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#118:親父の気持ち【指輪の過去編・祐樹視点】

随分長くお待たせしてすいませんでした。

今回は、指輪の見せる過去の話の祐樹視点です。時系列では前回の雅樹視点の続きから、祐樹視点でのお話になります。

指輪の事と父親の結婚に関するあれこれ……


今回は少し長めです。

「本物の浅沼家の指輪……」

 俺は手の中の指輪を見つめて、ひとり呟いた。


 この指輪の内側にある刻印を見つけて、興奮して親父に電話をしたけれど、結局肝心な事は何も分からず、上手く誤魔化された様な気がする。


『もしも夏樹が真の所有者だったら、浅沼家にとって夏樹はどんな立場だと考えたらいいんだ?』


『夏樹ちゃんが真の所有者だったら……。祐樹と夏樹ちゃんは運命の出会いだったのかもしれないな』


 先程の親父との電話で、最後にそう答えた親父は、その後そそくさと通話を終わらせた。俺の中にはまだ未消化の疑問や疑惑が渦巻いていると言うのに、余計に消化不良にされてしまった様な気がする。


 運命の出会いって、なんだよ。そんな言葉で誤魔化されないぞ。

 親父は真の所有者じゃないお袋と結婚しているじゃないか。

 そして俺は、二十歳の誕生日に後継者のしるしでもあるこの指輪を渡されていない。

 俺もお袋も浅沼家に伝わる指輪とは何の関係も無いじゃないか。


 この指輪って意味があるのか?


 そう思いながらも、この指輪を夏樹が持っていた事に何か意味があるように思えて……。いや、そう思いたいのかも知れない。親父が言ったように、俺と夏樹の出会いは運命なのだと……。


           *****


 翌日の金曜日、秘書の刈谷と一緒に大阪支社に視察の名目で来ていた。本当の目的は俺自身のお披露目だ。大阪支社の上層部と主な取引先への顔見せとでも言うのか、次期後継者を巡る派閥争いへの牽制なのか。親父の本当の思惑は分からない。

 大阪支社の営業部長に伴われて、駆け足で取引先への挨拶回りをこなして行く。こうして忙しくしている間は、夏樹にまつわるいろいろな事を忘れていられるので助かった。

 昼食を終えてコーヒーをゆっくりと飲んでいる時、マナーモードの携帯が震えた。携帯を取り出して「失礼」とその場を離れ、トイレの近くにあった喫煙コーナーで電話を繋ぐ。


「祐樹、今電話をしていてもいいか?」

 いきなり会話を始めたのは、圭吾だった。圭吾からの電話は、昨日の今日で心待ちにしていた夏樹の事だろうと思った。


「ああ、少しなら」


「夏樹さんの事だけど……。この前の日曜日にお母さんが事故にあったらしい」


「えっ?」

 事故?


「自動車事故らしいが、命には別状ないらしい。夏樹さんは実家へ帰っているんだよ。お母さんの付き添いをしているらしいよ」


「そうか……」

 俺は心底安堵した。バカみたいにネガティブになっていた自分に苦笑してしまう。だけど、どうしてその事を夏樹は連絡してこない。仮にも婚約者の母親なら、俺にとってもいずれ母親となる人、知らせてくれたって……。


「祐樹、夏樹さん携帯電話を水没させてしまって、誰にも連絡できなかったらしいよ。会社にだけは連絡を入れたらしいけど……」

 えっ? 水没?

