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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
6章.人形少女の恋路
200/321

38. 取り戻すための戦い

前話のあらすじ


ガーベラ「そういえば、妾、蜘蛛だったな!」

ベルタ「……」

   38



「……貴様をこうして背に乗せるのも久しぶりだ」


 森を駆けるベルタが語りかけてきたのは、辺境伯領軍本隊に辿り着く少し前のことだった。


 周りに他の仲間たちはいない。

 背中に乗せてくれているベルタと、おれだけだった。


「そうだな。高屋純からリリィを取り戻したとき以来か」


 脳裏に当時を思い出しつつ、おれはベルタに応えた。

 あのときもこうして、背中に乗せてもらっていたのだった。


「たびたび頼ってしまって悪いな」

「気にするな。お前が死ねば、我が王は悲しむ」


 いつものつれない返答があった。

 けれど、そこからが少し違っていた。


「いや。そうではないな」

「ベルタ?」

「今更、誤魔化しても仕方がない。これはわたしの意思だ。わたしはお前たちを助けたいと感じている」


 苦笑交じりではあるものの、どこかさっぱりとした様子だった。


「なんだ、真島孝弘。意外そうな顔だな」

「それはまあ。ベルタがそんなことを言うなんて思わなかった」

「わたしもだ」


 意見が合ったな、とベルタは低く笑った。


 少女めいたものを感じさせる笑みだった。


「もともと、我が王の配下では唯一の出来損ないがわたしだ。王が望むのは、意思を持たないただの駒。だというのに、お前たちと行動をともにして、わたしはずいぶんと変わってしまった。だからだろうな、こんなことを思うのは」


 しみじみとした口調でベルタは語った。


 そうして見せる態度こそが、彼女の変化を表しているかのようだった。


「あの人形には、わたしとどこか似たところがある。主人を守るためにある盾と、主人に使い潰されるためにある駒。自身に対する認識は近く、眷属としての立ち位置も似ている」

「立ち位置?」

「わたしは、二番目に名前を与えられた眷属だからな」

「ああ、そういう……」


 多くの配下を従える工藤だが、名を付けた眷属は十にも届かず、その大半は彼が『蟲毒』により見出したものだ。

 おれが知る限りでも、ドーラやツェーザーと言った眷属に名前を付けている。


 ただ、おれと出会った頃には、すでに工藤はベルタとアントンを従えていた。


 どちらが先に工藤陸と出会ったのか、順番については考えたことがなかったが、ベルタは二番目に見出されたということなのだろう。


 確かに、立ち位置はローズと同じだ。

 だから、思うこともあったのかもしれない。


「要は、勝手な共感だ。あるいは、わたしではないわたし、ベルタの名を与えられなかったわたしであればと……」


 夢見るように言う。

 けれど、ベルタはそれを望んでいるわけではなかった。


「無論、王に仕えるいまの自分を否定するつもりはない。そういうことではないのだ。そのような可能性はありえない。それでいい。幸せなんて望みはしない」


 聞いているこちらの胸が痛くなるようなことを言い切って――ベルタは、振り返ったのだ。


「だが、そうだな。自分に可能性がないからこそ、それが喪われることが我慢ならなかったのかもしれない」


 それこそが、彼女がここでこうしている理由。

 黒く長い髪がなびき、その目がおれを映し出す。



「だから初めて、わたしはこの姿を晒すことに決めたのだ」



 双頭の狼の顔は前を見据え、四肢は力強く大地を踏みしめて木々の間をすり抜ける。

 少女の目はこちらを振り返って、間近で見詰めてくる。


 いつか高屋純との戦いで、飯野と一緒にベルタにふたり乗りしたときのことを思い出す。

 あのときと同じで、おれの前には少女の細い体があった。


 けれど、今日、おれの前にある少女は、狼の背中に乗っているわけではなかった。


 少女の半身は、狼の背中から生えていたのだ。


 スキュラというらしい。

 これまで伏せられていたベルタの本性だった。


 みんな驚いていたが、特に驚愕が大きかったのはリリィだろう。

 いいや。正確には、驚いていたのは、リリィの内側にいた水島さんのほうか。



 ――轟さん?



