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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

6章.

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09. 執念の一刺し

前話のあらすじ:

誰ぞ彼ぞ時の鬼。
   9


 叩き付けられた殺意は、物理的な圧を感じるほどだった。

 目の前の敵が、確かにあの『戦鬼』であることを確信する。

 それだけに、わからなかった。

 どうしてここにエドガールがいるのか。

 村の周囲には、警戒網を引いていたはずだ。

 侵入すればすぐにわかる。
 こんなところまで入り込んでくる前に、シランの精霊によって察知されているはずだった。

 それなのに、どうして……。

「孝弘!」

 必死の声が届く。
 エドガールの向こうに人影があった。

 離れた場所に、よろけるロビビアの姿があったのだ。
 片腕がだらんと下がっているのは、骨が折れているからだろう。

 おれより先にエドガールに遭遇したに違いなかった。

「逃げろ、孝弘!」

 ロビビアが叫ぶ。
 状況はまだはっきりしないが、ひとつだけ明らかなことがある。

 目の前の鬼が、おれの命を狙っているということだ。

「行くぜ」

 エドガールが地面を蹴る。
 逃げる暇はなかった。

「お下がりください、ご主人様!」

 エプロンのポケットからバルディッシュを抜き出し、ローズが前に出る。
 その声には悲壮なものが滲んでいた。

 わかっているのだ。
 ローズ単独では、『戦鬼』はとめられない。

 相手はかつての勇者、世界の安寧さえ左右する転移者の力を受け継ぐ者だ。

 おれの眷属のなかでは、リリィかガーベラ、シランでなければ、あの大剣のひと振りをとめることはできず――。

「――させはせんぞ、鬼よ」

 家の扉をぶち破って、白い蜘蛛が状況に乱入した。

 さっきのロビビアの声を聞いたのか、それとも『戦鬼』の殺気を察知したのか。
 状況も把握しないまま、とにかく飛び出してきたのだろう。

 結果的に、それは戦鬼への奇襲となった。

「シャアアァアア!」

 蜘蛛脚が槍のように伸び、鬼の心臓を狙った。

 エドガールの鬼の力を以ってすれば、迎撃は可能だろう。
 命を奪うまでには至らない。

 しかし、足をとめることはできる。

 リリィもすぐに飛び出してくるはずだ。
 シランもいずれ駆けつける。

 時間を稼ぐことさえできれば、それでいい。

 けれど、エドガールが足をとめることはなかった。

「な……っ!?」

 ガーベラの口から、唖然とした声が漏れた。

 彼女の繰り出した一撃が、エドガールの左腕一本で防がれていたのだ。

 いや。正確には、エドガールは攻撃を防いだわけではなかった。

 ただ掌を向けただけ。
 当然、掲げられた掌から肘までを、蜘蛛脚が貫き通した。

 肉が千切れ、骨が砕ける。
 目を背けたくなるような惨状だった。

 しかし、それを代償に、一撃は心臓に届いていない。
 武器である大剣も温存されたままだ。

「こやつ……!」

 ガーベラは予想外の防御に驚きながらも、反撃の一撃を予期して身構える。

 だが、エドガールはさらに予想外の行動に出た。

 血を噴き出す手が、痛みなど感じていないように蜘蛛脚を掴んだのだ。

「……邪魔だ」
「んなっ!?」

 跳躍からの刺突を敢行していたガーベラは、地に足がついていなかった。
 呆気なく投げ飛ばされたガーベラの体が、宙を舞った。

 無論、ガーベラなら、空中で姿勢を整えることくらい簡単だ。
 追撃を受けるまでの間に、迎撃の態勢を整えることはできるだろう。

 無理をしたせいで、エドガールの左腕はずたずたになってしまっている。

 左腕一本を犠牲にして、当座凌ぎでは割に合わない。

 ガーベラを相手にして戦っているのであれば、そうだっただろう。

 しかし、エドガールの標的は彼女ではなかった。

 鬼の目は、ただただ、おれの姿だけを見据えていた。

 その目の奥底には、どろりとしたものがあった。
 戦いに興じることだけを優先して、それ以外を顧みることなく、戦意だけを露わにしていた以前のエドガールからは感じなかったものだ。

