#109:父と息子【指輪の過去・祐樹視点】
お待たせしました。
又指輪の見せる過去へトリップした夏樹ですが、今回は祐樹視点で、#104:「父親としての誓い」の続編になります。家に帰って来た浅沼さんが、祐樹と夏樹のいる客間を訪れるところから始まります。
今回も指輪の秘密が明かされます。
どうぞお楽しみくださいね。
ドアをノックする音で、我に返った。
すっかり、自分の世界にはまり込んでいたようだ。
お袋かな? と思いつつ、「どうぞ」と声をかけた。しかし、入って来たのは親父だった。
「あ、父さん、お帰り。仕事の方はもう良かったの?」
「ああ、仕事とは関係なかったんだ。それより、本当に夏樹ちゃんなんだな?」
親父はベッドに寝ている夏樹を見て、確認するように訊いた。
「ああ、母さんに聞いたんだ? 驚いただろ? 俺も驚いたけどね。夏樹と父さん達が知り合いだったなんて」
「まあ、そうだな。でも、夏樹ちゃんの驚きは想像以上だろうな。気を失う位だから」
「そうだろうな。正直こんなに驚くなんて、思わなかったけど……」
「私はずっと夏樹ちゃんから、彼女の気持ちを聞いて来たから、ある程度は想像出来たけど、まさか気を失うとは思わなかったよ。ところで、おまえは本気なのか?」
ベッドの横に椅子を置いて座っていた俺を見下ろしながら、親父は真剣な表情で訊いて来た。
本気って、……結婚の事か?
「結婚の事なら、本気だよ」
「それでも、自分が何者かも言わずに結婚って……。夏樹ちゃんを見くびっていないか? 夏樹ちゃんの事、本当に愛していると言えるのか?」
親父は俺の心を見透かすように、目を細めて俺を見た。俺は親父の視線を押し返すような眼力で、親父を見返した。
「もちろん。見くびっているはず無いだろ? ただ、まだ西蓮寺との話も方が付いていないし、お祖父さんに知られたら、夏樹に攻撃が行くと思ったから……。ただでさえ夏樹は親から、俺みたいなバックがある奴とは、恋愛するなとか、結婚するなって言われているのに……」
俺は話しながら、又夏樹の方を向いていた。
どうすれば一番良かったかなんて俺にはわからない。
ただ、ずっと思っていたのは、夏樹を俺の方に巻き込んで、彼女は幸せになれるのだろうかと言う事。
でも、夏樹が俺から離れて行くと分かった時、そんな事はどうでもよくなった。
夏樹を離したくない。その思いだけだった。
二人して寝ている夏樹の顔を見ながら、少し声を抑えて話していた。そして、親父が顎でソファーの方を指したので、二人ともソファーに移動して、向かい合った。
「実は祐樹、会長からの呼び出しだったんだよ」
「え? お祖父さんが?」
「ああ、西蓮寺の件だが、こちらからの断りを承諾すると言って来たらしい。もう、西蓮寺の事は気にしなくていいからな」
親父の話は朗報だった。これで、夏樹との結婚話を堂々と進める事が出来る。良かった。
「本当に? ああ、良かった。これで一安心だ」
俺は安堵の息を吐いた。祖父さんの反対は分かっていたが、親父たちが味方してくれると言う思いが、俺を安心させていた。
「それが……、会長はおまえの事を諦めた訳じゃないんだ。去年あたりから、おまえの身辺調査をしていたようで、報告書を見せられた。それに夏樹ちゃんの名前があったんだ」
「え? 夏樹の事がお祖父さんにバレているの?」
何と言う事だ。俺にはプライバシーは無いのか。
祖父がそこまでするとは、思わなかった。
そう思う反面、あの祖父ならそこまでやりそうだと、心の中で溜息をついた。
「ああ、でも、おまえ四月以降夏樹ちゃんの所へほとんど行って無かっただろう? だから、別れたと思ったみたいだよ。でも、完全に疑いが晴れた訳じゃない。今後、祐樹が夏樹ちゃんと結婚するなんて知ったら、どんな策を講じて来るか。きっと、夏樹ちゃんに直接アプローチして、身を引くように言うだろうな……」
俺も親父と同じ事を考えていた。きっと、夏樹を呼び出して、俺のために自分から身を引けとか言うだろう。そう、親父の時みたいに……。
そんな事を考えていて、思い出した。
一週間前に夏樹の所へ行った時、夏樹が言った言葉。
『男の人は、結婚をしようと思っている程愛する女性が居ても、別の女性と関係を持つ事が出来るの?』
こんな言葉を言わせたのは親父かもしれない事に……。
「お祖父さんの事はわかった。これからどうするかは、夏樹が目覚めてからの事だから……。それより、先週の土曜日に父さんは夏樹と会ったんだろう? その時、夏樹に自分の過去の話とかをしたの?」
「過去の話?」
親父は怪訝な顔をして、訊き返した。
「ああ、母さんと結婚する前に、別の人と結婚しようと思っていた事とか……」
俺がそう言うと、親父の眉間の皺は益々深くなった。
「どうしてそんな事を訊く? 夏樹ちゃんが何か言っていたのか?」
わざと知らない振りをしているのか? 思い当たる事があるのか?
