表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/125

#120:歓迎しない見舞い客【指輪の過去編・夏樹視点】

お待たせしました。

今回も指輪の見せる過去のお話の夏樹視点になります。


故郷で養母の付き添いをしている夏樹の元に

やって来たのは……?


いよいよお話はクライマックスへのカウントダウンです。

「どうして……」

 病室の入り口に立つその人を見て、私は凍りついた。


「夏樹……」

 昨夜電話越しに聞いた声が、私の名を呼ぶ。


 ……これは、幻?


「夏樹ちゃん、おはよう」

 強張った表情をした彼の後ろにいた浅沼さんが、対照的な優しい笑顔で挨拶をした。その隣にいた雛子さんも同じように笑顔で挨拶をする。


「どうして、ここに……」

 どうして、この病院だとわかったのだろう? もしかして……舞子? 舞子が祐樹さんに話したの?

 どうして、祐樹さんだけじゃ無く、浅沼さんや雛子さんまで……。


「息子の大事な人のお母さんが入院しているんだから、お見舞いに来るのは当たり前だろう? それに、私達も挨拶をしたかったからね」

 浅沼さんは、優しい笑顔のままにそう答えた。隣で雛子さんも頷いている。

 私はぼんやりと笑顔の二人を見つめていたが、二人の言っている事は耳を通り抜けて行くだけで、頭が理解しようとしない。そしてもう一度、緊張気味で目を泳がせている祐樹さんの方を見て「昨夜何も言って無かったのに……」と心で呟いたつもりの言葉が、口から零れていた。彼はハッとしたように私を見たが、すぐに言葉が出ないようだった。


「夏樹ちゃん、祐樹にはどこへ行くか知らせずに連れて来たんだよ」

 浅沼さんは、私の疑問に祐樹さんの代わりに答えた。

 えっ?

 どう言う事?

 じゃあ、浅沼さんは私の母がここに入院している事を知っていたの?


「夏樹ちゃん、どなた? 入ってもらいなさい」

 病室の入り口で話をしているだけで入ってこようとしない私達に痺れを切らしたのか、玲子おばさんが私達の方へ声をかけた。

 その声が私を現実に引き戻した。ここは病院。そして、玲子おばさんがいる。祐樹さんの事を何も知らない玲子おばさんに、何と言って紹介すればいい?

 今更帰ってとも言えない。遠い所を朝早くから来てくれたのだろう。祐樹さんは何も知らないままここへ来たから、そんなに緊張した表情をしているの?

 私の頭の中でいろいろな思いがグルグル回る。


「夏樹ちゃん?」

 もう一度玲子おばさんが私の名を呼ぶ。

 私は「はい」と答え、覚悟の様な諦めの様な溜息をそっと吐くと「どうぞ」と言って、三人を玲子おばさんのベッドへ導いた。

 何と紹介すればいいかと躊躇していると、祐樹さんが一歩前に出た。


「はじめまして、夏樹さんと結婚を前提にしてお付き合いさせて頂いています浅沼祐樹です。こちらは父と母です。事故にあわれて入院されたと聞いたものですから……。突然おじゃましてすいません」

 あ……、私の頭の中は真っ白になった。玲子おばさんが驚いた顔をして私を見る。こんな時、穴があったら入りたい。いや、今この瞬間に自分の存在を消し去りたい。


「佐藤さん、はじめまして。突然大勢で押し掛けてすいません。息子の大事な人のお母さんが入院されたと聞いて、お見舞いに来ました。ご挨拶もかねて……」

 浅沼さんが、驚いている玲子おばさんに、追い打ちをかけるように言葉をかける。そして、こういう者ですと名刺を差し出した。玲子おばさんはその名刺を受取って、名詞に書かれた肩書と名前を認識すると、顔をしかめた。それから、顔を上げると私の方を怪訝な表情で見た。


「夏樹ちゃん? どう言う事?」


「あ、あの……、玲子お………お、おかあさん。ご、ごめんなさい」

 私はすっかり動揺していた。何を言っても墓穴を掘りそうで……。玲子おばさんと言いかけて、ハッと我に返って、今まで呼んだ事の無いお母さんと呼びかけ直す自分が、浅ましくて……。

 こんな私の様子を見て、現状を理解したのか、玲子おばさんは一つ息を吐くと、顔を浅沼さん達の方へ向けた。


「遠い所を朝早くから来て頂いて、ありがとうございます。夏樹ちゃんから何も聞いていなかったので驚いてしまい、不躾な態度で申し訳ありませんでした。夏樹ちゃんが幸せになる事でしたら、私共の方もとても嬉しい事です。どうぞよろしくお願いします」

 そう言って、玲子おばさんはベッドの上から頭を下げた。「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」と浅沼さんが返すと、雛子さんが手に持っていたお見舞い用のアレンジフラワーの籠を「これお見舞いなの……」と私の方へ差し出した。私はぼんやりと差し出されたアレンジフラワーを綺麗だなと思いながら見つめる。この現状から逃げ出したい私の意識は、私の体から抜け出し彷徨い始める。

「夏樹ちゃん?」と雛子さんに問いかける様に呼ばれて、突然私の意識は私の体の中に引き戻された。我に返り声の主の方を見ると、雛子さんが首を傾げて私を見ていた。

 

「あ、ありがとうございます」

 戸惑いながらもそのお見舞いの品を受け取ると、どこへ置こうかとキョロキョロと狭い病室中に視線を彷徨(さまよ)わせ、今はベッドの足もとまで移動させているベッド用のテーブルの上に置いた。私がそうしている間に玲子叔母さんもお礼を言っていた。