 一瞬、顔を出した彼女は、小さくそうつぶやいたのだ。


 轟美弥。


 飯野の親友で、『闇の獣』の二つ名を持つ転移者だった。

 思わず声が漏れてしまうくらいに、ベルタの現した真実の姿は彼女に似ていたらしい。


 以前には、高屋純が工藤の動揺を誘おうとして、彼女の名前を出したこともあった。

 その工藤の眷属が、轟美弥によく似た姿をとった。


 これはどういうことなのか……と、問うことをしなかったのは、なにも問わないことを条件に、ベルタは自身の隠し事を晒したからだ。


 だから尋ねることはしない。

 とはいえ、それはなにかあったと言っているようなもので、恐らくは、彼女の根幹に関わることのように感じられた。


 逆に言えば、それを晒してもかまわないと決断させるだけのものを、彼女はローズに見出したということだった。


「あの人形は、死にたくないと言っていた」


 薄い唇が、言葉を紡いだ。


「恋をしているから、ここで終わりたくないのだと。主人の盾を自認するものが、そう口にしたのだ」

「……そうか」

「だが、こうも言っていた。その分だけ強く、愛しい人を守りたいとも思うと。そして、あの人形は戦場に赴いた」


 灯火の世界で想いを告げられたおれには、そのときのローズの姿が想像できてしまった。


 それはとても尊い献身だ。

 けれど、その尊さが、わずかに胸にささくれを生み出しもした。


「……ローズの馬鹿」


 小さく口にした悪態はほろ苦い。


「怒っているのか?」

「少しだけな」


 尋ねてくるベルタに答える。


「あいつはわかっていないから」

「わかっていない?」

「ああ。全然。男心がわかってない。あいつがそんなふうに思ってくれているのなら、おれだってそうだっていうのに」

「……」


 ちょっと目を見開いたベルタが、口許を薄く笑みのかたちにした。

 なんだか嬉しそうな表情だった。


「なるほどな。人形は恋を知った。しかし、まだ知るべきことはいくらだってあるというわけか」

「そういうことだ。なにより、直接告白もせず、返答も聞かずに行ってしまうなんて酷いだろう」


 そんなの許すわけにはいかない。


 言うべきこと、伝えるべきことはたくさんあった。


 だから、この手に必ず取り戻す。


「……捉えた」


 おれは静かに口を開いた。


 薄く広げていた霧の感知範囲に、辺境伯領軍を捉えたのだ。


 まずはその全容をおおまかに把握する。

 思わず声が漏れた。


「……多いな」


 雲霞のごとき兵士の群れ。

 サルビアが伝えてくれるところ、総数は三千をゆうに超えている。


 正面からなにもかもを圧し潰してしまえる数の暴力がそこにあった。

 魔法で下手に数を把握できてしまうだけに、その脅威は圧倒的だった。


「どうする?」


 ベルタが確認するように尋ねてくる。


 もちろん、返す言葉は決まっていた。


「……行くぞ」


 失ったものは多い。

 けれど、たとえなにを引き換えにしてでも、失いたくないものがある。


 だったら、相手がなにであろうと関係なんてなかった。


「ああ」


 おれの指示を受けたベルタが、一段スピードを上げた。


 本性を現した彼女の速度はすさまじい。

 ガーベラに準ずるほどの速度だ。


 迷いなく、まっすぐに、もはや壁としか見えない敵軍の正面へと向かっていく。


 当然、敵も気付く。


 ローズの攻撃を受けていたはずだが、それでも外に対する警戒は絶やさなかったのだろう。


 まだかなり距離があった。

 弓であれ、魔法であれ、撃ち込み放題の距離だ。


 こちらに狙いを定めるべく、指揮官が指示を出して――けれど、これくらいは想定済みだった。


「魔法『霧の仮宿』」


 先んじて、その視界を霧で覆い尽くしてやる。


 霧は深く、お互いの姿は見えなくなる。

 兵士たちに動揺が広がるのが手に取るようにわかった。しかし……。


「……立て直しが早い」


 即座に現場の指揮官が指示を出して、兵士の動揺を抑え付ける。

