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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

2章.モンスターを率いる者

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20. 人形の挑戦

前話のあらすじ:
( ゜∀゜)o彡゜触手、触手
   20


 手にした木片にやすりを入れる。
 もうほとんどかたちはできあがっている。言うなればそれは、想像を実像に変えるための最後の仕上げの行程だ。気を抜くわけにはいかないし、もとよりこの作業に気を抜けるような箇所などない。
 必要とされるのは美術品を仕上げる繊細さだ。
 もっとも、わたしは現物としてそう呼ばれるものを見た経験はない。
 ただ、実用ではなく見目を価値とした概念として『美術』を理解することは可能だし、わたしがいま造っているものがどちらかといえばそちら側に属する物品だということも正しく認識できていた。
 故に、細心のうえにも細心の注意を払う。
 やすりを入れる角度がほんの少し変わるだけで、できあがるものは驚くほどにその表情を変えてしまう。だからほんの一瞬たりとも気を抜かず、精神が焼き切れるほどに思考して行程を進めていく。

 ――これがなんなのかを思えば、あまりに華美にするのは分不相応とも考える。
 ――だが、これがなんのためにあるのかを考えれば、どれだけ完璧な美しさであっても足りはしないと思えてくる。

 わたしはいま、わたしのモノを作っている。
 わたしの意思で、わたしの所有物を造っている。
 これは非常に珍しい例と言える。
 わたしが自分の意思で他人のものを造る。あるいは、ご主人様の命に従ってわたしのものを造る。そうしたことは、これまでにいくらでもあった。
 しかし、わたしの欲するところによって、わたし自身のものを造ることはなかった。
 そういう意味では、これは真にわたしの得る初めての所有物だといえる。それどころか、完成した暁にはわたしを構成する一部分となりさえするのだから、あまり華美であるのは好ましくない。わたしに似合うものとも思えないし、分不相応とはそういうことだ。
 しかし、である。それは『わたしのもの』であると同時に、本質的には『わたしのためにあるもの』ではない。
 なにせそれは普段は自分で見ることのないものだ。日常生活において、あくまでこれを見るのは他人であり、この場合、その他人というのは誰より大事なわたしのご主人様のことだ。故にどれだけ手を尽くしても尽くし過ぎるということはないのだった。

「できました」

 全ての行程を終えたとき、わたしの手のなかには精巧に作り込まれた『少女の顔』があった。
 年の頃はご主人様と同じくらい。整った顔立ちではあるが、それだけに少し特徴に欠けるところがあるかもしれない。肌はやや白過ぎるが、滑らかで少女らしいハリがある。落ちついた雰囲気に仕上がっているのは、わたしがもっとも苦労したところだった。

「どうでしょうか」

 わたしは傍らで作業を見ていた友人へと作品を手渡した。
 彼女はわたしの協力者だ。彼女自身に物を造る能力はないが、彼女なしにはこの方面におけるわたしの創作は立ちゆかない。言うなれば、アドバイサーといったところだろうか。
 いまも彼女は様々な角度からわたしの作品をたがめつすがめつして見ていた。
 彼女自身の暗い表情、焚き火に照らされた洞窟、手にした作品の精巧さが組み合わさることで、その姿はどこか不気味で魔女めいている。

 ほう、と友人の薄い唇から吐息が漏れる。結果が告げられようとする。わたしに息をする機能が備わっていれば、緊張に息を呑んだに違いなかった。

「完璧ですね」
「では……」

 上体を乗り出したわたしに友人――加藤真菜はうっすらと笑みを浮かべて言った。

「リメイクで」

   ***

 ご主人様と別れたのは、もう一昨日のことになる。
 事前の打ち合わせでは、あの騎士たちは森を抜けて町に向かうだろうと予想していた。あのような砦に案内される展開というのは予定にはなく、はっきり言えば、かなりこれは都合が悪いことだった。
 しかし、だからといってわたしたちのやることは変わらない。ご主人様の連絡を待ち、もしもご主人様に変事あることをパスを通じて感知したなら、万難を排してそのもとに馳せ参じる。そのためには、なるべくご主人様の近くにいることが望ましい。
 そこで、わたしたちはご主人様が向かった砦を臨むことのできる標高の低い山中に、手頃な洞窟を見付けて寝泊りをしていた。これはどうやらある種のモンスターが掘った巣穴らしく、巣の主は随分前に討伐されたのか姿を見ることはなかった。