 俺は一瞬呆然となった。圭吾に名前を呼びかけられて我に返ると、俺はクックと笑い出した。


「悪い。あまりに自分がシリアスに考えすぎていたから……」

 月曜日から今日までの自分の思考と行動を思い返すと、恥ずかしさで穴があったら入りたい気分だ。最悪なのは、祖父さんに夏樹の事をばらしてしまった事。

仕事だったら冷静に対応できるのに……。自分のあまりのヘタレ加減に、俺は笑うしかなかった。


「それはそうだよ。夏樹さんがショックを受けていた後で連絡つかなかったら、誰だって悪い方に考えるよ。でも、良かったよ。夏樹さんのお母さんには申し訳ないけど、ホッとしたよ」

 そう言って圭吾は安堵の息を吐いた。


「ああ、そうだな。舞子さんは、夏樹と直接連絡が取れたのか?」


「いや、会社へ電話して、以前の同僚から聞いた話だよ。夏樹さんは昼間ずっと病院に居るから、携帯を新しくしても電源を切っているらしいよ。用があれば、自宅の留守電へ伝言を入れてくれと言う事だったから、もう伝言を入れていると思うよ。夏樹さんから電話があったら、祐樹の携帯の番号を知らせて、電話するように言おうか?」


「そうしてくれるかな? よろしく頼むよ」


          *****


 土曜日の午後、帰りの新幹線の中で俺は昨夜の事を思い返していた。昨夜は大阪支社の重役たちとの会食の後、支社長の誘いで飲みに行った。


「私は浅沼社長と同じ大学の同級生なんだよ」

 支社長はそう説明しながら、「あの浅沼社長に君の様な大きな息子がいたなんてな……」と苦笑交じりの顔で言われた。

 親父の同級生?

 俺は祖父さんにばかり付いていた所為で、親父の事を何も知らなかった事に気付いた。知っている事と言えば、祖父さんに訊かされた親父の結婚に関する話と、圭吾の父親と幼馴染だと言うことぐらいか。


「そうですか」と相槌を打って支社長の方を見れば、グラスを持ったまま遠い目をして、大学時代の記憶を手繰り寄せようとしている支社長の横顔があった。


「浅沼は大学時代、貴公子と呼ばれていたんだよ」


「貴公子、ですか?」

 意外な話の展開に、思わず訊き返していた。


「そう、貴公子。 あの浅沼コーポレーションの御曹司で、見た目も頭も良かったし、人当たりも良かった。女も男も彼に憧れたものだ。でも、どこか高貴な感じがして、おいそれと近づけない雰囲気があったんだよ。あれだけ背も高くてスラリとして顔も整っていたら、女性が放っておかないけれど、よっぽど自信のある様な奴じゃないと近づけなかったし、近づいた奴でもやんわりと断られていたから、女性のあしらいは上手だったな。それに、許嫁がいると言う噂があったから、余計に皆は指をくわえて見ているだけだったしな」

 親父の大学時代なんて想像もできないけど、親父は許嫁だったお袋一筋という訳じゃ無かっただろうに……。


「父は外面が良かっただけですよ」

 

「いやいや、本当に浮いた噂も聞いた事無かったよ。それでもそんな浅沼を見ていて、決められたレールを走らされている彼がいつも可哀そうだと思っていたよ」


「可哀そう?」


「ああ、可哀そうと言うか、大変だなって思っていたよ。人の目のある所では気も抜けなかっただろうし、自由な恋愛や友達付き合いも思うようにできないだろうし、なによりも結婚や仕事と言う人生そのものを会社のためにささげている様でな……」

 この支社長、親父の事をそんなふうに見ているのか? 社長の親父に同情しているって言うのか?


「父はそんな同情される様な人生を送っている訳ではありません。仕事も結婚も自分の意思で決めたものです」

 俺は少し怒りのこもった声で、何とか感情を抑えながら言った。


「そうだな。私は以前、浅沼のすぐ下で働いていた事があるから、良く分かっているよ。大学の頃、可哀そうな人生だなんて思った事は、思いあがりだったと実感したよ。アイツはいつも仕事を楽しんでいる様な所があった。どんな事も前向きに考える奴だったから、アイツの選んだ人生は間違いじゃ無かったんだろうな」

 親父も俺の様に祖父さんから、後を継ぐように教育されて育って来ただろうから、この道以外の選択肢なんて考えた事も無いんだろうな。

 でも、結婚はどうだったんだろう? 

