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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
5章.騎士と勇者の物語
150/321

23. 反撃の開始

(注意)本日2回目の投稿です。(7/17)














   23



「トラヴィス様。斥候からの連絡です」


 うっそうとしげった森のなか、伝令がトラヴィスに連絡事項を伝える。


「真島孝弘は、村を動いていない様子です」

「ふむ。予想通りですね」


 優美なしぐさでおとがいに手を当てて、トラヴィスは満足げに頷いた。


「わかりました。経過は順調。あとは刈り取るだけですね。指示に変更はないと伝えなさい」

「はっ」


 伝令が去っていく。

 それを見送って、ゾルターンは普段通りの冷めた目を上司に向けた。


「予想、ですか。真島孝弘は逃げませんでしたね」

「おや。逃げればよかったのに、とでも言いたげですね」


 大仰な仕草で肩をすくめて、トラヴィスは尋ねる。


「どうしたのです、ゾルターン。同情ですか」

「まさか」


 ゾルターンは即答した。

 否定する口調は冷めきっている。

 口元には、自嘲するような浅い笑みがあった。


「わたしが同情など……ただ、不思議に思っただけです」

「不思議なことではありませんよ。言ったでしょう。あれは、蹂躙される弱者なのだと」


 くっくと、トラヴィスは喉の奥で笑う。

 嘲りの笑みだ。


 優美な所作に隠されていた、邪な本性が垣間見える。


「村人を見捨てられなかったのでしょう。あまりにも弱い。脆弱な在り方だとは思いませんか」

「……」


 ゾルターンはしばし沈黙する。


 愚かな行為だと思いはした。

 けれど、その行為は尊いものだとも思えた。


 もっとも、そんなことを言ってもなんにもならないし、それは単なる偽善でしかない。

 これから村に攻め込むのは、自分も一緒なのだ。


 ゆえに、ゾルターンはそこには触れずに別のことを口にした。


「弱い弱いという割には、策を弄しているようですが」


 ゾルターンは、自分の周囲を見回した。


 そこには、二十名ほどの騎士たちがいた。

 全体の割合でいえば、およそ十分の一である。


 他の者がどこにいるのかといえば……。


「念のために、ですよ」


 トラヴィスは、人を喰ったような返答をする。


 彼はこの期に及んで、微塵も油断していなかった。


 勝利を確信していても……というより、確信していればこそ、なのだろうとゾルターンは考える。


 冷徹で残酷な計算で、戦術を構築している。


 こんなもの、知っていなければ対応などしようがない。

 ただ……。


「おいおい、ゾルターン。考え過ぎんのは悪い癖だぜ」


 これまで大人しくしていたエドガールが、険の強い顔に珍しく笑顔を見せた。


 こんなふうに、彼が他人を気にするのは珍しい。

 それだけ、この戦いに期待しているのだろう。


「……そうですね」


 と、答えたところで、トラヴィスに声をかける者があった。


「……トラヴィス様」

「来ましたか」


 茂みを掻き分けて新たに現れた人影に、トラヴィスは歪んだ笑みを浮かべた。


「さて。蹂躙を開始しましょう」


 宣言すると、周囲の騎士たちが剣を天に突き上げる。


 そのなかでただひとり、ゾルターンだけが視線を伏せた。


   ***


 意気揚々と、騎士たちは森の道を進んでいく。


 士気は高い。

 彼らの目には、約束された勝利の果実が見えているのだ。


 無論、彼らとて騎士の端くれだ。

 戦いには犠牲がつきものであることは理解している。


 しかし、彼らには悲壮感というものがない。


 確かに犠牲は出るだろう。

 けれど、それが自分でなければなんでもいいのだ。


 同僚が何人死のうとも、彼らにとってはどうでもいいことだ。


 高度に集団戦を訓練されてはいても、それは絆を意味しない。

 戦いのさなか、それが必要であれば、彼らは肩を並べて戦う同僚を盾にするだろう。