「加藤さんの目から見て、どこが悪いのでしょうか?」

 その洞窟でわたしは、向かい合った友人に問い掛けていた。

「――真菜」

 短い返答。いや、これは単なる文句か。咎めるような光を宿した双眸が、わたしへと向けられた。
 じっとりとした目が、彼女には実によく似合っていた。

「真菜って呼んでください」

 最近になって、友人である彼女は自分のことを真奈と呼ぶようにと頼むようになった。
 わたしはまだその呼び方に慣れていない。そのため、たまにいまのように間違えて彼女を拗ねさせることもあった。

「真菜、の目から見て、わたしの作品のどこが悪いのでしょうか?」
「悪いというほどじゃありませんけど」

 わたしが言いなおすと、真菜はほんのわずかに口元を緩めた。

「ただ、なんというか、人間味が足りない気がするんです」
「人間味、ですか」

 真菜の言葉を、わたしはそのまま繰り返した。
 ――自分の口で、だ。
 そう。わたしはいま、造り出した頭部を試しに装着しているのだった。
 人間のような形式での声帯はまだ作成に成功していないので、実のところ『声に合わせて口を動かしている』だけだが、ぱっと見はわたしが自分の口で言葉を紡いでいるように見えるだろう。

 先程作製したばかりのこれこそが、少女としてのわたしの顔だった。ご主人様に抱きしめていただくための、その第一歩と言っていい。あくまで造形としてだけなら、真菜の言う通り完璧なものを造り出したと自負している。

 ここに至るまでの道のりは決して平坦なものではなかった。
 これでもわたしは物作りについてはそれなりの自信があった。どんなものでも思いのままに木材を加工できることこそが、マジカル・パペットとしてのわたしの特性であったからだ。
 そう。『思いのままに』だ。それがつまり『思い描けないものは造れない』ということを意味しているのだと知ったのは、この試みを始めてからのことだった。
 人間の顔面を造るのは、普段とは勝手が違っていた。
 わかりやすく言えば、それまでのわたしの作品とこれは方向性が違っていたのだ。
 これまでのわたしの創作は機能を追求したものだった。実用的であり、無骨でさえあった。しかし、これは本質的には美術品の類に近い。同じ材料で同じ道具を使っていても、目的が違えば必要とされる技術が変わってくるのは当然のことだろう。
 ほんの数ミリのずれが全体のバランスを崩してしまう。下手をすると、人間のものとは思えないような崩れ方をしてしまいさえする。
 最初の試作品といったら、それはもう酷いもので、思い出したくもないほどだった。
 当然の如く、作業は難航した。
 とはいえ、わたしとしてはそれで諦めるわけにもいかない。その程度の困難で断念するなら最初から始めていない。それに、ご主人様にいつかお見せすると約束してしまったこともあった。
 それから練習を積み重ねて少しずつ上達していったのだが、あるとき突然、いくら造っても作品から違和感が拭えなくなった。正直、焦った。それが『不気味の谷』と呼ばれる領域に差し掛かったためなのだと真菜が教えてくれなければ、わたしのこの試みは頓挫してしまっていたかもしれない。
 人間によく似た被造作物の造形や仕草というものは、ある程度人間に近づいていくと、細かい違いのほうが目について、かえって不気味なものに感じられるのだという。これを『不気味の谷』現象というのだそうだ。
 改善するには、それこそ、より人間に近づけていくしかない。
 それから何十回という指摘を受けて、わたしはその都度、作品を改善していった。これが何十作目になるのか、わたし自身も覚えていない。

