29. 星の綺麗な夜
前話のあらすじ:
生意気系おれっ娘竜人幼女は好きですか?
※本編を進める前に、幼女じゃないほうのツンデレ回を1話挟みま「ツンデレじゃない(飯野)」
29 ~飯野優奈視点~
転移者の偽物が出ているという話を現地で確かめるため、探索隊のみんなと別れたわたしは、ローレンス伯爵領のセラッタを発つと、まず東に向かった。
ローレンス伯爵領から、隣国のヴィスクムに入る。
東域三国に数えられるヴィスクムは、エベヌス砦の北に位置している。
まだ探索隊がエベヌス砦にいたときに、そこから離脱していったメンバーは、最初にヴィスクムの地を踏んだことになる。
この国にも、彼らの偽物がいる可能性があるということだ。
わたしは町から町へ渡り歩いて偽勇者について尋ねながら、ヴィスクムを横断した。
普通の人間の足なら、道草を食わずに移動に専念しても、横断するのに一週間はかかる道程だったが、『韋駄天』とさえ呼ばれる足を持つわたしは、同じ日数で聞き込みをすることができた。
明け方には町を出て、普通なら一日かかる距離を小一時間ほどで走破し、日があるうちに情報を集めて回る。
非常にタイトなスケジュールではあったが、やってやれないことはなかった。
ただ、ヴィスクムでは偽勇者に関して、あまり有益な情報は得られなかった。
王家には数人の勇者が滞在しているという話は聞いたが、ヴィスクムの王族は、エベヌス砦で直接探索隊のメンバーと顔を合わせていると聞いている。
偽者に騙されるとは考えづらい。
偽勇者は、この国では出ていないと考えるべきだろう。
聞き込みは徒労に終わったわけだが、騙された人間がいないのなら、それは喜ぶべきことだった。
わたしはヴィスクムの隣、帝国のカッパード伯爵領に入った。
ここでも偽勇者を見付けることはできなかった。
だが、噂話を聞くことはできた。
「パン子爵領と、ディクソン子爵領」
わたしは小さくつぶやいた。
「カッパード伯爵領の北にある小貴族の領地……か」
場所は、本日の宿。
考えを口にしながら、わたしは制服の上着のボタンを外していく。
「偽勇者が目撃されたっていう話を聞けたのは収穫だけれど……問題は、目撃された場所が一ヶ所じゃないらしいってことよね」
制服の上着を脱いで、ベッドに置いた。
そのうえに、スカートやシャツも重ねていく。
「そう時間があったわけでもないことを考えると、偽勇者がひとりだけとは考えづらい。同時多発的な犯罪なのか……いや。むしろそうした犯罪者集団がいると考えるべき?」
裸になったわたしは、手頃なサイズの布を手に取った。
宿のほうで用意してもらった水桶を、手持ちの魔石で熱めのお湯に変える。
お湯で布を濡らすと、まんべんなく肌をこすった。
お湯の熱がじわりと肌に伝わる。
が、それはすぐに空気に冷やされてしまい、むしろひやりとした感覚が残った。
お風呂に入りたいなと、ちらりと思った。
気付かぬうちに溜め息が出て、その重さにふと眉をひそめた。
「……」
探索隊のみんなと別れて、約二週間。
いや。それ以前も、この世界に来てからはずっとか。
走り続けてきた体に、少し疲れが溜まっていた。
異常なくらい頑丈な体になったとはいえ、疲労しないわけではない。
体もそうだが、精神的なものもある。
ひとりでの旅は慣れたけれど、知らない土地でひとりで活動するのは、やはり疲れるものだ。
最後にゆっくりしたのはいつだろうと思い、ある少年の姿が脳裏に浮かんだ。
ああ、そうだ。
彼らと一緒に過ごした数日間が、この世界に来て最初で最後の休息だった。
もっとも、あれは休息と言うよりも、療養というべきかもしれないけれど……。
あいつは、どうしているだろうか。
まずは壊れてしまった車の修理をすると言っていたから、そろそろアケルの町に辿り着いて、魔石を手に入れた頃かもしれない。
「……」
思い浮かべていた少年の隣に、亜麻色の髪をした少女の姿が現れた。
お似合いのふたり。
その周りには、更に何人もの人ならざる存在が集う。
あいつはきっと、眷属たちと一緒に旅を続けているのだろう。
翻って、自分は……。
「ん」
ぶるりと体が震えて、わたしは我に返った。
どうやらぼうっとしていたせいで、体を冷やしてしまったらしい。
かぶりを振って、わたしは手にしていた布を桶に投げ込んだ。
寝間着にしている、ゆったりとした服に袖を通す。
部屋を横切って窓を開けた。
窓枠に頬杖をついて、二階の部屋から空を見上げた。
綺麗な星空が広がっていた。
「……」
わたしには誰も追いつけないと、あいつは言っていた。
それは多分、一面の真実なんだろう。
だけど、それでいい。
それで悪を挫くことができるなら、わたしはそれでかまわないのだ。
――ねえ。ゆっちゃんは、どうして悪い人が許せないの?
