけど……。それでも、そんなに安易に親子だと決めつけてもいいのかしら? DNA鑑定した訳でもないのに……」


 玲子おばさんの冷静な感想に、私は頭を殴られた様な気がした。

 そう、浅沼さんがお父さんだと言う直接的な証拠は何も無いのだ。

 母が言った言葉を、そのまま鵜呑みしただけ。

 自分がいかに感情的に考えていたかを思い知らされた。それは、私以外も同じだったようで、さっきまでの興奮が一気に冷めて行くように、皆唖然とした表情で玲子おばさんの言葉を聞いた。当事者はどうしても感情に左右されて、物の本質が見えにくくなるのかも知れない。


「証拠ならあるんだ」

 冷えた空気を煽る様に、浅沼さんはポツリと言った。


2018.3.1推敲、改稿済み。

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