 そんな先の見えない思考錯誤にも、真菜は根気よく付き合ってくれた。
 真実、これはわたしたちの共同作業といって過言ではない。
 そのせいか、わたしが造り上げた作品は、どことなく目鼻立ちに真菜と似通ったところがあった。真菜は歳の割に幼い顔立ちをしているので、並べば姉妹にも見えるかもしれない。それこそ真菜が指摘したところの人間味がどうにかなれば、だが。

「まあ、それはいいとしましょう。もっと大きな問題は他にあります」

 真菜が平坦ないつもの声でいう。
 感情の起伏が薄い表情からはなかなか想像できないが、これで彼女はやる気があるのだ。わたしはそれを知っている。実際、彼女の指摘は大抵が的を射たもので、わたしの試みにとって有用なものばかりだった。

「ローズさんは表情がうまく造れていません。造形についてはかなり人間らしくなっていますが……といいますか、完璧過ぎて人間味がなくて天使みたいになってますけど、表情が駄目です」

 真菜がわたしの顔を見詰めている。いいや。観察しているのだ。

「黙って立っていれば人間と区別がつかないところまで技術が向上しただけに、微細な表情の動きに関しての違和感が大きくなっています。口の動きと声の出し方もちぐはぐです。そのあたりが修正されれば、顔立ちが多少整い過ぎていたところでどうにでもなるでしょう。逆に、いくら顔の造作が人間くさいものだったとしても、表情が駄目なら台無しです」
「自覚はしているのですが、どうにも。……それほど駄目ですか?」
「正直、不気味です」

 これまで何度も何度も意見を交わし合ってきたわたしたちだ。今更、余計な気遣いで意見を控えるということはない。
 いつものように真菜は直截的な言い方でわたしの欠点を指摘し、そして、いつものようにわたしはそれを受け入れて、それなりにへこんだ。
 指摘なしに前進は有り得ないとはいえ、それで落ち込まないというわけではないのだ。

「肌とかの感じはとてもいいと思いますよ」

 そんなわたしの内心を読んだのか、真菜が手を伸ばして頬に触れてきた。
 指先を押し付けると、わたしの頬はやわらかく沈みこむ。

「このあたりは、わたしとしても想定通りで嬉しいです。『疑似ダマスカス鋼の剣』とか、あとは最近の『黒い武具』とか。ローズさんが加工した魔法道具は、完成した時点で見た目からして木からかけ離れたものになります。だったら、こうした素材も造れるとは思っていたんです」

 鉄みたいに硬くすることができるのに、人肌程度にやわらかくできないわけがない。
 というのが真菜の理屈だった。わたしにはない発想である。

「聞かされたときにはどうなのだろうと思いましたが、やってできないことはないものですね。もっとも、これも満点とは言いがたいところはありますが」

 及第点ではあっても満点には程遠い、というのがわたしの感覚だった。
 たとえば、肌が妙に白いのは、肌の下を流れる血流までは再現できなかったせいだ。あくまでこれは紛い物。切っても血が流れるわけではない。毛穴だってないので、近づいてよく見てみれば、これが作り物であることには気付けるだろう。
 あまり大きな表情も作れない。自然に皺を作ることができなかったのと、その原因でもある肌の下の筋肉の動きがうまく再現できていないからだ。
 顔立ちをなるべく物静かな印象の造形にしてあるのも、そうした部分が生んでしまう違和感を少しでも抑えるための方策だった。
 表情が制限されているのなら、表情豊かでなくても構わないようにしてやればいい。言うまでもないことだが、あくまで対症療法的な方策である。

