2.道中、長いんですが何か?
夜に――。
家に電話がかかってきたが、もちろん相手は番号をしっかりと伝えた藤川からで、沢田家から出動OKが出たので、アリサへと連絡が繋がった。
何でも、話を聞いて乗り気になったのは沢田家でも高校1年生になる兄ちゃんの方で、母ちゃん父ちゃん、妹などは「好きにすればー」とテレビに夢中だったらしい。車は出してくれるそうで、兄ちゃんは運転できないが先輩に免許持ってる人がいるからと協力態勢だった。
大丈夫かなぁと若干の心配はあったが、アリサは胸中に収めた。
胸がドキドキしているのは、用件の事だからではない。アリサは、藤川からの初めての電話に緊張しているのだった。
まずいなこれ、惚れるぞコラ。
乙女なんだから仕方ないじゃない、アリサは思った。
「聞いてる?」
藤川は急に黙ったアリサに呼びかける。「あ、っと。ごめんなさい何だっけ?」と一瞬だがうわの空だった自分が恥ずかしくなった、足の裏がかゆい。
「調べてたんだけどさ――」
おそらく通知番号から察するに、スマホから電話をかけてはいないのだろう、片手にスマホを持ちながら自宅電話でかけている姿が容易に想像できた。
「廃園になった理由なんだけど、多いんだ」
読み上げる。
ジェットコースターの落下事故。
アクアツアー中に【スノーバキア】が消えて行方不明になり。
ミラーハウスで火事があって大ヤケドを負った女性がいて、
ドリームキャッスルの地下室で冷凍庫にお客が閉じ込められて死んだ。
ざっと、こんなもの。「多いなぁー」アリサは叫んだ。「徐々に物騒になってくじゃない……」ぎゅっ、と、アリサは手を力込めて握った。怖くなってきて好奇の花も萎れていく。
持ち直したきっかけは、藤川の次の言葉だった。
「ミステリアスで面白いなと思うよ、俺は。この事を自由研究にしようかとさえ思ってる。よかったら、深野もどう? 一緒に」
誘いである。「わわわわたしなんかでよければ」声がうわずってしまった。藤川はさほど気にしてはいない。「じゃあそうしよう。あと……」
数秒の間を置いて、「やっぱり、いいや」と完結した。
「予定とか都合とか、また詳細は決まったら連絡する。じゃあね、おやすみ」
「うん。今日はありがと色々と調べてくれて。おや……すみ」
今度は上手く言えたと、アリサは胸を押さえてホッとした。エアコンが利いて、扇風機も喚起のためにつけているのに、体が冷えてこないのは何故なのか。
――乙女ですから。
電話を切った後、腰くだけたアリサはしばらくその場から動けなかった。「姉ちゃん何してんの」「うー」「どうでもいいけどそこ邪魔」
弟が足で、姉であるアリサを蹴った。弟は小学2年生である。光るパジャマを着ていた。
藤川が、言いそびれた事。
アリサをこれ以上怖がらせまいと、知っておきながら伝えなかった事がある。
『なお、ある特定の順にアトラクションを巡ると、――が。』
噂だった。スマホの画面で情報が、列をなしていた。
*
状況は少し変わっていた。車を出してくれるのが沢田の兄ではなく父親で、沢田家は一家で揃ってキャンプに行く事になった。
キャンプとはいってもペンションを経営している伯父がいるそうで、その敷地内でするキャンピングである。
兄とその友達と、アリサ達もどうだという事になり、大所帯でレジャーを楽しむ事となった。非常に楽しみにその日が来るのを待っていた。
「それで、例の遊園地跡って、近くにあるの? どのくらい?」
棒付きのアイスを食べながら、隣に座っていた藤川に聞くアリサ。
「うーんとね、ペンションからはバスで行くと……30分くらいかな」
「結構かかるね」
「ん、まぁ行けるだけラッキーっしょ」
溶けだしたアイスに慌てて舌を伸ばす。本日も晴天なりて、もっとプールに浸かっていたいと思った2人である。プール教室が終わり、アリサは優衣を、藤川は沢田と新井を、それぞれコンビニの前で待っていた。
「遅いね、トイレ」
「詰まってんのかなアイツら」
トイレだの買い物だの、用事が終わるのを数分と待っていた2人だったが、なかなか出てはこなかったので、暑いので中で待とうかと藤川は立ち上がった。アリサも同意し食べ終わったアイスの棒をゴミ箱へと捨てて店内へと入る。
レジでは宅配だの行列が少々できており、もう少しかかるな、と見てとれた。その間は隅の方へアリサ達は寄り、藤川はバッグからスマホを取り出して触り始める。
また何か調べているのかなぁとアリサが考えていると、
「珍種の事だけど……」
と、藤川が視線は画面に向けたまま、話しかけてきた。「え?」
「何それって気にならなかった? ウラノドリームランドで売りだった珍種、【スノーバキア】ってやつ」
言われて「ああ……」と頷いた。話の中で出てきてはいたが、他の衝撃的な事柄が多くて忘れていた様だ、事故とか。
スノーバキア――動物の一種だろうか。それとも植物か。スノー、すなわち雪や氷に関係するのか。アリサは猛獣を想像した。白い巨体でクマみたいだが、ナマコを背負っている。餌なのか。