 ベルタは急ぐが、これでは間に合わない。


 敵の出方を想定していたのは、お互い様ということか。


 相手の戦力は膨大で、めくら撃ちでも十分に脅威だ。

 このあたり一面を矢の雨、魔法の雨にしてしまえば、霧の内部が把握できているわけでもないベルタは、まともに攻撃を受け続ける羽目にもなりかねない。


 むしろ霧なんて出さないほうが、対処できるだけマシだろう。


 ……もちろん。

 そんなこと、最初からわかっていたことではあるのだが。


 それでもあえて、おれはこうした。

 これが最善だと判断したからだ。


「確かに、お前たちは強い」


 迅速に攻撃の準備を整える敵を前に、おれは魔力を駆動させた。


「これだけの水準を保ち、数を揃え、装備を充実させたお前たちは、数の暴力を体現してるんだろう」


 稼働させた魔力の規模は過去最大。

 失われたものと引き換えに得られた力だ。


「たとえ勇者にしたところで体力は有限だ。時間をかけて揃えた数の力を、大きな犠牲を覚悟してぶつけられれば、いずれ力尽きる。ああ、確かにそれはそうなんだろうな」


 恐らくはここが、人のカタチを保ったままでおれが至れる限界だ。


 練り上げた魔力を、霧の魔法に注ぎ込む。


「だが、何事にも例外はあるぞ」


 白く、白く、なにもかもを染め上げるほどに――。



「――人を呑み込め、『霧の仮宿』」



 辺境伯領軍は知らない。


 サルビアの契約者であるおれが唯一使える魔法『霧の仮宿』。

 これはただの目晦ましではなく、感知魔法としての機能が備わっており……しかし、それもあくまで一面でしかないことを。


「……ひっ」


 白い霧に包まれながらも、動揺を抑え付けていた兵士が小さな声を漏らした。


 番えていた矢が弦を離れ、ぽたりと地面に落ちる。


「お、おい」


 気付いた隣の兵士が声をかけるが、しかし、彼にはそれに応える余裕がない。


 そもそも、話しかけられたことにさえ気付いていない。

 その目は徐々に見開かれ、表情が大きく歪んだ。


「ひぃ……ひゃあああああ!?」


 身も世もない悲鳴があがる。

 同僚が制止する暇さえなく、勇敢だったはずの兵士は逃げ出していた。


「あぁあ、なんで!? こんな、嫌だぁああ……!」


 完全に心が折れている。

 なにか恐ろしいものでも見たかのようだった。


 事実、彼にとってはそうなのだ。


 おれがそうした。


 サルビアの魔法『霧の仮宿』には、これまで使ってこなかったひとつの機能がある。

 それこそが、心を惑わす幻術の力だ。


 それをいま、おれは霧で包んだ辺境伯領軍全体に仕掛けたのだった。


 霧に心を呑まれた兵士たちには、自軍を食い破りながら迫るモンスターの大群が見えている。

 仲間が無残に殺され、自軍は完全に瓦解し、誰もが敗走する光景だ。


 これで踏みとどまって戦う無意味さに堪えられる人間は、そういない。


 とはいえ、幻術は全員にかかったわけではない。

 サルビアが全力で魔力を使えるなら話は別かもしれないが、彼女は魔力源をおれに頼っている。


 いくらなんでも、そこまでの力はおれにはない。


 そもそも、おれがこれまで『霧の仮宿』の魔法を幻術目的で使ってこなかったのだって、通用する相手が限られていたからだ。


 魔法に大した耐性もない一般兵士でも、かかるのはせいぜい二割。

 いいや、いまのおれなら三割はいくか。


 それでも、たかだか三割だ。

 それが真島孝弘の限界だった。


 しかし……されど三割である。


 この場に限り、この数字は凶悪な結果を引き起こす。


「悪いが、ルイス。千人ほどもらっていくぞ」


 総勢三千人を超える辺境伯領軍本隊の三割強――すなわち、およそ千の兵士。

 それだけの人間の意識を、霧の魔法は一口に呑み込んだ。


 その結果が、大地を震えさせるほどの叫喚の渦だった。


「わっ、わぁあああああ!?」

