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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

4章.モンスターと寄り添う者

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30. 竜の子供と訪れる町

あけましておめでとうございます。
本年も『モンスターのご主人様』をよろしくお願いいたします!
   30


 竜淵の里を訪れる許可が得られるまでの時間を利用して、おれたちはディオスピロに戻ることにした。

 竜淵の里へ行くのなら、ローズたちを呼ばなければならないからだ。

 おれはディオスピロの宿まで、ローズたちを迎えに来ていた。

「御無事でなによりです、ご主人様」

 数日ぶりに再会したローズは、表情に人形特有のほんの少しのぎこちなさを残しながらも、以前に比べればずっと自然な笑みを向けてくれた。

 怪我がないか確認するように、視線がおれの身を上から下までを巡ったあと、ほっと胸を撫で下ろすような仕草をする。
 その隣では、加藤さんが似たような仕草をしていて、ただでさえ似通った顔立ちをしているだけに、ふたりはいっそう姉妹のように見えた。

「お手伝いいたします」
「ああ。ありがとう」

 近付いてきたローズが、いそいそとした様子でおれの旅装を解く手伝いをし始める。

 普段はおれの世話をしてくれているリリィは、ちょっとの間、離れていた妹に役目を任せることにしたようだった。

 代わりに、別の人間の世話を焼き始める。
 そんなリリィのほうを見て、加藤さんが疑問の声をあげた。

「ところで、先輩。そちらの子供はどうしたんですか?」

 視線の先にいたのは、リリィに世話を焼かれる赤毛の少女だった。
 ガーベラが作ったおれの上着のお下がりを浴衣のように着込み、手足にはかっちりと包帯を巻いて、背中には大きな背嚢を背負っている。

