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#113:上条邸にて(前編)【指輪の過去編・祐樹視点】

随分お待たせしました。

今回も、指輪が見せる過去のお話の祐樹視点です。


いなくなった夏樹を求めて、思い出したのは……

 俺は何をしているんだ。

 自分の感情ぐらい、簡単に抑えられると思っていたのに。

 どうしてこんなに、頭に血が上るんだ。


『おまえ、仕事をほっぽり出して、何をしていたんだ? 女の事よりするべき事があるだろう? 頭を冷やせ。だから、恋とか愛とか言う感情は不必要だと言うんだ。公私混同するな。まだおまえは仕事中だろう?』

 会長の言葉に、何も言えなかった。

 

『祐樹、今は仕事でおまえの実力を会長に認めさせないと、夏樹ちゃんの事も認めてもらえないぞ。たった二日連絡が付かないだけで、取り乱すな。夏樹ちゃんには夏樹ちゃんの事情があるんだよ。向こうから連絡してこないと言う事は、今は一人で考えたいんだと思うよ。もう少し待ってやる心の広さは無いのか?』

 親父からの忠告も、今の俺には耳の痛い言葉ばかりだった。


 それでも、携帯が繋がらないだけで、こんなに簡単に二人の繋がりが切れてしまうのかと思うと、やりきれない思いで一杯だった。

 もしも、夏樹が自宅に帰っていないのなら、どこへ行っているのだろう? 実家? 友達の所? 旅行は無いだろう。会った次の日から旅行なら、話をするはずだ。それに平日だし……。

 会社へは行っているのだろうか? でも、会社へ電話するのは(まず)いだろう。

 その時、思い出したのは、舞子さんの事。どうして今まで忘れていたかな? 夏樹の一番の友達で、俺の親友の奥さんなのに……。

 でも、夏樹は俺達の関係に付いて、舞子さんには話していないようだった。付き合っている訳でもなかったから、言い辛かったのだろうけど。そう言う自分も、圭吾に何も話していなかった。今回の事はいきなりの展開だったから話す間も無かった、と言ったところで言い訳にしかならないが。

 でも、夏樹が今どこにいるかぐらいは、知っているかもしれない。でも、夏樹の事を教えて欲しいと言ったら、今までの事を全部話さないと納得してくれないだろう。

 なんだか舞子さんに叱られそうな予感がしたが、今はそんな事言っていられない。とりあえず聞いてみよう。夏樹の居場所さえ分かれば、俺のこの焦る気持ちも落ち着くだろうから……。

 そしてすぐに圭吾に電話をした。


*****


 7月18日木曜日。

 今日なら早く帰れると言う圭吾の自宅を訪れたのは、夜の九時前だった。五月に生まれた圭吾達の子供は、一ヶ月前にお祝いに来た時よりも、しっかりして大きくなっていた。

 舞子さんは母親業が板に付き、子供を抱いている姿に彼らの家庭の幸せを感じる。圭吾と二人して嬉しそうに子供をあやす姿を見ていると、どうして自分は幸せに向かってすんなりと進んでいかないのかと、焦りの様なものを感じていた。


「圭吾、今日は無理を言って悪いな、仕事で疲れているのに……」


「それはおまえもだろう? それでも、どうしても訊きたい事ってなんだい?」

 何からどう話せばいいのか、実のところ迷っていた。やはり、夏樹との関係を説明しないと、いきなり夏樹の居場所を訊いても、不審がられるだけだろう。

 でも、俺と夏樹の関係をどんなふうに話せばいいのか……。途方に暮れる……。


「実は……、舞子さんに訊きたい事があるんだ」


「舞子に?」

 驚くのも無理は無い。俺と舞子さんには、圭吾の奥さんと言う接点しかないから。

 その彼女は今、子供を寝かせつけに行っている。


「そう……、夏樹の事で訊きたい事があるんだ」

 圭吾は驚いた顔をした。そして、「夏樹って、佐藤さんの事?」と、どうして彼女の名前が俺の口から出るのか、不思議そうに尋ねた。俺が頷くと、益々困惑した顔になった。


「祐樹、まさか……。夏樹さんと付き合っているとか言うんじゃないだろうな?」

 俺達は付き合っていると言うべきなのか? それとも……。


「あ……、付き合っていた訳じゃないけど……、十日程前にプロポーズしたんだ」

 俺はどんなふうに話せばいいか分からず、唐突だったが、結局正直に話した。しかし、圭吾は腰を抜かしたように驚き、「プ、プロポーズ?」と大きな声で訊き返した。その声が、子供を寝かしつけてリビングへ戻って来た舞子さんに聞こえたようで、興味津津の目をして近づいて来た。