「夏樹ちゃん、皆さんに椅子とお茶をお出しして」

 立ったままぼんやりしていた私に、玲子おばさんの指示が飛ぶ。「おかまいなく」と言う浅沼さんの言葉を聞きながら、重ねて置いてあった丸椅子を並べ勧めると、冷蔵庫から来客用に用意してあったお茶のペットボトルを三人に差し出した。ベッドの横に並べられた丸椅子には、玲子おばさんに一番近い所から、浅沼さん、雛子さん、祐樹さん、私と言う順番で座った。

 玲子おばさんと浅沼さん夫婦が、事故の事や怪我の状態などの話をしている時、祐樹さんが私の方を見て「夏樹」と呼んだ。

 

「俺の事、お母さんには話していなかったんだ。それは、俺の家の事で反対されると思ったからか?」

 祐樹さんは私にだけ聞こえるように、私の耳に口を近づけ、声を抑えてボソボソと問いかける。私は彼の質問の意味がようやく分かると、彼の方に顔を向けた。彼のあまりにも真剣な表情を見て、胸が痛くなった。

 こんなに真剣な彼を裏切ろうとしている私。

 それは……、禁断の恋よりも罪な事だろうか?


「ご、ごめんなさい」

 私は肯定とも取れるような謝罪の言葉しか、今は口にできなかった。


「夏樹ちゃん」

 さっきまで浅沼さん達と話をしていた玲子おばさんが、真っ直ぐに私を見ていた。私が「はい」と返事をすると、少し戸惑った様な表情をした。

 玲子おばさんは、いきなり現れた祐樹さん達を見てどう思ったのだろう?

 私が嘘をついていた事を、どう思ったのだろう?

 きっとがっかりしたに違いない。今までお世話になりながら、話さないどころか、嘘で誤魔化すなんて……。


「夏樹ちゃん、祐樹さんとはいつからお付き合いしているの?」

 玲子おばさんは無理に張り付けた様な笑顔で、私と私の隣に座る祐樹さんの方を見て、訊く。

 ……お付き合い?

 ……お付き合いなんてしていたっけ? 付き合ってくれって言われていない。


 私は何と答えていいか分からず、思わず祐樹さんの方を見た。


「あの……、知り合ったのは二年半ほど前ですが、一年ぐらい前から、二人でよく食事に行くようになって、二週間前に結婚を申し込んだんです。それまでは、付き合っていた訳じゃないけれど、お互い同じ気持ちだと思っていました」

 戸惑っていた私の代わりに、祐樹さんが答えた。

 『お互い同じ気持ちだと思っていました』って、祐樹さんはそんな風に思っていたんだ。

私の気持ちってバレバレだったの?

祐樹さんも私と同じ気持ちなの?

 またグルグルと頭の中を誰も答えない疑問が渦巻く。今更こんな事考えたって……。

 そして再び「夏樹ちゃん」と、私の名を呼ぶ玲子おばさんの声に、また現実へと引き戻された。


「それで……夏樹ちゃんは、結婚の申し込みを受けたのね? それじゃあ、仕事を辞めるって言うのは、結婚のためなの? でも……」


「れい……お、おかあさん」

 私は玲子おばさんの話を止める様に途中で呼びかけた。その声はやけに大きな声だったので、祐樹さん達が驚いて私を見た。


「お、おかあさん、又その事は後でゆっくりと話すから……」

 玲子おばさん、何を言うつもりなの? 祐樹さんや浅沼さん達の前で……。

 私は焦った。玲子おばさんの口を封じなければ……。

 

 私……いったい何をやっているのだろう?


「夏樹ちゃん、後からって……。私には本当の事を話せないの?」

 玲子おばさんが、私を見つめてそう問いかけた。


 やめて、やめて……それ以上言わないで……。


「お、おかあさん! だから……後からきちんと話すから……」

 私は益々焦った。


「夏樹、お母さんの言いつけを守らなかったから言いにくいのかもしれないけど、今なら俺も両親も一緒にお願いできるから、何もかもお母さんに言った方がいいよ」

 祐樹さんは、誤解したまま、私に優しく言う。

 そうじゃない、そうじゃないの……。

 私は首を左右に振った。


「夏樹ちゃん、この一週間、夏樹ちゃんが娘で良かったって、喜んでいたの。でも、私は本当のお母さんじゃないから、結婚なんて言う大事な事も話してもらえないの? 結婚なんて考えてないって嘘まで言う程、私に話したくなかったの? 夏樹ちゃん、何を隠しているの? あなたも夏子みたいに、辛い事は全部自分一人で抱え込んで、人にはいい顔しか見せないつもりなの? 私ではあなたの本当のお母さんになれないの?」


 玲子おばさんは、少し興奮したように、心の中に溜まっていた疑問をすべて吐き出した。そして、その答えを私に求める様に、真っ直ぐ私を見つめていた。


 ……ああ……もうお終いだ。浅沼さんは気付いていてしまっただろう。


「本当のお母さんって?」

 何も言えずに固まっていた私を見て、祐樹さんが硬い表情で聞いた。私はゆっくりと祐樹さんの方へ顔を向けると、不審気な彼の探るような眼差しにぶつかった。私の頭の中は、もう真っ白になり、何も考えられなかった。


「夏樹ちゃん。……あなた、結婚の約束までした人に、自分の親の事話していないの?」

 

 もうやめて! 私に訊かないで!! 私を責めないで!!!

 私は視界から全てを遮断するように両手で顔を覆った。逃げ場のない私は、自分の中に閉じこもる事しかできなかった。


「佐藤さん、落ち着いてください。私が今日来たのは、佐藤さんのお見舞いもありましたが、一番の目的は夏樹ちゃんの誤解を解くために来たんですよ」

 遠くの方から落ち着いた浅沼さんの声が、閉じこもった私の耳に優しく響いた。


 



2018.3.1推敲、改稿済み。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