 彼らはそういう集まりだった。


「見えてきたな」


 騎士のひとりが言った。


 森の道の向こうに、村の防壁が見えた。


「あれは……」


 防壁の門の上に、ひとりの人影があった。

 灰色の髪をみつあみにして垂らした少女だ。


 メイド服に身を包み、不釣り合いな大型の斧を片手に持っている。


 なにも知らなければ、なんの冗談かと思うような光景だった。


 けれど、騎士たちは特に反応しない。

 それは、すでに斥候によって知らされていた状況だったからだ。


 騎士たちは進む。


 そのなかに、トラヴィスたちの姿はない。

 騎士たちの数も、第四部隊全体から考えると、それほど多くない。


 これはどういうことなのか。


 疑問を抱いているのかいないのか、ローズは静かな目で、そんな彼らを待ち構えていた。


   ***


 森を掻き分けて進む、騎士の一団があった。


 そのひとりが口を開く。


「本隊のほうは、そろそろ村の入り口についた頃ですかね」


 その顔には、はっきりと僚友を馬鹿にした笑みがあった。

 特に『本隊』と言ったときの口調には、邪悪なものが込められていた。


「まったく。トラヴィス隊長は性格が悪い。本隊も自分たちが囮だとは、まさか思っていないでしょうね」


 村の正面から向かう、騎士の一団。


 それは、聖堂騎士団第四部隊の全軍ではなかった。


 分かれて森を進む、こちらの一団は別動隊。

 という名の、本命の部隊だった。


 村の正面から攻撃を仕掛ければ、真島孝弘の眷属たちはそれを叩くために出てこざるをえない。


 真島孝弘は、戦闘向けの力を発現しなかった転移者だ。

 危険な戦場に出るよりは、村に残る選択をするだろう。


 そこを、別の経路で村に侵入して奇襲するのが、こちらの別動隊の役目だった。


 モンスターなど、どれだけ倒しても仕方がない。『邪悪なるモンスター使い』か、『醜悪なグール』の首級をあげなければ意味はないのだ。


 それを、トラヴィスは重々承知していた。


 トラヴィスは勝利を確信しているが、それと手柄を立てられるかどうかはイコールではない。


 たとえば、眷属たちが敗戦濃厚となれば、恐れに駆られた真島孝弘は、村を逃げ出してしまうかもしれない。

 少なくとも、トラヴィスならそうする。


 モンスターなど捨て駒にして、さっさと村から立ち去るだろう。


 だから、こうした作戦を取った。


 より確実に、敵の頭を叩けるように。


 このあたりの話を、別動隊の彼らは察している。

 察することのできるような者ばかりが、こちらの部隊には集められていた。


 場合によっては、囮である『本隊』は、真島孝弘の眷属たちの総攻撃を受けて、大きな被害を出してしまうかもしれない。


 けれど、それでもいいのだ。

 別動隊に配置された彼らにとっては、関係のないことだからだ。


 騎士たちは進軍を続ける。

 蹂躙されるべき弱者に向けて。


   ***


 その頃、悠々と進んでいた『本隊』は、防壁のかなり近くまで近づいてきていた。

 ここまで敵の妨害はない。


 防壁の上には、変わらずたたずむメイド服姿の少女の姿があった。


 指揮官を任されている騎士が指示を出す。


「このまま進むぞ」


 ぱっと見は人間に見えるが、あれは真島孝弘の眷属のひとりだ。

 それはわかっていた。


 聖堂騎士団は、真島孝弘の情報を得ていたからだ。


 聖堂騎士団第四部隊隊長のトラヴィスは、セラッタでルイス=バードと行動をともにしていたことがある。


 ルイスは、同盟騎士団の身柄を押さえ、チリア砦駐留兵を保護したマクローリン辺境伯の部下だ。

 チリア砦の騒動や、樹海を移動しているときに知られていた真島孝弘の情報は伝わっていた。


 トラヴィスはそのあたり抜かりなく、情報を得ていた。


 あの眷属についても、そうだ。


 名前はローズ。

 樹海を移動している頃は、別のリリィという名の眷属が前に出ていたため、ほとんど戦闘を行わなかったが、魔法を使った援護も行わなかったことから近接戦闘タイプだと予想されている。