 お袋じゃない人と結婚したいと思っていた筈だ。

 それなのに結局、祖父さんの決めた許嫁だったお袋と結婚したのは、会社のため? それともやっぱり俺ができたから? 

 俺の様に小さい頃から刷り込まれた、結婚は目標達成のためのアイテムなんて言う祖父さんの考えから、逃げられなかったから?


「君はどうなんだい? この会社へ入って後を継ぐ事は、自分の意思で決めたのかい?」

 支社長がこちらを向くと口元に笑みを浮かべて、そう訊いて来た。しかしその時、支社長とは反対側に座って、他部署の部長と話が弾んでいた昼間一緒に取引先を回っていた営業部長が、いきなりこちらを向いて質問をぶつけて来た。

 彼は三十代後半で、この支社の部長の中で一番若い。随分飲んだのかかなりのテンションで、こちらを嬉しそうに見つめて来た。


「浅沼専務、西蓮寺財閥のお嬢様との結婚はいつ頃になりますか? 今度のプロジェクトは西蓮寺グループがバックについていると上手く行きそうなんですよ。それにしても、西蓮寺財閥のお嬢さんは、とても美人だから羨ましいですよ。ハハハ……」

 何言っている?

 俺はハイテンションで笑っている営業部長を睨んだ。しかし、酔っている彼にはそんな俺の無言の怒りは通じるはずもなかった。


「そんな話はありません」

 俺はいつもより低い声で、自分の感情を抑えて言った。


「またまた……。照れないでくださいよ。西蓮寺グループの社員から聞いたんですよ。結婚の用意が進んでいるって。お嬢様はウェディングドレスも注文しているって……」


「だから、西蓮寺との縁談はありません。今まで通りの取引です。人の噂に惑わされないでください」

 俺は相手の言葉を絶って、営業部長を睨むと怒りのこもった声で言った。

 さすがの営業部長も、俺の怒りに気付いたのか、呆けた様な顔をして絶句している。


「西野、そんな噂に縋る様な仕事ぶりじゃ、おまえを営業部長にしたのは間違いだったか」

 支社長が苦笑しながら営業部長に向かって言った。その言葉に、営業部長は慌てだした。そして俺に謝罪の言葉を繰り返した。

 俺の結婚って、社員にまで影響するのか。これが祖父さんの言っていた事なのか……。

 

「私もその噂を聞いていたが、実際のところ、その噂は真しやかに広まっている。それは株価にも影響して来るんだよ。西蓮寺にしてみれば、このところ後継者であった長男の失踪騒ぎがあったばかりでごたごたしていたから、浅沼との繋がりは願っても無い事だと思う。お家騒動も隠していてもどこかからバレるもので、そんな事も株価に影響するんだよ。だから余計にそんな噂が流れたのかもしれないな」

 支社長は相変わらず苦笑しながら、そんな事を言った。


 俺の結婚が、株価に影響する?


「私の結婚はそんなに周りに影響するものなのですか? 相手が誰であっても……」


「それは相手次第だろうな。しかし、そんな事気にする事無いさ。浅沼も昔そう言っていたよ。自分の子供には、仕事も結婚も自由にさせるって……」

 いつの間にか支社長は、親の様な優しい眼差しでそう答えた。


「父は会社のために母と結婚したんでしょうか?」

 俺自身もある程度、親父が会社のために自分の望みを諦めたのだとは思っていたが、全ては恋人を裏切ってお袋と関係を持って、俺ができた所為だと思い込んでいた。


「ああ、あの頃は会社の業績が思わしくない頃でね。いろいろな新しい分野に手を出しては失敗に終わる様な状態で、君のお母さんのご実家の三元(みつもと)財閥のバックアップが無かったら、銀行からの融資の追加も受けられなかっただろうし、乗り切れなかったかもな。だからと言って、浅沼が仕方なく結婚した訳じゃないと思うよ。自分で納得して選んだ事だから、後悔はしていないと言っていたし……。だから、君はそんな事気にする事無いんだよ。ご両親の仲は悪かったかい?」


「いえ、今でも仲はいい方だと思います」

 そう答えると、支社長はニッコリと頷いた。


 俺は今まで祖父さんに作られた親父像を信じ込んで来たけど、どれほど親父の事を知っていたんだろう?