 どうしても乗り越えられないそうした技術的限界がいくつもあり、結果として、いまのわたしの顔は無機質な印象のものとなっていた。
 どれだけ精巧にできていたところで、あくまでこれは人形の顔でしかないのだ。
 これは『人間の少女の顔』ではない。『少女人形の顔』だ。
 とはいえ、『人間らしく見える人形』としてなら、自分でもよくできているとは思う。それがつまり、『動かしたら台無し』ということを意味しているにしてもだ。

「ともあれ、ここまでこられたのは真菜の協力のお陰です」
「何度も触られちゃいましたからね」

 真菜はわたしの顔から引っ込めた手で、今度は自分の頬を掻いた。
 参考のために、わたしはこれまで何度もぺたぺたと彼女の顔を触らせてもらっていた。これは真菜の提案で、お陰で少なくともやわらかさだけなら少女のそれをほぼ忠実にトレースできたと自負している。

「まあ、表情については長い目で見るしかないでしょうね。どちらかといえばそれはハードの問題じゃなくてソフト面……ローズさんの操作能力にかかっていますから」
「面目ありません。手足と違って、これまで動かしてこなかった部位ですから」
「練習すればきっとよくなりますよ。これからも一緒に頑張りましょう」

 励ましの言葉をくれた真奈は、その直後に少し眉尻をさげた。

「……といっても、こちらの教師役については、わたしは適役とは言えないと思いますけど」
「そう、なのですか? それはまた、どうして?」
「赤ちゃんの模倣ではありませんけど、やはり学びの基本は真似ることにあります。その点、わたしはあまり表情が豊かなほうではありませんから」

 真菜は自分の表情が薄いことについて自覚しているらしい。
 もっと少女らしく、たとえばリリィ姉様のように花咲くように笑ってみせれば、随分と印象も変わるだろうに……とわたしは思うのだが、真菜がそのように笑うことはない。
 彼女の事情を考えれば、それも仕方のないことなのだろうが。

「そうだ」

 そんな表情の薄い真菜が、ぽんと手を叩いた。

「なんならリリィさんに頼んだらどうですか? あの人のほうが、こういうことには適役だと思いますけど」
「いえ。それは……」

 折角の真菜の提案だったが、わたしは言葉を濁した。
 確かにリリィ姉様の表情は豊かで、魅力的だ。女性という生き物として、ある種の理想に達しているとも言えるだろう。
 しかし、姉様に助力を求めるのは憚られた。
 真菜とともに進めているこの試みについて、なぜかわたしはリリィ姉様に頼りがたいものを感じていたのだった。
 といっても、姉様にはなんの問題もない。あくまでわたしの側が、なんとなく姉様に対して後ろめたいものを感じているだけなのだ。
 理由についてはわからない。自分でも不思議に思っていた。

 ――ご主人様に抱きしめられて過ごした、あの夢のような夜をもう一度。

 それがわたしの願いだ。
 ご主人様に抱きしめてほしい。わたしが願うのは、ただそれだけだ。
 そこに姉様に対して申し訳なさを感じなければいけない理由は存在しない。
 そのはずだ。……そのはず、なのに。
 本当に、なぜなのだろうか。
 自分でもわけのわからないその気持ちのせいで、自分が行っているこの試みについてわたしはリリィ姉様に話をしていなかった。
 そのあたりのわたしの微妙な気持ちをリリィ姉様も感じ取っているのか、わたしが真菜と一緒になにかしていることには気付いているはずだが、あえて触れることなく見て見ぬふりをしてくれていた。