疲れているせいだろうか。
あいつのことといい、今夜はどうも昔のことを思い出す。
あれもまた、星が綺麗な夜だった。
確か、高校に入学して、間もない頃だっただろうか。
中学からの友人の轟美弥――トドちゃんが、お泊りで遊びに来たのだ。
お土産はお団子。
わたしをベランダに連れ出すと、彼女は笑顔で言った。
――よし。ゆっちゃん。今夜はお月見をしよう!
――……なに、いきなり? お月見の時期じゃないけど。まだ五月じゃない。
――えー。しようよ。せっかく、お団子も準備したんだし。
わたしと違って、トドちゃんはふわふわと可愛い女の子だ。
ちょっと天然が入っているというか、ずれているところがあって、突拍子もない行動を取ることがたまにあった。
そのときも、そうだった。
彼女の無計画さを表すように、お月様は半月から少し太ったくらいの中途半端な大きさで。
ただ、星の綺麗な夜ではあった。
――というか、お月見するなら、うちみたいなマンションの狭いベランダじゃなくて、トドちゃんの家のほうがよかったよね。庭も広いし。……わんこもいるし。
トドちゃんの家は広くて、たくさんの犬を飼っていた。
だからトドちゃんは、子供の頃から犬と一緒に育ったのだという。
家族なのだと言っていた。
そのあたりが、彼女がこの異世界にやってきたあと得た力……『闇の獣』の轟美弥と呼ばれるようになった理由なのかもしれなかった。
――じゃあ、今度はうちでやる? マルちゃんとノルちゃん、けっこう大きくなったんだよ。ゆっちゃん、しばらく会ってなかったでしょ? 見たらびっくりするかも。
なんて話をしながら、トドちゃんは手作りの望遠鏡を覗き込んでいた。
訊けば、ちょっと前に参加したイベントごとで作ったらしい。
事前に百円ショップで虫眼鏡を買っていって、分解して作ったんだよと楽しげに話してくれた。
わたしもそのイベントには誘われていたのだけれど、参加はしていなかった。
昔から通っている剣道の教室と日程がかぶっていたので、断ったのだ。
だから、お月見の時間は、その埋め合わせでもあった。
もっとも、別にそんな理由がなくても、わたしは彼女に付き合っただろう。
正直なところ、名目はお月見でも、勉強会でも、パジャマパーティでも、なんでもよかった。
狭いベランダに並んだガーデンチェアを、ちょっと掃除して綺麗にしてから座り、声を押さえて、ふたりであれこれとお喋りをする。
会話の内容は他愛のないものだったけれど、それでも楽しかった。
――あ、それでね。お星さまの観察以外に、レンズの勉強とかも、ちょっとだけどしたんだよ。屈折とか、そのへん。来年、物理でやるみたいだけど。
――ふぅん。でもわたし、文系志望だから。大学は、法学部に行くつもりだし。
――あれ? 文系は知ってたけど、学部まで決めてるんだ?
――言ってなかったっけ?