「先週の土曜日、父さんが夏樹と会った日の夜、夏樹の所へ行ったんだ。そうしたら、泣いていたんだよ」
「え? 泣いていた? あの日は……、私の話などしていない。ほとんどが夏樹ちゃんの恋の話で、もうこのまま諦めると言うのを、せめて想いを告げてからにしなさいって言っていたんだよ。おまえは四月以降、ほとんど連絡も会う事もせず、転職した事さえ言っていなかった事が、とてもショックだったみたいで、私もその話を聞いた時は、この恋は無理だなって思ったよ。それで泣いていたんじゃないのか?」
親父は困惑しながらも、先週の土曜日の事を思い出しながら話した。反対に、泣いたのはおまえの所為だと言わんばかりに……。
「確かに俺の事もあったかもしれないけど……。でも、夏樹が言ったんだ。『男の人は、結婚をしようと思っている程愛する女性が居ても、別の女性と関係を持つ事が出来るの?』って。俺は最初、夏樹に結婚を約束した人がいて、その相手が浮気したんだと思ったよ。でも、いろいろ訊き出している内に、夏樹の事じゃないって分かって……。それでも、俺には関係ない事だからって、その先は教えてくれなかったんだ」
俺は親父がどんな反応を示すか、その顔をじっと見つめていた。しかし、親父は困惑した表情のまま、疑問を口にした。
「祐樹、それがどうして私の過去の話と関係あると思ったんだ?」
「言わなくても分かっているだろ? 父さんは結婚したいと思っている人がいたのに、母さんと関係を持って俺ができた。だから、母さんと結婚したんだろ? それが、夏樹の言った言葉と同じだって気付いて……。父さんがその事を夏樹に話したのかなって、思ったんだ」
そう言った途端、親父の顔が歪んだ。そして、両手がそれぞれ堅く握りしめられて、何かに耐えている様な表情をした。
「会長が、そう言ったのか?」
親父は今までと違う低い声で、上目使いで睨むように言った。
「ああ、昔から聞かされていたよ。父さんの様にはなるなってさ……」
俺は今更と言う思いで答えた。
「私は二股なんかしていない」
親父は俺を睨んだまま、さっきと同じ低い声で強く言った。
「お祖父さんは、父さんが結婚したいと思っていた人が姿を消してから、二ヶ月後に母さんと結婚するって言いだしたって……。その時すでに母さんは妊娠三ヶ月を過ぎていたって、言っていたよ。計算が合わないじゃないか?!」
そう言うと、親父は俯いて、何か考えているようだった。そして首を振ると、顔を上げて俺を真っ直ぐ見た。
「会長は真実を何も知らない。おまえは会長の話だけを聞いてそれを信じて来たかも知れないけど、真実はそうじゃない。でも、この事は、今は言えないんだ。いつか必ずおまえに言う時が来る。それまで待って欲しい」
親父は最後、懇願する様な表情で俺を見た。今は何も訊くなと言う事か……。
「俺にそれを信じろと言うのか? 何も訊かずに信じろと……。じゃあ、夏樹が言った言葉は何だったんだよ?」
親父が嘘をついているとまでは思わなかったが、何か誤魔化している様な気がした。それに、肝心な事は何一つ聞かされないまま、俺が今まで信じて来た事を全て否定して信じろなんて……。
「信じて貰うしかない。それに私も夏樹ちゃんの言葉の意味はわからない。もしかすると友達の話とか、映画や小説の話とか……。そういうのに影響されて、おまえの事と重ね合わせて悲しくなったのじゃないかな?」
何だよ、結局夏樹が泣いたのは俺の所為って言いたいのかよ。
そう言えば、映画を見て泣いたって言っていたけど……。それに、あの言葉の後に俺を責めたっけ……。
婚約者がいるのに、思わせぶりな態度をして勘違いさせるって……。
はぁ、やっぱり、俺の所為かも……。
俺が大きく溜息をつくと、親父は眉を上げて、「思い当たる事でもあったのか?」とクスリと笑った。
「ところで祐樹、おまえは夏樹ちゃんのご両親の事、何か聞いた事があるか?」
「夏樹の両親? 特に何も。長野にいるって事ぐらいかな。それが何か?」
「結婚するのなら、挨拶にだって行かなきゃいけないだろう? ご両親は健在なのか? どんな人か聞いていないのか?」
「う~ん。夏樹のお母さんは、料理やお菓子作りが得意だとか。お父さんはサラリーマンだとか? そのぐらいかな? 俺、自分の事言えないから、夏樹にもいろいろ訊かなかったよ」