「ローズさんの気が進まないなら仕方ないですね」

 このあたりの話は、以前に機会があって真奈にも相談をしたことがあった。そのため、わたしが合理的な理由もなしに提案を拒んでも、真菜はあっさりと受け入れてくれた。

「申し訳ありません、真菜。それが有効だということは承知しているのですが……」
「謝る必要なんてないですよ。後ろめたいって思うローズさんの気持ちは理解できますし」

 真菜は言葉通り特に気にした様子もなく淡々と返した。
 わたしにも理解できないわたしの気持ちを、真菜は理解できているらしい。
 どうも彼女はリリィ姉様に対するわたしのこの不可解な後ろめたさが一体なにに起因するものなのか、見当がついているようだった。
 しかし、彼女はそれがなんなのかわたしに教えようとはしない。
 わたしがそれを望んでいないことを、彼女は知っているからだ。
 もともと、わたしが『ご主人様に抱きしめてもらいたい』という自分の願いを叶えようと思った切っ掛けのひとつは、『人の心を理解したい』と願ったからだ。だというのに、自分のなかにある気持ちに関して安易に他人に答えを求めるなんて本末転倒というものだった。

 わたしは自分の力で答えを得なければいけないのだ。
 ……しかし、それはそれとして、そのために折角の真菜の助言をふいにしてしまっていることもまた事実。これに関しては素直に情けないと思うし、申し訳ないとも思うのだった。

「……すみません」
「それほど思いつめる必要はないと思いますよ」

 そんなわたしの内面に気付いたのか、親しい人間にしかわからないくらいではあるものの、真菜は声をやわらかいものにした。

「焦らなくても、じきにローズさんも答えに辿り着くでしょう。どうしてもというのなら、自分がどうして先輩に抱きしめてほしいと思っているのか、そのあたりを改めて考えてみるといいかもしれませんね」
「どうしてご主人様に抱きしめてほしいのか……ですか?」
「はい。ローズさんはいつかの夜に先輩に抱きしめられて、なによりいつよりも幸せだったんですよね? それをもう一度と願ってしまうくらいに。そう思った自分の気持ちが一体どこから来ているのか、その源泉がどんな感情にあるのか……そこに気付けばローズさんはまた一歩前に進めるはずです」

 大事に思っている人から抱きしめられる。
 それが嬉しい。楽しい。幸せだ。
 ――と、これがただそれだけの感情ではないことは、いまのわたしでも察することはできていた。
 ご主人様に抱きしめられたいというわたしのこの想いは、たとえばあやめがご主人様に鼻面を押し付けるような触れ合いを求めているわけではない。
 言ってしまえば、この思いは純粋ではあるが無邪気なものではないのだ。
 人形であるこの身でさえも突き動かしてしまう、不可思議で力強いこの想いは、もっと複雑怪奇で繊細なものだ。
 ……予感があった。
 この感情に名前がついたそのときこそ、わたしは本当の意味で人の心を知ることになるのだろうと。そのためにも、わたしは考え続けなければならないのだった。

「わかりました。心得ておきます」
「はい」

 わたしの答えに、真菜はほんのわずかにだが満足げに口元をゆるめて頷くのだった。

「それではリリィさんにこの件について相談を持ちかけるのは、やめておくことにしましょう。わたしが引き続き教師役を引き受けます」
「真菜には手間を掛けますが、よろしくお願いします」
「手間だなんて思いませんよ。わたしとしても好きでやっていることですから。ローズさんのお世話を焼くのは楽しいですし」

 それがわたしのことを気遣っての台詞なのか、彼女の本心なのかはわたしにはわからない。どちらにしても、わたしには頷いて友人の善意に感謝を示すことしかできないのだった。

「とすると、当面は改良を進めつつ、表情についての練習をするということですか」
「あ、いえ」

 確認のつもりでわたしが尋ねると、これに真菜は首を横に振った。

「それもいいと思うんですが、このままでは時間がかかりそうなのも事実です。ここは少し方針を変えようと思います」
「というと?」
「真島先輩には完璧なものを見せたいというローズさんの気持ちは理解できるものですが、それまでの間に外堀を埋めるのも悪くないと思うんですよ」
「なにか考えがあるのですか」