「プロポーズって? まさか、祐樹さん、誰かにプロポーズしたの?」

 そう言いながら、圭吾の隣に座り、目を輝かしてこちらを見た。


「お、おまえ……、プロポーズって……。あの西蓮寺のお嬢さんはどうしたんだ?」

 二人から質問されて、俺の戸惑いはさらに大きくなった。


「プロポーズは、夏樹にしたんだよ。それに西蓮寺との話は、やっと解決したんだ」

 その言葉を訊いた途端、舞子さんも圭吾同様大きな声で、「なつき~?」と奇声を上げた。


「夏樹って、私の友達の夏樹の事よね? いつの間にそんな事……。夏樹は何も言って無かったわよ」

 舞子さんは、自分の友達の事を思い出して、困惑したように俺を睨む。


「そうだよ。おまえたち付き合っているフリをしていたって言っていたけど、本当はずっと付き合っていたのか?」

 やはり、二人には責められると思っていたんだ。夏樹と俺はこの二人のそれぞれ一番の友達だと思っているのに、何も話さずに来たのだから……。


「いや、あの頃はフリだったんだ。本当に……。一年ほど前から、月に一回一緒に食事するようになって……。でも、付き合っていた訳じゃ無かったんだ。お互いに自分の気持ちは言わなかったし、俺自身、自分の気持ちに気付いたのも、半年ぐらい前なんだ。友達付き合いのような不確かな関係だったから……。圭吾にも舞子さんにも、お互いに近過ぎて言えなかったんだと思うよ。夏樹も……。それに俺は祖父さんの決めた許嫁がいたしさ……」

 俺は申し訳なく思いながら、今まで何も言わなかった言い訳をした。しかし、二人は納得いかない様な顔をしている。


「近過ぎて言えなかったって……、水臭いわよ。夏樹は親友だと思っていたのに……。そんな大事な事、言ってくれないなんて……。それに、どうして今日は夏樹と一緒じゃないのよ?」

 舞子さんに夏樹への不信を植えつけたようで、辛かった。それに、本当の目的とは違ったが、夏樹と結婚するつもりだと言う事をこの二人に報告に来た様なものになってしまったから、俺一人なのはおかしい事だよな。でも、それこそ訊きたかった事だ。


「そ、その事なんだよ。訊きたかったのは……。夏樹がいなくなったんだ。舞子さんなら居場所を知っているかなと思って……」


「ええっ? 夏樹がいない? どう言う事なの? 喧嘩でもしたの? 連絡もつかないの? いつから?」

 舞子さんは驚いた後、身を乗り出す様にして、次々と問いかけて来る。

 ああ、舞子さんも知らないんだ。


「月曜の夜から毎晩夏樹のマンションへ行っているけど、留守なんだ。それに……携帯は解約されていた。仕事に行っているかどうかも分からないし、夏樹が行きそうな所も分からないんだ。それで、舞子さんに訊きに来たんだよ」

 俺の言葉を聞きながら、舞子さんの表情はだんだんと険しいものになって行く。「携帯を解約?」とポツリと呟くと、舞子さんはテーブルに置いていた携帯を取り上げ、何処かへ発信したようだった。きっと夏樹に電話したのだろうと思い見ていると、すぐに電話を切った。


「祐樹さん、いったい夏樹と何があったの? 二人の事、何も知らなかった。夏樹は祐樹さんの話なんて何もしてなかったのに、どうして結婚って話になっているの? それで、どうして夏樹がいなくなるの? 夏樹との事、最初から全部話をしてちょうだい」