 そのありように、ぞっと背筋が粟立った。
 ある種、狂的なものさえ感じた。

 考えてみれば、エドガールは以前にシランひとりに敗北している。
 それなのに、すべての眷属が揃ったいまのこの村に、彼はひとりで侵入してきた。

 以前とは比べものにならない覚悟がなければできないことだ。

 その身を突き動かすものはなにか。
 己の体も顧みることなく、左腕から血を噴き散らしつつ鬼は進んだ。

「がぁあああ!」

 エドガールが吠える。

「とまりなさい!」

 ローズが全霊をかけて斧を振るう。

「させるか!」

 宙のガーベラが諦め悪く蜘蛛糸を飛ばす。

「ぐ……っ」

 おれの口から苦鳴が漏れ、赤い血が滴った。

   ***

「ご主人様!?」

 リリィが家から飛び出してきたのは、その直後のことだった。

「お前……! エドガール!」

 状況を目にしたリリィは、怒りの形相で槍を繰り出す。

「どきなさい!」

 エドガールは無理することなくその場を退いて、リリィが間に割り込んだ。

「ご主人様、無事!?」

 敵に槍の穂先を突き付けつつ、背後に声を投げてくる。

「……ああ」

 低い声で、おれは答えた。

 ――あの一瞬で、いくつかのことが起きていた。

 まず最初に、ガーベラの蜘蛛の糸が、エドガールの大剣を見事に絡め取った。

 しかし、その持ち手の足はとめられなかった。
 エドガールは未練なく、大剣を手放していたからだ。

 大剣の代わりにエドガールは、腰の裏に差していた短剣を抜き払った。

 もっとも、主武装を手放したつけは大きい。
 ローズ謹製の戦斧と比べれば、短剣はあまりにも頼りない武器だった。

 なにより、おれを守ろうとするローズには決死の覚悟があった。

「シィ――ッ!」

 捨て身で繰り出した一撃は、片腕を潰されて短剣一本という状態では、たとえ『戦鬼』であろうと捌けるようなものではなかった。

 ……ひとつ誤算があったとすれば、それはエドガールの側にも同様の覚悟があったことだ。

 さっきのガーベラのときと同じく、エドガールはローズの一撃をほぼ無視したのである。

「ぐ……がぁ!?」

 必要最低限に身を躱すことしかせず、右の肩から脇腹へと斧の刃が抜けた。
 内臓まで達する深い傷だ。

 それでも鬼はとまらない。

「ぁああああ!」

 短剣はただひたすらにひとりの標的だけを狙いすまして宙を走った。

 まさに執念の一刺し。
 おれも剣を合わせようとしたが、想定外の踏み込みから繰り出された攻撃に対して、防御を間に合わせることは至難だった。

 けれど、結果としてその短剣の刃が、おれに致命傷を与えることはなかった。

 ローズのお陰だった。

「無事か、ローズ」
「……はい、ご主人様」

 少し離れた地面に倒れていたローズが、答えて立ち上がった。

 けれど、その動きは酷くぎこちない。

 無理もない。
 あの瞬間、一撃を繰り出したローズは、そのまま体当たりを敢行したのだから。

「……なんて真似をしやがる」

 攻め込んだエドガールさえも、毒を抜かれたような顔をしていた。

 エドガールと正面衝突したローズは、トラックにでも撥ねられたかのように弾き飛ばされた。
 その場で全身が砕けてしまわなかったのが、不思議なくらいだった。

「この身は……主を守る盾」

 ぶつかった拍子に壊れた人形の左腕が、肩からもげるように地面に落ちる。
 けれど、残った右腕は斧を握って離さず、ローズは宣言した。

「殺させは、しません」

 無茶をする。
 けれど、その無茶のお陰でおれは九死に一生を得た。

 エドガールの短剣は、おれの左の二の腕を裂いただけで終わっていた。

 この程度なら支障は――。

「――ぐ」

 呻き声が、漏れた。

「ご主人様!?」

 気付いたリリィが、エドガールを警戒しながらおれのところまで戻ってくる。

「どうしたの」
「……毒だ」

 短く答えると、リリィが目を見開いた。

「って、エドガールの短剣!?」
「……ああ」

 傷口が異様な熱を持ち始め、体が重くなりつつあった。

 おれはかぶりを振った。

「大丈夫だ。抑えられる」

 魔力による身体能力強化は、毒の害を抑え込める。
 ウォーリアクラスとは比べられないとはいえ、身体能力強化については、おれもそれなりのレベルにある。
 これでどうにかなることはない。