「ひぃいいいい! 来るな! 来るな! 来るなぁああ!」

「助けて! 誰か!? あああああ!?」


 口々に悲鳴をあげ、逃げ惑う兵士たち。

 そんな部下を唖然として見詰めながら、部隊長クラスの兵士は呆然とこぼす。


「なんだ、これは……」


 無理もない。


 実のところ、魔法『霧の仮宿』にはひとつ見逃しがちだが異質な点がある。


 それが、効果範囲だ。

 威力はまた別の話として、たとえ第五階梯の魔法であっても、この規模の大軍をすべて効果範囲に収めることは困難だ。


 けれど、『霧の仮宿』はその困難を可能にしている。

 さすがは悠久のときをさすらった『霧の仮宿』サルビアの魔法というべきだろう。


 ここに、たとえ効果が限定的であれ幻術の力が乗れば、それは一軍を崩す対軍の武器となりえたのだ。


 櫛の歯が欠けるように、戦列が崩れていく。

 それも、前衛だけではなく、全軍に渡ってだ。


 それはあまりにも異様な光景だった。


 理解できないことは恐ろしい。

 最初の幻術にかからなかった兵士たちも、周囲の異常に動揺せずにはいられない。


 精神が不安定になれば、幻術のかかりもよくなる。

 さらに、白い霧は彼らの心を呑み込んでいく。


 全軍の四割……いや、五割までを侵食した。

 予想よりもかかりがいい。


「これは……ああ、そういうことか」


 ひとりごちて、ふっと笑みが出た。


 想定よりもかかりがよかったのは、辺境伯領軍がもともと弱っていたということ。

 ローズの奮戦の結果だと気付いたからだ。


 こうなれば、あとは脆い。

 幻術にかかっていないものでさえ、逃げ出す者が現れ始めている。


 もはや迎撃などできる状況ではない。


 万全だったはずの人の壁はひび割れた。

 そこに、ベルタが突っ込んだ。


「ぐぅるるぅ! おぉおお!」


 欠けた戦列では、いまのベルタの突進をとめることはできない。


 双頭からは、氷雪と火炎の吐息が飛び、戦列を崩す。

 触手が俊敏に飛び交い、たまに突き出される武器を弾き返す。


 そして、さらに駄目押し。

 いまの彼女には両腕がある。


「あのスライムのお下がりというのは気に喰わんがな」


 ベルタの手には、黒槍があった。

 使い慣れていないため、槍というよりただの棒として扱っているだけだが、兵士たちにしてみれば手数が増えただけで脅威だ。


 ベルタをとめることはできなかった。


「飛ばすぞ。しっかり掴まっていろ」


 兵士たちを薙ぎ倒してベルタは走る。


 さすがにただ駆けていたときとは違い、揺れがすさまじい。

 おれは引き剥がされないように、必死でベルタの腰にしがみついた。


 そうして、辺境伯領軍の奥へ、奥へ。

 おれがあらかじめ指示した方向へと。


 ローズのいるところへと。


 しかし、そこでベルタが警告を発した。


「正面! 騎士だ!」


 進行方向に聖堂騎士団の姿があった。


 もちろん、おれはすでに霧の魔法の感知能力で、状況を把握していた。


 先程の『霧の仮宿』の幻惑は、聖堂騎士団にはやや効きが悪かった。

 錯乱した者も、即座に殴り付けられて正気を取り戻していた。


 さすがのベルタも、あの一団に対しては、このままの速度で蹴散らすまではいかない。


 迂回しようとしたのか、足が鈍る。しかし――。


「――駄目だ!」


 おれは叫んだ。


「だが……」

「このまま頼む! もうすぐ近くにいるんだ!」


 ベルタがこちらを向いた。


「……そんな必死な顔をするな」


 少女の顔が、困ったように眉を寄せた。


「ああ。わかった。なんとかすればいいのだろう!」


 威勢よく応えると、ベルタは速度を上げた。


 ぐんぐんと騎士たちが近付いてくる。

 ぶつかり合う直前で、ベルタは大地を踏ん張った。


 投擲の予備動作――。


「先に行け!」


 ――引っ掴まれて、投げ飛ばされる。


 騎士たちの上空を越えて、その向こうへと。


「なっ……撃ち落とせ!」