 舞子さんは、怒りを抑え、俺を睨むように見ながら、全てを話せと迫る。圭吾も最初は呆気に取られていたが、今は舞子さんと同じ気持ちだと言うように、大きく頷いている。

 俺は心の中で溜息を付いた。

 ここまで来て、言わない訳には行かないよな……。

 何から話せばいいか戸惑いながらも、俺は1年前にこの圭吾達の新居で夏樹と俺の誕生日を祝ってもらったところから話し出した。

 この一年間の夏樹との関係をかいつまんで話していると、舞子さんが驚いた顔をして口を挟んだ。


「ちょっと待って。祐樹さん、この4月から浅沼へ移ったって、浅沼の息子って……祐樹さん、杉本なのに、どうして浅沼の息子なの?」

 舞子さんの言葉を聞いて、俺と圭吾はハッとして見詰め合った。

 ……そうだった。舞子さんには言っていなかったんだった。

 俺はもう隠していても仕方ないので、圭吾に向かって頷いて見せた。


「舞子、祐樹は浅沼コーポレーションの社長の息子なんだ」

 

「ええっ!? ど、どうして……? 今まで何も言ってくれなかったの?」

 舞子さんは困惑した顔をして夫である圭吾に問いかけている。


「舞子さん、俺が圭吾に言わないでくれと頼んでいたんだよ。まだ世間的に俺は浅沼の息子だと公表してなかったし、俺が浅沼の息子だと分かると、いろいろな思惑で近付いて来る奴らがいるからね」


「祐樹さんの事情はわかったわ。でも、もちろん夏樹は知っているんでしょうね? もしかしたら、祐樹さんが浅沼の御曹司だから好きになっちゃいけないって、夏樹は苦しんでいたんじゃないかしら?」

 舞子さんの問いかけに、俺はぐっと胸が詰まって、すぐに言葉が出なかった。

 そうさ、その事が夏樹の失踪の元凶かもしれないのだから……。


「そうだよ。夏樹さんはお母さんから、お金持ちと結婚しちゃいけないって言われているって、舞子言っていたよな? 祐樹、大丈夫なのか? 夏樹さんはおまえのプロポーズを受け入れたのか?」

 圭吾まで追い打ちをかけるなよ。

 でも、真実を言わなければ、夏樹の行方はわからないかもしれない。


「実は……、夏樹に何も言わずにプロポーズしたんだ。以前、付き合っているフリをしていた時に、俺の実家は普通のサラリーマン家庭だと誤魔化した事、夏樹はずっとそれを信じていたんだ。それで、何も言わないまま、この前の日曜日、夏樹を両親に紹介するために実家へ連れて行った。両親なら夏樹を気に入ってくれると思っていたから、親に受け入れてもらったら、夏樹も母親の言いつけがあっても、大丈夫だと思ったんだよ。でも、夏樹は実家へ着いて、俺が浅沼の息子だと知って、ショックのあまり気を失ったんだ」

 俺を睨むように見つめていた圭吾と舞子さんの、目を見て話す事がだんだんと苦しくなって、最後は視線を逸らして、ここまで話した。その途端舞子さんが大きな声で「気を失ったですって!」と叫んだ。

 

「祐樹さん、酷い! あまりにも無責任な……。夏樹は……、夏樹にとって、母親の言い付けは、そんな軽いものじゃないのに……。母親の人生を左右した大きな出来事が元にあるから、夏樹もこの事だけは守ろうと、なかなか恋も出来なかったのに……。酷い……。もしかしたら、それで夏樹は姿を消したんじゃ……」

 舞子さんは自分の口から零れた不吉な予想に驚いたように、手で口を覆った。舞子さんの目にどんどん涙が溜まって行く。


「舞子さん。俺……、本当に馬鹿だったと思うよ。俺が社長の息子だと言ったら、夏樹が離れて行ってしまう様な気がして、怖かったんだ。親に紹介する前に、俺が夏樹を説得しないとダメだったんだよな。舞子さん、圭吾、心配かけて……、本当にすまない」

 俺は今更ながら、自分の浅はかな行動を後悔して、うなだれた。そして、途方に暮れた……。夏樹は親友の舞子さんに何も言わず、どこへ行ってしまったのだろう?



2018.2.24推敲、改稿済み。

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