 戦闘行為も可能だろう。
 とはいえ、あえて無理をする必要はない。

「すぐに回復魔法をかけるね。ガーベラ、守りを!」
「わかっておる」

 ガーベラがこちらにやってくる。

 油断なく身構えながらも、リリィが白く輝く魔法陣を展開させた。

「……」

 エドガールはそんなおれたちのことを観察するような目で見ていた。
 足元には、決して小さくはない血の水溜まりができている。

 ……思った以上に冷静だ。
 さっきの様子だと、もっとなりふりかまわずに追撃をかけてきそうなものだったが。

「あ」

 と、じりじりと距離を取っていたエドガールが踵を返した。
 背中を見せて逃げ出したのだ。

 すぐにその姿は、薄暮の暗がりのなかに消えた。

「逃げたか」

 暗殺の失敗を悟ったらしい。

 潔い逃走ぶりだった。

「ガーベラ、あとを……」
「現状で主殿を置いていくわけにはいかん」

 断固とした口調で返された。

「他に怪我人も多くおるしの」

 敵の姿がなくなったことでローズは片膝を突き、覚束ない足取りでロビビアが合流する。

「やつは主殿を狙っておった。いまは主殿の安全を確保するのが最優先だ」

 リリィが治療と護衛の両方をこなすのはリスクが大きい。

 ガーベラの判断は妥当なものと言えた。

「……そうだな」

 おれは追撃を諦めて、その場のみんなに声をかけた。

「ありがとう、みんな。助かったよ」

 まさか、どういった手段か警戒網を潜り抜けて、単独で奇襲をかけてくるとは思わなかった。
 危ないところだった。

「しかし、村のみんなが心配だが……」
「大丈夫。今頃はシランさんが追撃をかけてくれてるよ」

 リリィが口を添えたところで、魔法の炸裂音が少し離れた場所から聞こえてきた。

 パスを介してシランの存在が感じ取れた。
 もう動き出したらしい。

「さすがのエドガールも、いまの状態でシランさんを相手にして、村の人たちにまでちょっかいを出している余裕なんてないでしょ」

 リリィの言い分は正しい。

 不意打ちを喰らったことで損害は出たが、それ以上に相手の被害は大きい。

 先程の捨て身の猛攻は恐るべきものだったが、あれは全身全霊を振り絞って初めて可能なものであって、もう一度できるような状態ではない。

 ガーベラが左腕を潰し、ローズに至っては内臓まで届きかねない重傷を与えた。

 この世界の回復魔法は強力だが、万能ではない。
 聖堂騎士団の『戦鬼』の回復能力がどの程度かわからないが、下手をすれば命にかかわり、そうでなくても後遺症が残りかねない大怪我だ。

 村のことは心配だが、シランが追撃に出ている以上、エドガールに余裕はあるまい。

 また、いまのところ、他の場所で別の敵による戦闘なども起きている様子はない。

 油断はしてはならないにしても、山場は越えたと見て良いだろう。

「それよりも、ご主人様。いまは自分の体のことだよ」

 リリィはちょっと怒ったような声を出した。

「回復魔法をかけてるとはいえ、安静にしているに越したことはないんだから。いまはシランさんを信じて静かにしていて」
「……わかったよ」

 毒の影響で少し虚脱感があるのも事実だ。
 ここは素直に従っておくべきだろう。

「っと、ロビビアも怪我をしてたな。そっちはどうだ」
「こんなのほっときゃ治る」

 折れた腕をぶらんとさせながらも、ロビビアは低い声で返した。

「良いから座っとけ、馬鹿」

 みんなからこう言われては仕方ない。

 それなりに強くなったつもりなのだが、まだまだ頼りなくも見えるのだろう。
 気遣ってもらえるのは嬉しいことでもある。

 おれはその場に腰を下ろした。

「ご主人様」

 そこで、ローズが声をかけてきた。

「申し訳ありません。わたしが至らぬばかりに、手傷を」

 謝罪を口にしつつ、こちらに近付いてくる。
 一歩踏み出すごとに、ぎぃぎぃと軋む音がした。

「なんだ、そんなことか。気にするな」
「しかし……」

 ローズの表情は暗い。
 その目はおれの怪我に向けられている。

 苦笑した。

「おれのことより、ローズこそ手酷くやられているだろう」
「確かに損壊は酷いですが、わたしは部品換装でどうにかなります。それに、ご主人様は大事な体です。比べられません」
「おれにとっては、ローズの体も大事だよ」