「わたしも気になっておりました」

 室内なので剥き出しのままの人形の腕に、おれから受け取った外套を抱えて、ローズが首を傾げた。

「この感じ、新しい眷属のようですが」
「え?」

 加藤さんが声をあげるのと、リリィが少女が背負っていた背嚢を脱がせてあげたのが同時だった。

 途端に広がる、皮膜の破れた竜の翼。
 背嚢の中身は空っぽで、引っ込められない翼を収納してあった。

 手にした外套をぽいっと放り投げて、肌を隠すために巻いた包帯を剥げば、その下から出てくるのは、ところどころに鱗が残る肌だ。

「あー、窮屈だった」
「ドラゴンの男の子……?」

 鬱陶しそうに包帯を捨てた少女の姿を見て、加藤さんがつぶやいた。

「いえ。女の子、ですか?」
「そうだぞ。あと、別におれは眷属なんかじゃねえよ」

 勝気な印象の顔が、ローズに向けられた。

「なあ、孝弘。こいつもお前の眷属なのか?」
「……た、孝弘?」

 乱暴な口調に、ローズが一瞬、面食らった様子で動きをとめた。

「……ご主人様、彼女は一体?」

 こんなぶっきらぼうな態度でおれに接する眷属は、ローズのなかではありえない存在だったのだろう。
 怪訝そうな調子で尋ねてくる。

「ああ。こいつが、はぐれ竜だよ」
「名前はロビビアだ」

 おれが紹介をすると、赤毛の少女は胸を張り、翼を広げて名乗った。

「刺のある格好いい名前だろ」
「刺?」

 ローズが不可解そうな声をあげた。

 彼女がわからないのも無理はない。
 ロビビアというのは、花サボテンと呼ばれる種類のサボテンである。

 おれが眷属たちに花の名前を付けているという話を幹彦にしたときに、名前に使えそうな花ということで、あいつから教えてもらったもののひとつだった。

 どうしてあいつが花サボテンなんてものを知っていたのか不思議だが、おおかた、なにかのゲームででも出てきたのだろう。

 そのときにおれは、絵に描いたものを見せてもらったのだが、丸いサボテンに大きな花が咲いている様子は、どちらかといえば可愛らしい部類だった。

 なのでロビビアの台詞は勘違いといえばそうなのだが、それでも、この名前を彼女が気に入ったことは疑いようもない事実だった。

 機嫌の良さそうなロビビアを見て、サディアスが曖昧な笑みを浮かべている。

 サディアスから、はぐれ竜には里での名前があったらしいと聞いたのは、乞われてロビビアの名前を付けてやったあとのことだった。

 そっちの名前で呼ぶと酷く不機嫌になるので、サディアスもいまではロビビアと呼んでいる。

 里の竜たちとの間にある溝は深い。
 だが、その一方でロビビアは、サディアスに対してはさほど壁を作ってはいなかった。

 少なくとも、ロビビアと呼ぶ限りは、素っ気なくも会話が成立していた。

 サディアスは普段、里の外を放浪しているという話だから、ロビビアも里の竜として認識していない部分があるのかもしれない。

 この調子で、他の里の竜との交流もうまくいけばいいのだが……と思いながらも、おれは口を開いた。

「こっちはローズ。リリィやガーベラと同じ、おれの眷属のひとりだ」
「ふぅん?」

 ロビビアは無邪気に首を傾げた。

「孝弘は弱いのに、リリィとかガーベラとか、強い眷属をいっぱい連れてんだな」

 言いながら、おれの服の裾を掴んで揺らす。
 特に意味のない動作は、幼さの表れだったかもしれない。

 こちらに向けられた瞳には、純粋に不思議そうな光が宿っていた。

「なんだか変な感じだ」
「変か?」

 苦笑しながら、おれは言葉を返した。

「だって、竜淵の里の長は、里で一番強い竜だぞ」
「そのあたりは、人間だと違うな」
「ふぅん。人間ってよくわかんねえな。いや。わかんねえのは、孝弘の眷属のほうか」
「わたしたちのことは、追々理解してくれればいいよー」

 リリィがロビビアの小さな肩をぽんと叩いた。

「これからも、しばらくは一緒にいるんだし。自然とわかると思う」
「そんなもんか?」
「そうそう」

 リリィは頷き、ちょっとだけ顔をしかめて見せた。

「それよりも……ロビビア? 着てたものを散らかさないの。ちゃんと片付けなさい」
「ぁん? そんなもん……」
「ロビビア?」

 あくまでも優しく、ただ断固たるものを込めてリリィが名前を呼ぶと、ロビビアは唇を尖らせた。

「……わかったよ」
「よろしい」

 ロビビアは意外と素直に、散らかした包帯を拾い集めた。
 床に落としていた外套も綺麗に畳む。

 つい先日まで自我のない竜だった彼女が服の畳み方なんて知っているはずもなく、それはここに来るまでの間に、リリィに教えられたものだった。

 包帯と外套、背嚢をひとつに纏めてからロビビアが振り返ると、リリィはよしと笑みを返した。

 口元をもごもごとさせて視線を逸らした赤毛の少女の様子が、どことなく嬉しげだったのは、おれの見間違いではないだろう。

 そこまで見届けて、おれは口を開いた。

「それじゃあ、リリィ。あとは頼んだ」
「え? 孝弘。どっか行くのか?」

 途端にぴょんと跳ねるロビビアが、こちらを振り向いた。
 目が大きく見開かれている。

「おれも行く!」
「別にどこかに行くわけじゃない。部屋を変えて、ローズたちに説明をしてくるだけだ。ここじゃあ、ちょっと手狭だからな」

 ローズたちの借りているこの部屋では、さすがにこの場の全員が揃っていると狭い。
 落ち着いて話をするためには、場所を変えるべきだった。

 ロビビアを連れていけば、お目付け役のサディアスもやってきてしまうので、あまり人数に変化はない。

 加えていえば、加藤さんのこともある。
 最近は倒れるようなことはなくなったとはいえ、サディアスと深津という、おれ以外の男性と同じひとつの部屋にいるのは、精神的に負担が大きいだろう。

「あとで町を見て回ろうな」

 赤毛の頭をぽんと撫でてそう言葉をかけると、不機嫌そうに手を払われた。

 唇を尖らせたロビビアを、うしろからリリィが抱き締める。

「へそ曲げないの。わたしが一緒にいてあげるから」
「な!? ちょ、リリィ!?」

 ロビビアが悲鳴をあげた。
 それはここ最近、よく見る光景だった。

 抗議の声があがるが、リリィは頓着せずにひらひらとおれに手を振った。

 手を振り返すと、じたばたするロビビアのことはリリィに任せて、おれはローズたちを連れて部屋を出た。

   ***

「孝弘さん。今回は、姉様がお留守番ですか?」

 宿の廊下を歩いていると、ケイが話しかけてきた。

 彼女の言う通り、今回、ガーベラとあやめ、ベルタたち、町に入れない者のために、シランには町の外に残ってもらっていた。

「ああ。最初はロビビアを連れてくるつもりはなかったんだが、ついてくるって聞かなくてな。ロビビアのことはリリィが熱心に世話を焼いてやっていたから、ロビビアが行くならリリィも一緒についていったほうがいいって、シランが言ってくれたんだ。ケイには、悪いことをしたな」
「別に、孝弘さんが謝るようなことじゃ。わたしも、もう姉様がいなくても大丈夫な歳ですし」
「そうか」

 拳を握る少女の姿は微笑ましいものだった。

「でも……そうだな。シランへのお土産に、お菓子でも買って帰ろうか。ほら、前に話をしただろう?」
「あ。覚えていてくれたんですか」

 嬉しそうに声を弾ませるケイに、おれは頷く。

 前にこの話をしたのも、この宿でのことだった。

 聖堂教会が配っているお菓子を手にした子供たちを見ていたところ、ケイからシランは甘いもの好きなのだと聞かされた。

 それでは、これまでシランに世話になっている礼も兼ねて、買ってこようかという話をしたのだが、そのときは、直後にシランが深津に絡まれているのを目撃してしまい、それどころではなくなってしまったのだった。