――だよー。そっか。もう決めてるのかぁ。そういうとこ、ゆっちゃん、きっちりしてるよね。
――いや。秋にはもう、文理選択でしょ? ちゃんと考えないと。
――あー、そうだっけね。んー、法学部かぁ。わたしもそうしよっかな。
――自分の進路は、自分で決めなさい。
――そうだよねー。
どこかずれたトドちゃんは、わたしにとってどうにも目が離せない存在だった。
トドちゃんのほうは……どうだったのだろうか。
彼女にも彼女なりの理由があったのかもしれない。なかったのかもしれない。
なんにせよ、わたしにとって彼女は大事な友人だった。
――ねえ。ゆっちゃんは、どうして悪い人が許せないの?
そんな他愛のない会話の一幕だった。
トドちゃんが、こんなことを言い出した。
――ゆっちゃんは、将来、警察官になるんだよね? 悪いことをする人が許せないって。どうして?
いつものふわふわとした笑みを引っ込めて、尋ねてくる。
そうすると、切れ長な目をした彼女の雰囲気は、がらりと変わった。
たまにこうした表情を見せられると、わたしはどきりとさせられたものだった。
――なにそれ。悪い人を許せないのは、当然のことでしょ。
――当然のこと。つまり、理由なんてない?
わたしは頷く。
すると、トドちゃんに、いつもの笑顔が戻った。
――ああ。それはとっても、ゆっちゃんらしい答えだね。
――どういう意味?
訝しさに眉をひそめて尋ねると、ふわふわした雰囲気でトドちゃんは返した。
――ゆっちゃんのそういうところ、わたしはすごい好きだってこと。
――な、なに言ってるの。
真正面から好意を告げられて赤面したわたしに、親愛の籠った笑顔が向けられた。
――たとえば、もしもわたしが悪いことをしても、ゆっちゃんはとめてくれるでしょ?
――……トドちゃん?
――だけど、少しだけ不安でもあるの。これから先、ゆっちゃんがそんなふうにいられるかどうか。
あれは、どういう意味だったのだろうか。
――これからもずっと、わたしの好きなゆっちゃんでいてね。
あの天然気味で、だけどたまにとても鋭いことを口にしていた友人は、なにを見ていたのだろうか。
今更になって、なぜだか、そんなことが少し気になった。
再会できたときには、訊いてみよう。
話したいことは、たくさんあるのだ……。
つらつらと考えているうちに、わたしは微睡みに落ちていた。
***
「これは……」
昨晩とは打って変わって、曇天の昼下がり。
しとしとと雨が降っていた。
わたしは、パン子爵領の東寄りの地域、偽勇者の噂話があるという土地を訪れていた。
最初に足を踏み入れた村が、ここだった。
村だったものというべきだろうか。
そこは、廃墟だった。
蹂躙された家屋の残骸が、泥に汚れていた。
畑は食い荒らされて、道々は掘り返されている。
村を守る壁も、完全に破壊され尽くしていた。
「モンスター、かな?」
倒れた防壁についた傷のなかには、獣の爪によって抉られたと思われるものがあった。
壁の外には、モンスターの死骸が貪られた跡らしきものがあったし、恐らくは間違いないだろう。
わたしは外套で雨をしのぎながら、村のなかを歩いた。
村はひっそりと静まり返っていた。
廃墟と化した村の光景には、むしろこの静けさこそが相応しいのかもしれなかった。
「……死体はない、けど」
その理由は、歩くうちにわかった。
「お墓」
村の建物はほとんど破壊されているのに、その墓場だけは無事だった。
恐らく、ことが起きたあとで作られたものなのだろう。
墓標は、太い木を立てただけの簡素なものだった。
見るからに急ごしらえの墓ではあったけれど、それも仕方のないことだったのだろうと思えた。
そこには、夥しいほどの墓標が並んでいたからだ。
多分、百近くあるのではないだろうか。
村の規模を考えても、恐らく、ほぼ住民の全てが死んでしまったのだろう。
それは必然、これだけの数の墓を作った部外者がいるということでもあり……。
「あなた方が、このお墓を作ったんですか?」
墓の前に佇んでいた、重厚な騎士の装束に身を包んだ人物が、こちらを振り向いた。