 どんなに酷い言葉を親父にぶつけて来たんだろう。

 それなのに……。


 もしも、俺が親父の立場だったら、自分の好きな人を諦めて、政略結婚の相手と結婚できるだろうか? 夏樹を諦める……そんな事できるのだろうか?

 親父はどんな思いで諦めたのか。

 いつも飄々(ひょうひょう)とし、楽しそうにしている親父や、仕事中に見せる鋭い眼差しを思い出す時、どこか掴みどころのない親父のその気持ちは、俺には何も想像できそうになかった。


              *****


 俺はいったん会社に戻り、今回の報告書や残務整理をしていた。親父に連絡を入れると、今夜は夕食を食べに来いと言う。夏樹の事も報告すると、驚いた風でも無く「そうか」の一言だった。


 そう言えば……、夏樹は昨夜、舞子さんに連絡を入れたのだろうか? それなら、俺の方に連絡があってもいいと思うけれど……。

 また、何かあったのだろうか?

 

 思うように進まない自分の結婚。

 親父も同じような思いをしていたのか。



 その夜実家へ行くと、お袋がいつものように明るく迎えてくれ、三人で夕食をした。大阪での事を報告がてら話しながら、ふと支社長との話を思い出した。


「父さん、父さんは大学時代、貴公子って呼ばれていたんだって?」

 俺の言葉に、親父もお袋も驚いた顔をした。そして、お袋がプッと噴き出すと「貴公子って……」と笑いだした。親父は少しムッとした顔をして「なんだよ、そのままだろう?」と返す。「あなた、猫を被るのは得意だものね」とお袋も笑って返すと、「君には負けるがね」と親父が笑っていた。


 こんな二人のいつものやり取りを見て、何処かホッとしながら、二人に結婚を決意させたのは、本当の所どんな理由があったのだろう? と思い巡らした。


「父さん達って、どうして結婚しようと思ったの?」

 俺がそう問いかけると、親父もお袋も一瞬顔が引きつった様に固まった。そして二人は顔を見合わせた。お袋の目が不安そうに揺れる。そんなお袋に頷きながら「大丈夫だから」と言う親父。


「祐樹、私と雛子はね、以前に話したかもしれないけれど、小さい頃から許嫁であり、幼馴染だったんだよ。私は一人っ子だったからね、雛子が妹の様な気がして、ずっととても大切な存在だったよ。そして結婚する様な年齢になった頃、私にも雛子にもいろいろな事があって、そして大きな行き違いがあった。やがて残ったのは、二人にとってお互いは大切な存在だと言う事だけだったんだ。祐樹は、お祖父さんから私が結婚前に別の女性と結婚したいと思っていた事を聞いただろう? それは本当の事だし、否定もしない。その時の気持ちは偽りの無いものだったと言える。だけど、結ばれない運命だった。そう、そして、おまえが生まれたのも運命。私は自分の選んだ人生を後悔していないし、おまえが私の息子として生まれてきてくれて、本当に良かったと思っている」


「会社の為に母さんと結婚したんじゃないの?」


「それを考えなかった訳じゃない。でも、それだけで結婚できる程、私は冷酷なつもりは無いよ。だから、祐樹が愛の無い結婚はしたくないと西蓮寺との縁談を断ると言った時、とても嬉しかったんだよ」


 お袋は親父が話す間、何かに耐えるようにじっと俯いていた。いつも明るいお袋なのに、違和感を覚えながらも、親父の言葉は素直に嬉しかった。




2018.3.1推敲、改稿済み。

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