 今回のことがなくとも、シランには世話になっている。
 うやむやにするつもりはなかった。

「シランがどんなお菓子が好きなのか、おれは知らないからな。お勧めがあったら教えてくれるか?」
「はい! 姉様も喜ぶと思います!」

 嬉しさを隠さずに笑うケイと話をしているうちに、さっきの部屋とはまた別に取った部屋に着いた。

 部屋に入ったところで、ケイがふと思い出した様子で口を開いた。

「それにしても、あの子……ドラゴンのロビビアちゃん。なんだかちょっと気難しそうな子ですね」
「そうだな。おれも憎まれ口を叩かれてばっかりだよ」

 苦笑する。
 気難しいというのは、まったく否定しようのない事実だったからだ。

「ご主人様」

 と、そこでローズが声をあげたので、おれは彼女に視線を向けた。

「どうした?」
「そのロビビアについてなのですが……」

 歯切れが悪い。
 言いたいことがあるけれど、言えないといった雰囲気だった。

 だが、おれには彼女がそんな態度を見せる心当たりがあった。

 さっき、おれとロビビアの会話を聞いていたローズの気配が変わった瞬間があったのだ。

 ――孝弘は弱いのに、リリィとかガーベラとか、強い眷属をいっぱい連れてんだな。

 ロビビアの言葉はただ無邪気で、嘲るようなものではなかった。

 ただ、それはそれとして、おれを『弱い』と言ったことが引っかかったのだろう。

「ロビビアのことが気に喰わなかったか」
「いいえ。そのようなことは」

 尋ねてみると、ローズは首を横に振った。

「ただ、あまりご主人様のことを軽んじるような発言は……」
「……ふむ」

 実際、ロビビアの言動に問題があるのも確かだった。

 とはいえ、境遇を考えると仕方のないところもある。
 注意しなければならない場面もあるだろうが、少なくともおれ自身に対しては、あれでよいのではないかと考えていた。

「ロビビアの発言については、気にしなくていい」
「しかし、ご主人様……」
「まあ、聞け」

 手を上げて、おれはローズの言葉を遮った。

「あれであいつは、そこそこ、おれに懐いてくれているんだよ」
「そうなのですか?」
「わかりづらいけどな」

 なんだかんだ、ロビビアはおれの傍を離れようとしていない。
 意識してのことではないのだろうが、どこかで見捨てられるのではないかと不安があるのだろう。

 まだまだ甘えたい年頃でもある。
 ただ、これまで誰かに甘えた経験がないから、どうしたらいいのかわからない。
 そもそも、甘えたいという自覚すら、恐らくはないだろう。

 自分がどうしたいのか、どうすればいいのかわからないから、つんけんとした態度を取ってしまう。

 気難しいというのは確かにその通りで、だからこそ、リリィは半ば無理矢理にでもスキンシップを試みているのだろう。

 その触れ合いのかたちが強引なものではあっても、ロビビアが嫌がっていないのは見ていればわかる。

 本気で抵抗していないし、必死で逃げればそもそも捕まることだってないはずだからだ。

 そのあたり、リリィはちゃんとわかっていてやっている。
 彼女にあれだけ母性的な部分があることは、おれにとっても発見だった。

「それにだ。あいつのことはなんというか……変な話だが、弟みたいに感じているところがあってな。ああして、遠慮なく接してくれるのは、おれとしては嬉しくもあるんだよ」
「弟ですか? 妹ではなく?」

 怪訝そうに、加藤さんが尋ねてきた。

「あ。そういえば、先輩って弟さんがいらしたんでしたっけ?」
「ああ。ロビビアみたいにやんちゃではなかったけどな」

 頷きを返したおれは、思わず目を細めていた。

 元気にしているだろうか。
 変わりなく、というのは難しいだろう。

 おれがいなくなったことで、家族がどうなってしまっているか……。

 もはや元の世界に帰る術がない以上、あまりこの手のことは考えたくないし、なるべく考えないようにしているが、かといって、まったく考えずにいられるようなことでもない。

 できれば、元気にしていてほしいと思う。

 ロビビアと接している時間は、もう二度と触れることはできない懐かしくも大切な感覚を、おれに思い出させてくれるのだった。

「……まあ、とにかくそういうわけで、ロビビアの態度については気にする必要はない」
「ご主人様がそうおっしゃるのでしたら」

 おれの取り成しもあって、ローズもひとまずは頷いてくれたようだった。

 とはいえ、仲良くとはいかないだろうが。

 棘のある花といえば薔薇もそうだが、どうやらロビビアとは棘のある花同士、あまり相性はよくないらしい。

 もっとも、おれはそれほどこの件について心配はしていなかった。
 相性がよくないというのなら、ローズとガーベラのほうがよっぽどだったし、いまでは彼女たちもうまくやっているからだ。

 まずは手始めに、ローズにはロビビアの境遇について知ってもらうことにしよう。

「それじゃあ、これまでのことを話そうか」

 おれはこれまでの経緯を説明し始めたのだった。

◆本年一回目の更新です。
もう一話あります。
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