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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

6章.

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10. 奇襲のあとで

(注意)本日2回目の投稿です。(12/11)












   10   ~リリィ視点~


 エドガールの襲撃から、一夜が経った。

 わたしは回復魔法の光を展開しながら、誰にも気付かれないように小さく吐息をついた。

 思わぬ奇襲だった。
 警戒はしていたというのに、わたしたちは完全に虚を突かれてしまった。

 とはいえ、すでに侵入経路は割れている。
 というのも、ロビビアが侵入の瞬間を目撃していたからだ。

 ロビビアの証言によると、隣村から運び込まれた荷物に奇妙な魔力を感じ、荷車を引っ繰り返したところで不審な宝玉が取り付けられているのを発見したらしい。

 黒い筋が混ざった紫の宝玉。
 わたしは見ていないが、聖堂騎士団襲来時にトラヴィスが逃走用に用いたものと同じものだったと言っていた。

 シランさんに確認を取ったところ、『見通す瞳』のゾルターン=ミハーレクがエドガールを逃がすために使用したものとも同じものだとわかった。

 状況からの判断だが、その魔法道具は二対一組で使用するものなのだろう。
 一方が入口で、他方が出口になっているのだ。

 この村の外敵に対する警備は万全だったとしても、隣村はそうではない。
 村人に気付かれないうちに、魔法道具を取り付けていたに違いなかった。

 そうして村に侵入した『戦鬼』は、遭遇したロビビアを蹴散らすと、ご主人様を強襲した。

 その際に用いられた毒により、ご主人様は倒れた。
 いまもベッドで浅い息をついて、瞼は力なく落ちている。

 意識は混濁しているようで、たまに目を覚ましてもすぐに気を失ってしまう。

 額に浮かんだ汗を、ロビビアが布で拭った。
 窮屈そうな動きなのは、折れた片腕を首から吊っているからだ。

 首まで汗を拭ったあとで、ロビビアはこちらに視線を向けてきた。

「……なあ、リリィ。少しは休んだほうがいいんじゃねえのか」
「ううん、大丈夫」

 一晩中、わたしは回復魔法をご主人様にかけ続けていた。

 ご主人様が斬り付けられたのは左腕だ。
 ぱっくりと斬れてはいるものの、わたしの回復魔法ならそう時間をかけずに塞ぐことができる。

 事実、塞がりはした。

 毒の影響もかなりの部分を除くことができた。
 しかし、あくまでそれは一時的なものだ。

 魔法をとめてしまうと、また次第に顔色が蒼くなり始める。

 わたしに使える最高の回復魔法を使っても、完全に毒を追い払うことができないのだ。

 ご主人様の体のなかに、なにか悪いものが巣くっていて、回復魔法ではそれを消し去ることができない。
 そのために、再発する。

 そんなイメージだ。

 明らかに、尋常な状態ではない。
 どうにかしなければならないが……。

「ただいま帰りました」

 そこで、シランさんが部屋に戻ってきた。

「おかえり、シランさん。どうだった?」
「はい。エドガールの用いたという魔法道具は、もう村に存在しないことが確認できました」

 彼女はリアさんと協力して村を巡回し、瞬間移動の魔法道具が他に仕込まれていないかを精霊に調べさせていた。

 その目がベッドに横になったご主人様を捉える。

「……申し訳ありません、リリィ殿」

 謝罪の言葉には、悔恨の響きがあった。

「わたしがエドガールを捕らえられていれば、どうにかなったかもしれませんのに」
「シランさんのせいじゃないよ」

 わたしはかぶりを振って、シランさんを見返した。

 彼女の表情には焦燥の色があり、それ以上に憔悴していた。
 アンデッドという彼女の身の上を考えれば妙な話だが、病人のようにやつれている。

「あと少しというところだったのですが……まさかこちらにまで影響が出るとは」

 ご主人様が倒れると同時に、シランさんの体にも支障が現れていた。

 わたしは特に影響が出ていないから、恐らく、ご主人様に存在を依存しているのが原因なのだろう。
 シランさんのほかにも、アサリナは休眠状態に入っており、サルビアさんも顔を見せていない。

「まあ、あまり気にし過ぎても仕方がないよ」

 無念そうなシランさんをわたしは慰めた。

「仕留めたところでご主人様が治るわけでもないし、仮に捕らえたところで口を割ったかどうかもわからないしね」
「……それもそうですが」
「無事で戻ってきてくれただけでも良かったよ」