 真菜は頷いて、尋ねてきた。

「以前にわたしが頼んでいたものはできていますか?」
「というと、アレですか。ええ、できています」

 わたしは立ち上がって洞窟の壁際へと歩み寄った。
 これをわたしがいうのもなんなのだが、そこにはたくさんの『よくわからない試作品』がたくさん置いてあった。
 ご主人様の『疑似ダマスカス鋼の剣』の偽装を作製してからこのかた、わたしはああいった細工を施した道具がなにかできないか試作している。
 現在のところ、できたのは単なるがらくたばかりで成果が出る様子はないが、そのうち、ご主人様にお褒めいただけるものを作れたらと思っているところだった。

「これですか」

 そのなかに紛れて転がっていたものを拾って、わたしは真菜に手渡した。
 それは白い仮面だった。目のところだけがひらいているシンプルなもので、特に仕掛けなどはない。真菜に頼まれて先日製作したものだった。

「それじゃあ、ちょっと色々試してみましょうか」
「試す、ですか?」
「はい。安心してください。ローズさんはなにもしなくて構いません。わたしに全部任せてくださってけっこうですから」

 そういう真菜の態度は、さっき彼女自身が言った通り、確かにどことなく楽しげなものだった。

   ***

 そうして、少し時間が経過した。

「……完璧です」

 真菜がつぶやいた。
 先程とまったく同じことを言っているのに、洞窟に響く声の調子が違って聞こえるのはどういうことだろうか。

「真菜、これは……」

 わたしは戸惑い立ち尽くしていた。
 見下ろしたわたしの姿は様変わりしていた。
 ガーベラがリリィ姉様のために製作した白い服が、わたしの白っぽい質感をした人形の体を包み込んでいたのだ。
 服を着たのはこれが初めてのことだが、なんだか妙な気持ちだった。
 ディテールについては造り込んでいないわたしの人形の体だが、こうして服に包まれてしまえば、華奢さと体のラインから女性のそれとしか見えなかった。
 ささやかに隆起した胸を覆う上着には、やや硬質な灰色の『髪の毛』が流れている。
 これはファイア・ファングの尻尾の毛を丹念に梳ったものだ。少し癖のある髪は整えられて、サイドは胸に届くほど長く、後ろは太いみつあみにして腰のあたりまで伸ばしていた。

「少し残念ですが、顔は仮面で隠してしまったほうがよさそうですね」

 これまでわたしのことを文字通りの着せ替え人形にしていた真菜が、わたしの顔に仮面をとりつける。
 結果、そこにいるのは仮面をつけた灰色の髪の女だ。
 わずかに覗いた手足の先だけが、わたしのこの身が人形であることを示していた。

「手袋も必要ですね。あと靴も」
「あの、真菜?」

 わたしはそろそろ我慢できなくなって、真菜の行為に口を差し挟んだ。

「珍しく楽しそうなところ申し訳ないのですが……これはどういうことですか」
「ああ。そういえば、まだ説明していませんでしたっけ。先輩にはローズさんのことを女性として見てもらう必要がありますから、これはそのための作戦ですよ」

 事情を尋ねるわたしに、真菜が答えた。

「いままでだと、どうしても先輩のなかでローズさんが女性のカテゴリに入っていない感がありましたからね。先輩の性格なら、女性扱いしているなら服くらい着せるでしょうし。そのあたりの意識改革は早いうちにやっておいたほうがいいと思うんですよ」
「ご主人様に女性として見てもらう……その必要があるのですか?」
「ありますよ。ローズさんもたとえば、あやめやアサリナがそうされるようにだっこされるのは嫌でしょう?」
「別に嫌ではありませんが……」

 だが、それはなにか違うという思いはあったので、わたしは反論を呑みこんだ。
 それはつまり、この格好をすることを容認したということでもある。
 これからはこの格好でご主人様と接する、ということだ。そう思うと、途端に不安が胸の奥から染み出してくる。