「どんな魔物なんだろー」
腕を組んで考えた。
「何その魔物、って……」
苦笑いで藤川は画面をタップする。それを読んでいるらしい。
「【スノーバキア】っていう珍獣らしいんだよね。探しても画像が出てこないんだ。もしかしたら夜にしか出てこないとか、光がダメだとか、臆病だからとか、撮影が禁止だとか。扱いが特殊だったのかもしれない。ともかく、【スノーバキア】については、情報が少ないよ」
「そっか……」
「その【スノーバキア】が、ある時、行方不明になってしまった。アクアツアー中にだ」
「あー、言ってたね。アクアツアーって?」
「ディ〇二ー・シーでニ〇&フレンズ・シーライダー、ってあるじゃん。あれは映画の世界を舞台に海底の世界を冒険する体感シアタータイプのアトラクションだな。アクアツアーは……水族館系、体感型アトラクションって感じかなー」
「例えばボートとか乗り物に乗って、奥へ進んでいく、みたいなやつは? そういうのなら乗った事ある」
ただしお化け屋敷だった様な、とアリサは思い出して身震いした。幼少の頃に家族で行った思い出だがプチ恐怖体験だった。
「行方不明……って事は、実際に居たものなんだろうけどね。売りである目玉が居なくなっちゃ、園長さん達はさぞ困っただろうな」
もし凶暴であれば付近住民などは常に危険にさらされる事になる。総力をもって必ず探し出さないと、園長だけの責任で済むのだろうか、と言ってみる。困るどころか、大事件、何かあれば大惨事である。
「結局は見つかってないんでしょ……なんだよね?」
おそるおそる聞くと、藤川は困った顔をした。「分からない」暗雲に見舞われた気分だった。「見つかった、っていう報道は無いみたい」
じゃあ見つかってないんじゃ、とアリサは息をのんだ。
「変な噂は流れているよ。営業していた時お客さんの中で、謎の生物を目撃した、っていう」
「謎の生物? 【スノーバキア】じゃなくて?」
「それとは別の、謎の生き物。はっきりとは見てないらしいんだ、何故かというと、"影"だったからだって」
「"影"……」
「もしかしたら、その"謎の生き物の影"が、【スノーバキア】を食べちゃった、っていう説がある」
この世はジャクニクキョウショクだああ、アリサはプチ絶望感で泣きそうになった。するとそこまでで、会話は優衣がレジから戻ってきて終わる。
「仲がいいね2人とも。盛り上がってた?」
と優衣がニヤ顔でからかうと、ぎくりと反応した。何も言葉が出てこず詰まっていると藤川はスマホに目を移す。
「このコンビニ、今日はやたら混むんだね~」
アリサ達は知らなかった。本日より、某国民的「ケ」の付く女子アイドルグループと某国民的「ア」の付く男子アイドルグループが合体して全国コンビニチェーン店でのみ販売する限定販売チケット、『U☆RU☆TO☆RAマジ2017~夢の競演~』の存在を。チケットには虎のイラストが描かれており、熱狂的なファンが各地でコンビニに殺到していた。きっと今夜のニュースで取り上げられるに違いなかった。かくも恐ろしい。
アイスもう1本食べたいな。
うだる様な外の暑さに辟易していた。
*
当日はやって来た。アリサ達は2班に分かれて、沢田の父が運転する車と、沢田の伯父が迎えに来てくれた車でペンションに向かった。着くと早速、荷物を置いて待ちわびていた廃園へと向かう事になる。兄と友達2人を乗せた車は伯父が、アリサ達5人を乗せた車は沢田の父が、それぞれ運転してくれていた。
ナビで確認しながら山道を道なりにひた走っていくと、広いスペースで、遠くにそれらしき施設が見え出したのだ。「あれじゃない?」誰かが声を上げた。「そうだよ、絶対そう」決定づけたのは、観覧車だった。
(あれだ……)
何の変哲もない、観覧車。白っぽい、普通の。
古くなっているが、書かれている看板の色薄くなった文字が、ウラノ……ドリームランド。
ずっとスマホをいじっていた藤川はやめて待ち受け画面に戻った。画面では白い猫が、畳の上で気持ちよさそうに寝そべって寛いでいる。
噂のスポットは、あれに違いない。アリサや藤川は、一同は、ごくん、と唾をのみ込んで、静かに迫る到着を待っていた……。
「じゃ、連絡あれば迎えにくるから。行っといでー」「へいよ親父」
竿を担いで手にはバケツなどを持って――アリサ達は釣り具店前に降ろされた。筋書きはこうだった――廃墟になった場所になど、面白がって行くもんじゃない、危ない。結局、沢田家の両親からは許可がもらえなかったため、廃園ではなく、近くにあった釣りの名所に行く「フリ」をする事になったのだ。
親達をだまして兄を含めて合計9人は、車から降ろされた後、去っていく車を眺めて――笑い合った。にやり。楽しそうである。
「バスがあるぜ、10分。そこから徒歩10分くらい。近い近い」
「ムラタ、調子どうよ? 右」
「マチダこそどうなん。左」
高校生になる彼らは、内々で何かを言っている。アリサには聞いてもチンプンカンプンだった。右や左が何?