 エドガールはかなりの怪我を負っていたとはいえ、シランさんの衰弱具合も酷い。
 下手に戦いになっていたら、やられてしまっていたかもしれない。

「情報も持ち帰ってくれたしね」

 わたしは話を実際的なところに向けることにした。

「ごめんね、シランさん。帰って早々悪いんだけど、お話を聞かせてもらえるかな。エドガールは『霊薬』って言っていたんだよね?」
「はい。確かに」

 エドガールと最後に剣を交えたのはシランさんだ。

 去り際にエドガールは捨て台詞を残していた。

 ――ぁあ、やっと倒れてくれたか。
 ――なにをしたのかって? お前にはなにも。
 ――今頃、お前の勇者は『霊薬』にやられてるぜ。
 ――勇者様だというなら、この程度の苦難は乗り越えられんだろ。

 いかにも馬鹿にした言葉だ。
 捨て身の襲撃といい、余程の恨みを募らせているのだろう。

 ……その割には、未練なくあっさりとひいたもので、少しちぐはぐな印象もあるが。

 いや。いまは、エドガールの意図なんてどうでもいいか。
 大事なのはご主人様の体のことだ。

「それで、その『霊薬』っていうのは、過去の勇者の異能のひとつなんだよね」
「はい」

 シランさんが頷く。

「昏き森の主を何匹も屠り、人間社会でも大きな財を成したことで有名な勇者様の異能です」
「モンスターを殺すから、邪悪を払う『霊薬』か。でも毒だよね? 実際、モンスターじゃないご主人様は倒れているわけだし」
「……身も蓋もない話をすれば、そうなります」
「転移者の毒か。厄介だね」

 魔力による身体能力強化で毒への抵抗性が十分に向上しているにもかかわらず、ご主人様の体は魔法で回復しない。
 それも、転移者の固有能力由来の毒に蝕まれているからだとすれば、納得がいった。

「ただ、『霊薬』はすでに血統が絶えていたはずです。考えられることとしては、かつての勇者様が生成した『霊薬』が、聖堂騎士団に残っていたのでしょう。そうした物品は『勇者の遺産』と呼ばれています」
「『勇者の遺産』か。またずいぶんなものを持ち出してきたね。どんなものなの?」
「『霊薬』には、騎士たちの祈りを込めることができたと言います。祈りを込めた『霊薬』は、並みのモンスターなら死に至らしめ、昏き森の主クラスのモンスターであっても、著しく弱体化させたのだとか。また、『殉教者の矢』という別の異名もありました」
「ずいぶんと物騒な名前だね」
「能力には代償が必要でした。祈りを捧げた騎士たちは、大抵が亡くなったのだそうです」
「つまり、その勇者は他人の命を武器にする毒使いだったってことだね。……ああ、ごめん。ちょっといまのは言い過ぎた」

 シランさんが眉を顰めるのを見て、わたしは素直に頭を下げた。

 さっきから、どうも発言が辛辣になりがちだった。

「普段通りとはいかないみたい。情けないな」
「いえ。よく落ち着いていらっしゃると思います。取り乱さずにいるだけでもたいしたものです」

 シランさんは首を横に振ってから、話を元に戻した。

「伝説のなかでは、モンスターとの戦いで死に際した騎士たちが、己の魂を差し出したのだといいます。孝弘殿に用いられたものも恐らくは同じでしょう」
「誰かの魂がご主人様の内側に侵入して、蝕んでいるわけだ」
「魂そのものを武器とする祈祷攻撃……いえ、孝弘殿に向けられたのは、すでに概念として呪いに近いものです。かつての勇者様が用いたものと、原理は同じでも、在り方はまったく違います。許されるものではありません!」

 声を荒らげたシランさんは、熱くなった自分に気付いたようで、握り締めた拳を解いた。

「……とにかく、孝弘殿のなかでは現在、ふたつの魂がせめぎ合っています。この戦いで重要なのは、魂の強度と、強い意志です。であれば、孝弘殿が負けることはないと、わたしは思います。転移者の魂は、この世界の者よりはるかに強い。なにより、孝弘殿には強い意志があります。問題は肉体のほうです」
「衰弱死してしまうってこと?」
「その危険性があります。実際、現状はどのようなものなのでしょうか」