 警戒レベルは、さほど高くない。


 この防壁での戦い、最も警戒すべき対象とされていたのはリリィだった。


 強力な第三階梯の魔法での遠距離攻撃と、村の防壁と土塁が組み合わされば、少し厄介だ。


 無論、こんな辺鄙な村の防壁なので、いくら頑丈とはいえ、防壁の強度はたかが知れている。

 そう時間をかけずに破ることはできるだろうが、面倒は面倒だ。


 そうした状況を考慮すれば、リリィは必ずここで出てくるだろう。


 無論、目の前のローズとて、通常のモンスターに比べれば、強力な個体ではある。

 しかし、真島孝弘最強の眷属の白い蜘蛛ガーベラや、強力な魔法を扱うリリィに比べれば、一段も二段も劣る存在でしかない。


 ただの兵士ならともかくとして、聖堂騎士団クラスになれば、この人数で囲めば怖くない。

 数は力であり、彼らは個々の力も兼ね備えているのだから。


 どちらかといえば、ローズに関して怖いのは、リリィを相手にしているときに、前衛として盾になることだ。

 だから、そういう事態にならないように、可能ならばここで殺してしまったほうがよい。


 そういうわけで、聖堂騎士団の最大の警戒対象は、姿を見せないリリィだった。

 歩を進める騎士たちに油断はない。


 リリィを警戒して、周囲に目を配っていた。



 ――だからこそ、目の前の相手への対処が遅れた。



 魔力の気配。

 膨れ上がる危機感。


 目の前の敵は決して、簡単に蹂躙できる存在なのではないのだと、事実を叩き付けるような。



 騎士たちが目の当たりにしたのは、大量の炎の弾丸が防壁の上から自分たち目掛けて降り注ぐ光景だった。



「な……あ!?」


 意識が凍る。

 ありえない。


 肌で感じるこの脅威は、世界中探しても使える者が限られる、第三階梯の大魔法。


 いいや。

 それどころか、これはまさか――!?