しっとりとした黒髪をした、うら若い女性だった。
多分、歳の頃は二十歳前後だろう。
一瞬、わたしと同じ転移者かと思ったが、顔立ちはこの世界の人間のものだった。
真面目そうというより、お堅そうといった雰囲気。
どことなく、探索隊でリーダーの補佐をしている栗山さんに似ている。
身に付けている鎧の意匠には見覚えがあった。
「聖堂騎士の方、ですよね?」
「そうですが、あなたは?」
訝しげな顔をする女性に、わたしは名乗った。
「わたしは飯野優奈。探索隊所属の転移者のひとりです」
「……転移者?」
女性の表情が硬くなった。
警戒されている。その理由は、すぐに察することができた。
「待ってください。わたしは、偽者ではありません」
偽勇者の噂のある土地で、転移者だと名乗ったのだ。
もしもこの女性が偽勇者のことを知っているのなら、本物の勇者を騙っているものと思われても無理はなかった。
「偽者ではない?」
わたしの弁明の言葉を聞いて、女性は眉間にしわを寄せた。
「その証を立てることはできますか?」
「あ、証……? 証拠を出せるかということですか?」
女性はこくりと頷き、剣の柄に手を伸ばした。
ぴりっと空気が張り詰める。
転移者として得た力が、目の前の女性に脅威を覚えた。
騎士としてはかなりの手練れだ。
この世界の人間で言えば、シランさんと顔を合わせたときに感じたものに近い。
無論、シランさんには契約精霊によるブーストがあったわけだが、それを抜きにしても、彼女は同盟騎士団のなかでトップクラスの強さを誇っていた。
その彼女に近い戦闘能力というのは、生半可なものではない。
聖堂騎士団。
勇者とともに戦場を駆ける精鋭という評判に偽りはないようだった。
……面倒なことになった。
通常のウォーリアなら、この女性でも数合程度は打ち合えるだろうが、わたしはこれでも二つ名持ちだ。
それも、一対一の白兵戦に特化している。
戦いになれば、一瞬で勝負はつくだろう。
だが、できればことを荒立てたくはなかった。
眉を下げたわたしの困り顔をどう見たのか、きっと眉を吊り上げて、女性は剣の柄を握った。
「もしも証を立てることができないのなら……」
このままなら、女性は切りかかってきていただろう。
そうならなかったのは、彼女を制止する声があがったからだった。
「待て、エリナー」
女性が威圧的に目を細めたところで、脇から声がかかった。
「その方は、本物の勇者様だ」
女性をとめたのは、がっしりとした体格をした禿頭の男性だった。
女性と同じ聖堂騎士の鎧の下、その肌の色が目を引いた。
男はこの世界ではまず見ることのない、黒い肌をしていたのだった。
そんな特徴的な男性だから、わたしも印象に残っていた。
一瞬眉をひそめてから、次に「あ」と声をあげる。
「確か、あなたはエベヌス砦で……」
「覚えておいででしたか。お久しぶりです」
以前、リーダーの部屋の前で顔を合わせた聖堂騎士の男性は、その巌のような顔をぴくりとも動かすことなく、ただ深々と頭を下げた。
***
男性は、ゴードン=カヴィルと名乗った。
ゴードンさんは聖堂騎士団の副長であり、第二部隊の隊長でもあるのだという。
「それじゃあ、ゴードンさんは、偽勇者の対処をするために、この地域に?」
エベヌス砦で会ったときには聖堂騎士団団長と一緒だったゴードンさんだが、現在は聖堂騎士団第二部隊の隊長として、この地域に派遣されているという話だった。
「それで、これはその偽勇者が巻き起こしたことだと?」
「はい。我々の聞き込みの結果では、そうなります」
わたしの見立てと同じく、聖堂騎士団も、村はモンスターに襲われたと考えていた。
隣の村の住人が、廃墟となった村を見付けたのが二日前のこと。
ゴードンさんたちの調べでは、その更に三日前に、勇者を名乗る人物が隣の村を訪れて、歓待を受けたことがわかっていた。
彼はわたしたちの着ているような独特の服――制服のことだ――を身に纏っており、少なくとも、モンスターを倒せる程度には腕も立ったのだという。
まあ、そうでもなければ、勇者を騙ることなんてできはすまい。