 シランさんは眉を下げた。
 彼女にとっても、ご主人様は大事な人だ。

 わたしは笑顔を意識した。

「大丈夫。いまは安定しているから」

 完全に回復させようと魔力を費やしても、すぐに容体は元通りになってしまう。
 そこで、常に弱い回復魔法をかけ続けることで、現状で安定させることにしていた。

 ご主人様が苦しんでいる姿を見るのはつらいが、少なくとも、これで衰弱死してしまう危険は薄れる。

「……さようですか」

 シランさんは、心の底からほっとした様子を見せた。

「それは良かったです」
「対症療法だけどね」
「いまはそれが必要なのです。毒に打ち勝つ前に体が参ってしまってはどうしようもありませんから」
「そうだね。ご主人様が毒に打ち勝つまで、体の面倒を診てあげなくちゃいけない」
「どれくらいの期間、孝弘殿の容態を保つことができそうですか」
「わたしだけだと、丸一日は無理かな。だけど、回復魔法は加藤さんと、ケイちゃんも使えるから……」
「しかし、真菜殿とケイでは、たとえ下位の回復魔法でもそう長くは続けられないでしょう」
「うん。だから、交代制にしても、けっこうきついところはあるね」
「きちんと考えて、ローテーションを組まないとなりませんね……」

 そこでシランさんが、暗い顔をしたロビビアに気付いた。

 こほんと咳をする。

「もっとも、今日中にでも毒に打ち勝ってくれる可能性もあります。あまり悪いほうにばかり考えていてはいけませんね」
「そうだね。きっと、ご主人様なら……」

 実際、それは単なる気休めというわけではなかった。

 今日中に元気になる可能性は、十分にあった。

 しかし、わたしはどうにも嫌な予感がしていた。
 それは、ご主人様を侵す毒と、魔法越しとはいえ接触したわたしだから感じたものだったかもしれない。

 これは、手強い。
 短い時間ではどうにもならない。

 そんな気がしていた。

 ……もっとも、だからといって、やることは変わらない。

 ご主人様を信じて、自分にできることをやるだけだ。

 それに、長引くだけなら、わたしがその期間、頑張れば良いだけのことだ。

 ご主人様はこうしているいまも戦っている。
 わたしも頑張らないといけなかった。

「ありがとう、シランさん。話をしてくれて」

 気持ちを新たに、わたしがお礼を言うと、シランさんは微笑んだ。

「必要なことですから」

 気持ちよく返してくれたものの、顔には疲れが見えている。
 やはり調子が悪いらしい。

「大丈夫? 無理をさせて、ごめんね。少し横になったほうが……」
「いいえ」

 きっちりと背筋を立てたまま、シランさんは首を横に振った。

「孝弘殿が倒れた以上、わたしが揺らぐわけにはまいりませんから」
「……」

 シランさんには、この村での立場がある。

 本来ならすでに先のなかったこの村がなんとかもっているのは、多くの助けがあったのはもちろんのことだが、その中心に村を救ったご主人様と、村出身で同盟騎士団で副長まで務めたシランさんの存在があったからだ。

 信じるものがあれば、人間は頑張れる。
 ご主人様が倒れた以上、シランさんはより毅然としていなければいけない。

 ……それはわかるが、時と場合に拠るとも思う。

「だけど、わたしたちだけしかいないところでは、もう少し気を抜いてもいいんじゃないかな」

 わたしが言うと、シランさんはふっと笑った。

「ありがとうございます、リリィ殿。ですが、本当に大丈夫ですので」

 しなやかな強さを感じさせる笑顔だった。

「孝弘殿の騎士として、この程度でへばっていてはいられません」

 体は弱っているものの、存在自体はそうではないとわかる。
 以前、グールになりかけていた彼女とは違っていた。

 この分だと、彼女は大丈夫そうだとわたしは内心で安堵する。

 どちらかといえば、問題は……。

「……そういえば、真菜殿はお休みなのでしょうか」

 シランさんが、ふと気付いたように言った。

「先の話を聞いていただきたかったのですが」
「加藤さんなら、ローズのところ」
「……ああ」

 シランさんが痛ましそうな顔をした。

 わたしも胸が詰まる思いがする。

 ご主人様が倒れたときのローズの取り乱しようを思い出したからだった。

 これまでにあんなローズは見たことがなかった。

 自分の目の前で、自分が傍にいたときに、ご主人様が傷付けられたのだ。
 気持ちは痛いほどにわかった。

 いまは加藤さんが傍で落ち着かせているはずだった。

「容態は落ち着きましたし、回復の可能性についても見えました。お話をしてきても良いのではありませんか」
「そうだね。わたしはちょっとこの場を離れられないから、誰か……」