「させん!」


 咄嗟に対応しようとした騎士たちに、ベルタの炎と氷の吐息による攻撃が襲い掛かる。


 その確認もそこそこに、おれは左腕を振るった。


 この場所からなら、すでに射線は通っていたからだ。


「アサリナ!」

「サマッ!」


 伸びるアサリナの先に――見覚えのある人形に吊り下げられる、ローズの姿があった。


 ああ。やっと再会できた。

 湧き上がった喜びは、しかし、すぐに別の感情に塗り潰される。


「――」


 本当に限界のぎりぎりまで奮戦したのだろう。

 ローズは四肢を失い、半分くらいの大きさになってしまっていた。


 胸元を掴まれて、ゴミを扱うかのごとく無造作に吊り下げられている。


 傷付き、壊れて、損なわれた姿。

 覚悟はしていたものの、直接目の当たりにした光景に思考が飛んだ。


「……返せよ」


 ローズを掴みあげている巨大な人形にアサリナが巻き付く。

 即座にアサリナはおれを牽引した。


 牽引力にはまったく加減なく、全身の関節が吹き飛びそうに痛んだのは指示通り。


「あぁああああ!」


 その勢いのままに、右手の剣を叩き込んだ。


 陶器の砕けるような音が響いた。


 肩を吹き飛ばされた人形の腕が放り出される。

 破片を撒き散らしながら、人形が背後に倒れ込む。

 叩き付けた反動で、おれの剣が手を離れて吹き飛んでいく。


 人形の傍にいた男が目を見開く。


 それらすべてを置き去りにして、おれは手を伸ばした。


「ローズ!」

「ごしゅ……っ!?」


 悲鳴とともに落ちてきたのは、なににも代えがたい大切なもの。


 引き寄せて、抱き留める。

 その存在を確かめるように、かき抱く。


 傷付いた彼女の体を壊してしまわないように優しく、手放さないようにしっかりと。


「ご主人様……」


 もう二度と離さない。

 けれど、その前に――。


「待ってろ」


 右腕で胸元に抱いたローズに囁いて、背後を振り返った。


 そこに、巨大な人形が立っていた。


「……やれ!」


 叫んだ男は、確かオットマーとか言ったか。


 とすれば、これは『天使人形』の一体か。

 見覚えがあると思ったが、サイズが前と違う。


 まさか見掛け倒しということもないだろう。


 手元に剣はない。

 右腕はローズを抱くので塞がっており、ベルタは騎士の列の向こう側だ。


 槍をかまえて突っ込んでくる人形を見据えて、おれは焦ることなく左手を振りかぶった。


 すでにアサリナは左腕に巻き付いており、強化外骨格としての役割を果たしている。

 白い蜘蛛の暴虐の力を再現する準備はできていた。


 この体に宿る魔力は、以前に比べて増加している。

 いまなら、さらに真に近付くこともかなうだろう。


 それだけではない。


「サーマー」


 おれの保有魔力が増えたということは、アサリナにとって土壌が豊かになったということ。

 すなわち、彼女もまたひとつステージを進めていた。


 左腕に巻き付いていたアサリナが、掌で大きく口を開いた。


 ある種の動物の牙のようにも見える葉の棘が、径と強靭さを増しながら長く伸びる。


 振りかぶったおれの左腕は、強靭な爪を備えた異形のものに変じていた。

 リリィの『悪魔ノ爪』の模倣――無論、本物には届かないが、この左腕には白い蜘蛛の暴虐の力が宿っている。


「……なっ」


 オットマーが絶句するが、もう遅い。


「お前たちの正義なんて知らない」


 真島孝弘という存在の至れる限界値。

 樹海最強を誇った伝説の白い蜘蛛の、およそ八割。


 振りかぶった腕を打ち出す。


「取り戻させてもらうぞ!」


 異形の爪が、天使人形を引き裂いた。


◆ローズを取り戻す主人公。


そこそこ早くお届けできました。


それと、こつこつ200話到達しました。

これからもよろしくお願いします。

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