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5.本物はどれだ

 事の発端は、わたしが見た夢。

 アクマが来たりて、追いかけたら、観覧車が見えたんだ。だから、わたしは咄嗟とっさに遊園地なんだと思った。

 花畑は、わたしの空想だ。実際はとんでもない、廃墟だった。

 ごめんなさい、皆。わたしのせいで、こんな事に巻き込んでしまって。どんな顔したらいいのか分からないよ。ずっと夢の中で逃げていたい。

 でも、いつまでも夢を見ていられない、夢見る少女じゃいられない。

 早く目を覚ましてたたかわなきゃ。優衣、藤川くん、新井くん、沢田くん達、皆を助けなきゃ。あいつから、あの、


 ――アクマから。



 *



 気がつくと、暗い部屋に居た。アリサは、床に倒れていたらしいが、周りが暗くて光を求めた。

 だがそれも諦めるしかない様で、じっとこらえて、時間が経って目が暗闇に慣れていくのを待った。動ける様になると、そっと立ち、ぐらつく体を何とか持ちこたえながら、一歩、一歩と進んだ。

(ここは、何処なんだろ……)

 記憶がおぼろげだが、最後はここでは無かった気がする。

 眠りながら歩いてきたというのか、または、誰かが運んできた? どっちにしろ、辺りには人が居ないし、心細くて涙が出てきた。

(皆、どこ……)

 わたし、どうなるんだろう?

 泣きながら、前を歩く。木のにおいがした。だが壁が木でできているのではなさそうで、壁は触る事ができたがヒンヤリとかたく、コンクリートでできているのか、この壁は。アリサはクンクン、とにおいを嗅いだ。

 カビ臭いが、鉄のにおいも混じっている。そっちの方が、臭い。

(これって……)

 壁に付着しているものがある、こすると、ぽろぽろとこぼれ落ちてきた。やがて壁伝いに体を移動させると、突起物が引っかかる。「あ、これは」ドアノブである。と、いう事は、ドアがあるという事だった。

(開けてみよう。開いて……)

 ドアノブをひねってみた。鍵は閉まっていなかったらしい、キイイーッと、音を立ててドアが開いた。「やった」

 ゆっくりと出て、辺りを見回す。長く続く廊下だった。暗いが見えない事はない、奥からは光がもれている。突き当たりの角からだった、あそこまで行けば脱出できるかもしれない。アリサは希望に満ちた。

 パタン、ドアはひとりでに閉じた。もうここを訪れる事などないだろうと、アリサは信じた。光のある方向へ、進んで行く。

 怖いけど、頑張る。皆を探さなくちゃ。

 一心不乱に出口を探して歩み、これじゃまるでゾンビじゃないかと自分を笑っていた。

 角を曲がると、階段が5段、上るとすぐに、またドアがあった。木造りの、上塗りが剥げてボロボロになったドアだった。

 開けて、先へ進もう。アリサはドアノブをひねった。と同時に、強い光が隙間から差し込む。

 間違いない、外に通じているのだ。アリサは期待で笑顔になり、ドアを開けた――。

 アリサはとうとう気がつかなかったわけだが、目を覚ました最初の部屋は、拷問ごうもん部屋である。いくつか器具が置いてあったのだが、それらが何のために使用されていたのかは……語らぬ。


「何ここ……」


 開けた瞬間、目に飛び込んできた状況に憤慨した。外では無かったためだった。

 鏡張りの個室だった、いや、廊下だろうか、奥は曲がれそうだった。だが鏡、鏡、鏡。左右とも、壁に鏡が張ってある。気味の悪さは消えず、ぐっと押し堪えて歩いた。鏡にはアリサ自身が映っているが、もし違ったものが映っていたらどうしようと、緊張感は変わらない。目をつぶって、震える肩や手を落ち着けと言い聞かせて息を吐きながら、次々と現れてくる鏡の壁の前を通過した。

 ミラーハウス。

 ケンちゃんのミラーハウスでは、なかったか。

 ケンちゃん出てこい、いや出なくていい、怖いから。正体はもう知らなくてもいい。知らなくても生きていける、アリサは余計な事ばかりを思いついていた。

「あ」

 結構な数の角を曲がってきたが、様相が違っていた。人が倒れている。すぐ分かる、優衣だった。「優衣ー!」介抱して、もっと名前を呼び続けた。「優衣、起きて。しっかりして」やがて優衣は目を覚ます。「ふにゃ……」返答があった。

 アリサは抱きついて喜んだ。「よがっだぁああ~!」涙が再び流れて顔や服がビショビショだった。安堵あんどが、アリサの心をうるおう。

 もしかして、他に誰かが倒れているのかも!?

