#117:指輪が示す意味【指輪の過去編・雅樹視点】
お待たせしました。
今回は指輪の見せる過去のお話の雅樹視点です。
祐樹の父親の浅沼雅樹は、祐樹と夏樹の誕生日の日、浅沼家に伝わる指輪を夏樹が持っていた事に驚きます。
その夜の雅樹は……
目の前でその不思議が証明された時、私は言い伝えられてきた不思議を信じていなかった事に、自分自身が驚愕した事で、初めて思い知らされた。
『真の所有者にしか嵌められない指輪』
雛子が悪戯に嵌めようとして嵌められなかった指輪。
夏樹ちゃんの指に比べて雛子の指が太いなんて事は、考えられない。
それなのに……。
「矛盾しているな……」
ボソリと独りごちる。
信じていなかったと思いながら、夏樹ちゃんの指にあの指輪を嵌めようとしていたのは、真の所有者かどうか確かめるため。
信じていたのか、信じていなかったのか……。
でも、もうそんな事は関係無い。たった今、目の前でそれが証明されたのだから。
三十年前、愛していた彼女に、この指輪の不思議を語りながらも、このリングの太さなら彼女の指に嵌るはずと心のどこかで思っていたから、彼女の指に入らないなんて考えもしなかった。そして、怯えと期待の入り混じった様な表情をしている彼女の指にそっとはめた時、「君は真の所有者だ」と囁きながら抱きしめた私の心の中に、指輪の不思議は単なる言い伝えの迷信の様な物と思う気持ちがあった事は否定できない。
あの指輪が、本当に真の所有者にしか嵌められず、言い伝えが本当だったら、どうして私と彼女は結婚できなかったのだろう?
(ああ……他の人との結婚を選んだのは私だった)
私が、指輪の言い伝えを裏切ったんだ。いや、彼女を裏切ったんだった。
私は首を振って、過去に囚われた想いを振り払った。
もう、過ぎた事だ。
あの指輪の所為だ。こんな事を思い出すのは。考えてしまうのは……。
それでも……。
そんな指輪を、なぜ夏樹ちゃんが持っているのだろう?
それは、何を意味するのか……。
指輪を贈った彼女から、夏樹ちゃんの元へ指輪はどのようにして渡って行ったのか。
彼女と夏樹ちゃんを繋ぐものは何だろう?
最初から感じていた二人の共通点。似ていた、その面差しが……。
似ているなんて気の所為だとか、他人の空似だとかと思い込もうと言い聞かせたけれど……。
やはりケーキ屋で再会した時に声をかけたのは、似ていたからかもしれない。
そして、もう一つの共通点は、名前に「夏」がつく事。
あまりの偶然に、思わず訊いた母親の名前。
電話越しに夏樹ちゃんが言ったのは、聞いた事も無い名前だった。
一瞬浮かんだ想像は、胸の奥にチクリとした痛みを与えた。
私が結婚したように、彼女だって結婚したとしてもおかしくない。
夏樹ちゃんの母親が、彼女の名前と違っていた事に、ホッとした事を覚えている。
でも、彼女と何の繋がりも無い夏樹ちゃんが、あの指輪を持っている理由は、どうしても考え付かない。
やはり、何らかの繋がりがあるのだろうか?
彼女の親戚とか?
それなら顔が似ている可能性はあるかも知れない。
だったら、姪とか?
それだったら考えられない事は無い。
でも、大切な指輪をどうして姪に渡したのか。
(分からない、分からない……)
夏樹ちゃんは真の所有者なのだろうか?
でも、問い詰めた夏樹ちゃんは、怯えた様な顔をして、自分は指に嵌めた事が無いと言い張った。
疑問は次々に湧いてくる。でも、指輪の事について夏樹ちゃんは、もう何も答えてくれないだろう。
*****
翌日の月曜日、まだ頭の中は指輪の疑問で渦巻いていた。そして、社長室へ入って来た祐樹を見て、ふと思い出して、尋ねた。
「祐樹、昨日の夏樹ちゃんの指輪は、もう返したのか?」
もしも、夏樹ちゃんが真の所有者なら、指輪を取り上げたままではいけない。真の所有者と指輪に認められた者は、けして指輪を手元から離してはならない。できるだけ身につけていなければいけない。
そうでないと、何か悪い事が起きると言われている。
不思議そうにどうしてと聞き返す祐樹に、まだ本物の浅沼家の指輪だと知らせていなかったから、適当な事を言って誤魔化した。
まだ、祐樹の元にあると言う指輪。祐樹は知らないのだろうか? それとも忘れている?