「……変ではないでしょうか?」
「大丈夫ですよ。顔が見えてないだけにミステリアスな魅力があるくらい。……というか」

 一歩さがってわたしのことを頭のてっぺんから足の先まで眺めていた真菜が、おもむろに距離を詰めて腕を伸ばしてきた。

「やっぱりそうして不安になっちゃうところとかあるんですね、ローズさんにも。……かわいいです」

 ぎゅっと抱きしめられる。
 いや、身長差があるので抱きついてこられているというほうが正しいか。
 真菜には抱きつき癖のようなものがある。恐らくだが、彼女のなかでなんらかの感情が閾値に達すると、衝動的にこうしてしまうのだろうとわたしは推測している。
 まあわたしとしても友人に抱きつかれて嫌な気分にはならないから、好きにさせている。
 それに……ひょっとしたらこれは、この世界に転移してきた彼女の、もとの世界での振舞いの残骸であるのかもしれない。
 そう思えば、わたしは友人である彼女のこの行動を拒めるはずなどなかったのだ。

「ローズさん、かわいい」

 感想をいうのも平坦な声なので、ちょっと怖いが。
 もう少し感情をこめてくれれば、と思いながらわたしは大人しく真菜に抱かれていた。

「……だけど、硬いですね」
「それはそうでしょう」

 当たり前のことをいう友人に、わたしは少し呆れた声で応えた。
 一方の真菜はというと、抱きついたままで思案げに目を細めていた。

「……体のほうにも手を加えるべきですね」
「体もですか」
「はい。これまでは顔を造り上げてきたわけですが、それだけでは片手落ちでしょう。女の子はやっぱりやわらかくないと駄目です」
「駄目、ですか?」
「駄目です」

 駄目らしい。
 このあたりはよくわからないが、真菜がそういうならそうなのだろう。わたしはそこには疑問を差し挟まない。もともと、かたちだけ整えればいいと思っていたわたしの顔を、なるべく質感を近づけるよう提案したのも真菜なのだ。
 人間のことは人間である彼女のほうがよく知っている。素直に従っておくのが正解だろう。わたしは頷いた。

「わかりました。これから試しに造ってみようと思います」
「がんばってください。顔に比べればまだ簡単だろうとは思いますけど」
「どうでしょうか。あまり自信はありませんが」
「多少ディテールが甘くても、顔ほどの違和感を覚えたりしませんから。ローズさんの腕なら、そう時間をかけることなく造り上げることができると思いますよ」
「それならいいのですが。全力を尽くしたいとは思います」

 友人の激励の言葉にわたしは大きく頷き、それから改めて頭をさげた。

「それでは、今度も真菜には手間を掛けることになりますが、どうかよろしくお願いします」
「はい」

 頷いた真菜が、無表情のまま目を丸める。

「……え?」

 どうしたのだろうか、と不思議に思いつつ、わたしは抱きついてきている真菜の肩に両手を置いた。
 要領は顔のときと同じだ。彼女に協力をしてもらわなければならない。

「え?」

 本当に真菜には世話になる。
 いつかこの借りは返さなければいけないと、わたしは改めて心に決意を刻むのだった。
◆前話のあらすじの話。
他にも何かあった気がするけど……まあいっか。
( ゜∀゜)o彡゜触手、触手

◆前話のあとがきに書き忘れたんですが、感想返しを割烹でまとめてます。
前話分はたぶん、明日というか今日の夜(月曜日)あたりにはまとめます。

◆本話について。切りが良いところで分割しました。
まあ、それでも一万字ありますけど。作者的には最後まで書きたかった。
ローズ回です。『人間になりたい』は人間じゃないモノでないと書けないのできちんと書きたいところ。
人形的な部分についてもちゃんと書いていく予定です。

◆先月で忙しいの終わるかと思ったらそんなことなかった。orz
だけど来週(というか今週)を乗り越えたら忙しくなくなる、はず。お仕事的なのと、あと別件で目を回してます。
定期更新は頑張る所存。頑張ってはいるのです。
次回更新は、6/7(土曜日)を予定しています。無理なら日曜で。
+注意+
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