 見つけたのはまだ優衣だけ、その可能性があった。急に元気を取り戻したアリサは、優衣を肩に背負い連れて、前に向かった。相変わらず壁は鏡なのだが、次曲がれば、次曲がればと、まるで迷路の様な道に従うしかなかった。

 奇跡に恵まれたくらいに感動したのは、新井と、藤川を見つけた時である。「2人ともぉ~!」生き別れていた兄弟にでも会った気分だった。

「う……ん」

「深野……さん」

 頭の回転が鈍い様で、しばらく待った。「俺ら、何で……?」

 アリサは微笑んだ。「無事で良かった!」目元を指で拭きながら嬉しさを伝える。「良かったよ、もう……」もう大丈夫だ、怖くなくなってきたと自信になった。アリサは藤川達に変な夢を見た事と、とにかくここから出ようという事を告げた。

「ここは、きっと『ミラーハウス』だね。火事で女性が巻き込まれたっていう」

 藤川は冷静になって、状況を整理しようとした。「僕らは、何者かに支配されているんだ」と、メガネを光らせる。

「それはそれで怖いね。何処にひそんでんだろ、やんなっちゃう」

「こんな噂、知ってる? ミラーハウスの入れ替わりの噂」

 え、とアリサは反応した。優衣も新井も同様だった。

「ここから出てきた人の話なんだけど……別人みたいに、人の性格が変わっちゃったって話」

 藤川が得意気に話す。せっかく安心できたのに、そんな話を今ここでし出すなんてと思ったが、藤川の口は止まらなかった。

「まるで中身だけが違うみたいだって、ね」

 4人が歩いていくと、ドアが無く、ゲートのある出入り口に辿り着いた様である。鏡張りの通路からはやっと抜け出す事ができ、それを見つけた瞬間、アリサは歓喜で駆け出していた。

「早く早く、皆! 出口だよ!」「待って、アリサ~!」優衣が追いかけていく。あとの2人も早足で動いていた。「出られたんだね、やった」「助かった……」と、2人ともホッとした。

 外に出ると空気が違った、ぬるいけど新鮮だと感じる。ミラーの迷路の中も、その前の部屋も、じめじめして、湿っぽかったのだった。

「沢田くん達はどうなったのかな、まさか、死んでない……よね」

「やめてよ冗談でも優衣~! ひざがガクガクしちゃう。でもどうしよう。入口ゲートに戻ろうかな、あそこで待っているはずだったんだから、わたし達。あっちだって、わたし達が消えて迷惑してるかも」

 あり得る。ジュースを買いに行けたのかは謎ではあるが、合流できずに怒っている場合も考えられるのだ。危険だってあるし、場合によっては、遊園地から出て沢田の父達を呼んできた方がいいのかもしれないと思った。