本物の浅沼家の指輪なら、指輪の内側に刻印がある事を……。
分かっていないなら、それでいい。今はまだ気付かない方がいいのかもしれない。
そんな祐樹が血相を変えて会長室へ飛び込んで来たのは、火曜日の夜だった。仕事の事で会長室をたまたま訪れていた時だった。
祐樹は見た事も無い怒りに引きつった顔で、真っ直ぐに会長に向かって進んで行った。傍にいた私や足立君の存在は目にも入らないかのように……。
「お祖父さん、何をしたんです? 彼女に何を言ったんですか?」
祐樹の言葉に会長も私も驚いた。しかし、彼女と言ったところで、夏樹ちゃんの事を言っているのだと、瞬間的に感じた。会長はまだ唖然とした顔をしている。
会長は夏樹ちゃんの存在に気付いたけれど、何か行動を起こす程の疑いは持っていない。いったい祐樹は何を思って、会長に詰め寄っているのだ。
私はすぐに祐樹の肩に手をかけて、引き留めようとしたが、祐樹は私の手を払い、又言葉を重ねて会長に詰め寄っている。
再度祐樹の行動を止めようと、会長と祐樹の間に入り、どうしてそんな事を言うのか尋ねる。
「お父さん、夏樹がいなくなったんです。携帯も解約されているし。黙っていなくなるなんて、会長が彼女に何か言ったに違いない」
夏樹ちゃんがいなくなった? 携帯も解約?
日曜日に、祐樹と結婚すると紹介された夏樹ちゃんが、いなくなるなんて……。
何が起こっている?
すると、突然会長が笑い出した。彼女に振られた事を私の所為にするなと、何も成長していないおまえに呆れたと、公私混同せずに仕事をしろと……。
会長の言う事はもっともで、どうして会長に直接詰め寄る前に私に話してくれなかったのかと、恨めしく思った。
わかっている。祐樹の気持ちは……。
愛する人が突然何も言わずに姿を消す恐怖は、私には分かり過ぎる程、分かっている。
それでも……。
よく確かめもせず、一時の感情で、会長に詰め寄ったのは、まずかった。
会長に攻撃目標をバラした様なものだ。
夏樹ちゃんとの結婚を望むのなら、今は会長に口を挟ませない程の実績を積んで見せるしかないのだから……。
それにしても、夏樹ちゃんに何があったのか。
*****
夏樹ちゃんの事を気にしながらも、日々の忙しさに流されて行く。その後、祐樹はどうしたのか、祐樹と夏樹ちゃんの話もできないまま、木曜日を迎えた。そして、祐樹から不機嫌な声で電話があったのは、その夜遅くだった。
「父さん、なぜ言ってくれなかったんだ? あの指輪が本物だって事……」
祐樹の突然の言葉に戸惑った。
(祐樹、気付いてしまったのか……)
「えっ? どうして……」
「思い出したんだ。指輪の裏の刻印の事。さっきまで、圭吾の所へ行っていて、圭吾の奥さんは夏樹の友達なんだ。それで、夏樹の事何か知らないかと思って訊きに行って、話している内に指輪の話もしたんだよ。いろいろ話している内に、思い出したんだ」
圭吾君の奥さんが夏樹ちゃんの友達。そう言えば、雛子がそんな事を言っていたような……。
「そうか……、あの時、夏樹ちゃんが動揺しているように思えたから、祐樹がまだ気付いていないのなら、黙っておこうと思ったんだよ。夏樹ちゃんと二人だけで話したいと言ったら、夏樹ちゃんも了解しただろう? だから余計に祐樹には知られたくないのかなって思っていたんだよ」
私は夏樹ちゃんにあの指輪を見せた時の事を思い出していた。
彼女は平静を装っていたが、かなり動揺していたと思う。
だから余計に祐樹には言えなかった。まずは真実を確かめてからだと思った。
「そんな事……。夏樹と俺は結婚するのに、どうして俺に知られたくないなんて……。父さんも酷いよ」
「おまえにそんな事言う資格があるのか? 今まで夏樹ちゃんと何度も食事はして来ただろうけど、お互い本心を隠して、線を引いた様な関係しか気付いてこなかっただろう? 自分の正体さえ自分から明かす事もせずに……。付き合いもせずに結婚なんて言いだして……。おまえは夏樹ちゃんの苦しんで来た気持ちが分かるかい? 私の方がずっと夏樹ちゃんの気持ちを理解して来たと思うよ」
「………」
祐樹が黙ってしまったので、ちょっと言い過ぎたかなと思っていると、祐樹がボソリと「わかっているよ」と呟いた。
「分かっているよ、そんな事。だから、夏樹の事は何でも知りたいんじゃないか……」