 とは言って聞かせたものの、どうにも通じている気配がなかった。

 明らかにローズは落ち込んでいた。

 おおかた、リリィやガーベラなら守り切れたと思っているのだろう。

 おれに寄り添って回復魔法を使っているリリィが、横目を使ってくる。
 ガーベラやロビビアもこちらに視線を向けてくる。

 わかっていると、おれは内心でつぶやいた。

「ちょっとローズ、座れ」
「はい」

 おれが言うと、ローズは素直に近付いてきて、ちょこんと正座をした。
 もしもに備えて、無骨な斧を持ったままなのがちょっとおかしい。

 同じくらいの高さになった視線を合わせて、おれは言った。

「ローズのせいで怪我をしたわけじゃない。ローズのお陰で助かったんだ」

 励ましの言葉は、だからといって、嘘や誤魔化しの言葉というわけではなかった。

 最後の一瞬、ローズがその身を挺して守ってくれなければ、おれは一刺しに殺されてしまっていただろう。
 そうならなかったのは、ローズのお陰だった。

 かつてローズは、おれを守るためなら自分の身が木屑になってしまってもかまわないと言った。
 その言葉は嘘ではないのだと、彼女は行動で示してみせたのだ。

 おれはローズに笑みを向けた。

「ありがとう、ローズ」
「……ご主人様」

 硬かったローズの表情が、少し緩んだ。

 おれは、ほっと胸を撫で下ろした。
 彼女の沈んだ顔は見たくない。

 作り物だなんてもう誰も思わない、あの優しい笑顔が見たい。

 無骨な斧を握るローズの手を握ろうと、おれは手を伸ばした。

 そして、地面に倒れた。

「……あ、れ?」

 ローズの驚いた顔が見えなくなり、地面が視界の半分を埋めた。

 体に力が入らない。
 声が出ない。
 音がない。

 息が苦しい。

 悪寒が全身を支配する。

 冷たい。寒い。おかしい。

 そんな思考を最後に、ぷつんと意識が途切れて――。

   ***

 ――気付けば、おれは灯火となって、暗闇のなかを漂っていた。

 覚えのある空間。
 おれの内面世界とでも言うべき場所だ。

 そのはずなのに、どこか寒気がした。

 どこかが違う。
 まるで暗闇のなかに、得体のしれないなにかが潜んでいるかのような……。

 おれはあたりを見回した。


 ……なにが起こったのだろうか?


 どうして自分がここにいるのかわからなかった。
 前後のことが思い出せない。

 ともあれ、このまま漂っていても埒があかない。

 おれは灯火と二重写しに見える自身の像を動かした。

 以前に来たときに、勝手はわかっている。
 浮上する。

 その寸前、暗闇のなかからなにかが飛び出してきた。

「……!」

 どろどろとした汚泥のようなものが手首に絡みつく。

 鳥肌が立った。
 手首を掴んだものが、人間の手の形をしていたからだ。

 まるで出来の悪い粘土細工だ。
 あるいは、腐り落ちる寸前の死体の腕だ。

「……捕まえた」

 興奮した男の声が聞こえた。
 第三者の、まったくの他人の声だ。
 この世界で聞くはずのないものだった。

「……捕まえた……捕まえた……捕まえた」

 もう一方の手に、肩を掴まれる。

 そうして、暗闇の奥底から『それ』は顔を出した。

「お、前は」

 手と同様に、その顔もどろどろに溶けている。
 端正だった顔立ちは見る影もない。

 顔には横一文字に走った深い裂傷があり、目を潰されている。
 それでもおれを見つけ出したのは、おぞましい執念の為せる業だっただろうか。

「捕まえましたよ、真島ァ……」
「トラヴィス……!?」

 崩れかけた顔を醜悪に歪めて、変わり果てた男が嗤った。
◆もう一回、更新します。
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