「アリサ」

 肩を後ろから叩いてアリサを呼んだのは優衣だった。「え?」

 振り向くと、優衣がアリサを見ている……かと思いきや目を閉じて、肩をつかんだまま、その手を離してはくれなかった。

「ど、どうしたの優衣……」

 うろたえたのが、丸分かりだった。

「アリサ」

 優衣はシリアスに、でも突如、カッと目を見開いた、そして口をゆがませている。「アリサぁ……」不気味に見えた。「きゃ……」悲鳴を上げるほかない。

「アリサ」

 何度も名を呼んだ。手を外し、新井の方へ逃げる。まさか、まさか、まさか。アリサは、新井の方も見た。

 新井は、とろけた目をしながら変な事を言い出す。

「普通の、何が悪いしょっとお?」

 意味不明である。彼の悩みだったろうか、新井はそんな変キャラではなかった。

「まさか人格が」

 先ほど藤川が言ってはいたが、一体どういう事なのか。優衣に新井、だとしたら、藤川……も。

「だから、あんな話」

 藤川を見る。見た目には変わりない、だが中身が違うのか、アリサは混乱した。「嫌あぁあ!!」身をちぢこませて頭をかかえた。

「こっちだ、深野!」

 と、声をかけたのは藤川である。

「嫌ー!!」

 聞こえてないアリサに、魔の手が忍び寄る……優衣と新井が、襲いかかってきたのだ。アリサ、深野さん、アリサ、と、生気が感じられない抑揚の無い声で呼びかける。

「こっちだ!」

 無理やりにアリサの腕を引っ張って逃げたのは、藤川である。

 走り、アリサに気をも遣いながら走り、アトラクションの合間を縫って急に立ち止まったら――。

 人が、立ちはだかった。

「何処へ行くつもりだ、藤川。深野」

 見た事があると思ったら当たり前、沢田である。続いて、

「俺達を置いて、何処行ってたんだよおおおお」

 と、脇から嫌あ~な笑いで居たのは、ムラタ。さらに隣には、マチダや沢田の兄が居たのだった。

「さ、沢田くん、あなた本当に沢田くんなの?」

「さ・あ・ね」

 面白そうにこっちを見ていた。「冗談はやめて。分からないの」と、全員を相手にいさめる。

「ダメだ深野、こいつら、違う」

 藤川はアリサの身を寄せると、「逃げよう」と促した。藤川に接近し体温が高くなったが、それどころではなく必死にうなずく。

「藤川くん!」

「俺は"本物"だ!安心して!」

 アリサを連れて走り出す。2人だけの逃亡劇だ、あとを他の連中が追いかけてくる。「アリサぁあ~」見た目には全然変わりがないのに、違和感がありありだった。

 あんな姿をさらすなんて――優衣じゃない!

 ミラーハウスで、皆が変わってしまったの!? ニセモノなの!? 本物は何処へ――。

 はあはあと息を切らしながら、奥の方へと走って行った。藤川と、手を繋いだまま――。

「う」

 藤川が足を止めた。つられて、アリサは転びそうになる。「どうしたの?」「そんな馬鹿な」「!」

 驚いて見たのは、ぐるぐると回る、メリーゴーラウンドだったのだ。電飾もキラキラと光っているし、音楽だって鳴っているではないか、と。

 閉園して電気などが通っているはずがないのに、これで何度目だろうか、おかしな事だらけである。

 馬や馬車は、上下に動きながら、ぐるぐると回る。もしこれで子どもでも乗っていたら、大喜びだ。でも今は誰も居なかった。無人のメリーゴーラウンドが、悲しい。

「帰りたいよ……」

 涙ぐむ。

「どうして、こっちへ来たの。藤川くん……」

 ポツリと、アリサが涙声でたずねた。

「北ゲートが近いから、そっちから出れないかと思ったんだ。ごめん」

「そう……」

 力なくして、しゃがみ込む。

「本当に、藤川くん?」

 確かめるすべが無いため、聞いてみるしか方法が無かった。

「ミラーハウスの話は、ネットで拡散されている噂話だ。ごめん、あいつらが本物なのかどうか、見極めるために話を持ち出した。怖がらせてごめんな、深野」

 そう言って、藤川は目を伏せていた。本物の藤川かどうか、立証できないのが悔しいが、信じるしかないのだろう。

「分かった……もう、どうしようもないもんね。わたし達」

 詰まり気味の鼻をすすりながら、泣くのをやめたアリサだった。

「捨て鉢になるなよ、俺は、この遊園地がどういった性質のものなのか、分かった」

「あのさ、藤川くん」

 ず、と鼻を一撃すする。藤川は、うん? とアリサを眺めた。

「小学生らしくない」

 言われて藤川は、げげ、と身を引いた。「そういう言い方ってアリ」と苦い顔をする。

「でも、皆がおかしくなって襲いかかってきた時に……助けてくれた」

 わたしって、藤川くんにだまされてしまうのかなと、アリサは思う。だけど、

「……信じてみようかなって思う。せっかく、好きになったんだし」

 赤ら顔は、本当の、素直な気持ち。たとえ今自分がおかしくなっても、これだけは、伝えて死にたい。

「深野……」


 わたし達のかたわらで、回り続けているメリーゴーラウンド。

 意味なんて最初から無いんだよね、ただのいたずらなんだから。

 そうなんでしょ、アクマさん。

 事実なのはひとつだけ、ウラノドリームランドは――


 廃園でした。


「同じ夢は、俺も見たと思う。宇宙人の物語」

 藤川は、頷いてアリサを見つめていた。

「あれが真実なのかは、信じたらいいんじゃない。俺は一応、信じておく。そっちの方がきっと面白い自由研究の結果になりそうだからね」

「あ、忘れてた自由研究」

 そんな事を考えている余裕なんて無かった。

「深野の気持ちは嬉しいけど、何て言うか……正直、分かんない」

 頭をかきながら照れ笑いをしている藤川に、

「訂正だよ藤川くん。君はやっぱり小学生だ」

 アリサは撃沈げきちんしたのでした、以上である。



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