問題は、彼が次にこちらの村を訪れたらしいことだった。
「タイミング的に、無関係とは思えませんね」
「我々もそう考えております」
「だけど……そうなると、疑問があります。隣村を訪れたというその人物は、本当に単なる偽者なんでしょうか?」
わたしは、この地域にわたしたち転移者の偽者が現れたと聞いて、その実態を確かめるために現地に来た。
だが、いまわかっている話を聞くと、むしろ別の可能性が見えてくるように思う。
「実際にこの村を襲ったのが、モンスターだというのが引っ掛かります」
似たような話を、わたしは聞いたことがあった。
「ゴードンさんは、工藤陸という人物を知っていますか?」
「……飯野様も、ご存知でしたか」
チリア砦襲撃犯のひとりであった工藤陸は、モンスターを従える能力を保有している。
村をモンスターに襲わせることは可能だった。
また、魔王を称する彼が犯人であるのなら、村を襲ったのも納得がいく。
というより、そうでもなければ、あえて村を壊滅させた理由がわからない。
ついに、魔王が動き始めたのだ。
「……ん?」
しかし、そこでわたしは引っ掛かりを覚えた。
「……あれ? でも、工藤陸の能力は、直接戦闘に向いたものではなかったはず。そうすると、『モンスターを倒せる程度には腕も立った』というのは、どういう……いや。そうじゃないか」
考え込みかけて、わたしはふと、シランさんに保護された残留組の生徒たちとチリア砦で再会した直後にあった出来事を思い出した。
複数体のグリーン・キャタピラによる襲撃。
わたしが始末したあのモンスターたちは、自作自演で工藤陸が襲わせたものだったのだという。
「……考えてもみれば、工藤陸の能力を使えば、自作自演なんてし放題だものね」
あるいは、ドッペル・クイーンのアントンが化けていたのかもしれない。
なんとでもなるだろう。
わたしが結論に至ったのを見計らって、ゴードンさんが声をかけてきた。
「飯野様は、『魔軍の王』のことを、我らよりもよくご存知なのですね」
「『魔軍の王』?」
「我らはチリア砦に害を為した工藤陸を、そう呼んでおります」
首を傾げたわたしに、ゴードンさんが答えた。
「もしも飯野様が彼について詳しい情報をご存知なら、協力していただけないでしょうか」
「協力ですか?」
「現在、我らは広くこの地域に展開し、勇者様を騙る者の足取りを追っております。飯野様が同じく偽者を追っているというのなら、一緒に来ていただければ心強い」
「そうですね……」
偽勇者を追っている組織があるのなら、協力するに吝かではなかった。
まだ確定はできないが、もしも偽勇者が工藤陸であるのなら尚更、情報面でも役に立てることは多いだろう。
戦力的にも、わたしが協力する意義は大きい。
モンスターの大群を自在に操る工藤陸の戦力は大したものだ。
チート持ちのなかでも、実力は最上位。探索隊にいる通常のウォーリアでは、物量に押し潰されてしまうだろう。
戦力が消耗前提であるため、連戦になると戦力が目減りするくらいしか、弱点が思い当たらない能力なのだ。
だけど、探索隊でも最強クラスのわたしなら、正面からでも彼に対抗することができるはずだった。
そして、わたしとしても、聖堂騎士団と協力することにはメリットがあった。
ひとりで駆け回るのでは、情報収集にも限界があるからだ。
組織としての情報網が得られるのであれば、ありがたい。
ただ、わたしはすぐに首を縦に振ることはできなかった。
「待ってください。その前に、情報を得たという方にわたしも会いたいんですけど、可能ですか?」
「会いたい、ですか?」
「ええ。直接会って話を聞くことで、わかることもあるかもしれませんから」
ついでに言うなら、いつかのような勇み足にもならずに済む。
ゴードンさんは誠実そうな男性だが、行き違いというのはありうるものだ。
「村に生き残った人はいるんでしょうか? できれば、話を聞きたいのですが」
「……いえ。残念ながら」
ゴードンさんは首を横に振った。
「そうですか……でしたら、隣の村に行きたいと思います。そこなら、話は聞けるはずですよね?」
隣の村まで、走れば今日中に着く。