拗ねたように言う祐樹が、普段のクールに澄ましている祐樹とギャップを感じて、思わずクスリと笑ってしまった。
「それで、圭吾君の所へ行って、夏樹ちゃんの事何か分かったのかい?」
「いや。圭吾の奥さんの舞子さんも、俺の話を聞いて驚いて夏樹に電話をしたけれど、やっぱり解約されていたみたいで、ショックを受けていた。それで、明日会社へ電話してみるって……。舞子さん、結婚前は夏樹と同じ会社にいたんだよ」
「そうか……。夏樹ちゃん、何があったんだろうな……」
夏樹ちゃん……。やっぱり指輪が手元に無い所為なのか。
「なあ、父さん。どうして夏樹があの指輪を持っていたんだろうな?」
祐樹が又指輪の話に戻って問いかけて来た。
「ああ、私もそれが知りたくて、夏樹ちゃんに訊いたんだよ。でも、あまりにはぐらかす様な事ばかり言うから……。あの指輪を、夏樹ちゃんの指に嵌めてみようとしたんだ」
そう、あの時、夏樹ちゃんが真の所有者かどうか、確かめる事ばかり考えて、夏樹ちゃんの気持ちを無視して無理やり嵌めようとして、拒絶されてしまったんだった。
「父さん、それって……。夏樹が真の所有者だとでも思っているの?」
「指輪を持っていると言う事は、そう言う事も考えられるだろう? 現によく似た指輪を夏樹ちゃんが嵌めていたのを見た事があるし……。じっくり見た訳じゃないから、その時の指輪と今回の浅沼家の指輪が同じかどうか分からなかった。でも、夏樹ちゃんの拒絶されてしまって……。指輪を嵌められるかどうかは確かめられなかったんだ」
「あの時、夏樹は言ったよね。よく似た指輪を持っているって……。それに、今回の指輪は嵌めた事が無いって……。でも、どうしてチェーンに通してまで身に付けていたんだろう?」
祐樹の疑問は、そのまま私の疑問だ。夏樹ちゃんと指輪の関係は、どんなに考えても解けない謎の様だった。
「ああ、私にも何も分からないんだ。夏樹ちゃんと二人になって訊いた時にも、夏樹ちゃんは肝心な事は何も答えてくれなかった。でも、怒らせてしまったみたいで、もうこれ以上何も答えてくれないかもしれないな……」
私がそう言うと、祐樹はしばらく考え込んだ様に黙ってしまった。私も夏樹ちゃんと二人きりで話した時の事を思い出して、あの時の夏樹ちゃんの様子に何かヒントは無かったかと、思い返していた。
「父さん……。母さんは指輪の真の所有者じゃ無かったんだね?」
いきなり祐樹が問いかけた疑問に、雛子が悪戯に指輪を嵌めようとして、嵌められなかった事を思い出した。
そうだな……。雛子の指の太さなら入らない事は無いのに、実際嵌める事が出来なかった。それは、真の所有者じゃないと言う事だ。
「雛子と結婚する頃は、あの指輪はもう手元に無かったからな……」
「だったらなぜ、母さんと結婚したんだよ?」
なぜ?
それは……、私と雛子が墓場まで持って行く秘密だからだ。
「………」
私は、なんと答えていいか戸惑った。
「そうだったな。俺のせいだろ? 母さんが俺を妊娠した所為だろ?」
祐樹は、ワザと怒らすような言い方をして、挑発する。
おまえは、恨んでいるのか?
「……理由は、それだけじゃない。でももう、遠い昔の事だ。おまえは私の息子だ。それだけでいいんだよ」
そう、祐樹が生まれた。私も雛子も喜んだ。私達は家族になった。
それだけでいい、それだけでいいんだ。もう遠い過去の事なんだから……。
「じゃあ、結婚する前に、母さんが真の所有者じゃないって分かったら、結婚しなかったのか?」
どうしてそんなに意地悪な質問ばかりして来るんだ。
「そんなもしもの仮定は、考えるだけ無駄だよ。実際に雛子と結婚したのだから、それ以外の答えは無い」
祐樹は私に何を言わせたいんだ?
「もしも夏樹が真の所有者だったら、浅沼家にとって夏樹はどんな立場だと考えたらいいんだ?」
夏樹ちゃんが真の所有者だったら……。それは……、指輪が選んだ浅沼家の花嫁と言う事だろうか?
私は不意に思い出した。
私の二十歳の誕生日、母が指輪を渡す時に言った言葉を……。
『雅樹、愛する人ができたら、一生を共にしようと思う人ができたら、この指輪を渡しなさい。あなたの愛する人なら、きっと指輪の真の所有者になれるはず。指輪に真の所有者だと認められた女性は、浅沼家の後継者を産む女性だと言う事なのよ』
母は、浅沼家の花嫁だとは言わなかった。後継者を産む女性だと言ったのではなかったか……。
2018.3.1推敲、改稿済み。