そうだ、できるだけお互いのプライベートな情報には触れない様にしていた。考えたら、俺も夏樹もお互いのバックグラウンドについては何も知らない。これで結婚って……。本当に馬鹿にしているって思われても仕方ないかも知れない。
「そうか。それともう一つ。おまえは浅沼家に伝わる指輪に付いて、何か聞いているか?」
「指輪?」
俺は親父の突拍子もない質問に、一瞬呆けた。
「そう、今は浅沼の手元に無いが、必ず戻って来ると言われている。おまえには話す機会が無かったが、会長や母から聞いていないか?」
そう言われて、思い出した。祖母がいつも話していた事を……。
祖母は、俺が小学六年の頃に亡くなった。それまでの間、何度も何度も指輪の写真を見せて、この指輪は浅沼家にとって、とても大事な指輪だから覚えておくように繰り返した。そして、もう一度その指輪を見たいと願い続けていた。結局願いはかなわなかったけれど……。
『祐樹、良くこの指輪を覚えておくんだよ。この指輪はね浅沼家に代々伝わる指輪で、真の所有者にしか嵌める事ができない不思議な指輪なんだ。この指輪は浅沼家の繁栄を約束してくれているんだ。今は浅沼家に無いけれど、必ず戻って来ると言われている。再び戻る時は、浅沼のより一層の繁栄を約束されているんだ。だから、今指輪が姿を消しているのは、次なる繁栄のためなんだよ。きっと、おまえの代で戻って来る筈だから、この写真を良く見て覚えておきなさい。どこで見つかるか分からないから……』
祖母の言葉は、何かの物語の様で、現実味が無かった。特に「真の所有者」と言う言葉がファンタジー小説に出て来るヒーローの様で、子供心にカッコイイと思っていた。
「そう言えば……、お祖母さんが何度も何度も指輪の写真を見せながら、話していたよ。あの頃は小学生だったから、何かの物語のように思っていた」
「ははは、小学生には難しい話だったかもな。それにあり得ないような不思議な話だし……」
親父はやっと穏やかな顔つきになって、笑いを漏らした。
「父さんは実物の指輪を見た事あるの?」
「私は二十歳の誕生日に母から指輪を譲り受けたよ」
その言葉を聞いて、思い出した。
そう、その指輪は浅沼の跡取りの20歳の誕生日に譲り渡す事になっていると……。
『祐樹、その指輪はね、真の所有者から浅沼の跡取りの二十歳の誕生日に渡される事になっているんだよ。そしてその指輪を譲り受けた跡取りは、結婚する相手にその指輪を渡す。もしも、その相手がその指輪を嵌める事が出来なかったら、結婚相手としてはふさわしくないと言う事なんだ。指輪を嵌める事ができる女性だけが、浅沼家の嫁になれるんだよ。そして、指輪を嵌める事ができる女性だけが、真の所有者になれるんだ』
祖母から聞いた指輪の話を思い出す。確かに跡取りの二十歳の誕生日に渡されるって言っていた。じゃあ、俺は、もう跡取りになれないと言う事か?
「俺は二十歳の誕生日に渡されていないけど、跡取りじゃないってことかな?」
俺のその言葉に、親父はハッとした様な顔をした後、眉間にしわを寄せた。
「今は浅沼家に無いんだから、おまえには渡されなかった。それは仕方ない事だよ」
「でも、父さんは二十歳の誕生日に渡されて、それからどうして消えてしまったんだ?」
親父は、急に視線を泳がせて、考えているようだった。
「いつの間にか消えていたんだよ」
親父は俺の方を見ずにそう言った。
「浅沼家の次なる繁栄のために消えたって訳か……」
俺が独り言のように、祖母に言われた事を呟くと、親父がこちらを向いて「えっ?」と言った。
「だから、お祖母さんが言っていたんだよ。指輪が消えるのは、次なる繁栄のためだって。あの頃は、そんなバカなと思っていたけど……」
「そう言えば、母がそんな事を言っていたな……」
遠い目をして、親父は記憶を手繰り寄せているようだった。
「それで、指輪の事がどうかしたの?」
俺がそう言うと、親父は又ハッとして俺の顔を見て、困ったような表情をした。その時、ベッドの方から、「う~ん」と身じろぐ夏樹の声が聞こえた。
俺と親父は顔を見合わせて、すぐに立ち上がると、夏樹のベッドに近づいた。
2018.2.22推敲、改稿済み。