タイムロスはほとんどない。
けれど、ゴードンさんはあまりよい顔をしなかった。
「駄目ですか?」
「まさか。駄目ということはありません。ただ、隣の村まで行くのでしたら、わたしたち聖堂騎士をお連れいただきたい」
「あなたたちを、ですか?」
「無論、お邪魔をするつもりはありません。ただ、勇者様の偽者が出ております現状を考えますと、飯野様おひとりでは……」
ゴードンさんは言葉を濁す。
わたしは眉をひそめた。
「それはつまり……わたしが、偽勇者だと間違えられるということですか?」
「恐れながら」
ゴードンさんは重々しく頷いた。
「今回は、わたしが飯野様のお顔を見知っていたからよかったですが、そうでなければ、面倒をおかけしていたかもしれません」
「……それもそう、ですね」
たとえ襲いかかられたところで、わたしなら制圧できただろうが、面倒事には違いない。
「わかりました」
わたしは状況を秤にかけて、最終的にはゴードンさんの申し出を受けることにした。
確かに、移動速度に多少の影響は出るだろう。
だが、聖堂騎士団の組織力によって集まる情報量を利用すれば、それでもお釣りがくるはずだった。
それに……わたしには、聖堂騎士という存在がどのようなものであるのか、近くで確認しておきたいという気持ちがあった。
わたしにチリア砦襲撃に関する間違った情報を流したのはルイスさんだが、彼の隣にはトラヴィスさんがいた。
あれが故意だったとはわたしは思いたくないし、まさかトラヴィスさんがそれに噛んでいるなんて想像したくもない。
だが、それでも、聖堂騎士団に対して全面的な信頼を置ける状況ではないことは否定できない事実だった。
この機会に、そのあたりを見極めたいと思ったのだ。
そして……これはあくまでもついでだが、真島孝弘に対するあらぬ疑いが、トラヴィスさんを経由して聖堂騎士団に伝わっていないかどうか、確認するいい機会だとも思った。
もしも間違った情報が伝わっているのなら、それを正すことだってできるはずだ。
……別に、あいつを助けようというわけじゃない。
あいつは嫌な奴だし、大嫌いだ。
けれど、それとこれとは関係ない。
間違ったことは正さなければならない。これはただ、それだけのことなのだ。
そんな当たり前のことを心のなかで確認してから、わたしは口を開いた。
「それじゃあ、どなたが一緒にいらっしゃいますか?」
同性でもあることだし、さっきのエリナーという女騎士あたりだろうかと思っていたのだが、ゴードンさんの返答は違っていた。
「わたしが参りましょう」
「ゴードンさんが?」
目を見開いたわたしが尋ねると、ゴードンさんは重々しく頷いた。
「勇者様に随伴するのです。それなりの立場の者でなければなりませんから」
「……」
少し驚きはしたが、考えてもみれば、これは好都合かもしれなかった。
どうせ接触するのなら、立場のある人間のほうがいい。
あいつに関する誤解を解くのだって、偉い人間を説き伏せたほうが早いだろう。
「わかりました。それではよろしくお願いします、ゴードンさん」
こうしてわたしは、聖堂騎士団と行動をともにすることになった。
◆感想欄の反響を見ていて初めて気付いたけれど、はぐれ竜、属性てんこ盛りですね。
という、前話のあらすじの話。
割と作者としては、この子は好きになってもらえるかな……と不安だったりします。
◆本作の連載を書き始めて、早いもので二年が経ちました。
これからも楽しんでいただけるように頑張りますので、応援いただければ幸いです。
◆書籍版『モンスターのご主人様』ですが、今回のお話の視点だった飯野優奈と、主人公が表紙の第5巻は、今月末に発売になります。
今回、書き下ろしがこれまでで一番多くなってますので(途中の展開もちょっと違ったり)、そのあたり楽しんでいただけると嬉しいです。
28日が公式の発売日ですが、年末の物流の関係で、早いところでは25日から店頭に並んでいるそうです。今週末あたりということですね。
情報については活動報告にて公開していますので、興味がお有りの方はそちらもご覧ください。