 言いかけたところで、ドアが鳴った。

「姉様。わたしです」

 噂をすれば影が差す。
 現れたのは、ローズと加藤さんだった。

 かなり酷い損傷があったはずだが、修理は済ませたらしい。
 取れた腕は元通りで、足取りもしっかりしていた。

 それに、落ち着いてもいる。

「ご迷惑をおかけしました」
「迷惑なんて思ってないよ。心配してただけ」
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「そっか」

 わたしは視線を加藤さんに向けた。

 頷きが返ってくる。
 どうやら本当に落ち着いたようだ。

「ご主人様の容態はどうなのでしょうか」

 ローズが尋ねてくる。

 わたしはもう一度、加藤さんと目を合わせてから口を開いた。

「ん。それじゃあ、とりあえず、わかったことを話そうか」
「お願いします」

 わたしは先程までシランさんとしていた話を、ローズと加藤さんにもすることにした。

 話が進むごとに、ローズの胸の裡に光が差すのがわかった。

「それでは、ご主人様は大丈夫なのですね」

 話が終わると、ローズは胸を撫で下ろした様子を見せた。
 素直に喜ぶ姿に、わたしも嬉しくなる。

 これであとはご主人様が毒に打ち勝ち、快癒してくれれば元通りだ。

 と、シランさんが声をあげた。

「どうかなさいましたか、真菜殿」

 加藤さんが口元に手をやって考え込んでいた。

「……少し気になることがありまして」
「なに?」

 彼女の思考能力に関して、疑いを差し挟む余地はない。

 わたしたちは揃って、その話に耳を傾けた。

「『霊薬』について疑問があって。エドガールはどこからそれを調達したんでしょうか」
「……どこから?」

 わたしは首を傾げた。

 それは当然、聖堂教会からではないのだろうか。

「いえ。確かに、聖堂騎士は聖堂教会直下の組織です。力もあります。しかし、『勇者の遺産』のひとつである『霊薬』はずいぶんと貴重なもののようです。一介の騎士が持ち歩いているものでしょうか」
「それは……」

 確かにそうだ。

 聖堂教会は勇者を奉じる組織であり、勇者にまつわる物品を多く所蔵している。
 しかし、誰もがそれを持ち出せるわけではないだろう。

 貴重な物品であれば尚更だった。

「……逃げ出したトラヴィスあたりが所持していたという可能性は? あれでも部隊長だったんでしょう?」
「かもしれません。ですが、先の襲撃で彼は『霊薬』を使いませんでした。ロビビアちゃんに追い詰められていてもです」
「あ、うん。確かに、そうだったね」
「もちろん、使うまでもないと判断したという可能性もありますし、『霊薬』には魂を込める行程が必要だということですから、準備ができていなかったのかもしれませんけれど」

 ……だけど、そうではなかったとしたら?

 そう考えて、わたしはぞくりとした。

 エドガールにそれを渡した『何者か』がいるのだとしたら?
 そんなことを考えてしまったからだ。

 そのときだった。

「……なにか騒がしいね」

 家の外で人の声がした。
 さっきのいまだ。全員の表情に緊張が走った。

 玄関の扉が、慌ただしく開かれる音がした。

 全員が身構えるなか、廊下から声が響いた。

「大変です!」
「……リア伯母様?」

 シランさんが不審そうにつぶやいた。

 廊下をばたばたと走る足音が部屋の前でとまり、扉が開け放たれた。

「大変です! みなさん!」

 現れたリアさんは、酷い顔色をしていた。

 毒に倒れたご主人様が眠っていることも忘れるくらいに焦っているのだろう。
 大声で叫んだ。

「軍が迫っております!」
「え……?」

 その言葉を、誰もが理解できなかった。

「いま、なんて?」
「軍が迫っているのです!」

 もどかしそうに、リアさんは続けた。

「敵はマクロ―リン辺境伯領軍! 彼らは『偽勇者を討伐する』と謳って、こちらに迫っております!」
◆6章、事件開始。
なにが起こっているのかは次回以降で。


◆ウェブ本編は大変なことになっていますが、『モンスターのご主人様 ⑧』は今月末に発売です!
もう20日ないですね。時間が進むのが早い……。

今回は番外編が2編に加えて、本編も2万字近い挿話を新規に書き下ろしました。
ウェブ版からはすごくお話が増えてるので、お楽しみに! 挿絵もあるよ。

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