「……そっ、総員、防御――ッ!」


 指揮官が、悲鳴のような指示を出した。


 性質は下劣とはいえ、彼らが聖堂騎士団の一員であることには変わりない。

 軍人として、間違いなくこの世界で最高クラスの教育を受けた経験が、騎士たちに反射的に防御の体勢を取らせた。


 だが、それでも遅れた者が何人も出た。


「ぎゃあぁ!?」

「がああ!?」


 ほとんど絨毯爆撃だ。

 そして、信じられないほどに範囲が広い。


 五十名を超える数の騎士たちの大半が、攻撃範囲に入っていた。


 そこかしこで、悲鳴があがった。

 防御が間に合ったものの、爆風に薙ぎ倒される者も続出した。


 精神的な死角からの、思いもしないかたちの強襲に、騎士たちは乱れに乱れた。


「そんな……っ、馬鹿な!?」

「ぐぅ、ぁあ……くそ、威力は第三階梯レベルじゃねえか……」

「馬鹿言え! この威力で、この範囲を攻撃できるか!」

「まさか、第四階梯の……!? 話が違うぞ!?」


 痛みに呻き、驚愕に叫ぶ騎士たち。


 彼らを見下ろして、ローズは小さくつぶやいた。


「……まあ、これ以上の威力は出ないのですが」


 基本的に、魔法というのは、規模が一定ならば、威力と範囲が反比例する。


 範囲を広くすれば、威力自体は第三階梯程度の魔法と同格になる。


 逆に、範囲を狭めれば、威力は第三階梯の及ぶところではない。


 先程のローズの攻撃は、そうした調整ができない。

 なぜなら、これは魔法ではなく――模造魔石を用いた攻撃だからだ。


 これ以上の威力は出せないというローズの言葉の意味が、これだった。


 威力は一定。

 変えられない。


 ただし、範囲については別だ。


 単純な話、魔石を揃えて、同時に使えばいいのだから。


 とはいえ、高価な魔石を大量に集めることなど、普通できることではない。

 それも、第三階梯の魔法と同等の威力が出せる魔法道具だ。

 かつて高屋純が持っていた宝剣などを思い返してみればわかりやすいが、第三階梯魔法を再現できる魔法道具は、この世界で最高級の武具に当たる。

 数を揃えることなど、まずできない。


 普通なら。

 けれど、そんな夢物語を実現させられるものが、ローズには備わっていた。


 無論、魔法道具作成能力のことだ。


 それも、揃えた模造魔石をただ使ったわけではない。

 というより、それでは目の前の光景は生み出せない。

 ローズの模造魔石では、せいぜい第二階梯の魔法を再現するのがせいぜいだからだ。


 ゆえに、そこには工夫があった。


「……もったいないと、思う気持ちがないでもありませんが」


 どこか切なげな声で言って、ローズは、こんっと斧の柄尻で足元を叩く。


 途端に吹き上がる魔力の気配。

 まだ混乱から立ち直れていない騎士たちの表情が、盛大に引き攣った。


 ローズが昨晩からせっせと防壁の上に設置していた多くの模造魔石が、光を帯びた。


 光は強まる。際限なく。

 ついには、許容量を超えた魔力の行使に耐え切れずに、ひびが入った。


 かまわず、さらにローズは出力を高める。


 高めて、高めて、壊れてしまうまで。


 ――発想としては、かつて加藤真菜やケイに送られた目潰しの魔石と同じである。


 あれは、耐久性に問題のある屑石を有効利用するために、あえて一瞬で大きな魔力を出力させる使い捨ての道具だった。


 それでは、同じことを通常の魔石でやればどうなるか?

 答えがこれだ。その威力は、最高クラスの魔法道具、第三階梯にも匹敵する。


 ただし、これはあくまでも思考実験だ。

 宝石よりも高価な、手間暇も技術も費やされた十分に上質な魔石を、一回限りで使い捨てるのだ。


 魔法道具のそんな使い方は、通常なら考えられない。


 しかし、模造魔石を自作できるローズにとっては別だ。


 もっとも、そんな彼女にとっても、これはぽんぽん使えるものではないが。


 最近、ローズはいくつかの魔法道具を試作していた。


 この戦いに間に合わなかったものがひとつ。

 間に合ったものがひとつ。


 そして、間に合ったけれど使いたくはなかったものが、これだった。


 模造魔石とて、作製のために手間と時間はかかっている。

 ここで使い捨てる模造魔石を作るのにも、合算すれば三ヶ月近くかかった。


 それで、使えるのは三回きり。


 言い換えれば、これは一ヶ月の手間暇を一瞬で使い捨てるにも等しい。


「しかし、ここは必要な場面です」


 かつて、ローズの主である真島孝弘は、親友である鐘木幹彦に頼んで、彼女の魔法道具の開発に一時期協力してもらっていたことがあった。


 彼はその雑多な知識と発想から、様々なことをローズに話して聞かせた。


 下らないもの、どうでもいいこと、雑談とも思えることを。


 そのなかに、打ち上げ花火というものの話があった。


 一ヶ月から、ときに数か月もの製作期間を経て完成された花火は、燃え尽きるときは一瞬だ。

 けれど、その一瞬で華やかに夜空を彩る。


 その在り方に、ローズは美しさを感じた。


 ローズは、自身の程度を知っている。


 ガーベラには敵わない。

 リリィにも届かない。


 一段も二段も劣る存在でしかない。


 積極的に他のモンスターを捕食する機能が備わっていない以上、この差が縮まることは永遠にないだろう。

 それどころか、他の姉妹たちにも置いて行かれるときがくるかもしれない。


 けれど、積み上げた時間を一瞬で燃やし尽くせば、あるいは、自分も姉や妹に負けない輝きを放つこともできるのではないだろうか。


 そんな願いを込めて、ローズはその名を口にする。


「戦装『ファイアワークス』。出し惜しみはなしです」


 させじと、騎士たちから反撃の魔法が飛んだ。

 だが、ローズは防壁で守られている。


 何発も魔法を喰らえば崩れるはずの防壁は、びくともしない。


 ローズの手による補強がなされているからだ。

 この周辺だけに限定されるが、防壁の強度はチリア砦さえ敵わない。


 騎士団の失敗は、魔法道具作製能力を持つローズに時間を与えたこと。

 この防壁は、ほとんど要塞と化している。


 大半の魔法が防壁によって遮られ、残ったいくらかはローズの手によって防がれた。


 妨害する者はなく、ついに模造魔石が砕け散る。


 再びの爆炎が、騎士たちを蹂躙した。

◆この作品では、これまで一人称縛りをしてきたのですが、

今回は三人称でのお届けです。


内容的に、さすがにこういうのは、ころころ視点が変わるとわかりづらいかなと。

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