どうやら腕を叩き合っていたのでケガでもしたのかなと思った。そういえば日には焼けている。野球部やサッカー部なのだろうか。でも夏休みとはいえ練習はあるだろうし、と、そこまでをアリサが考えていた所で、お声がかかった。
「おい、行くぞー」
「待ってよ兄貴。女の子がいるんだからさー」
「そら来た、バス」
緩やかなカーブを走ってきたバスを指して沢田の兄は言った。だますために用意してきた竿などと一緒になったバケツは、荷物になるので置いていく事にした様だ。
長い道のりだなぁと溜息をもらすアリサだったが、風が気持ちよく吹いてくる。
夏休み、家で退屈してるよりずっといい。顔を上げると、視界に藤川の姿が入った。猫背かな、と観察してしまう。左片手にスマホを持って、いじっている。あんなのが欲しいなぁ買ってくれないかなぁ、とアリサは羨ましそうに見ていた。
蝉の音がけたたましく鳴り響いてきた。午前中から、蝉も忙しいらしい。着いた目的地を前に、少しばかり感動を覚えていた。
「ここが……」「ウラノ……」「ドリーム……」と呆けた顔で小学生チームが順番に言い出すと、
「パ~ラダイス!」
沢田がぶち壊した。「違ーう!」と小学生だけが抗議した。
「そういうラブホなら知ってる」「コラ、よせオコチャマに」と高校生チームは談笑した。肩を叩き合っている。
「やっと着いたぜ~。はー、疲れた」
と、兄の方の沢田は背伸びして叫んだ。目の前にあるのは、大きな門、白く塗られていた様だがかなり剥げていて、蔦などが絡まり草や葉が、もさりと茂り。傷みの激しいのが見て明らかである。
かつてここが入場口で、子どもを連れた家族やカップルなどが多く訪れていたのだろうかと思うと、哀愁感が半端なく漂っていた。
「さ、入ってみるか」
と、マチダと言われていた彼が声をかけたのだが。
「で、どうやって?」
「入れんの? 門が閉まってるけど」
続いてムラタと沢田(兄)が声をかけた。門は、ガッチリと鉄格子で閉められ、堂々と看板に『立入禁止』と赤文字で書かれている。それもそのはずである。
「うーん。万事きゅうす」
「茶でも一杯、頂くか」
ペットボトルのお茶を飲み出した。えー、と、アリサ達はブーイングの嵐だった。これで終わりなのか。そう思い始めた、その時である。
くすくすくす……
葉が風に揺られて、こすり、そんな音に聞こえた。突風が吹く……。
ひう……
軽い、いたずらな風の様だった――だが、
ぐぎぎぎぎぎ……
両開きだった門が、開き出した。南京錠が、巻かれた鎖にくっついていたのだが。ぽとり。南京錠は、勝手に地面へ落ちて、崩れた。まるで映画のワンシーンを観ている様な錯覚を覚える。
「は……」
「何これ……どういう事」「信じらんない……」
口々に物申すが、誰にも答えられなかった。
(悪への誘いだ……)
アリサだけ、はっきりと心の中で「悪」と言い切った。何故だかは分からないけど、これは悪意だ、この中には何か、居る。
絶対に「悪」だ、どうしよう。怖い、でも。
脳裏に記憶が呼びさまされる。前に藤川くんが――。
『ミステリアスで面白いなと思うよ、俺は』
『よかったら、深野もどう? 一緒に』
わたしを自由研究にもと誘ってくれた。
あんなに一生懸命、調べてくれた。
たかが夢なのに。興味を持ってくれた。嬉しい。それから……。
アリサの胸が高鳴る。
わたし、藤川くんと、もっと――。
どきどきと、止まらずに大きくなっていく。
もっと、もっと、
大事にしたい、この想い。
一緒に、冒険が、したい。
腹は決まっていた。「行こう!」
最初に一歩を踏み出したのはアリサだった。これだけの人数がいるのだ、大丈夫、頑張ろう、何があっても、負けない。
目を丸くして注目されているアリサは気にせず、門へとスタスタ、歩いて行った。「待って女の子ちゃんっ」「名前何だっけ」「アリサちゃん。ありりん」「深野さん」「深野!」「おー、強いぞ女子」
くす、
また葉がこすれた音が……したのかも、しれない。